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森の奥深くで轟く声

 

 あれから俺の日常は父さんと剣の稽古、魔法の訓練を中心にして、動物や魔物達の悩みを聞いたり、遊んだりする生活を送っていた。


 そして一年が過ぎ、グラディス兄さんに続いてギリオン兄さんも王都へと旅立った。


 魔法学園に通うためなのだが、この兄は絶対にこの屋敷に帰ってきたり、グラディス兄さんのように手紙をマメに送ることもしないだろう。


 そこらへんは父さんや母さんも自覚しているようで、溜息をつきながらも送り出した。


 去り際には「よし、魔法の撃ち合いをするぞ!」とかほざいていたが、父さんに担がれて馬車で出発となった。


 何というか、頭はいいはずなのに、どうしてこう残念なのか。


 去年にもやらかして母さんに怒られている前科持ちなのに、許されるはずがないじゃないか。魔法の勝負になったら、ギリオン兄さんは熱くなって怪我するレベルまでやるのだから駄目に決まっている。


 そういうのは学園で存分にやってきてもらいたい。


 気が向いたら顔を出しますから。


 そして屋敷に残った姉弟は、俺とジュリア姉さん。


 ジュリア姉さんはグラディス兄さんと同じで、もう十三歳。


 この姉はどうするのだろうか。


 嫁入りなのか婿を取るのか。


 どちらにするのか、わからないが今は考えてないとの事。


 実際にいくつも縁談の話があると言うのに、どれにも反応を示していない。


 ジュリア姉さん曰く「面白い男がいない」との事。


 何ともジュリア姉さんらしい理由だ。


 早く誰か蝶のような気ままな姉を捕まえて欲しい。


 しまいには一緒に冒険者になるとか言ってきそうだ。まあ、そんな事は父さんが許さないだろうけれど。




 ×      ×       ×



 そして、五年がたった。


 俺ことジェド=クリフォードは現在十一歳。


 身長も百五十センチほどはあるだろうか。


 六才の頃とは比べ物にならないくらいに体が大きくなり、剣の稽古をやっているお陰で筋肉も付いた。


 髪の毛は父さんの緑と母さんの赤が混じったのか、くすんだ若葉色の髪だ。なんか兄さん達のように鮮やかな緑か、それかジュリア姉さんみたいに綺麗な赤色になって欲しかった。


