幻惑の森
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翌日の朝。まだ少し気温が低く霧が立ち込める中を俺とヤックは歩いていく。
幻惑の森に近付いてきたお陰か、大きな樹木に囲まれるようになってきた。
樹木の枝葉から零れる日の光が足元に様々な模様を描いている。それは森の奥へ奥へと誘うように奥まで続いていた。その光景は穏やかではあるが、周りが似たような光景であり下手に道から逸れると迷いそうである。
ちなみにヤックは疲れる度に俺の肩や頭に乗ったりして、くつろいでいるので随分と気楽そうだ。
今ではリュックの上に座り込んで欠伸を漏らしているほどだ。
こいつ案内するとか言いながら人の食料は取るし、好き勝手にしやがって。
野生に生きる動物なら、何かこう美味しい果物の一つでも持って来て欲しいものだ。
一応は俺が魔物と遭遇しにくい道を教えてくれて、歩きやすい道を教えてくれているので最低限の仕事はしているようだが、
『ふあー、まだ眠い』
何か釈然としないものである。
俺がじとっとした視線を送るも、ヤックは気にせずに再び欠伸をし、自分の尻尾を枕にする。
『あとはこのまま真っすぐに進むだけだから、何かあったら起こしてね』
そしてすぐさまにヤックは寝息を立て始めた。
昨日もたくさん寝ていたのにまだ寝るのか。
俺は熟睡しているヤックをどんな風に叩き起こしてやろうかと考えながら足を進めた。
それから歩く事しばらく。日が高く昇った頃。
天高くそびえる大樹を目指して歩く俺達の目の前に変化が現れた。
変化と言っても俺の目の前には相変わらずの樹木が立ち並ぶ自然の景色、だが俺の目に映るコレは明らかに人口物だ。
道の脇に設置されている小さな祠。そこには石で作られた奇妙な形をした人物らしきものが鎮座している。そこには誰かが供え物でもしたのか、綺麗な白い花が一輪、そして木の実やお盆一杯の水が置かれている。
旅の安全を祈るように誰かが建てたのであろうか?
それとも動物やロザック村長が言っていたようにここに住んでいるらしい人間が建てたものなのかわからない。
どこか神聖な雰囲気を持つそれに触れるのは躊躇われたので、取りあえず緑色のフーガの木の実を一つお供えして両手を合わせる。
ここの風習ではどうなのかは知らないが、自分ができるなりでの敬意を払う。
それから祠の周りをぐるりと回り、何か無いか探してみる。
が、ある一点を除いては特におかしな所は見当たらなかった。
さて、何かあったと言えば何かあったのだが、俺のリュックの上でいびきをかいている奴を叩き起こすべきだろうか。
確かこのまま進むだけだとヤックは言っていた。
そうすると人間の集落に着くらしいのだが、そこに辿り着いた者は誰もいない。そうなると俺も冒険者の男が言っていたように同じ所に戻ってくるのだろうか。
真っすぐに進んでいるのに、同じ道に戻ってきてしまうという不思議現象。どうせなら体験してみたい。
一体それはどんなふうにして同じ道へと戻るのであろうか。
どんな原理でだとかを知りたいわけではない。というか理解できないとは思うがとりあえずは普通に歩いて大樹の下へと向かってみる事にする。
「…………本当に戻ってきた」
祠から大樹目指して歩いた俺は、再び祠を目にして呆然と呟いた。
似たような祠が進んだ先にあったのでは? と思ってもみたが、ついさっき俺がお供えした丸っこいフーガの木の実がちょこんと祠に乗っていた。
そう、俺は祠を後にして前へと進んだはずなのに、戻ってきた。
この現象が今まで人間を寄せ付けなかったのだろう。
一体どういう現象なのか皆目見当がつかないが、あの冒険者が言っていた通りであった。
周囲を確認してみるも、魔物や動物の気配は全くしない。仮定として幻惑能力を持つ魔物の仕業や植物などの線もない。
念のためもう一度、祠を背にして大樹へと向かう。
今度は何も見落とさないように周りをしっかり確認して歩く。
しかし、それでも俺は祠へと戻って来ていた。
今度は走り抜けたりと試してみたが、再び祠へと戻ってくる。
……なるほど。確かにこれは進めない。多くの人が諦めるのも納得できる事だ。
俺はとりあえずリュックの上で熟睡している、ヤックのひげを引っ張り、それを放す。
『痛ってえ! ひ、ひげがあああああ!』
ゴムのようにしなったひげはヤックの頬を強かに打ち付ける。
鋭い痛みに襲われたヤックは、俺の背中のリュックから転げ落ちて体を打ったらしく苦悶の声を上げる。
『何すんだよ! 腰打ったじゃねえか!』
「いや、お前に腰とかあるのかよ。ちょっと俺にはわかんねえわ」
『はあー!? 俺の美しいスレンダーボディを見たら、どこがお尻かくらいすぐにわかるだろうが』
わからない、は少し言い過ぎではあったがすぐに見分けがつくかと言われれば微妙である。
どこまでがお尻だとか腰だとかはちょっと判断できそうにない。
「ところで、この祠の先に人間の集落がある事は合っているの?」
俺のズボンにわしわしと爪を立てて抗議するヤックに問いかける。やめろ、ズボンが破れてしまうだろう。
『ああ? 確かに間違いねえよ。このまま真っすぐ進んだら変な家とかがあるぞ』
「でも、真っすぐ進んでもここに戻ってきちゃうんだよね」
『はあ? そんな訳ないだろ。ついこの間は普通に入れたぜ?』
「じゃあ、ちょっと見て来てくれない?」
『えー、まあそれくらいならいいけど』
一瞬不満そうな声を出すも、ヤックは素直に奥へと向かっていった。
