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謎の光と結界

 

「これより先、同族以外の侵入を禁ず。汝、同族ならばその証である言葉を唱えよ、か」


 俺は祠の石像の足元に記されている文字を読み、小さく声に出す。


 ふむ、その通りに言葉を唱えればいいのだろうか?


『こんな複雑な文字、よく読めるなあ』


 俺の肩に立っているせいか、ヤックの呆れた声が耳元で響く。


 俺だって全言語理解の能力がなければ読めるはずがないさ。


 なんせ語学は特に苦手だ。それが原因で死んでしまう程なのだし。


『ともかく、ここに書いている言葉を唱えたらいいんだろ? さっさと唱えてみろよ』


「はいはい」


 俺は軽く返事をして、その通りにしようと視線を下に移動させる。


 そして重要な言葉が記されているであろう、次の文字列の場所を指でなぞる。


「……字が擦れて読めない……」


『はあ!? そこ大事な所だろ? 読めなくてどうするんだよ! しっかり読めよ』


 俺の耳元で喚くヤックがうるさい。なので、首元をつまんで地面に下ろしてやる。


「わかってるよ。でも、字が擦れて読めないんだよ」


 俺は何とか読み取れないであろうかと、目を凝らしてじーっと見つめる。


 それから目を細めたり、角度をずらしてみたり、逆さまから眺めてみるも読めない。


「……駄目だ。全く読めない!」


 俺は半ばやけくそ気味に叫んで、後ろへと大の字になるように倒れ込んだ。


 この字を確認したときは「これはいけそうだ!」なんて心の中で喜んだというのに。


『って事はお手上げか? それなら来た意味がねえなー。全くしっかりしてくれよ』


 俺の顔の横でつまらなさそうに毛づくろいをしながらヤックが言う。


 仕方がないだろう。字そのものが全く見えないんだから、俺に言われてもどうしようもない。


 むしろ、この文字の意味を解読できただけで大きな成果ではないだろうか。


 少なくてもこの先に何らかの文明、またはヤックの言う通りに人間が存在するという可能性は遥かに高まった。


 とは言っても何で俺がわかるんだとか、色々問題はあるのだから無駄になりそうだが……。


 ここまで来たのに、最後で躓いてしまった。


 期待を持てただけに、気落ちが何倍も強い。


 俺はしばらく青い空をぼーっと眺める。


 無限に広がる青に、ゆっくりと流れる雲。


『いーやっはー!』


 空を自由に飛ぶ鳥が一瞬だけ地面に影を作り、飛び去っていく。


 あんな風に自由に空を飛べたら気持ち良さそうだな。


 そんな事を思いながら、心地よい日差しとそよ風に思わず目を細める。


『このままここでお昼寝かあー?』


「それは素敵な提案だけれど、魔物がいるからなぁ」


『ここらへんは何故か魔物が近寄る事はないから安心だと思うぜ?』


「そうなの? でも、どうして?」


『いや、俺にもわからん。ただこの辺りで魔物を見る事は滅多にないな』


 半ば現実逃避気味に会話をしていた俺達だったが、不意に微かな声が聞えた。


「ん? 今クスクスって笑った?」


『いや、笑ってねえよ。というか俺がそんな笑い方するわけがねえよ』


 そりゃそうか。ヤックはもっと下品に笑うし、クスクスと笑うと訳がない。というかヤックがそんな笑い方をしたら気持ち悪い。


『クスクス……人間だ……』


 あちこちから反響しているかのように空気全体に響く声。鈴を転がしたかのような可愛らしく、透き通る女の声だ。


 俺はバッと身を起こして周囲を確認する。


 しかし、周りには木々があるばかりで特に生き物の類は見受けられない。


『どうした?』


「今、声が聞えなかった? 可愛らしい女の子のような声」


『メスの声か?』


 俺の言葉を聞いて、周囲をキョロキョロと見回し、鼻をスンスンと鳴らすヤック。


『ここら辺には人や魔物は勿論、動物の気配もしないぜ?』


 確かに、周囲に生物の気配はしない。


 ここでは穏やかな空気が流れており、動物の声や魔物の声も全く聞こえない。


 時折、先程のように空を通りかかる鳥の声が聞こえるくらいだ。


『……クスクス……こっちだよ』


