確かな予感
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酷く取り乱したアイリは女性でありながらも「うええええ」という、らしからぬ声を漏らしたが、何とか吐く事を堪えた。
そのあと青い顔をしてフラフラとした足取りで、長椅子の上に寝転がり「ジャイアントスパイダーの脚……蜘蛛の脚」とうなされていた。
アイリの錯乱した様子を見て、酔っていたニードとレッグがおずおずと訳を聞いてきたので、丁寧に教えて上げた。
すると、二人はストンと表情が抜け落ちたような真顔になり、突如ダムが決壊した。
俺は二人の目の前にいたせいで、汚れた水流が押し寄せて軽く俺にかかってしまったのがショックだった。
まさか急に決壊するとは思わなかった。
俺は急いでズボンを洗い流して穿き替えるはめになった。
着替えが終わると、なんとか復活したニードとレッグが青い顔をして席に座っていた。
「あと五十本、百本はいけるんだよね?」
「……今日は勘弁してくれ」
「ジャイアントスパイダーの脚だったとは」
嫌な物をかけられた反撃として俺は声をかけると、二人は弱々しく首を振る。
「ああん!? 俺達が料理したジャイアントスパイダーの脚が食えないのか?」
しかし、それを聞いていた近くの泥酔した村人達に絡まれた。
それからしばらくすると、ニードとレッグは笑いながらジャイアントスパイダーの脚を食べていた。
目が逝っていたのはお酒が入っていたからと思いたい。
ジャイアントスパイダーの脚の見た目は特に悪くも無いし、味も極上なのだ。きっと問題ないさ。
それから俺は同様に、残ったジャイアントスパイダーやアッシュモンキー、ブラックボアを倒して、村の害となる魔物を狩っていった。
俺がジャイアントスパイダーを狩ってくるせいか、村では連日ジャイアントスパイダーの脚を使った料理が出された。
ニードとレッグは気にしない事にしたようだが、アイリは俺達が運び込んだ調理前の刺々しい脚を目撃してしまいトラウマものになってしまったようだ。
美味しさは理解しているようだが、どうも生理的に受け付けることができなく、アイリは最後まで食べなかった。
実際に森を駆け回っているアイツらを見たら卒倒しそうだ。
特に、奥にいたひときわ大きな個体なんて目にしたらアウトだろう。
樹木と樹木の間に糸を張り巡らしていたあれは、ハンモックのようだった。
ただし、そこを這いまわるのは超巨大なジャイアントスパイダーだったが。
随分とジャイアントスパイダーにも慣れてきたと思った俺だが、あれにはビビった。
あれに立ち向かう事が出来た俺を褒めて欲しい。
あれなら強さはともかく、あれならドラゴンと戦うほうがマシだと思えるほどの恐怖だ。
いくつも付いている無機質な複眼に見つめられた時は、体が糸に絡められてしまったのかと思ったほどだ。
その話をアイリにした瞬間殴られてしまった。
彼女、魔法使いにしておくには勿体ないくらいのいいパンチだったよ。
ニードが「これからはアイツに前衛を任せるか!」とか呑気に笑っていた。
ちなみに今回のパーティーではグレイトウルフが率先して前衛をしてくれて助かった。
やっぱりパーティーメンバーがいれば戦闘が凄くスムーズに行うことができる。
尤も、こちらの前衛は十匹いたから戦闘というより蹂躙に近かった気もする。
まあ、これで彼らも追い出された縄張りに戻る事ができるようになったし、食糧が沢山手に入ったので良かったであろう。
ニード達もすっかりアッシュモンキーとブラックボアの多くを殲滅したので、俺達のクエストは完了したと言っていいだろう。
ジャイアントスパイダーは動物達から聞いて、ここら辺にいる個体は全滅したと聞いた。
アッシュモンキーとブラックボアは僅かながら残っているが、それくらいなら村の狩人達でも狩れるのだそうだ。
それから、たくさんの報酬を受け取ったニード達はジャイアントスパイダーの素材を乗せて次の村へと旅立つ事に。
休憩を含めて俺達は三日間コザック村で滞在していた。
俺は幻惑の森へと向かうため、ニード達は商人の護衛クエストを引き受けているためにここでお別れとなる。
「それじゃあニード。一旦ここでお別れだね」
「ああ、一段落ついたら俺達もエーテルに行くから戻って来いよ?」
「どっちが早く戻れるかわからないけど、基本的に冒険者ギルドにいるから」
「わかった。ジェドが行くのは幻惑の森なんだろ? どうせ何もできずに戻ってくるんじゃねえか?」
「失礼な。あのでっかい樹木の真下に行ってみせるからね」
俺はニードのからかいにも動じずに、村から見える大樹を指さす。
「言ったな? エーテルに戻ったら話聞かせろよ? 何か面白い証拠品でも持ち帰ってきたら飯でも奢ってやるよ」
「絶対に奢らせてやるからな?」
「へへ、逆に手ぶらで帰ってきようなら、奢ってもらうぞ?」