ヤックが奥へと向かっている間、昼食を食べていると前からヤックが戻ってきた。
という事は俺のようにここへと戻って来たわけではなく、先へと進めたのだろうか。
『あー! 俺をパシらせといて自分だけ飯食ってやがる!』
ヤックは俺を見るなり、猛然とこちらに接近してきた。
このまま突撃されると面倒なので、俺は干し肉を一切れ空中へと放り投げる。
『に。肉だあー!』
すると、ヤックはそちらへとターゲットを切り替え、空中舞う干し肉へと飛びついて口に咥えた。
……ふっ、所詮は動物、俺にかかればこんなものよ。
とか言いたいところではあるが、エーテルの街でハニーバードにパンをあげている最中に言って袋叩きにされた記憶があるので言わない。
単純なせいか、何をやってくるかわからないからな。何しろ動物に法や秩序など全く無い。常識も無い分容赦もない。ある意味敵に回すと一番厄介かもしれない。魔物よりもだ。
あのせいで、俺はハニーバードに土下座をするはめになり街の人達からとても痛い視線を向けられたのだ。
「で、どうだった?」
『ちゃんと入れたじゃねえかよ。人間と家っぽい奴も確認してきたぜ?』
俺が尋ねると、ヤックは干し肉を口一杯に頬張りながら答えた。
言葉なんて聞えなければ、可愛いとか呑気に思う事ができた光景であろう。
しかし、俺の今の思いと言えば飲みこんでから喋れという事くらいだ。
やはり、動物は入れるのか。
さきほど俺が背負った状態でも入れなかったのは、俺と密接していたからなのだろうか。
「でも、俺は入れないんだよね」
『うっそだー?』
干し肉を飲みこんだヤックが馬鹿にするような声を上げる。
こいつがそんな声をあげると凄く腹が立つ。
「本当だよ。俺の背中に乗ってみなよ。それで進んだらここへと戻ってくるから」
『嘘だったらもう干し肉全部もらうからな?』
「本当だったら干し肉はもう一切れもあげないからな?」
俺の肩へと上って笑うヤックに、俺は笑顔でそう言った。
『あれ? あれー?』
間抜けな声をあげるヤック。
俺とヤックは大樹を目指して真っすぐに歩いた。そして再び祠へと戻ってきた。ヤックが戻ってきた時とは違い、前方に見える祠がその証拠である。
「ほらね?」
『う、うっそだ! 何かの間違いだろ?』
信じられないといった様子でヤックが首をブンブンと振る。
しかし、俺達の目の前に広がるのは多くの樹木と祠。先には先程からちっとも大きさの変わらない大樹がそびえ立つのみだ。
「ヤックが奥へと行った時には祠があったの?」
『い、いや、無かった』
「ほらね? これが原因で人間はこの森を『幻惑の森』って呼んでいるんだよ」
『な、なるほど』
俺が解説してやるとヤックは神妙な声を出して頷いた。
「という事で賭けは俺の勝ちという事で干し肉は無しだな」
『そ、そりゃあ無いぜ! せめてあと一切れだけ!』
「自分から言っておいて情けないぞ」
結局ヤックが俺の背中でぎゃあぎゃあと喚き出すので、仕方なく干し肉を渡してやった。
こいつなら拗ねて魔物の巣窟に案内とかしかねないからな。
とりあえず干し肉一枚でご機嫌を取っておく。
『ところで戻ってきちまうのはわかったけれど、これからどうするんだ? 進めないんじゃ意味がないだろ?』
ヤックが珍しく尤もな事を言ってきた。
確かにこのままではいくら進んでも永遠に大樹の下へはたどり着けないであろう。
他にも様々な実験をしても良いが、それでは夜になってしまうし、どうせ無理だ。
それくらいの事は今までやってきた冒険者達が色々試しているであろう。
「確かにな。このままだと無理だよ」
『何か方法があるのか?』
「ヒントならあるよ。そこの祠に書いてある」
『祠?』
俺が祠を指さして言い放つと、ヤックがのそのそと近付いて祠を確かめる。
こらこら、神聖な祠へと土足で踏み込んだら罰が当たるぞ?
『んー? 確かに変な文字みたいなものが書いてあるけど、見た事がない奴だな』
ヤックが小さな石像の足元に書いてある文字をのぞき込んでそう呟いた。
「うん、それが何の文字かはわからないけれど、俺達が普段使っている共通語じゃないからね」
そうその文字は、俺達人間が使っている文字では無かった。
俺の全言語理解の能力があったからこそ読めるもの。
そう、これは全く別の文字だ。
× × ×
ジュリアからジェドへの手紙
ジュリアです。母さんから話を聞いて、これはいじらずには……いえ、これはしっかり問い詰めなければいけないと思い筆をとったわ。
ジェドったら最近エーテルの街でとても面白い事をしているのね。私は領主代行として仕事があったから三人組の冒険者から直接は聞けなかったのだけど、母さんから話を聞いたわ。
一体どんな事があったらハニーバードに土下座をするという発想にいきついたのかしら?
やっぱりハニーバードが彼女さんだから文字通りに頭が上がらないのかしら? ジェドったら可愛い顔をしてとんでもない変態だったのね。姉である、私も思わず腹を抱え……びっくりです。
ええ、もはや言葉も出せないくらいよ。もし、これが誤解なら早めに屋敷に戻ってきた方がいいわ。母さんも喜ぶし。
どうせならギリオンと一緒に戻ってらっしゃい。あっちも面白い……大変な事になっていて一度屋敷に戻って来るとか言っていたわ。
兄弟仲良く父さんに仲良く怒られなさいな。
× × ×
ジェド
この手紙も宿屋のおばちゃんが管理しております。
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