一回だけなら……
あの後、ニーナさんに事情を説明してしばらく、飼育員の男達が馬にお爺さんを乗せて戻ってきた。
「フレッドの奴は大丈夫か?」
白いゆったりとしたローブを羽織った白髪のお爺さんが、元気に馬から下りてフレッドを寝かせている小屋へと向かっていった。
俺はと言えばこれ以上出来る事は何もないので、ニーナさんにフレッドを見ていてもらっている。本当はさっさと帰りたいのだが、応急処置をやったので残っている事にした。
というかカン吉と話をすることが用事だったので、今は草地に座ってお話しタイム。
『なるほどねえ、お前魔物とも話せるのか。すげえな』
「ゴブリンやオーク、魔物とも話せるとは自分でも思わなかったよ」
『それであれだな? 反対側の西の森から襲ってくることは無えんだな?』
「うん。そうみたい。用事がある度に屋敷まで来るんじゃないか心配でならないけどね」
『そりゃ怖えな。そのうち魔物や動物、皆がお前を頼りにして屋敷に押しかけるかもな』
カン吉が鼻をスンと鳴らしながら、怖い事を言う。
「鳥さんならたまに来るけど、オークなんてやってきたら危ないよ」
『話し合ったんじゃねえのか?』
「いや、そうじゃなくて父さんや兄さんに問答無用でやられちゃう」
『あー、お前さんの父ちゃん凄いもんな。一回一緒に盗賊退治に行ったんだがよ、もう槍や剣を振り回してバッタバッタと。俺も思わず興奮しちまったね』
よっぽど、衝撃的な事だったのだろうか、カン吉は父さんを背に乗せた時の話を楽しそうに語る。
へー、カン吉は結構父さんの事を気に入っているんだね。
俺も父さんの昔話には興味があったので、カン吉の話に耳を傾けていた。
すると、そんな俺の下へと誰かが声をかけてきた。
「ちょっといいですか?」
振り返ると、先程飼育員の男が連れてきたお爺さんがいた。
年は六十歳くらいだろうか。とても優し気な表情をしており、髪は綺麗な白髪。若い頃の姿を想像しやすい上手い年の取り方をしたお爺さん。俺も将来は禿になってよぼよぼになるのではなく、こういう健康そうな上手い年の取り方をしたいものだ。
「はい、何か?」
俺がそう答えると、お爺さんはにっこりと笑って少し膝を屈める。
すげー、膝とか痛くないのかよ。身体も全然細くないし、健康そうだな。
「フレッドを回復魔法で治療したのはあなたですか?」
「はいそうです。初級での応急処置をやりましたが、まずかったですかね?」
やばい、フレッドのあばら骨が股関節にくっついたとか言われたらどうしよう。いや、もうどうしようもないな。いや、見た感じキメラにはなってなかったぞ。大丈夫。大丈夫だ。あばら骨が上下でくっついたくらいならセーフのはず。フレッドの防御力も上がるから大丈夫。
内心びくびくしまくりの俺。そんな俺の様子を察したのか、お爺さんは優し気な声を出しながら笑う。
「いえ、とんでもないです。もはや完璧に治療されていて私の出番もありませんでしたよ」
「それならよかったです」
俺はその言葉を聞いて胸をなでおろす。良かった、内臓の位置が変わっているとかも無くて。
「私申し遅れましたが、この村で治療師をやらせてもらっています。元神官のオオノキと申します。あなたはクリフォード家のご子息の方ですよね?」
「はい、こちらこそ名乗るのが遅くてすいません。クリフォード家三男のジェドです。ところで、どうして俺がクリフォード家だと?」
そんなに俺は貴族のボンボン臭がするのであろうか。
「いえ、その髪の毛はジェラルド様とクレア様のお二方の血を引く証です。この村の者ならば皆わかることですよ」
あー、確かに父さんの緑色の髪の毛は目立つもんな。グラディス兄さんとギリオン兄さんは父さんの髪を綺麗に受け継いでいるけど、俺のは母さんの血が濃いせいか、合わさって暗い茶色みたいになっている。よく見れば緑っぽいけどよくわかるな皆。
「あとは服ですね。それだけ質の良い服を着た人間は、この村にはあまりいませんから」
