グラディス王都へ
「よし、ジェド。俺と一対一をするぞ」
朝の鍛錬の後、急にグラディス兄さんが低い声でそんな事を言ってきた。
「じゃあ距離を取ろう。そしたら俺が魔法をバンバン打ち込むから」
「剣だけに決まっているだろ」
俺の頭を木刀で小突くグラディス兄さん。
何だか口調といい、行動といい、よっぽど父さんよりも父親らしいと思います。多分将来結婚したら亭主関白になりそう。
でも、優しいし強いし頼りになるからいいと思う。
それにこの世界は男性の地位のほうが圧倒的に強いのだから何も問題ない。
そんなグラディス兄さんだけれども婚約者はまだ決まっていない。
次期当主なのだけれど、そんな話は聞いたことがない。
多分この堅物は女性が苦手なのではないだろうか。剣ばっかり振るっているからあり得る。
村に行った時も女性と話す時だけ何か素っ気ないし。
まあ、近くにいる女性がジュリア姉さんというのがいけないんだと思う。
話は逸れたが、グラディス兄さんに促されるまま少し距離を取り、俺は木刀を構える。
父さんと同じくがっしりとした身体。日頃の鍛錬のお陰かその肉体は鋼そのもの。
服の上からでも筋肉が発達しているのがわかる。
くそ、日本での知識の筋トレ方法なんて教えなければよかった。最近はますますと引き締まった筋肉がついた気がする。
とんでもないプレッシャーだ。
この十倍以上は距離を取りたい。
「……来い」
剣を構え姿勢を低くしながら、短く言い放つ。
いや、こういう時って先に仕掛けた方が負けるパターンでは。
ええい、どっちにしろ俺がグラディス兄さんに敵う訳は無いんだ。全力でぶつかってやる。
「うおおおおお!」
自分を鼓舞するためにも、雄叫びを上げてグラディス兄さんに斬りかかる。
今までの稽古を意識しての攻撃。
こんな俺の鋭くもない初歩的な連撃を、グラディス兄さんは弾いて受け流す。
時折連撃の隙を突くように、木刀が襲いかかるがそこはよく注意を受けていた所なので素早く木刀を戻し防ぎきる。
「ほう」
稽古以外でも練習していた自分の型や、斬撃を繰り出すも容易く止められ、反撃をされる。
その度に俺は苦しく、やがて体勢を崩して尻もちを着いてしまった。
そこに突き付けられる木刀。
はい、降参です。
「うむ、毎日の稽古はちゃんと体に染みついているようだな。ちゃんと注意するべき部分も抑えてある」
「まあ、あれだけやっていればねえ」
毎朝早く起きてやっているのだ、嫌でも染みつくと思う。
暇な時はずっとやっている時もあるし。
「それでもジェドはまだ六才だ。体はまだまだ未発達だがそれは成長を待てばいい。このまま剣の稽古を怠るなよ」
「ありがとうグラディス兄さん。でも、何か言い方が変だね?」
その言い方だといなくなるような。
「まあな。俺はしばらくここには戻ってこられなくなるからな」
「何で?」
「父さん達に聞いていないのか? 俺は来週には王都の騎士学園に行くことになっている」
あー、前に聞いたことがあるような気がする。
グラディス兄さんは王都の学園を卒業してから騎士団に入り、そこで活動しながら婚約者を探して帰ってくるのだと。
大分前の話だから忘れていた。
「それってギリオン兄さんが来年入学する魔法学園と近い?」
「アイツも王都にある魔法学園だな。ギリオンとはすぐにでも会えるだろう」
俺がそんな質問をするとグラディス兄さんは「まあ、アイツが俺にわざわざ会いに来るようには思えないがな」と笑う。
俺もそれには同意する。
きっと王都に行ったら、ずっと魔法を研究して大きな図書館とかで本をずっと読みふけっていると思うから。
「ジェドが冒険者になるとしたらあと六年か。それまでにまた会えるかはわからないが、強くなれよ。冒険者を目指すなら尚更だ」
俺の頭を撫でながら優しい声音で言うグラディス兄さん。
むすっとしていて顔は怖いが、やっぱり優しい兄さんだ。
俺のことも応援してくれているし、どっかの変態な兄貴とはお違いだ。
「うん!」
次に会う時は一太刀でも浴びせられるように頑張りたいと思う。
「ん?」
突然グラディス兄さんが視線を茂みの方へと向けた。
「いや、今茂みのほうに何かいたような」
振り返るとそこからはガサリと音を立てて、一匹のウサギが飛び出してきた。
『本当に死ぬかと思ったぜ。帰ろ帰ろ』
兎はというと、憔悴した声でそんな事を言って去っていった。
