エルフと光
エルフと名乗る少女が木から飛び降りてきた。結構な高さがあったのにも関わらず綺麗に着地をした。体全体を上手く使って衝撃を逃したのであろう。
そして彼女の顔がゆっくりと上がる。
遠目から見て綺麗な少女とは思っていたが、近くで見てみると息を呑むほどの美しさだとわかる。白皙を思わせる肌に、切れ長の瞳。見れば見るほど端正な顔つきをしている事がわかる。
そんな少女が自分はエルフだと言っている。
「本当にエルフなの?」
「ええ、そうよ」
俺がおずおずと尋ねると、少女は絹のような髪を手で払い堂々と答えた。
エルフ。主に森で生活する亜人種。
皆端正な顔立ちとしており人間離れした美しさを誇る。長い耳が特徴的で寿命が長く三百年は生きるとされている。独自の精霊魔法という力を自在に操り、弓の扱いを得意としている。森に住むため閉鎖的であり、繁殖力が弱く数が少なかったらしい。
らしいと言うのは、遥か昔にエルフという種族は滅んだと言われているからだ。度重なる戦によって数の少ないエルフは滅んでしまったと言われている。
その当時、人間はエルフに対して排他的であったらしい。
昔の人類は精霊魔法を操り、長命であるエルフを酷く恐れたのだとか。
俺も本で知ったくらいであり、今となっては完全にお伽話になってしまっている種族だ。
誰もエルフが実在しているかなんて信じてはいない。
極一部の研究者が森の生活跡らしき場所から研究して存在していたと主張するくらいだが、今となってはどこにも存在していないので誰も気にしていない。
この辺りの知識は、異世界に魔物なんて不思議な生き物がいるのだから、人間以外にも他の種族がいるのではないだろうか? などと思って調べたものである。
エルフが大昔には存在していたが、その時に滅びたと知った時は落ち込んだものだ。
「本当に?」
「本当だって言ってるでしょ」
エルフは滅びたと聞いていたので、俺が疑わしい表情で尋ねる。すると少女はムッとした表情をしてから耳元の髪の毛をかき上げた。
金色の長髪から覗くは、エルフの証である尖った耳。
人間の中でたまに見かける少し長い耳程度ではなく、明らかに形や構造の違う尖った耳だ。
「本当だ! 長い耳がある!」
近寄って触ってみたくなる騒動に駆られたが、そんな事をすれば勿論矢で射抜かれることが想像できたので近付きすぎないように眺める。
エルフの少女は俺の好奇の視線に驚いたものの、俺が近付いて来ないとわかったらしく、居心地悪そうに目を逸らした。
「も、もういいでしょ! これで私がエルフとわかったでしょ」
「あ、ああ」
もういいでしょと言わんばかりにエルフの少女が髪を下ろす。自分でも残念そうな声が漏れたとわかる。よく見れば髪を下ろしても尖った耳が少し見えている。遠目ではわからなかった事だ。
何だかチラチラと見えるそれに視線がいってしまってしょうがない。
「いつまで耳を見ているのよ」
「ごめん。つい、珍しくて」
そう言う少女も、時折俺へと好奇の視線を向けているのだが、突っ込んだら怒りだしそうなので気にしない事にした。
「それより言葉! どうして人間の癖に私達の言葉がわかるわけ?」
「あー、それは俺の個性的な能力のお陰で」
「個性的な能力って何よ?」
「えっと、簡単に言えばほとんどの生き物と会話できる能力かな? 言語があれば文字だって読めるし」
「本当かしら? じゃあこれは読める?」
俺がそう答えると、エルフの少女が地面にあった枝を拾って文字を描く。
それは祠に記されていた複雑な文字と似ている。
「えーと、私の名前はフェリスです……だよね」
このエルフの少女の名前はフェリスなのかな?
