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敵は南方面にあり。

 

 サーベルタイガーだって!? あの獰猛な事で有名……ではなく、執念深い事で有名な! 


 ちなみにこの世界では、しつこい人の事を呼ぶ隠語にもなっている。


 そんなくだらない事は置いておいて、どうやらサーベルタイガーが現れたらしい。


 下手をすると、この道中の間ずっと襲い続けてくるかもしれない。


「う、うそ! こんな所にはいないはずなのにどうして!?」


「最近は東の森をうろついているんじゃなかったのかよ!」


 護衛である冒険者達の狼狽えた声が響く。


 相手が相手だけに冒険者達は迂闊に仕掛ける事ができないようだ。


 それに対してサーベルタイガーはこちらをジロリと鋭い眼光で睨んでいる。


 灰色の巨体に発達した上顎の牙。前脚には鋭い爪がのぞかせて、冒険者を一人一人見回し、威嚇するように喉を鳴らす。


 そして一番後ろにいる俺を視界に入れると……。


『……何だよ。またジェドかよ』


 と溜息をつき、ひげをふにゃりと垂れさした。


 俺を知っている事と、その仕草を見て俺はピンと来た。


「あー! お前はいつもの――」


 俺は思わず声を上げてしまったが、途中でその口を両手で塞ぐ。


 いや、他に人がいる前で「いつものサーベルタイガー」とか一人叫ぶ俺っておかしいだろ。


 俺と違って他の人達は魔物と会話ができないわけだし。


 それにしてもアイツ、また俺の顔を見て溜息をつくとは。


「……どうした兄ちゃん?」


「あ、いや……何でもないです」


「そうかい。ここは俺達に任せて後ろにでも隠れていな」


 俺の不審な行動を見て冒険者達が眉を顰めたが、今はサーベルタイガーが目の前にいるおかげか、特に気にすることなく対峙する。


 冒険者達は冷や汗を流し、真剣な目つきで相手を窺っているが、サーベルタイガーの方は呑気なものだ。


 俺を確認してからはお尻を地面に下ろして、前脚を舐めて毛づくろいをしている。勿論爪なんてとっくに仕舞っている。

 そのあまりにリラックスした状態に、冒険者も困惑した様子だ。


 目の前に獰猛な魔物が現れたと思ったら、急に脱力して毛づくろいしだしたのだ。戸惑わない方がおかしいと思う。


「何だか敵意を感じられないな」


「私達の事なんてどうでもいいって事かしら?」


「人間の目の前で毛づくろいするサーベルタイガーなんて見た事ねえよ。俺達よりも自分の毛並みの方が気になるってか?」


 舐められていると思ってしまったのか、冒険者達がムッとした表情をする。


 違うんです。知り合いである俺がいるだけで、舐めているという訳では。いや、でも今はダン達以外に興味はないのだから、眼中にないというだけだから似たようなものか。


 とにかく、戦闘をせずに済むのならそれに越したことないであろう。


 俺はサーベルタイガーと会話をするべく、馬車の陰から歩き出す。


「おい、兄ちゃん危ないぞ!」


 敵意は見られないとは言え、相手は魔物であるサーベルタイガー。冒険者の男が制止の声を上げる。


「大丈夫です。俺も冒険者ですから」


「獰猛なサーベルタイガーよ!? 危険よ!」


「おいおい、あいつ馬鹿かよ。武器も構えずに死ぬ気か!?」


 それでもなお、他の冒険者が声を上げるが、俺はそれを無視してサーベルタイガーの元へと足を進める。


 いや、だって近付いてひっそりと話しかけないと、俺が魔物へと語り掛ける変態に見えてしまうじゃないか。


「おい、お前何でこんな所にいるんだよ?」


 俺はサーベルタイガーの一歩前くらいの所で立ち止まり尋ねる。すると、サーベルタイガーは大きな口を開けて欠伸をしながら答える。


『そりゃあ、あのクソ冒険者達を狙って徘徊していたに決まっているだろ』


 どうやら冒険者が狙っていたダンとラッドとギルではなくて、不貞腐れているようだ。


「……あいつらが確実にやって来る場所を知っているぞ」


『何いぃ!?』


 俺がぼそりと言った言葉は効果が絶大。サーベルタイガーは不貞腐れた様子から一変させて、鋭い牙や爪をむき出しにして敵意を放つ。


