冒険者の街エーテル
「お前達こんな所まで付いてきてどうするんだよ?」
俺は荷馬車の床を手で叩きつけた。
現在俺は冒険者の集う街エーテルを目指している。
馬車に揺られて四日。小さな村を経由してここまでやってきた。
今日の昼にはエーテルにたどり着く予定である。
そしてそんな冒険者溢れる街にゴブリンを連れていけるわけない。姿を見られた瞬間に、屈強な冒険者達から袋叩きにあうであろう。
『ジェド。冒険者とはパーティーを組むものだろ?』
胡坐をかいたギギが俺に問いかける。
俺も大きくなったのだけれど、コイツらもやはり大きくなっているな。筋肉も少し付いているみたいだし。
「ん? そうだよ? 二人だったり、三人だったり。大体四人のパーティーが多いみたいだけど?」
『ここには丁度俺達が三人。ジェドを合わせて……』
『『四人パーティーだ!』』
「あほか! お前達と組めるわけがないだろ! どうやって街に入るんだよ! ここ冒険者の街だぞ?」
俺が思わず大きな声を出すと、ゴブリン達は耳を塞いでうるさそうな表情をする。
『ああああ!? それくらい何とかなんねえのかよ?』
『適当にローブでも羽織っておけば大丈夫なんじゃねえか?』
ギギとザブが口々に無茶な事を言ってくる。
「いや、お前たちの肌緑色だから。一発でばれるから」
『じゃあ包帯でも全身に巻くか?』
エーテルの街にやってきた新人冒険者達。
そのメンバーは一人の人間と、肌を包帯で巻きまくったローブの男達。
怪しい、怪しすぎる。
そんなのは一時でしか使えない方法だ。
「いっそお前達の体を全身肌色に塗装して、耳を削ぎ落せば何とかなるかもな」
後はまあ、怪しくならない程度に服で隠せば何とか……。手が厳しいか。
『お前何て事を言いやがるんだよ! それでも人間か!?』
『俺のチャームポイントである耳を削ぐとか信じられねえ……』
「ベルのチャームポイントとか心底どうでもいい」
「なっ!」
ベルが驚きの声を上げて、俺の腰を掴み何やら喚いている。
はいはい、最近はピアスみたいな物を付けて大層喜んでいましたからね。
それちなみに牛の鼻輪なんだけれども黙っておこう。気に入っているみたいだからいいじゃないか。
『それならいっその事ジェドの肌を緑色に染めれば……』
「ザブ、それは俺の肌の色を変えればゴブリンになるって言いたいのか?」
『……なんでもございません』
第一、それじゃあ四匹のゴブリンが出来上がるだけで何の意味もない。
齢十二歳の俺に、人間を捨てて魔物として生きろと?
『チームゴブリン結成の道のりは遠いかあ……』
ベルがごろんと転がり空を見上げて言う。
「そんなチームが出来上がる日は絶対に来ない。というかお前達、もうすぐ街に着くから出ていけ」
× × ×
城壁の中は多くの冒険者待ち合わせをしていたり、クエストに出発していったりと賑わっていた。屈強な肉体に金属鎧や革鎧などを身に纏い、大きな剣を携えて堂々と歩く男。
中には魔法使いらしき杖を手に持ちローブ姿の女性や、アマゾネスのような布や最低限の防具しか纏わない女性も。
あのヒラヒラした布には防具としての機能が備わっているのだろうか。
さすが冒険者の街エーテル、冒険者だらけだ。
俺は行き交う街の人々を観察しながら歩き出した。
まずは冒険者ギルドだよな。
そこで冒険者として登録してもらって、宿を紹介してもらうとしよう。
ちなみにこの情報は馬車に乗せてくれた商人さんが教えてくれたもの。ちゃんと聞いていて良かった。
冒険者ギルドは入って道なりに進むだけでたどり着けるらしい、もっとも多くの冒険者がそのように進んでいるのだから間違いはないだろう。
ちなみにゴブリン共は悪態をつきながら森へと消えていった。冒険者が多く存在する街の近くで暮らすとは酔狂な。
でもまあ、アイツらの事だから簡単にはくたばらない気もするが。
変な事をしなければいいが……。
しばらく進むと冒険者ギルドらしいものを見つけた。
中からは人が何人もいるのか、大勢の声が聞えてくる。
怖そうな人や絡んでくる人はいないよなあ、などとビビりながらも俺は覚悟を決めて足を踏み入れた。
中に入ると食べ物のいい匂いがした。
それはギルドの中に酒場が併設されているためだ。
お昼時なせいか、多くの冒険者達が酒を片手に食べ物を食べていた。
