男として
『…………なあジェド。良かったら俺達の頼みを聞いてくれないだろうか……』
レンジからそんな言葉を聞いて、やって来たのは少し広めの坑道。
円形に広がるそこには多くの木箱や荷物に、採掘道具があちこちと置かれてあった。
作業していた時には、ここを拠点として一休みなどをしていたのであろうか。
天井には設置された大きな発光石がいくつも付いており、白い光が程よくこの場所を照らしている。
そしてあちこちに座っているのは多くのスケルトン。
皆それぞれ楽な格好をして、思い思いの場所へと腰を下ろしたり、立って喋っていたりと様である。
中にはそわそわしている者や妙にしなやかな仕草をしている者もいた。
結構な数のスケルトンがいる。炭鉱で働くには当たり前の人数なのだろうが、五十体はいると思われるスケルトンに囲まれると少しビビってしまう。
俺達がやって来るとスケルトン達は話を止めて、視線を俺へと注ぐ。
一斉に頭蓋骨がこちらを向いて、悲鳴を上げそうになったが何とかそれを堪えた。
しかし、心臓は今でもバクバクしている。
その中で一番に口を開いたのは、大きな木箱の上に座っているスケルトンだった。
『その人が例の私達と会話ができるっていう冒険者なの?』
「女性!?」
俺はスケルトンの可愛らしい声に驚く。
そう、鈴が転がるような女性の声だったのだ。
そりゃ、スケルトンは生前の人間の魂を元にしているのだから女性がいても当たり前なのだが、炭鉱内にいるのは意外だった。
『あら、本当に私の声がわかるの? 私の名前はエマよ』
「はい、エマさん。わかります。俺の名前はジェドです」
俺が返事をすると周りにいたスケルトンが「おお!」などという感嘆の声を上げる。
『女のスケルトンがいるなんてって顔をしているわね。そりゃここは大勢の男達が汗水流して働いていた炭鉱場だけれど、皆働くのにもご飯は必要よ。それに服も。だから私達女も何人かはここで働いていたのよ?』
エマさんがそう言って近く座るスケルトン達を紹介するように腕を向ける。
その動きもまた、スケルトンなのに女性らしいと思えた。
紹介された女性陣のスケルトンが丁寧な動作で頭を下げる。
それに見習い俺も慌てて頭を下げた。
よく見れば頭蓋骨は男性より丸みを帯びており、眉の部分も平たい。
骨格も全体的に細く、骨盤が大きいのがわかった。
『……あのう……そんなにまじまじと見られると……』
紹介された女性のスケルトンが身をよじりながらか細い声で恥ずかしそうに言う。
ちょっと恥ずかしがる姿に少しドキッとしたのは内緒である。
『いくらスケルトンだからってそんなに見るのは失礼よ。今はこんな姿でも私達は乙女なんだから』
『うはは! そんなのどこにいるんだよ』
『骨しかねーじゃねえか』
『生きていた頃は立派なものを持っていたのに……』
などと男から飛んでくる野次を、エマさんは一睨みで黙らせる。
『『『……すんません』』』
ここの頂点の存在が誰かが理解できた瞬間であった。
立派なものとやらが凄く気になるが聞ける雰囲気ではなくなってしまった。
『さてと本当に私達と会話ができるといのは、これで皆がわかったわね』
気を取り直すように足を組み替えながら言うエマさん。
それに対して他のスケルトンも首を縦に振って同意の意思を示す。
『ジェド聞きたい事がある。ここに書いてある名前の奴に覚えはあるか?』
先程までどこかに行っていたレンジが一枚の汚れた紙を広げて示す。
そこには黒く書かれた人の名前が円を描くように記されていた。
何となく寄せ書きのようなイメージを持たせる。
「これってどういう人達?」
『崩落の時に助かったと思われる仲間達だ。スケルトンにならずに死んだ奴の名前は抜けている』
「わかった」
俺はそれを一つも見逃さないと眺めていく。
その中で俺は聞き覚えのある名前をいくつか見つけた。
「このトニーって人って覚えがあるんだけど」
俺がおずおずと名前を口に出すと、奥にいたスケルトンが手を上げて飛び跳ねる。
『本当か! それ俺の親友なんだ! 良かった……アイツ生きてやがったのか』
「鼻と背丈が高い茶髪の男性だよね?」
『ああ、そうだ。間違いねえ。あの鼻と背の高さで茶髪と言ったらトニーだ。アイツ今はなにやっていがるんだ?』
親友の安否がわかり、嬉しそうに親友の様子を尋ねてくるスケルトン。
「えっと、『黄金の大地』っていう高級パン屋さんでハンナさんと仲良く働いていたよ」
『……はっ? 高級……? それに俺の妻と……仲良く? 俺が働いていた時は、それはもう貧相なパン屋だったんだが? ハンナとその兄貴と慎ましく働いていたのに!?』
奥にいたスケルトンがどういう事だ、という風に掴みかかってくる。
「いや、夫が死んで国からお金がいくらか入ったから店を新しく商店街に作ったって言っていたよ? それから夫のへそくりを使って良い材料を買い込んで売りだしたら景気がよくなったって……」
『そ、そんな。俺がいた時の生活よりも幸せそうだ……』
呆然として立ち尽くすスケルトン。
これは家族としては大いに嬉しい事なのだが、一人の男からすると少し悔しいに違いない。
『やべえ、俺も家族とかどうなっているか聞きたかったけれど怖くなってきた』
『俺もだ。そりゃ、家族が幸せになっていれば一番かもしれないが、受け止めきれる自信がない……』
『でもよ、もし家族が辛い目にあっていたらと思うと』
『ああ、それを助けるにはジェドを頼るしかないだろ。俺達は外に出る事ができないし、この姿じゃあ……』
『俺、娘に伝え損ねた秘伝のレシピが……』
『俺の貯めていたお金の在り処を伝えれば生活が楽になるかもしれない』
一瞬心のダメージを恐れて弱気になっていたが、皆やはり家族が大事なのか前向きになる。
例え家族がどんな風になっていたとしても、皆が大切な人には幸せになって欲しいと思うのだから。
その気持ちさえあれば、大抵の事は笑って祝福をしてあげることができるだろう。
例え大切な人が無くなっても、生きる事をやめてはいけない。
希望を失くしてはいけない。
いずれは立ちあがって、その人の分まで生きなければならないのだから。
そう、最後には前に進まなければならない。
俺は未だに呆然と立ち尽くしている、スケルトンの肩を揺らして語りかける。
「でも、ハンナさん感謝していたよ。毎朝家の奥で旦那であるあなたに手を合わせていたし、誰とも再婚はしないって言っていたよ」
俺は瞳があったであろう場所に正面から覗きこみながら力強く言う。
そう。ハンナさんは毎日夫の事を忘れることなく、祈りをささげていた。
今ある生活の感謝を。毎日の出来事を報告するために。
それは時折、早朝にパンを買いに行く俺でも見ていれば理解できた。
朝早くに真っ先に夫へと祈りをささげる姿を見て。
ああ、この人は夫の事を深く愛していたんだなって。
『……そっか』
するとハンナさんの旦那であったスケルトンは優しい声音で一言呟くと、先程の呆然とは違う脱力をした。
魂が抜け落ちたかのように全身から力を消失させがくりと膝を屈する。
そして、スケルトンの体が突然ボロりと崩れた。
一人の男であったスケルトンの総身が灰へと果てる。
大量の灰が崩れ落ちる光景を俺達は最後まで見届けた。