「お、おい!」


「急に怒りだしたわ!」


「アイツ何をしたんだよ」


 それを見て慌てて冒険者の男達が剣を構える。


 しかし、あくまでコイツは俺達にではなく、ダン達に敵意を向けているのであって問題はない。


 俺は振り返って大丈夫だという風に手を振るが、冒険者達は剣を下ろさずにいる。


「おい、ちょっとその敵意を沈めろって」


『ん? おお悪い。あいつらの事を思い出したらちょっとな』


 俺が小声で諌めると敵意をふっと抑える。


 サーベルタイガーの怒りは相当なようだ。


 コイツが執念深いだけなのか、ダン達が話に聞くよりもよほど酷い事をしたのかはわからないが。


「……大丈夫なの?」


「……さあな。俺達ここで死ぬかもしれんぞ」


 大丈夫ですって。心配し過ぎ! と言いたいところだが、それが正しい感想なのかもしれない。


『それでアイツらが確実にやって来る場所ってのは?』


 サーベルタイガーがこちらを睨みつけるようにして尋ねて来る。その大きな瞳が本当の情報なんだろうな? と言っている。


「アイツらはアスマ村へと護衛のクエストで行っている。きっともう村についているはずだ。だからエーテルの街に帰ってくる時に通るのは……南だ」


 南という言葉を聞いた瞬間に、サーベルタイガーの瞳が細められ獰猛な笑みが浮かべられた。


『よっしゃあああああああ! それじゃあ南に行って来るぜ!』


 そしてサーベルタイガーは咆哮を上げて、矢の如く駆けだした。


 興奮しているせいか、目の前に俺がいることすら忘れているようだ。


 俺は顔をしかめて耳を両手で塞ぎながら、遠くへと消えていくサーベルタイガーの背中を見送った。


 変な噂を流しまくったダン達へのお仕置きだ。サーベルタイガーの復讐が成功することを俺は祈っておこう。




「いやー、あの時は気でも狂ったのかと思っていたぜ!」


「まさかサーベルタイガーを生身で追い払っちゃうなんて凄いわ!」


 それから俺達は誰も怪我をすることなく、移動を再開する事ができた。


 今では仲良く冒険者達と同じ馬車に乗って、昼食を食べている。


 馬車や荷物に一切傷つけることなく追い払った(ということになっている)お陰で、商人さんから食料が支給されて昼食は豪華だ。


 分厚い肉を挟んだサンドイッチに、豊富な果物。移動中の食事にしては豪華なものだ。


 晩御飯はより期待していて下さいと言われたくらいだ。


 冒険者達の報酬も上乗せされるらしく、えらいご機嫌だ。


 俺は護衛クエストを受けた冒険者ではないので、報酬は辞退したが。


「それよりもお前さん、あのジェドなんだって」


 上機嫌の男がサンドイッチを持ちながら、俺の脇腹を肘でつつく。


「あのジェドってどういう事だよ」


「ジェドっていやあ、エーテルでも有名な期待の変態ルーキーなんだろ?」


「違うわ! 俺はジェドだが……違うんだ!」


 俺が即時に否定するが、口撃は止まない。


「どんな採集クエストもこなす優秀な奴なのに、恋人がハニーバードっていう残念な奴だとか」


「えー、君それ本当なの?」


 女魔法使いのドン引きした様子が、俺の心の深くに突き刺さる。


「だから、それは誤解ですから!」


 俺は結局、誤解を解くために夜まで必死に話し続けることになった。





 ×     ×     ×




 ギリオンからの手紙


【器物破損による損害賠償請求書】


 窓ガラス、テーブル、家具など。金貨五枚の請求。


 魔法学園より。




 ×     ×     ×



 クレアからギリオンへの手紙。


 やっと手紙を出してきたと思ったらこれなの!? お母さんはがっかりです。


 絶対にうちからは払いません! 自分で働いて返しなさい。父さんを頼っても同じですから。あと、グラディスを頼るのも駄目ですよ。


 ちゃんと近況の報告くらいしなさいよ。家族なんだから心配よ……。


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