そしてテーブルの間には、二人のウエイトレスさんが忙しそうにトレーの上に空き皿を載せて走り回っていた。
俺が中に入ったことにより、冒険者達の視線がいくつか集まる。
依頼者であろうが、冒険者であろうがや新参者が珍しいのだろうか。
その好奇の視線は、俺が真っすぐに受付のカウンターへと向かうまで突き刺さっていた。
受付に向かうと女性のギルド職員が見事な営業スマイルで挨拶をしてくれた。
茶髪の髪をポニーテールにした女性。人の良さそうな可愛らしい顔をしている。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご依頼ですか? それとも冒険者登録ですか?」
「冒険者登録をお願いいたします」
「かしこまりました。では登録料として二千ノイズ頂きます」
そう言われて俺は懐から銀貨を二枚差し出す。
この世界の貨幣は一万ノイズが金貨一枚、千ノイズが銀貨一枚。百ノイズが銅貨一枚という風な感じだ。どれも硬貨を使っており、女神様のような彫刻が施されている。これはメリアリナ様なのだろうか? 本物の方が綺麗だな。後は十ノイズが一円玉みたいな感じである。
最初は慣れなかったが、今となってはこっちの方がしっくりくるくらいだ。
どうも紙幣というのは、お金のありがたみが少なく感じられてしまうので苦手だった。
父さんから持たされているお金は十万ノイズ。それ以上のお金を追加で送らないとの事。
後は自分でクエストをこなして、暮らせとの事。武器や防具は父さんから貰っているので問題ない。
なので、当分は余裕を持って暮らせそうだ。
とは言え、緊急事態の時のためにも残しておきたいので、無駄使いはできない。
きちんと計画して慎重に使わなければ。
「それではここに血を一滴たらして下さい。そうしていただければ冒険者の証である冒険者カードが出来上がり、登録は完了です」
そう言って一枚のカードに針を添えて差し出してくる職員。
何? このカードに血を一滴たらすだけで完了なの? 早!
思っていたよりも簡単だった事に驚きながら、指に針を刺してカードの上へと血を垂らす。
するとカードが発光し、真っ白な状態から銅色に色付き徐々に名前や年齢が刻まれていった。
おお、凄い。
きっと俺の情報が刻まれているのだろう。
そして発光が終わると、職員はカードを手に取り確認する。
「えーと、はいジェド様ですね? 十二歳とはぎりぎりですね」
お茶目っぽく笑う職員からカードを貰い確かめる。
そこにはジェド=クリフォードとしっかりと記されていた。
一応家名は付いているみたいだけれど、気を使って言わないで置いてくれたのだろうな。
「はい、これでジェド様は今日から冒険者です。冒険者や冒険者カードの説明を必要でしょうか?」
「あ、はい。田舎から出て来てわからないのでお願いします」
全く知らない俺に対して、職員の女性は面倒くさそうな顔は見せずに笑顔で説明してくれる。
「はい、ではご説明しますね。冒険者にはまずランクがあります。クエストをこなして力を証明して、ギルドから認められる事ができれば更新され冒険者カードの色が変わります。下から順にブロンズ、シルバー、ゴールドといった感じですね」
「つまり、登録したての俺は一番下のブロンズと?」
「はい、そうなります。あとこの冒険者カードには魔物の討伐を記録する特殊な機能が備わっているので失くさないで下さい」
「そんな事ができるんですか?」
「はい、正確には魔物を倒したときに飛び散る魔素を吸収します。なので、外に出る時は常に肌身離さずに持ち歩いておいて下さいね。記録されなかった討伐は報酬に入りませんから」
これはまた便利だけれども、トラブルが多く発生してしまいそうだな。
討伐に外へ行ったはいいが、カードを忘れて街に戻るなんて事が多くありそうだ。
「便利そうで不便ですね」
俺がそう言うと、職員さんは苦笑いをしながら「はい、そうなんですよ」と答えた。
「クエストについてはあちらの掲示板に。その他の情報については反対側の掲示板に開示されているので是非お確かめ下さい……ではジェド様、冒険者ギルドはあなたを歓迎いたします。これからの活躍にギルドは期待します!」
その声と同時に他の職員も頭を下げ、ご飯を食べていた冒険者達が野太い歓迎の声を浴びせてくれる。
こうして俺の冒険者生活が始まるのだった……!




