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旅立ち

 

 リビングの大きなテーブルを囲んで父さん、俺、母さん、ジュリア姉さんが座る。


 数年前まではここにグラディス兄さんやギリオン兄さんを挟んでいたのだが、王都に行ってしまった為に父さんと席が近くなっている。


 そのせいで俺の鼓膜は大声で叩かれる事になった。


 それはテーブルにある物を置いたせい。


「オーガの角だとっ!?」


「ジェド君! そんな物どこから盗ってきたの!?」


 父さんが大声で叫び、お母さんが俺を叱りつけるように言う。


 後には「お母さんも一緒に謝ってあげるから返しに行きましょ!」とか続きそうだ。


「いやいや、母さんオーガの角なんて盗ってこられる物じゃないから」


「じゃあこれどうやって盗ってきたの?」


 ジュリア姉さんが可笑しそうに笑いながら、問いかけて来る。


 何か言い方が母さんと同じ『盗る』な気がするのだけれど気のせいかな?


「いや、オーガを倒して取ってきたんだよ」


 うん、嘘は言っていない。確かにオーガは倒したよ。今は俺の作った住処でのんびりと暮らしているのだけれど。


「……確かにオーガの角だ」


 父さんが角を手に取って呟く。


「本当に? 落ちていたのを拾ってきたとか、貰ったとかじゃないでしょうね?」


 オーガの大事な物が拾い物扱いとは。


「本当だってば。この間森の奥で出会ったんだから」


「オーガの角って大きいのね。初めて見たわ」


「父さんは言ったよね? 冒険者になる前に力量を示せって」


 そう俺が今回オーガの角を父さんに見せたのはその為だ。俺が冒険者になるのを認めてもらう為の。


「……オーガの角は二本だったはずだが、もう一本はないのか?」


 父さんが角をテーブルに置いて、尋ねて来る。ジュリア姉さんは角を見てはいるが触る気はないようだ。


「出会った時には角が半分折れていたよ。あと身体中に傷もあった」


 俺がそう答える、ジュリア姉さんがつまらなさそうに口を挟む。


「あら? それならジェドは瀕死のオーガにとどめを刺しただけなの?」


 恐らく、それじゃあ大した成果ではないのでは無いか? という事だろう。


「その時のオーガはどうだった?」


「オーガは生きるのに必死だった。今までで一番気迫があり、多少の傷もものともせずに攻撃してきたよ」


 実際あの時のオーガは凄まじかった。あれほどまでに圧迫感は今までに味わったことがなかった。


 それはオーガも生き残りたかったから。そのためには敵である俺を本気で倒さなければならなかったからだ。


「……そうか。魔物や獣は瀕死の時が一番怖い。それは俺達と同じように生き残りたいからだ。それにオーガは一本の角を折られると力が増す。これはオーガの生命の危機からくる火事場の馬鹿力みたいなものだ」


「という事は瀕死の時が一番手強いって事なの?」


 ジュリア姉さんが先程とは違った感心したような声。


 実際俺も片角の方が手強いとは知らなかった。


「……ああ、そうだ。ジェドの力を認めよう」


「やった!」


 ようやく父さんに認められた。


 これでようやく冒険者になれるんだ!


 世界中を旅しながら仕事をこなして色々な人と出会えるんだ。


「本当に強くなったのねー」


「ええええええええっ! あなたぁ!」


 涙目になった母さんが父さんの腰に縋りつく。


 それを父さんがしょうがないなと言った様子で、頭を撫でる。


 子供が成長して屋敷からどんどん出ていくのは、母さんからすればやはり寂しいのだろう。


 確かに屋敷は数年前から大分静かにはなったので、俺にもその気持ちはわかる。


 俺は出ていけばここに残る子供はジュリア姉さんのみ。


 これは俺にとっても意外だった。てっきり早くに嫁ぐか、婿取りなりするのかと思ったのだが、ジュリア姉さんには婚約者すらいない。


 その理由はジュリア姉さんが領主代理として、アスマ村で仕事しているからだ。


 父さんと一緒に道の整備や、産業と色々な事を行っている。


 グラディス兄さんがいるので領主になる事はないのだが、その補佐などはできる。


 将来嫁に行く時も使える知識なのかもしれないでいいかもしれないが、本当に結婚はどうするのだか。


 実際の仕事ぶりを見た事があるのだが、楽しそうに指示をしていた。


 父さん曰く人を扱うのが上手いらしい。本当は結婚して欲しいのだが、今は内政の仕事を気に入っているようだ。


 実際にジュリア姉さんも「人を自分の思う通りに動かせるから楽しいわ」とそれはもう素敵な黒い笑顔で言っていた。


 二十歳にはどこかの男と結婚する約束なのだが、どうなるのか。


 ジュリア姉さんなら自分がいないと困る状況を作ったりしそうで怪しいものだ。


「まあ、最後に俺との剣の打ち合いには付き合え。それくらいいいだろう?」


「うん。お願いします」


 これは俺でも予想していた事だ。慌てる事はなかった。





 そして俺は、その日めちゃくちゃに父さんにやられた。


 剣での勝負はスピードも技も全てで上をいかれた。俺だってそんな簡単にやられはしないが、防戦気味であった。


 どうしてあんなに大きくて重い大剣を持っているのに、俺より速いのかは意味が分からなかった。


 最後には魔法も解放されての全力勝負。


 素早く初級魔法で牽制しつつも、中級魔法を撃ちこんでいったのだがそれでも勝てなかった。


 ちょっと途中から殺す気で上級魔法を放ってみたりもした。

 さすがにこれは父さんも予想していなかったらしく、その瞬間は圧倒できた。


 しかし、上級魔法は放つのにタメが必要な事がばれて、結局は距離を詰められてやられてしまった。


 何だよ。魔法って斬れるものなのか?


