冒険者ギルドの日常
数々のお祝いの言葉ありがとうございます。今日も頑張ります。
あれから俺は南の森の調査結果をギルドへと報告した。
一応ギルドには南東の奥地へと縄張りを移していたと伝えた。
それからしばらくした後に、何人かの冒険者も奥地でゴブリンを見かけたとの情報も入り何事もなく森の調査は終わった。
本当はハイゴブリン率いるゴブリン達が山を住処にして、あちこちにトラップを仕掛けているのだけれど気にしない。
そこまでの報告義務はないはずだ。
決して俺が住処を見て「ダンジョンみたいだな」とか呟いてもいない。
そうこれでいいのだ……きっと。
× × ×
爽やかな朝。
俺はいつもの通りに街の中を歩く。
今日はクエストに行くつもりはないので、睡眠多くをとって昼前に起きた。
店はすでに多くが開店しており、中ではウエイトレスが忙しそうにトレーを片手に走り回っている。
お店や屋台から漂う香ばしい匂いが、空っぽの胃袋を刺激する。
「あー、いい匂いだな。ここで食べちゃおうかなー。いや、でも今日はいい魚が出るって昨日コックさんが言っていたから我慢だ」
俺はお腹の下腹部をさすりながら、お店や屋台から視線を外す。
それでも香りは暴力的なまでに誘惑してくるのだが。
そんな時、いつも通りに声が聞えてきた。
『おい、ここ通れる?』
『いけるって! 俺のおひげがビンビンそう言ってるって』
その声が聞こえるのは建物の前にいる二匹の猫から。
一匹は三色の毛が生えている三毛猫。もう一匹は真っ黒な黒猫。
どうやら建物と建物の間の細道へと入ろうとしているらしい。
二匹はしきりに顔だけを突っ込んでは、何やら呻いたりしている。
『本当にここ通れるのかよ? 結構道が細いぜ?』
『んだよ、お前ちゃんとおひげで確かめたのかよ? 俺のおひげは行けると言っているね』
『確かめたに決まっているだろ! いや、でも俺のおひげは何かやめとけみたいな事を言っているぞ』
『やめとけだろ? それなら頑張ったらいけるって。この道を通ったら魚屋の裏口に出れるんだ行くしかねえだろ!』
『確かに。ここが一番安全で確実なんだよな? それなら行くしかねえな。新鮮にゃ魚達が俺達を待っているのだから』
顔を見合わせて頷き合う猫達。
大丈夫なのだろうか。道幅は本当に猫が一匹通れるか。他の道なら人がすれ違えるほどの広さもあるのだが、ここだけは細い。
黒猫の方がスラッとしているので通れそうだが、まるっとした三毛猫の方は少し怪しいぞ。
俺がどうするのか眺めていると、黒猫が走り出した。
『いっくぜーい!』
黒猫は予想通り苦も無く走り抜ける。
『よっしゃあ! 俺も!』
そして三毛猫もグッと足に力を込めて走り出した。
そして、
『はさまったあああああああああああ!』
道の中ほどですっぽりと挟まった。
最初は助走をつけたお陰で無理やり押し込めたようだが、道半ばで勢いが落ちてしまったようだ。
今では石の壁に挟まれて、体が四角く変形されている。
うん、滑稽だ。
『んだよだらしねーなー』
『だから俺のおひげは無理だって言っていたのに―』
『やめとけだろ? それに決めたのはお前じゃねえか』
『助けて』
三毛猫の弱々しい声が建物の間で響く。
普通の人にはにゃあにゃあと鳴き声が聞こえたのか、通りすがりの女性がくすりと笑う。
何だろう。俺はこの能力に気付いてから動物が微笑ましいとか思えなくなった気がする。
気高くて立派な馬でさえも走る時には『もっと強く鞭で叩いて!』とか『手綱を力強く引っ張ってくれ!』とか言う奴もいるんだぜ?
新しい動物に出会う度に驚くよ。
『しょうがねえなあ』
溜息をついた黒猫が三毛猫の後ろへと飛び越えて回り込む。
『尻押してやるから踏ん張れよ』
『わかった』
黒猫が三毛猫のお尻を頭で押していく。
『ほら……どうだ?』
『おお、ちょっとずつ進む! 進むよ!』
『おっしゃあ! それならこのまま押し込むぞ。それっ!』
『あ、ちょっと、ま――』
ぶぶうっ!