「え? う、うそ。じゃ、じゃあこれは?」
俺がよどみなく答えると、少女は驚愕を露わにしながら更に言葉を書き続ける。
それを俺が即答して答えることを繰り返すと、少女は体を震わせ、突然俺に掴みかかってきた。
「はあ!? 何よそれ! 今の人間はエルフ語を完全に理解しているって事!?」
「い、いやいや、違うよ。俺だけだから! 俺だけだから放して」
「本当でしょうね? それが嘘なら、結界を張っている意味がなくなるのだけれど!」
何だか俺達疑い合ってばかりな気がする。
まあ、お互いに知らない事だらけなのでそうなるのは仕方がない事なのだろうけれど。
「ところで、結界ってあの祠から先には進めなくなって戻る仕掛けの事?」
彼女が落ち着いた所で、俺は結界について尋ねてみた。ちなみに彼女の名前はフェリスだった。
「そうよ。迷いの結界。私のご先祖様たちが作った結界よ。生き残ったエルフ達が安全に暮らせるように。エルフ語を理解できない者は入れないはずなんだけれど……」
「個性的な能力を持つ、俺は入る事ができたと」
ジトッとしたフェリスの視線を俺は堂々と受け止める。
「結界を抜ける方法はともかく、合言葉をどこで知ったのよ? 祠にはそこまで書いてなかったはずよ」
「てことは最後の一行が不自然に擦れていたのは!」
「当たり前よ。皆が慣れない頃は書いてあったらしいけれど、今は消しているのよ」
酷っでえ! 最後の一文が擦れて読めないとわかった時にはどれだけ気落ちしたと思っているんだ! 遠いこの地までやってきて、あと一歩だというのに辿り着けないもどかしさがわかるであろうか。
「合言葉は消してあったのに、人間である貴方はどこで合言葉を知ったのよ?」
「えーと、最後の一文が読めなくて寝転んでいたら、光が飛んできて教えてくれた」
「光? 光って、まさか精霊の事?」
「精霊?」
俺が疑問符を頭に浮かべていると、フェリスが虚空で腕を振るい一言。
「来て、風の精霊達」
全ての空気に語り掛けるような彼女の透き通る声。
その声はどこか魔力へと干渉する魔法言語を唱える時と似ている気がした。
すると、何もない虚空で翡翠色の光が灯りだす。
それは彼女の声によって引き寄せられるように集まる。
『呼んだー?』
『魔力くれるの?』
『何なに―?』
するとその光から次々と幼げな声が聞こえる。祠で出会った光とは色が違う事から、違う個体だとわかる。
翡翠色の光は楽し気な声と仄かな光を発し、フェリスの周りを自由に飛び回ったりしている。
「これが精霊達よ。この子たちは風の精霊」
「この光が精霊?」
俺は試しに手を伸ばしてみると、ふわりと一匹の精霊が寄ってきた。
『人間だ。エルフじゃない』
『本当?』
『……耳が短いし魔力の質も違う……人間』
『珍しいね』
一匹の精霊が珍しそうに声を上げて近付いてくると、他の精霊達もわらわらと寄ってきた。
「そんな! 精霊が人間に心を許すだなんて……」
フェリスが酷く驚いた様子をしているが、それは見当違いというものだ。
気に入られたのではなく、単にここらへんに人間が来る事が珍しいだけであろう。好奇心ってやつだ。
『ねえねえ、魔力ちょうだい? 人間の魔力ってどんな感じなの?』
一匹の精霊が俺の顔の前でそんな事を言ってきた。
『……わからない。でも興味はある』
『えー、体に悪いかもよ?』
おいおい、それはちょっと失礼ではないだろうか。魔力が好きなのかは知らないが、俺の魔力が欲しいなら少しくらい分けてあげよう。
俺は魔力を空中へと放出する。
魔法の練習の為によくやったものだ。必要以上の魔力を放出しないためにも、少しずつ放出したり、一定の量を流したりと今でもやっている。
『わあ! 魔力だ!』
『本当だ! それにいっぱい!』
『……何だか心地いい』
大はしゃぎで俺の近くを飛び回る風の精霊達。光がさっきよりも強くなっているのは、喜んでいるからであろうか?
鮮やかに発光する翡翠色の軌跡を眺めていると、周囲が騒がしくなっている事に気付いた。
『魔力だ。それも濃密な奴がいっぱい!』
『魔力がいっぱいある! それにあれは人間?』
『エルフじゃないね』
『おお! ここは魔力が多いぞ! 心地いいじゃねえか!』
見れば、俺達の周りには赤、青、紫と様々な色をした光が漂っていた。
「ちょ、何の対価もなしに、そんなにあげるもんじゃないわよ! というか、人間の癖に魔力が結構多いわね」
ほう、という事はエルフの使う精霊魔法とやらは精霊に魔力を与えて引き起こされるものなのか。
『魔力足りないー!』
『……もっと』
『えー、もーないの? 少なすぎ!』
いやいや、貴方達の数が多いんですよ?
もはや俺達の視界を埋め尽くさんばかりに、様々な光が存在している。夜にでも見れば美しいイルミネーションとなったであろう。
しかし、これじゃあ放出してもすぐになくなってしまう。そしてそれを続けると俺の身が持たない。
「あー! もう多い! 多い! 勘弁してくれ!」
『もっと出してよ!』
『おら、出せよ』
『……早く』
俺が叫ぶも精霊たちは全く聞く耳を持ってくれない。むしろ、さらに魔力をよこせと要求してくる。
俺はこの時、フェリスが注意した意味が今更に分かったのだった。