そりゃそうか。こんなブラウスみたいな服を着ていたらそうなるわな。
村の皆は、ゆったりとした服を着ているし。俺もそっちがいい。
「なるほど」
『そんな貴族っぽい服を着ているのはお前くらいだよ』
「うるさい」
「今何と?」
おっとしまった。普通にカン吉に突っ込んでしまった。これじゃあ俺が独り言を言う変態みたいじゃないか。
「あ、いえ。何でもないです」
「は、はあ。そうですか」
『ジェドも大変そうだな』
俺の後ろでは、呑気にカン吉が笑っている。蹄に石を詰めてやろうか。
「ところで、ジェド様は誰かにで回復を師事された事がおありで? あれほど見事な回復魔法、きっと高位な神官の方のもとで習ったのでしょう」
「え、いや、俺は独学ですけど?」
「はっ? 独学?」
「はい。普通に本を読んで。兄に魔法の説明はしてもらいましたが、兄は光魔法を使えませんので」
「……そうでしたか。まさか誰の師事もなくしてあそこまでの腕をお持ちとは……」
俺の言葉を聞いて肩を震わせるオオノキさん。そこまで衝撃的な事だったのであろうか。
「素晴らしい!」
「はっ?」
急に接近し出して俺の手をガシッと包み込む。何かさっきまでの落ち着きある様子とは違うような。
「ぜひ、私の下で回復魔法を覚えてみませんか!? ええ、回復魔法使いは貴重なのです。素養のある者はほとんど神殿に属してしまい、フリーの回復魔法使いは少ないのです! 私それを憂いて神官を辞めたしだいなのですが、いやー、私の孫娘――」
興奮した様子で、次々と話し出すオオノキさん。もう早すぎて何が何だかついていけない。
先程までの穏やかなお爺さんに戻ってください。
「オオノキさん。ひとまず落ち着いて下さい」
「おお、私としたことが。つい。回復魔法について語るべきでしたね」
「違います」
「まあまあ、詳しい話は私の家でしましょう」
オオノキさんは俺を引っ張りあげ立たせると、そのまま俺をどこかへと連れて行こうとする。
「え、ちょっと? 俺は治療師になんてなりませんよ!?」
あれ、ちょっとこの人握力が強い。本当に神官やっていたの? 戦う神官とかそういう感じ? いや、俺は冒険者になるんだから、戦う神官さんはちょっと。
「ちょっと、オオノキさん。ジェド様を無理やり連れていったら駄目でしょ?」
そんな暴走状態の元神官さんを止めてくれたのはニーナさん。本当に助かった。危うくオオノキさんとこの子供になるところだったよ。
「むう? 私はそんなつもりは」
「どう見てもジェド様が嫌がっているわよ?」
ニーナさんの一言によりオオノキさんも俺を見る。
そして俺は慌てて首を縦にふった。
「……そうか。孫娘のいい刺激にもなると思ったのですが」
そんな風にお爺さんに落ち込まれると、こっちが悪い事をした気になってしまう。
「ま、まあ。今度一度だけ覗くくらいなら」
「本当ですか! なら今度来てください! 場所はちょうど反対側で。人に聞けばすぐにわかります。ああ、さっそく準備をしないと」
ヤバい。急に元気になったよこのお爺ちゃん。あっという間に走り去っていくオオノキさん。
やっぱりやめといたらよかった。あの人回復魔法大好き人間だよ。
「いいんですか? あんなこと言っちゃって」
「ちょっと後悔しています。でも一回行けば落ち着くでしょう」
そうそう。一回言って回復魔法についての講義を受ければいいだけ。そう自分のためにもなるし、聞いておいて損はない。
「そうですかねー?」
ニーナさんが疑問の声を残して、帽子を被り小屋へと戻っていく。
まあ、最悪日がたてば忘れてくれるだろう。そう俺は願う。
『ねえねえ、カン吉。ここらへんに可愛いメスいない?』
『おいおい、ここには馬しかいねえよ。可愛い犬はいねえな』
『そっかあー。ところでカン吉、大好きな物は最初に食べる派? 最後までとっておく派? おいらは最後までとっておく派』
というか、いつの間にスモーキーはカン吉と仲良くなったんだ。