「……何だ兎か」
それから一週間後。
グラディス兄さんは父さんと共に王都へと馬車で向かった。
父さんも貴族の寄合とか、報告やらで王都に向かう用事があったのでそれに合わせた日にちだったらしい。
それでも俺は剣の稽古をさぼる事なく、いつものメニューや自分で考えたメニューをこなしている。
脳裏で父さんの姿を想像しながら、丁寧に素振りをしていく。
そんな時だった。
『おおい! ジェドー!』
『遊びに来てやったぜー!』
『へー、いい家に住んでるなぁ。俺達にも同じ家を作れよ』
なんと茂みからゴブリン共がやって来た。
幸いここは庭の敷地内でないために、屋敷からも見えないので平気なはず。
俺は慌ててゴブリン共を茂みへと押し返す。
『おいおい何だよ押すなよ』
『久しぶりに会ったからって、はしゃぎすぎだろ』
「いいから、茂みに戻れって」
『何なんだよ全く』
何だか突然押しかけてきた友達みたいだ。
まあ実際そうなのかもしれないが。
「何しに来たんだよ。屋敷には俺以外の人間もいて危ないんだぞ? 皆俺みたいに会話ができる訳もないし、見つかったら襲われるぞ?」
『わかってるって。それは何回も聞いた』
「じゃあ何で!?」
『だってそのヤバい奴が、今日はいないんだろ?』
「……何でそんな事知っているんだよ」
『一週間前にそこで木刀振っている時の会話を聞いたから』
「ちょ、お前。最近やけに茂みから兎が出てくると思ったら近くから聞いていたのかよ!」
『あのヤバい二人は近付いたらすぐ気づくからさぁ、兎を囮にしてたんだよ』
道理で最近やけに兎が迷い込んでくるわけだよ。
というか賢くなったなお前ら。
「それでもばれたら大騒ぎになるって」
『だからこうしてひっそりと来てんだろ?』
『全く。ばれても今ヤバい奴はいないんだから平気だろ?』
やれやれといった様子で肩をすくめるゴブリン達。
お前達がそれをするとなんかムカつく。
「うちにはもう一人魔法大好きな変態がいるから、魔法の実験体にされるよ? 多分落とし穴なんか目じゃないくらいの」
俺がそう言うと過去のトラウマを思い出したのか、ゴブリン達は言葉を震わせた。
『そ、そりゃやべえな』
『とんだホブ……変態がいるもんだ』
おい、またホブゴブリンって言おうとしたな?
「とにかく遊ぶなら森でな」
『『『へーい』』』
不満げな声で返事するゴブリン達の背中を押して森へと入る。
屋敷からそう遠くはない森の開けた場所。
十分に動き回れて落ち着く事ができる。
「うーん、今日は何する?」
俺が尋ねるとゴブリン達は『うーん』と唸った後に俺の手に持つ木刀へと視線が向かう。
『この間見た時もジェドが木刀振ってたけど、剣でも練習してんのか?』
『あー、それは思ったな。お前ホブ……魔法使いだから剣なんていらないんじゃねえの?』
「次言いそうになったら叩くからな。確かに魔法の方が得意だけれど、剣もできて損はないだろ?」
『そういうものなのか?』
ゴブリン達が首をひねる。さすがにこういう所までは理解が及ばないらしい。最も全てのゴブリンがそんな物を理解していたら大変な事になりそうなのだけれど。
「まあ、接近されたら何もできないですよ。というのじゃ駄目でしょ?」
『そりゃ駄目だ』
『ベルとか接近されたらもたつくもんな。この間なんか鳥に襲われてびびってやがったし』
『はあ!? ザブなんていっつも一歩退いた位置にいる癖によく言うぜ』
細身のザブと丸っこいベルという対照的な二匹のゴブリンが額をぶつけてメンチを切る。
「……どっちもどっちじゃないか」
『『ああん!?』』
『ちょうどいいや。木刀持っているんだろ? 剣技でかかって来いよ』
『そうだそうだ。俺達三匹が相手してやるぜ! 木刀だけだぞ』
『俺もか!?』
『ホブゴブリンじゃないってんなら、木刀だけで来いや!』
やたら剣技だけという事を強調して挑発してくるザブとベル。よほど俺の魔法を恐れているようだ。
さりげなく、三対一にしているところが小物っぽくてずる賢い。
「よし、この木刀だけでいくよ」
『『『それなら勝てる!』』』
俺から言質がとれたとなるとギギまでもがやる気になり、嬉々として丸太を構えだした。
ほう、舐められたものだ。
『俺達の恨みを思い知れ!』
そう叫ぶなり、ゴブリン達が丸太を高々と掲げて跳びかかってきた……!