 顔はわりと整っているが少し童顔気味かもしれない。


 これは成長するにつれて、精悍な顔つきになり、グラディス兄さんや父さんのように貫禄が出ると信じたい。


 あと、一カ月ほどで十二歳。冒険者登録のできる年齢だ。


 俺は一カ月後を楽しみにしながら、修行をしている。


 もうすぐで旅ができるのか……。


 そんな風にまだ見ぬ土地を思い浮かべる日も多い。


「駄目だ駄目だ。慣れているとはいえ、ここは危険な森の中。警戒しないと」


 はっとして頬をぱちぱちと叩き、自分を叱咤する。


 ここはいつも俺が遊ぶ近場の森ではなく、遠出したこの場所は魔物蠢く森。生息する生物も植物も全く異なる。


 俺には全言語理解という、凶暴な動物や魔物とも対話できる能力でもあるのだが、相手が聞く耳を持たなければ意味をなさない。


 話すことができない魔物や、憎悪が大きすぎて話すらさせてくれない魔物もこれまでにいた。


 そこの所は、もう折り合いをつけてきちんと倒せるようになったのだが、戦わずに済むのならばそれに越したことはない。


 俺は気配を消しながら、鬱蒼とした視界の悪い森の中を歩く。


 耳を澄ませば、色々な声も聞こえてくる。


『今日はいい獲物が見つからねえなー』


『ああ、最近そうだよな。なんか獲物が減ったというか……』


 声の方に近寄ってみると、そこには木で作った槍と棍棒を持ったコボルドの姿が。


『ん? 何か匂うな?』


『魔物か? 動物か?』


 犬だから匂いに敏感なのか、鼻をスンスンと鳴らして辺りを警戒するコボルド。


 下手に突撃されても困るので先に姿を現す。


「あー……俺だよ俺」


『またお前かよ! びびらせやがって』


『人間と話し合って武器をしまうとか……なんか変な光景だな』


『全くだ』


 ぶっきらぼうに言いながらも、素直に武器を下げて戦闘態勢を解除するコボルド。


 実はコイツらと何回も顔を合わせているおかげだった。


 最初はもうギラギラとした目つきで襲われたものだったが、何回か意思の疎通を行うと戦闘は行われなくなった。


 ここらは弱肉強食の森で多くの魔物と凶暴な獣が住むために、これが当たり前な対応。


 実際今でもコボルド達からは完璧な信用は得られていない。


 敵と出会ったら、生きるか死ぬかの戦いをするのが当たり前だったのだ。無理はない。


 これでもコイツらはマシな部類だ。


 これを見ると、うちのゴブリン達が如何に人懐っこい奴等だったのかよくわかる。


 あれは、最初に知能が低かっただけかもしれないが。


 あいつら最近、身体がでかくなっているんだよな……。


 力も強くなったし、頭もよくなってきたし。


 もしかして本当にゴブリンキングとかになったりしていないよな?


「それより今日は生き物が少なくないか?」


『ああ、そうなんだよ。朝から歩いているのに何も見つかりやしねえ』


『今日初めて出会ったのがお前だよ』


「あはは、そりゃ悪かったね人間で」


『普通ならお前も獲物なんだけれどな』


「やるの?」


 おっと? ここで平和条約を破棄するのか?


 俺が剣を構えて臨戦態勢に入ったが、コボルドは首を横に振った。


『やらねえよ。俺達じゃ、お前に敵わないことくらいわかる』


『あんな魔法ぶっ放されたら、たまったもんじゃねえ』


「そう。よかった」


 一瞬張りつめた空気だったが、すぐにそれは霧散する。


 そして、俺達が一息をついた瞬間だった。


『うがあああああああああああああっ!』


 遠くない位置から上がる、獣の咆哮。


 それと共にズシリとした衝撃音と響き、土煙が勢いよく舞い上がるのが見えた。


 煙の位置から、この先からだという事がわかる。


 今までに聞いたことのない、怒りの籠った叫び声だった。


『おいおい、とんでもねえ怪物がいるんじゃねえのか?』


『だから今日は森が静かだったのか』


「魔物が暴れているのかな?」


 そう俺達が話す間にも、その衝撃音は響き続ける。


 じょじょに大きくなる音。


 それは俺達の所へと近付いている証だ。


『おいおい、ヤバいぞ。こっちに来てる』


『こんなおっかない声上げて暴れ回る奴は碌な奴じゃない』


 いそいそと逃げていくコボルド達。


 どうする、俺も逃げるか?


 しかし、このまま放置すればやがては近くの森にまでやって来るかもしれない。


 その途中までに他の魔物が倒してくれるのが一番いいのだが、静まり返った森の様子を見ると期待はできなさそうだ。


 まずは対話でも試みて、無理なら逃げる事にするか。


 そう決めた瞬間、俺の正面にあった木がへし折れた。


 土煙が舞い上がる中、姿を現したのは全身血まみれのオーガだった。


 角は片方が半で折れて、顔にはいくつもの切り傷がある。


 体にも多くの切り傷、治癒しきっていない痛々しい傷跡。自分の血液以外の返り血などもある。いくつもの激しい戦いを切り抜けてきたのだろう。


 そして、オーガは血走った眼で俺を視界に入れると、目を大きく見開いた。


 そして開口一番にこの言葉。


『人間! ぶっ殺してやる!』


 そしてその巨体から、俺を呑み込まんとばかりに巨拳が放たれた。


 ああ、これは対話どころではないと思う。


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