神聖な動物
俺達の周りを埋め尽くさんばかりにやってきた精霊達。
それを異常に思ったのか、新たにエルフの男二人がやってきた。
「な、なぜここに人間が!?」
「フェリス様! 大丈夫ですか!」
事態がまたややこしくなったのだが、フェリスのお陰か何とか話し合い落ち着くことができた。現在は俺の対応についてどうするのか話し合っている模様。
精霊についてはひたすら魔力が無いと一点張りをすると、つまらなさそうな声を上げて虚空へと消えていった。
そしてしばらく。
フェリスとエルフ達は先程から俺をちらちらと見ながら、話し合っている。
さすがはエルフの男。とてつもなく美形で爽やかだ。人間のイケメンなど全く敵わない。
「いや、しかし本当によろしいのですか?」
「人間ですよ? 我々を襲うやもしれません」
失敬な。向こうには居場所がバレたという事で俺に口止めをするかもしれないが、俺がエルフを襲う理由など全く無いというのに。
いや、でも昔の出来事が本当であればそう思われても不思議ではないか。
「多分大丈夫だと思うわ。さっきの精霊の数見たでしょ? 邪な心を持つ者に精霊は近寄らないわ」
「そ、それはそうですが」
「とにかく、私達で決められる事ではないわ。お祖母ちゃんの下へと連れていきましょう」
「ですが、やはり危険です。集落にいれずとも――」
話がまとまったかと思いきや、まだ続きそうなので気絶したヤックを俺は叩き起す事にした。
「おい、こら起きろ」
ツンツンと顔を突くと、覚醒してむくりと身を起こした。
それから体についた砂を、身を震わせることで払い落とし、キョロキョロと首を振り出した。
呑気なものだ。
『あれ、俺どうしてたんだ?』
「矢にビビッて気絶していたんだよ」
気絶したせいで覚えてないヤックに、原因となった矢を指で指示した。
緩慢な動きで地面に突き刺さった矢へと視線を送ったヤックだったが、
『んー? どわあ! そうだった! 隠れないと、また矢が飛んでくる!』
突如、弾かれたような動きで蹲った。矢を見て先程の恐怖がよみがえったらしい。
「いやいや、もう大丈夫だから」
『ほ、本当か?』
俺が宥めてやるとヤックは、恐る恐るといった様子で顔を上げる。
怯えた様子で尻尾を抱える姿は庇護欲を掻き立てられる。勿論余計な事を喋らなければの話だが。
「そ、それはもしかしてヤックルバンク!?」
気付けば話を終えて近付いてきたであろう、フェリスが驚愕の声を上げた。
「どうかしたの?」
「どうかしたも何も、ヤックルバンクは森に豊かな恵みをもたらすと言われている、神聖な動物なのよ!」
「えー? こいつが?」
興奮した様子でフェリスが言って来るが、俺にはとてもそうは思えない。
人の食料を漁ったり、歩くのを面倒くさがって人のリュックの上に乗ったり。ずっとしょうもない事を言ったりするか、昼寝するかだけの奴なんだけれど。
『だから言っただろ? 俺は偉い動物なんだって!』
俺がジトッとした視線を向けるも、ヤックはどうだとばかりに立ちあがって胸を張る。胴体が細長いヤックが立ってもあまり威厳がある風には思えないのだが。
俺は神聖と呼ばれるヤックを拾い上げて眺める。
するとフェリスとエルフ達が「……あ!」と小さく声を漏らした。
『どうだい? 俺のあふれ出る神聖さに気が付いたか?』
「……全然神聖そうに見えないな」
『何だと!? これだけ言っても信じないのかよ!』
「本当に森を豊かにする能力なんてあるの?」
『おいおい、本当だって。俺のいる森はこうして豊かなんだから。まあ実際は、豊かな森にしか住みたくないだけで恵みなんて運ばないんだけれどな! 嫌な森だと思ったらすぐに出ていくだけだし』
何ともわかりやすい理由だ。本当に住みやすくなかったらすぐに出ていくから、そう言われているのだろうな。
多分、綺麗な川にしか住んでいない鳥さんとかと同じ考えだ。
あいつらも川が汚いだとか、空気が悪いだとかうるさかった気がする。基本的に神経質な奴等だったから対応が難しかった。
