南の森
「えー? 南の森の調査―?」
俺はギルドの受付で嫌そうな声を上げて、精一杯やりたくないと抗議する。
それに怯む事なく、ギルドの職員さんは上目遣いで言う。
「お願いですジェドさん! いつも森の最奥部に行って無傷で帰って来る、ジェドさんだからこそ頼むんです!」
「そんな風に俺を持ち上げても駄目ですよ。どうせマナ鉱石の時のように俺を厄介なクエストに行かせる気でしょうに」
「そんな事はありませんよ。適材適所ですよ?」
俺の白い視線を、指をピンと立てて笑顔で受け流す職員。その笑顔がいつもよりも硬く見えるのは俺の気のせいであろうか。
「なら俺はいつも通り、北の森に行こうと思います。この間美味しいマートの実を見つけたので」
俺が踵を返して、扉へと向かおうとすると職員さんが俺の背中の服を掴んみ、そしてこんな事を大声で口走った。
「どうして反対側に行くのですか!? どうせ森に行くのならお願いしますよ! 今度いい女の子紹介しますから! ちゃんと人間の女性ですよ? これならジェドさんが鳥を恋人にする事はありませんよね?」
「ちょっとそれ誰がそんな嘘を広めたんですか!? 依頼受けますから教えて下さい! 犯人を引っぱたきますから!」
× × ×
つい咄嗟に了承の言葉を叫んでしまい、俺は現在エーテルから南にある森へとやってきている。
ちなみに犯人は例の三人組のダンとラッドとギルであった。残念ながら、その三人は今日は護衛のクエストで街の外へと出て行ったようだ。運の良い奴らめ。
今度サーベルタイガーの所へと連れて行ってやろうか。
俺がなぜ南の森に行くのが嫌だったのか。
それは依頼内容から嫌な予感がピンピンと感じられるからである。
【最近めっきりとゴブリンを見かけなくなった。誰か偵察に赴いて欲しい。場所はエーテルから南に位置する森】
という依頼だ。
俺とゴブリン達が別れた場所はエーテルから南の辺り。
もう、あいつらが森で何かをしたとしか思えないのだが。
職員さんによると異変が起きるまでは、南の森はゴブリンが浅いエリアに頻繁に出没し、街道を通る馬車や、人々を襲う事もあったのだとか。
そういう事や浅いエリアには強い魔物がいない利点から、ゴブリン達は浅いエリアに縄張りを多く持っていたはずだった。
もともと南の森には多くの魔物達が入り乱れている事から、ゴブリンの姿を見かけなくなることは不思議ではなかった。縄張り争い、他の魔物の参入、その様な日々しのぎを削り合う魔物の生態を考えれば不思議な事ではない。
しかし、繁殖力が強く最も数が多いとされるゴブリンがここ二カ月以上もの間、姿を全くではないが見せなくなる事は異常であるとの事。
もし、ゴブリン達を率いるゴブリンキングなどが誕生して、他の地域へと移動したとあれば一大事。
近隣の人々への被害は計り知れないであろう。
そんな最悪の事態を恐れてギルドは俺を調査に出したのだろう。
何をしているのか知らないが、俺も気になるのでとりあえずゴブリンを探す。
南の森は、他の森に比べて木が多い。
道幅も基本的に狭く、茂みも多い。魔物と遭遇しやすい地形だ。
その為に、浅い場所で魔物を狩るにも囲まれないように注意が必要だ。
ここらへんには俺の事を知っている動物が少ないので、いつもより警戒して進む。
『おい、見ろよ! このキノコ!』
『何だ?』
『めっちゃ綺麗な色してるぜ! 絶対に美味いって! 食ってみようぜ』
『ほう、確かに美味そうな色だな。赤に水色の玉みたいな模様が付いているな。どんな味がするのやら……』
『じゃあ早速食ってみるか!』
絶対に毒だと思う。そんな突っ込みを心の中で入れておく。
『『いただきまーす!』』
『『…………』』
え? どうなったの? どうなったの?
しばらく反応を待ってみたが声は聞こえてこない。
もしかして死んでしまったのだろうか?
俺が気になって声がした辺りの茂みを掻き分けると、そこには二匹のリスがうつ伏せに倒れていた。それはもう糸の切れた人形のように脱力した様子で。
その傍らには齧ったばかりの毒々しいキノコが無造作に二つ転がっている。
まさか本当に死んだのか!?
俺がそう思った瞬間、
『『……すか―……すか―……』』
寝息が聞こえてきた。
どうやら睡眠作用のあるキノコだったらしい。
リスは寝返りを打ち、気持ちよさそうに腹を掻いている。
俺はそっと音を立てずに茂みから離れて、元に道へと戻った。
俺はその後も奥に進み続ける。
ここらへんには結構凶暴な魔物が多くて、俺は出来る限り声を聞いて回避していったが今回のようにどうしても遭遇してしまう事がある。
そういう時の対処法は基本的にまず対話。
無理なら実力を思い知らせて対話となっている。
今回出くわした魔物はレッドゴング。
赤い毛並みに覆われた、大型のゴリラ。その姿はジャイアントファングであるアーガイルに匹敵するであろう大きさだ。
燃え盛るようにツンと立った頭の毛が何とも可愛らしく思えなくもないが、凄まじいパワーを持つ魔物として有名だ。
どうやら今回は戦闘をしてからの対話となりそうだ。
レッドゴングは俺を睨め付けると、手を握り拳の状態にして地面を突く。
そしてそのまま悠然とこちらを窺うかのように歩き出した。
所謂ナックルウォーキングと言われるやつだ。
そのまま、レッドゴングは俺の正面へとやって来ると、倒木を片手で掴んだ。
もしかしてその倒木を振り回したり、投げたりとしてくるのではないだろうか。
あの巨体が倒木を振り回されると厄介だ。俺が当たればひとたまりもないだろう。
俺は警戒心を上げて、いつでも回避からの魔法の発動ができるように身構えた。
すると、レッドゴングは倒木を両手で掴み……。
『うわあああっ! 気持悪い! グジュッてしたよ、グジュッと!』
レッドゴングは嫌悪感たっぷりに叫んで、倒木を投げ捨てた。
投げ捨てられた倒木は遠くの方で、湿った音と共に砕ける。
『くそ! 倒木だから中身スッカスカでへし折ったら迫力ある威嚇を見せつけられると思ったのに、腐っているとは思わなかった……』
レッドゴングは先程の感触が忘れられないのか、顔をしかめて腕をブンブンと振る。
「わかるわかる。俺も森の中で倒木に腰掛けようとしたらグジュッとなった事あったから……」
『だよな! だよな! 本当あれには期待を裏切られるっていうか。その怒りをぶつけようにも湿っていて気持ち悪いしよー……』
俺がそうしみじみと呟くと、レッドゴングは拳を握りこんで語り始める。
『……って、俺の言葉わかるの?』
「うん、わかるよ」
俺がそう答えるとレッドゴングは目を丸くして驚きの声を上げた。