 俺はその声の方向、祠へと勢いよく首を振る。


 その祠の上、空中ではぼんやりとだが燐光を発する丸い何かがいた。


 夜であればもっと鮮明に鮮やかに見えただろう。


 俺はその光に誘われるように視線を固定する。


『久しぶりの人間だ。お供え物をくれて嬉しい。森に入れてあげたいけれど、駄目って言われているから駄目だね』


 光を明滅させながら言う光の玉。それは幼気な子供の声のようである。


「……光?」


『何じゃこれ? 魔物か?』


 俺が呆然と見つめる中、ヤックが警戒したように低い声で呟く。


『違うよ』


 光は可笑しそうに答えると、ヤックの周りをゆらゆらと漂う。


『うわあ! 何だこの光は!』


 ヤックにはその声が聞えないのか、必死に得体のしれない光を振り払おうと腕を振る。


 しかし、それは全く意味をなさずに空を切るだけだ。


 すっかり怖気づいた声を上げるヤックを見て、光は楽しそうに笑みを漏らす。


 見たところ魔物のようには思えないし、敵意のようなものは全く感じられない。


 例えるならば子供が無邪気にはしゃいでいるような感じだ。


 やがて、光はヤックを持て弄んで満足したのかふわりと空中へと上がる。


『クスクス……森に入るのは簡単なんだけれどね。合言葉を言えば結界を抜けられるし。――我ら、精霊の血を宿し、誇り高き森の守り人なり――。だったかな? でも、人間には読めないから知らないね。知っているのは中にいる人達だけだから』


 光は可笑しそうにそう言い残すと、用は済んだとばかりにどこかへ飛んでいってしまった。


「ねえ、ヤック。今の言葉聞こえた?」


『ひいいいい!? 光……怖い』


 隣に視線をやると未だに縮こまった様子のヤックが。


「もうどこかに行ったよ」


『ほ、本当か?』


 俺が教えてやると、ヤックは恐る恐るといった様子でゆっくりと顔を上げる。


『……よ、よし、もういねえな。何かわからんが気味が悪かった……』


「念の為に聞くけれど、あの光から声は聞こえた?」


『いや、俺には全く聞こえなかったぜ』


 やはり、俺にだけ聞こえていた声だったのか。


 あの光に正体が何なのかは見当もつかないが、全言語理解の能力で一応言葉は聞こえたな。


 俺が呆気に取られてしまったせいか、会話はできなかったが。


「……確か、合言葉を言えば結界を抜けられるって言っていたよな」


 恐らく、結界という物が何度も同じ場所へ戻って来てしまう原因となるものなのであろう。


『はっ? 結界?』


 隣で俺の独り言を聞いていたヤックが怪訝な声を上げるが、放置する。そうしないと先程の言葉を忘れそうにしまいそうだから。


「――我ら、精霊の血を宿し、誇り高き森の守り人なり――」


 光が言っていたように、合言葉とやらを唱えてみる。


 しかし、周囲には何も変化は見当たらない。結界が見えるようになる、とか森が割れて道が開ける、なんて事も起きない。


 本当にこれで結界を抜けられるのであろうか。

 光の言葉の通りならば、俺は大樹の下へと辿り着けるのだろうか。


 俺は神々しくそびえる大樹を見上げる。


 不思議と靄が取れたように、くっきりと視認できる気がする。


 今度こそはたどり着ける気がする。


 俺は腕を大樹へと向けてグッと拳を握りしめる。


 それから息を吐いて、元気よくヤックに語りかける。



「よし! もう一回大樹へと目指してみるか!」


『いや、また戻ってくるんじゃないの?』


「いや、合言葉も唱えたし、今度はいけると思うんだ」


『それ本当に合言葉なのか? 適当に言ったんじゃねえの? さっき字が擦れて読めないって言ってたじゃん』


「大丈夫だって。ちゃんと聞いたから」


 あの光が嘘をついていたら戻ってきてしまうけれど。それもないだろう。どうせ聞こえないだろうと思って、向こうも喋ったようなものだし。


『……誰からだよ』


「さっきの光」


『うっそだあ』


「……本当だっつうの」


 こうして俺達は再び大樹へと足を進めた。



今回、手紙はお休みです。


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