木箱の中でうごめく気配
馬車の荷台からアスマ村が見える事はない。この荷台には俺以外に人はおらず、前の馬車からは時折商人たちの声がするくらいだ。
俺は荷台から流れる緑の景色を眺めながら、走る馬の会話を聞いていた。
『あー、今日もいい天気だな』
『本当最近天気が良くて、走る俺達も楽だわ』
『あー、全くだな。土砂降りの日に走らせる時は辛いのなんの。たまに泥で足とか滑りそうになるしな』
『それなのに鞭でペシぺシ叩いてくる人間には腹が立つよな』
『そうそれ。俺達の足が折れたらどうするんだっての。急ぐ気持ちはわからんでもないけれど、安全性を考慮した速度で走らせてくれないとな』
何て感じに愚痴やら世間話も聞こえてくる。
『それにしてもアスマ村の牧草美味かったよな』
『やめろよ。腹が減るだろうが』
『乾草も良かったよな。いい感じに緑がかっていたし甘い香りもしていた』
『まあな。運が悪いと葉よりも茎が多いし、黄色っぽい色してるもんな』
『『……腹減ったな』』
……馬にも色々なことがあるんだな。
俺は横になって身体を休める。馬車って結構揺れるんだな。地面からの振動とかもろに伝わってくるし。
俺のひとまずの目的地、冒険者が集う街エーテルまではまだまだかかりそうだ。
エーテルには多くの初級冒険者が集まる賑やかな街らしい。
ここらへんで冒険者を目指す者ならば、エーテルへと向かい冒険者となる。
そしてクエストを受けながら力を磨く毎日を送るとの事。
冒険者を目指す若者は多くいるために街も魔物の脅威に晒される事が少なく、物の出入りも多いのだとか。
冒険者が多い=魔物に怯えなくて済む。それゆえにエーテルへと移民する人もいるのだとか。アスマ村へと来る商人達もエーテルを経由して来ているのだろう。そこで物を売る事ができるし、冒険者を護衛としてすぐに雇う事もできる。
田舎であるアスマ村が豊かになっているのはエーテルの冒険者のおかげでもあるのだ。
そう考えると冒険者の街エーテルって凄い。
ゴトリ。
馬車が石でも踏んだのか大きく揺れた。
『痛え!』
『『ちょ、声』』
『『『…………』』』
同じ荷台にあるひと際大きな木箱。
商人の荷物なのだから、多くの食料や大きな商品があるのはおかしくはない。
しかし、そこから何やら気配がするのだ。
それに時折、こうして声まで聞こえる。
俺はここの商人ではないので荷物の中身は知らない。しかし、気配と声がする以上は何かしらの生き物がいるのだろう。
愛玩用に鳥や大人しい魔物を飼うことは、貴族のなかではよくあることだ。馬車に載っていても何もおかしくはない。
しかし、声が妙に聞き覚えのあるものなのだ。具体的には緑色の肌をした三匹の声に。
俺はただ乗せてもらっている側の人間。荷物を勝手に開けるなどしてもいい訳がない。
そんな事をしては追い出されてしまう。
そんな訳で俺はただただ気付かぬ振りをしているのだが……。
少し軽めに木箱を蹴ってみる。
『『『…………』』』
箱からビクリとするような反応がした。
続けてゲシゲシと蹴ってみる。
箱の中からビクビクという反応が連続して帰ってくる。
怪しい。
普通の動物なら鳴き声、俺からすれば怒鳴り声が返ってきてもおかしくはないはず。もぞもぞと動く気配から寝ているはずもない。
つまり意図して黙っているということだ。このまま蹴り続けるかどうするか……。
馬車に揺られてしばらく、馬車は一度停まり休憩となった。
俺はと言えば、商人さんにこの先の村やエーテルの事を聞きながら一緒にお弁当を食べた。
『なあ……腹減ってきたんだけれど』
『俺もだよ。それにここ狭くて息苦しくて辛え』
『今なら誰もいないし、積んである食料をもらってもいいんじゃないか?』
『よし、そうするか』
もう丸聞こえなんだけれども。
俺は外から偶然戻ってきたように荷台へと戻る。
「あー、食べた食べた。次の街エーテルまでまだかかりそうだなー」
『『『間の悪いホブゴブリンめ!』』』
「おい! もう我慢できないぞクソゴブリン共! このままジワジワといたぶってやろうとしたけれどもう限界だ! もっとうまく隠れろよ!」
『やけに箱に物が当たったり、食べ物に関する独り言をしていると思っていたぞ!』
『さてはお前、俺達が箱に入っていると気付いて蹴ったな!』
『このホブゴブリン!』
俺が怒鳴ると、ゴブリン共がついに木箱の蓋を破って姿を現した。
おーおー、お腹が空いているのかイライラしているなあ。
「そうだよわざとだよ。モゾモゾと動いていて気になって仕方がないんだよクソゴブ!」
『『『なんだと! やんのか?』』』
「ああ、いいぜ。表へ出な。次に目を覚ました頃には森の中でポイされているけれどな!」
「あのー……ジェドさん、どうかしたんですか?」
俺の騒ぎ声を聞いたのか、商人さんが苦笑いしながら近付いてきた。
『やべえ、箱に戻れ』
「いや、その……何でもありません」
思わず顔を赤くして俯く。弁明のしようがございません。どう見ても一人で騒いでいただけでございます。
「そうですか。エーテルが楽しみなのはわかりますが、そんなにはしゃいでもまだ到着しませんよ」
商人さんは温かい目をして、子供を諭すように俺の肩に手を置いて去っていた。
何か俺が冒険者になるのを楽しみにしすぎている子供みたいに思われてしまったじゃないか。
俺、村を出てもこんな感じなのだろうか……。




