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ご先祖様

 

 屋敷の裏の森は、西の森のように入り組んでいる事もなく歩きやすい。


 青々した枝葉が適度に生い茂る森の中、日当たりもよく山菜のような物は数多く生息している。


 チュンチチチと小鳥のさえずる声が聞こえてくる森の中、俺は適当な長さの枝を拾ってゆうゆうと歩く。


『ヘイ! そこの彼女! 今の俺の鳴き声どうよ?』


『馬鹿やろ。俺の方がいいに決まっているだろ。お前のさえずりなんて聞いていても心地よくも無いね』


『なんだとコラ!』


『やんのかコラ!』


『やーねー、みっともないわ』


 どうやらオスがメスに呼びかけている声らしい。


 少しいいなと思った俺の気持ちを返して欲しい。


「おっ、これは見た事あるぞ」


 木の下の所に群生している、ゼンマイらしき山菜。日本のものと似ているなあ。食卓にも何度か上がってきているのは、ここで採ったものなのだろうか。これはいい事を知れた。


 という事は今までに出てきた他の山菜もこの山で採れるはず。どれだけあるか探してみようじゃないか。



『へーい、そこの人間!俺の縄張りで何してやがるんだ?』


 あれからいくつか見た事のある山菜を探しては次の物を探し歩いていると、どこかから声を投げかけられた。


「ん? 誰だ?」


『こっちだよ、お馬鹿』


 茂みをガサガサと揺らして、俺の前に現れたのは一匹の猿。


 猿は俺の目の前にやってくると、俺のズボンの裾をくいくいと引っ張りこう言った。


『ちょっと、ちょっとあの木の実とってくんない?』


「どこの?」


 俺がそう聞き返すと、猿は斜め方向の木へと指を指した。


 それにならって視線を向けると、黄色くて丸い果実のような物が上の方に成っていた。


「あー、あれね。まろやかな甘みと絶妙な酸味がするポポンの実だね」


『そうそう。あれ美味いんだよなぁ……お前さん人間の癖に分かっているじゃねえか……あれ?』


「どうした?」


『お前、俺と会話している? もしかして動物と話せるって噂のジェドとかいう人間か!?』


「こんなところまで噂がきているんだね。そうだよ、ジェドだよ」


『すっげー、こりゃあ便利な奴がいたもんだ。だったら話は早いあのポポンの実を採ってきてくれよ』


「おい、便利とか言うな。というかお前猿だろ。自分で木に登って採ってこればいいじゃないか!」


『うるせえ! 猿だからってな、バナナが大好きだったり木登りが得意だったりすると思うなよ! ご先祖である俺に謝れ!』


「あー、わかったから袖を引っ張るな! 千切れる!」


 ともかくこのお猿さんは猿の癖に木登りが不得意らしい。そんな猿がいたんだなあと思いつつ、仕方なく俺はポポンの実が成る木の真下へと向かう。


 しかし、どうやって採るか。俺は人間だしそんな木登りなんて得意ではない。大体木登りが得意な現代人なんてそういないと思う。


『わかってるかと思うがよ、傷つけんなよ? あれは傷が入るとすぐ腐るからな』


 それにしてもこの猿はどうしてこんなにも偉そうなのだろうか。自分は木にも登れないのに。


『あー! 今コイツ木にも登れない癖に偉そうなこと言いやがって! とか思っているでしょ! お、俺だってな、少しくらいは登れるんだぜ? なのに――』


 隣の猿が何やら騒ぎだしたので、適当に相槌を打ちながら流し、考える。


 目の前の木を仰ぎながら考える。猿の言う通りポポンの実が成っている場所は結構高い。俺は木登りなんてした事がないので、あの高い所まで行ける自身なんてない。


 んー、魔法で落とすか。できるだけ木や実に傷がつかないように、端っこのほうに成っている奴にするか。


 俺は端っこのほうに成っているポポンの実に手を向けて、呪文を唱える。


「【ティム・スラッシュ】」


 風属性の初級魔法。最も風属性の中で使いやすい風の刃を飛ばす魔法。


『な、なんだ!?』


 翡翠色の光が収束され、瞬く間に空気を切り裂いて飛んでいく。


 それは見事に真っすぐに飛んでいき、ポポンの実を枝から分離させる。


 俺は慌ててその真下へと移動し、自分の服をクッション代わりにして受け止める。


「ふうー、成功!」


『いえええい! やったね! いきなり魔法なんて使うから驚いたじゃねえか。ほらさっさとよこせ!』


 俺は喜ぶ猿にポポンの実を渡そうとしたけれど、やめる。


『おい! なんで手を引っ込めるんだよ! 俺によこせよ!』


「何か偉そうだからあげない。感謝の言葉もないし」


『はあああああっ!? ご先祖様なんだから敬えよな!』


「うるさい、進化しそこねた奴め!」


『ああああああああああああっ! お前言っちゃいけない事を言ったなコラ! ……あ、ちょっと! ポポンの実を食べないで!』




 結局あの後も猿がしつこかったので、ポポンの実を三つプレゼントしたらなんか薬草とかいう物を渡された。本当にこれは薬草なのだろうか? 実は雑草とかではないだろうか。