ニードが拳を上げたので、俺もそれに合わせて拳を付き合わせて笑い合う。
絶対にニードに奢らせてやる。
「ちょっと! やめてよ! あたし達の乗る所にジャイアントスパイダーの脚とか置かないでよ! こんなんじゃゆっくり休めないじゃない!」
「いや、ですが他に置く場所がなくてですね」
「じゃあ他の物と変えてよ! こんな今にも動き出しそうな脚とレディーを一緒の馬車に放り込む気!? ギルドに訴えるわよ!」
「そ、そんな! 初日はあんなに上機嫌で召し上がっていたのに」
「うわあああああっ! 知らない! 知らない! あたしはジャイアントスパイダーの脚なんて食べてないから!」
見れば、馬車の方では商人さんに掴みかかるアイリの姿が。
どうやら本当に彼女のトラウマになってしまったようだ。
ジャイアントスパイダーを美味しく食べた事は無かったことにしたいらしい。
これからもアイリとジャイアントスパイダーの旅は長く続きそうではあるが。
「レッグ! 早くこの脚を移動させて!」
「無茶言うな。こんなもの俺一人で運べるか。お前も手伝え」
「絶対嫌よ! こんな気持ち悪いもの」
「お前なあ。初日は美味しい美味しいって食べてただろうが」
「それ以上何か言ったらグーで殴るわよ?」
「すんません」
「ちょっとニード! 早く来てよ!」
ニードを呼ぶアイリの後ろでは、馬車の方ではレッグがぐったりとした様子でこちらを見ていた。
俺はそれに視線で「大変だな」とメッセージを送るとレッグが「わかってくれるか」と視線で返事をしてくれた。
「ほら、お呼びだよ」
「わかってる」
俺が言うと、ニードはしょうがないなと頭を掻いてからアイリの下へと駆け出す。
何だろう。女性とパーティーを組むと色々と問題があると聞くが、今回のは何か違う気がする。
今度会った時はレッグに酒でも奢ってやることにしよう。
ニード達と商人さん達を村人一緒に見送ったあと、俺も幻惑の森へと向かう事にした。
俺がロザック村長の家で準備を整えていると、ロザック村長が声をかけてきてくれた。
「ジェドさん。今回は急なクエストを受けていただいてありがとうございます。村人を代表して改めて礼を言います」
心の籠った声で言いながら頭を下げるロザック村長。
普段は冒険者ギルドを仲介してクエストを達成するだけなので、こうやって直接礼を言われるとなんだか照れくさいものだ。
「いえ、十分に報酬も頂きましたよ。それに美味しい料理も」
「そうですか。宴に満足していただいて何よりです。これもいい食材が手に入ったお陰ですね」
俺はそのいい食材とやらを思い浮かべて乾いた笑みを漏らす。
「ジェドさんは幻惑の森に向かわれるのですね?」
「はい、そうです」
「これは私の家に代々伝わる話なのですが、幻惑の森を荒らす事なかれという言葉が残っております。ジェドさんなら大丈夫とは思いますが、くれぐれも森の怒りを買わないようにご注意ください」
森の怒りか。幻惑の森には神様や精霊の類でも存在するのだろうか。幻惑の森。誰も入った事がない森。十分にあり得そうだ。行動には十分気をつける事にしよう。
「なるほど。森は荒らす気はないので勿論大丈夫です。ご忠告ありがとうございます。その話はどれほど前から伝わっているので?」
「さあ、私の祖父が子供の頃あったらしいので随分前の事かと。あと曽祖父が人間を見たと言っていますが本当かどうか」
俺の質問にロザック村長は恥ずかしそうに笑う。
確かに誰も奥の森に入ったことが無いと言うのに、人間がいるなど信じられないであろう。それなのに森に人間が住んでいるなど信憑性など一般人からしたら怪しいというものだ。
しかし、幻惑の森を知る動物達も言っていた事だ。
――大樹の近くには小さな集落がある。
俺は絶対に何かがあると思い、わくわくしながら旅立つのであった。
× × ×
クレアからギリオンへの手紙
移送業者の人に聞きましたよ? ジェド君へと手紙を出したって。ギリオン! あなたは弟であるジェド君からお金を借りるだなんて恥ずかしくないのですか?
成績はいいみたいなんですから、どこかの貴族の家庭教師でもすれば楽に返せるでしょうに。
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ギリオンからクレアへの手紙
待ってくれ母さん。どうして俺がジェドへと手紙を出したことを知っているんだ?
それなら子供の頃、ジェドに魔法を教えてやった時の代金を母上から頂戴したい。
新しい書物が欲しいので多めに頼みます。
早く送ってくれないと、寮を追い出されてしまいそうだ。
ガンガンと扉が叩かれてうるさくてしょうがない。
……このままではいけない人からお金を借りるはめになってしまう。
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