神聖とかいうのは、ただ毛並みが白くて綺麗だからであろう。
「まあ、どうせそんな事だろうと思ったけどね」
『いいじゃねえか! お前だって住処にはいい所がいいに決まっているだろ』
「まあ、そうだけれど」
森に豊かな恵みをもたらすと言われている神聖な動物が、こんな正体であるとわかると笑えてくる。
「……ねえ、貴方。さっきから何一人で喋って笑っているの?」
俺が笑っていると、フェリスが言いにくそうに聞いてきた。
エルフの男達なんて明らかにドン引きしている。
しまった。ここの所ヤックとずっといたせいで、普通に喋っていてしまった。しかし、この状況で不審行動をとって警戒を持たされたり、追い出されたりするのは避けたい。
なので、俺は初めて自分の能力について話してみる事にした。
「いや、だからさっき言ったじゃん。ほとんどの生き物と会話できるって。だからここにいるヤックルバンクや、さっきの精霊達とも会話ができるんだよ?」
俺は真面目に言ったつもりだが、エルフの男達は失笑を漏らした。
多分、エルフとも意思の疎通を図れる特殊な人間だという事で理解されていたのであろうか。
フェリスも同じようで、それは信じていなさそうだ。
「さすがにそれはないでしょう。意思の疎通を図れる能力を貴方が持っていたのはまだ信じられるわ。ヤックルバンクについては元々知性の高い動物だから、何となく言葉を理解して何となく反応をしてくれているだけよ」
やっぱり簡単には信じてもらえないか。
まあ、俺だって実際に聞いたらそういう反応をするであろう。ただ仲の良い動物に話しかけているだけだろうって。
馬の名前を呼ぶと寄ってくれるだけで、言葉を交わしているとは思っていないのであろう。
笑いながら言ったフェリスだが、
「――ただ」
急に真剣な表情をしだした。
「精霊についてだけは認められないわ。さっきも精霊が合言葉を教えてくれたとか言っていたけれど嘘ね」
「どうして?」
「精霊と親和性のある私達、エルフでさえも精霊の言葉を聞く事はできないの。人間である、あなたが精霊の言葉を聞いたなんてありえない」
「だからこの能力のおかげで――」
「あなたが私達と会話ができる能力を持つ特殊な人間である事は認めるけれど、精霊については認めないわ、絶対に。精霊の血を引く私達でも言葉を交わす事はできないのよ?」
俺も理解してもらおうと、口を開くが厳しいフェリスの口調によって阻まれる。
彼女の青い瞳からは絶対にそれは受け入れられないという拒絶の意思が宿っていた。
それほどエルフと精霊は密接であるらしい。
どうやら俺の言葉を侮辱と思われたようだ。
「ヤックルバンクや、精霊が懐いている事から邪な心を持つ人間ではないと分かったが言葉には気をつけろ。精霊と言葉を交わせるなどという事は言うんじゃない」
俺はエルフの男による有無を言わせぬ言葉に、黙るしかなかった。
『まあ、そう落ち込むなよ。いずれわかってくれるさ』
俺の腕の中にいるヤックが励ましてくれたお陰で、少しだけ気持ちが楽になった。
俺は感謝の気持ちを込めて優しくヤックを撫でる。
ヤックはいつものように茶化す事はなく、ジッとしていてくれた。
「……ところで、その」
「何かな?」
先程とは違いフェリスがどうにも歯切れが悪そうに言う。どうにも体をもじもじとさせて様子がおかしい。
「その、ヤックルバンクを私にも抱かせてくれない? 触った事がなくて」
恥ずかしそうに絞り出したその声に、俺は呆然としてしまう。
それはエルフの男達も同じらしく、
「その、なんだ俺達も触っていいか?」
美形二人がにじり寄ってきた。
対象がヤックとわかっていても体が引いてしまう。
『おい、やべえってジェド! こいつら目がやばい!』
「まあ、お好きにどうぞ」
『えー! ジェド! 嘘だろ! 猛獣に俺を差し出すだなんて、ちょっとー!』
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