上がって来た者
エーテルの街から東へ半日ほどの所にある炭鉱場。
そこでは数多くの鉱石や原石が採掘されていたのだが、一年前の崩落事故による被害を出してから、そこでは採掘はされていない。
もちろんこの辺りを治める貴族や、国も再開させようとしたのだが、丁度その時に魔物の大量発生が起こり再開作業は延期となった。
そして魔物の駆逐が終わり、炭鉱場を復興作業にかかった時には坑道が多くの魔物に埋め尽くされており復興作業は中止。冒険者へとクエストが出された。
幸いアドレット王国には鉱山資源が豊富にあるらしく、ここで採掘されなくても構わない状態なのだが、いつまでも遊ばせておくには惜しい。
しかし、わざわざ王都の騎士団やゴールドランクの冒険者を派遣するほど重要な事ではない。坑道に溢れているのはアンデッド種の魔物スケルトン。
これならエーテルの冒険者にやらせてしまえという事になった。
しかし、狭くて暗い炭鉱内でのクエストを冒険者達が進んでやる事もなく、今日まで残っていたらしい。
確かにスケルトンの討伐などしても、素材が取れるわけでも無いので冒険者達からすれば美味いクエストとは言えない。
例えスケルトンの討伐報酬を上げたとしても、ブロンズばかりの冒険者が行くかどうかは怪しいものだが。
そんな訳で俺は今、炭鉱の中を歩いている。
労働者が通っていたであろうこの坑道は暗闇に包まれており、自分の足元でさえ確認することができないほどだ。
坑道内は静寂に満ちており、僅かに天井や壁を伝う水滴が落ちる音だけが響いている。
四方を岩の壁に包まれているせいか、遠くからの音さえも反響して近くに感じてしまう。
俺は視界を確保するために光魔法を唱えた。
「【デア・シン】」
それにより、掌から光の球体が浮かび上がる。
それはほのかな輝きを持ち、明るすぎることなく丁度良い光量で坑道内を照らしてくれた。
坑道内は奥へと一本の道がずっと続いており、生物の姿はない。
光を奥へと飛ばしてみたが、誰もいない。
それは俺の耳でも確かめたことなのだが、無口な魔物や喋らない魔物などもいるかもしれないので念のためにした行動だ。
とにかくこの坑道には誰もいないらしい。
俺は光を呼び戻してから、ゆっくりと歩き出す。
壁に囲われているお陰で自分の足音が大きく響いている。
壁からは何か不純物の交じった液体らしき物が流れており、壁や地面を茶色く変色させている。何だかぬめぬめとしているので、俺はこれに足を取られないように注意しながら歩く事にした。
少し道なりに進むと、坑道内の壁に発光石が設置されていた。
発光石とは魔力を流すとしばらく光輝く石であり、これはエーテルの街の至る所に設置されており、ほとんどの人間が使用できるものだ。
場合によっては夜を外で過ごすことすらもあり得る、冒険者にとって必需品であり大抵は皆が所持している。
坑道内の灯りに火を使っていないのは、可燃性のガスなどによる引火を恐れての事だろうか。それとも発光石なんて便利なものが存在するお陰なのだろうか。
とにかく懸念していた危険がないようで、安心して俺は進む。
それから何回か角を曲がり、空気がひんやりとしてきた頃に声が聞こえ始めた。
それは天井にぶら下がる二匹の蝙蝠から囁くように。
『おい! 見ろよ! あの人間天井を歩いていやがるぜ!』
『違げえよ馬鹿。俺達が天井にぶら下がっているから、そう見えるだけだよ』
『あ、そうだった。俺達のいる所が天井で、人間の歩いている所が地面だった! いやー、忘れてた忘れてた。たまには鳥みたいに地面を歩いた方がいいかな?』
『俺達はあいつらみたいに後ろ足が強くないから、歩く事さえできないっつうの』
『そうだったな』
それから蝙蝠達は特に俺の存在に気にすることもなく、眠り始めた。
夜行性なのだろうか。
道案内を頼みたかったのだが、これでは無理そうだ。
もうしばらく自分の力で進んでみよう。
それから坑道の幅が細くなり始めたころに、遠くから微かな声が聞えてきた。
『……んだよー…………俺のせいじゃ……』
『負けたのは…………』
また蝙蝠か何かだろうか。分からないが、話せる相手ならば目的のマナ鉱石が採掘できる場所を教えてもらいたい。
俺はそう思い声のする方向に静かに近寄っていった。
近寄るにつれて声は大きくなり、はっきりと聞こえ下からの声だという事がわかる。
恐らく動物や魔物の何かが複数体存在している。
声以外にも何やら硬質な音がカラカラと響くので、いまいち分からない。が、灯りはあるらしくほのかに光が上にまで昇っていた。
目の前にはロープが垂れ下がっている。そのロープは巻き上げて物資を下から上へと運ぶ為のものだろうか。
それをよく見る為に一歩踏み出したために、足元の石ころが下へと落ちてしまった。
石ころが何かとぶつかり合い硬質な音を立てる。
『うおっ!? びっくりした』
下から驚きの声が聞こえ、俺は慌てて光を消してひっそりと息を沈める。
『またアイツかよ。さっきも来たばかりだろうに』
『まあ、しょうがねえよ。俺が当番だしよ』
そんな声が聞こえると、ロープがしゅるしゅると音を立てる。
え? ロープを使って何かを運んできたのだろうか。俺が混乱している間にもロープは着々と上がってき、やがて俺の前にやってくる。
『んだよ、真っ暗じゃねえか。少しくらい灯りつけろよな。夜目が聞くとはいえ……ん?』
「ん?」
とにかく目の前から声がする。向こうは何かを感じたのか疑問の声を上げた。
とは言え、俺からはほぼ何も見えないと言ってもいい状態だ。
辛うじて大きなお皿らしき物を確認するので精一杯。
『今日のお前やけに肉付きがいいな……』
目の前から意味の分からない声がする中、俺は再び光を点ける。
そこには大皿にちょこんと頭蓋骨が乗っていた。
『…………』
「…………」
俺達の時が止まる。
そして俺達は。
「『んぎゃああああああああああああああああああああああっ!』」
同時に叫び声を上げた。