 自信を失くしかけた俺だったのだが「俺程強い奴はそういない!」と笑顔で言われてしまった。


 俺の父さんがこれほどまでにチートとは知りませんでした。






 ×      ×      ×





 それから俺が十二歳となった年の春。


 ついに俺はアスマ村を出発することになった。


 俺は王都に行くわけでもないので、兄さん達のように父さんと一緒に馬車に乗る事はない。自分一人で商人と交渉して荷物と一緒に乗せてもらう形だ。


 一応は護衛も兼ねているので、無料にしてくれたのだがこれは俺を気遣ってのことであろう。


 最近完成した城門前には、多くの村人が見送りに集まってくれていた。


「ついこの間まで子供だったジェド様が大きくなって……」


「ああ、最初は誰にもいない所で話しかけるものだから心配したもんだが、こうして成長して冒険者になるときた……」


 ああ、やっぱり俺ってそんな評判だったのか。


「たまには帰ってきなさいよ!」


「いつでも待っていますよー」


 その中には大きくなったレイチェルとオオノキさんの姿が。


 今ではレイチェルも立派な治療師で大抵の怪我なら治せるくらいになった。


 今では村でも人気の女性。ツンとした態度でながらも真剣に治療してくれる姿に惚れた男性も多いのだとか。


 それはわからなくもない。


 そしてその周りでは俺が村を出ていくと聞いて駆け付けた動物達。


 小鳥さんなんかはあちこちの家や木に止まったりしており少し怖い。


 これには村人達も驚いたのだが、何もしてこないとわかると気にしない事にしたようだ。


『寂しくなったら、いつでもおいらが抱きしめてやるからな!』


 犬がどうやって俺を抱きしめるのだろうか。


『帰ってきたらまた草原を駆け回ろうぜ』


『あ、それめっちゃいい! だからさ、絶対帰って来いよなジェド!』


 ニーナさんに連れられてか、カン吉とカープの姿も。


 ちなみにトン吉は後ろの方で、農具とおっちゃんを引きずってまで駆けつけてきてくれてい現在も格闘中。


『あー! もう空気読めよな! 俺の大親友ジェドの旅立ちの日だぞコラ! 見送るのが当たり前だろ! 何でこんな日まで畑を耕さなきゃいけねんだよ! ちょ、おいコラ手綱引っ張るなっつうの! ニンジンも無駄だ!』


 あはは、本当にトン吉は相変わらずだなあ。


 ゴブリンやオーク、オーガ達はさすがに村まで下りてこられない為に、早くにお別れ会をした。


 その時に、やけにゴブリン達がニヤニヤしていたのが不安だ。


 そんなに俺と別れるのが嬉しいのだろうか。少し傷つく。


 俺は口々に別れの言葉を言ってくれるのを聞きながら、皆を眺める。


 アスマ村も大きくなったなあ。俺が生まれた頃はあんなにも小さくて閑散としていたのに。


 もし次に帰って来た時は街になっているだろう。


 ジュリア姉さんもいることだ、大丈夫だろう。


「それじゃあそろそろ行きますよ?」


「はい、長くお待たせしちゃってすいません」


 商人の男性はそれに笑顔で答えてから、馬車へと乗り込む。


 そして最後に父さん達が声を投げかけてくれる。


「ジェドー! お前の強さなら大丈夫だと思うが死ぬんじゃないぞ!」


「面白い話聞かせに戻って来てよね。その時にはここは街になっているけれど」


「ジェドくぅ~ん! 手紙はちゃんと小まめに出すのよ! お馬鹿なギリオンみたいに音信不通になったら駄目だからね! 夜更かしはしないで、ちゃんとよく寝るのよ! それに女の子が出来たらちゃんと連れてくるのよ? 絶対よ!?」


 母さんの過保護丸出しの言葉に。村人や動物、皆が笑い出す。


 母さんちょっと恥ずかしいのでやめて欲しい。


 けれど嬉しいのでそれも言えなかった。


「わかってるよ!」


 俺は顔を赤くしながらも、大声で返す。


 そして俺は赤くなった顔を隠すように、馬車へと乗り込んだ。


 ある意味、母さんのお陰で笑って旅立つことができた。


 あのままあそこにいたら、泣いてしまうかもしれなかった。


「では出発します」


「はい、お願いします」


 御者さんの声と共に、馬を打つ鞭の音が甲高く響き渡る。


『すっげえ! 今俺のお尻すげえ音鳴ったぞ!? 聞いたかよ?』


『確かにいい音したな。それだけ脂肪がのっているんじゃないか』


 まさか鞭で打たれていななく声が、こんなものとは……。


 そして俺は人々や動物の温かい声をかけられながらアスマ村を旅立った。




『……なあ、そろそろいいと思うか?』


『まだだって、ジェドの奴が寂しく泣くかもしれねえだろ。ちょっと待てよ』


『泣いていたら、おちょくりまくってやろうぜ!』


『そん時が楽しみだなあ……』





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