 よくはわからないが、ズボンのポケットに突っ込んでおくことにする。


 猿と別れてしばらく、道がどんどんと傾斜になってきた。少ししんどくなってきたが高さが付きうっすらと村が見えるようになってきた。


 さらに上るとさっきまでいた自分の屋敷までもが見える。これはいい景色だ。


 俺はこの景色を眺めるべく、腰を下ろせる平地を探して適当な場所に座る。


「……おー、結構いい眺めだなー」


 山から一望できるのは、アスマ村の全体。大きな円状に柵や壁が建てられており、ここまで大きくなったのかと改めて認識させられる。


 数年前までは人や家が少なく寂しい印象を抱かせたというのに。


 人の力って凄いや。たった数年でここまでの事ができるのだから。


『おやおや、これは動物と話せると噂のジェド君ですかな?』


 景色に見惚れていた俺に呼びかけられる穏やかな声。


 どこから聞こえるこえだろうと首を動かすと、『ここです』と自分の真上から声がした。


 見上げると木の上に止まる一匹のフクロウがいた。


「そ、そうですけど」


『なるほど。噂は本当のようですね。人間と話す事ができるというのは何とも面白い事ですね』


「その噂とやらはここまで届いているのですか?」


『ええ、多くの小鳥がそのように言いふらしていたので、ここらへんの動物は皆知っていると思いますよ』


「……な、なるほど」


 どうしてあちこちで声をかけられるようになった理由がわかったわ。鳥があちこち飛び回って言いふらしていたのか。そのうちそこに行っても話しかけられるようになりそうだ。


『それにしてもここからの景色は綺麗でしょう? 私夜まではここでのんびりと景色を眺めたりね、眠ったりしているんですよ』


「俺もこんなにも綺麗に見渡せる場所があるとは思わなかったよ」


『確かジェド君のお住まいは、あの大きなお屋敷でしたよね?』


「えっ? もしかして俺の住まいまで噂が流れているの?」


 それは困る。俺のプライバシーを尊重してほしい。


『いえいえ、私がここから何度か見かけた事があったので』


 違う違うという風に、首をゆっくりと振るフクロウ。


「えっ!? でもここから屋敷って結構遠いよ?」


 確認の為に屋敷を見てみるが、全体が見えるだけで中の様子など見えない。庭で仕事をしている人もいるはずだが、ここからでは何とも。


『こう見えても私の目はとてもいいんですよ? ここからなら一階の窓からキッチンが見えます』


「嘘っ!? こんな所からキッチンの様子が見えるの?」


 すごい! プライバシーの侵害なんてもんじゃない。ここから俺の部屋とか見えないよね? うん、大丈夫だ。屋敷の構造上俺の部屋はここから覗けるところはない。窓は反対側なのだから問題ない。廊下は見えるけど、それくらいならいいや。


『えーと……今ですとキッチンでメイドさんがお皿を磨いていますね。肩口で切り揃えた茶色い髪をした女性です』


「んー、他にも茶色の髪をした人は多いからわかりにくいなぁ」


 母さんやジュリア姉さんみたいな、派手な色をした人ならわかりやすいんだけど。


『ああ、今水色のコップを落として割ってしまったようですね』


「それはノエルさんだ」


 そんなベタなドジをするのはノエルさんくらいだ。ちなみに俺が赤ん坊の頃に、俺を踏みかけたメイドもノエルさん。相変わらずドジだなあ。


『どうやら、少し指を切ってしまったようですね。可哀そうに』


 あー、おどおどするノエルさんの姿が目に浮かぶ。帰ったらノエルさんに回復魔法をかけてあげよう。


「凄いね。他には見える?」


『そうですね。屋敷では眼鏡をかけた男の子がなんだか、紙を巻き上げてイライラしているご様子ですね』


「……ギリオン兄さん、またなんかイライラしているんだ」


 たまにギリオン兄さんは部屋で奇声を上げ出すからびっくりする。大抵、魔法言語の詠唱に失敗したときの反応なんだけど。


『あとはそうですね、剣を片手に持った男の子と、赤い髪の女性が庭をウロウロと何かお探しの様子ですね』


「それはグラディス兄さんと、ジュリア姉さんか、母さんだね。何を探しているんだろうか」


 はて、それについては思い当たらないな。グラディス兄さんなんて庭で剣を振っていただけだし、ジュリア姉さんなんて家でごろごろしているだけだ。


『もしかしてジェド君を探しているのでは? もう結構夕方に近付いていますが』


 フクロウの言葉を聞いて空を見ると、結構日が傾いていた。


 ここから歩いた頃には丁度日が暮れてしまいそうだな。


 うん、これは戻らないとまずいな。帰ろう。というか怒られる。


「……多分そうだから帰るよ」


『そうですか。少しの間でしたけどお話しできて楽しかったです。よければ屋敷まで道案内をしましょうか?』


「本当? なら頼むよ!」


『いえいえ、では少し近道をしましょう。こっちです』


 俺はそう言ってゆっくりと飛び立ったフクロウの後に付いていき、急いで屋敷へと帰るのであった。





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