『んぎゃああああああああああっ!? くせえええ! お前ゼロ距離でオナラしやがったな!』
『悪い悪い。今日お腹の調子が悪くて』
『この野郎! もう知らん! 俺は先に魚屋に行くからな!』
『えっ!? ちょっとそれは困るよ! 待ってくれー!』
俺は自分の所まで臭いがくる前に、その場をあとにした。
× × ×
ギルドの酒場で昼食を食べた後、まったりと時間を過ごしている。
同じテーブルの席に着いているのは、他の冒険者。
残念ながらダンとラッドとギルではない。もし、あいつらがこの場にいたとしたら俺はこうも穏やかに長椅子になど座ってはいない。
あいつらには意味のわからない噂を広めた張本人。まだお仕置きはできていないのだから。
あいつらは現在商人の護衛クエストにまだ行っており帰って来てはいない。
アスマ村へと入ったようだから、まだまだ帰って来るのに時間がかかりそうだ。
出発した日にちから推測すると、そろそろアスマ村へと着いた頃ではないだろうか。
帰ってくる日までまだまだ時間がかかりそうだなあ。
そんな風に考えながら、テーブルの上にあるつまみを食べる。
他の冒険者も皆、同じように過ごしている。
今日は休憩日だからいいんだ。日頃命がけでクエストをこなしているのだ、これくらいはいいだろう。
「はあー……何か面白い事でも起きねえかな」
俺の目の前にいる戦士風の男が呟く。
「鏡でも見てみろよ。大爆笑だぜ?」
「この野郎! 俺の顔がそれほど笑えるってか!?」
戦士風の男が俺の隣に座る強面の男の胸倉を掴む。
ここではそのくらいのじゃれ合いは日常茶飯事なので、給仕の女性も気にする事はない。
むしろ、暇で今の会話を聞いていたのか、皆肩を震わせている。しかも職員さんまでも。
それに気付いた戦士風の男が呆然と周りを見渡す。
「……そんな……」
信じられないっといった表情だ。
さっきまで暇だった給仕も職員も、戦士風の男と視線を合わせないように、テーブルを拭いたり、意味もなく書類に目を通したりしている。
給仕さんも職員さんも酷い。
給仕さんなんて「テーブル掃除終わり! ピッカピカよ。これ以上拭く必要なんてないわ」とか鼻歌交じりに言っていた。
職員さんも「お昼の書類チェック終わり―!」とか伸びをしながら言っていたのに。
しかもまだ肩が震えているよ。
「……ジェド……お前は笑わないよな」
「ああ、勿論さ!」
「だったらどうして俺の顔を見ていないんだ!」
ダンッ! とテーブルに手をつく戦士風の男。
だってそりゃ……今顔を直視したら笑っちゃうからに決まっているじゃないか。
戦士風の男は俺と顔を合わせようとして、ちょこちょこと動いてこちらを覗き込んでくる。
「……ぬぬぬぬう」
「「………………」」
「……ぷっ」
その時の顔がまた面白くて、俺と強面の男は遂に腹を抱えて笑い出した。
長椅子から転がり落ちた俺達だがそれどころではない。い、息が、息ができないのだから。
「この野郎! ぶん殴ってやる!」
そう戦士風の男が拳を固めて立ちあがった時、ギルドの室内でいっせいに笑い声上がった。
恐らく俺達の笑い声のせいで、ついに堪えきれなくなってしまったのであろう。
先程から戦士風の男は、ちょろちょろと動き変な顔をしていたし仕方がないと思う。
あれは笑かしにきていると思う。
「うひひひひひ! もう無理! お腹痛い」
「コラ、失礼でしょ……笑ったははははははっ!」
「せ、先輩こそ笑っているじゃないですか!?」
「わ、わわ、笑っていないし? ちょっとお腹が痙攣しているだけだし! ぷふふ」
俺達も酷いが職員さんはもっと酷い。
それを見た戦士風の男は、
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
と涙目で叫びギルドを飛び出した。
これも冒険者ギルドの日常である。
多分ダンとラッドとギルがいたらもっと酷かったと思う。
× × ×
クレア母さんへの手紙
ジェドの近況報告
父さん母さん、僕は今冒険者の街エーテルにいます。
冒険者生活は順調そのもので、日々様々な発見に驚かされて毎日がとても楽しいです。
クエストの方は採集クエストをこなしており、怪我もしておりません。
今では採集クエストのスペシャリスト、なんてエーテルの街では呼ばれております。
母さんの方は元気でお過ごしでしょうか?
× × ×
ジェドへの手紙
こんにちはジェド君の大好きなクレアです。お手紙が届き母さんは嬉しいです。ちなみに、どこかのお馬鹿さんは未だに手紙を出しておりません。
アスマ村はジュリアと父さんのお陰で一段と大きく成長しております。
そのため最近は母さんが屋敷に一人でいる時間が増えるようになりました。
母さんはジェド君がいなくて寂しいです。ジェド君、そろそろ母さんが寂しくなってきませんか?
ところでジェド君、活躍の噂は流れて来ているのですが、恋人がハニーバードとはどういう事なのでしょうか?
母さんは恋人をつくることを了承しました。了承しましたが、まさか人間から外れて動物を恋人にするとは思いもしませんでした。
それに道端で兎や小鳥に土下座をしたりするそうではないですか。
どこでジェド君が進む道を誤ってしまったのやら。
母さんはとてもジェド君が心配でたまりません。
今や期待の変態ルーキーでしたっけ?
ジェド君の為にも屋敷へと帰ってきたほうがいいと思いますが?
(とあるアフロと金髪とスキンヘッドの三人組冒険者がジェド君の事を丁寧に教えてくれましたよ)
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クレア母さんへの手紙
釈明の機会を下さい。あと、その三人組の言う事は信用してはなりません。
ジェドより。
ギリオンやグラディスのお手紙もありますよ。




