やってしまった
「……起きなさい」
その美しい女性の一声により俺は、人生の中で一番すっきりと起きる事ができた。
この美しい声があれば目覚まし時計やアラームなんていらない。
ぱっちりと開いた瞳が見たのは1人の銀髪の女性。
それもこの世の者とは思えないような、神々しささえ感じられる美しさ。
例えるならばそう、――女神。
「あら、随分と理解が早いわね?」
「あれ? 俺、心の声を口に出したっけ?」
「結構口に出ていたわよ。アラームとか女神とか」
俺が疑問を口にすると、銀髪の女神様は残念な物を見るような目を向けてきた。
なんだろう、すごく美人なせいかそんな表情すらも美しい。
雪のようなきめ細やかな肌に、すらりと伸び肢体。それらは古代ギリシャ人のドリス式キトンのようなものに包まれているが、それよりも少し露出が多い。
まるで女性の理想を体現したような完璧なプロポーション。
そんな女神様は銀髪をすくい、耳元へと流すと話し出した。
「本当に理解したのかはわからないけど、私はある世界の創造の女神。メリアリナよ」
「信じます」
俺は瞬時にそう答えた。
「どうしてそんなに判断が早いのよ。というか貴方自分が死んだって理解しているの?」
「こんなに美しい人は女神以外にありえません」
「そ、そう」
あ、ちょっと照れている可愛いな。
「死んだというのは何となくわかります。しかし、夢の可能性も少しありますが」
俺がそう答えると女神メリアリナ様は真っ白な床を、こんこんと足で叩く。すると波紋が広がりなりやら映像が映し出される。
何だかこの場所見たことがあるぞ?
次第に映像は拡大されていく。するとそこには今ちょうど頭から血を流して、青白くなった俺にビニールシートを被せる真っ最中の映像が。
「ええ!? これ俺ですか!?」
「ええ、貴方よ。男に殴り飛ばされて強く頭をレンガに打ち付けたようね」
よりによって何てシーンをみせるんだ。一瞬、刑事もののドラマでも映しだされたのかと思ったよ。
驚愕の表情を浮かべる俺を見て、メリアリナ様は映像を切った。
「いや、まだ夢という可能性も――痛い!?」
「ほら、夢じゃないでしょ? 一応ここは神界なんだけど現実よ?」
メリアリナ様のビンタ、遠慮がないです。
「もう一発いく?」
「いえいえ、もはや疑う余地もありません! 私和藤明は死にました!」
「そう?」
俺がすぐさま答えると、メリアリナ様は残念そうに手を下ろす。
なんでそんなに残念そうなのだろう。
「ところで貴方、自分がどうして殴られたのか理解しているの?」
「全く皆目見当がつきません」
「はあ、やっぱりね」
俺がきっぱり言うと、メリアリナ様はうなだれるようにして溜息をつく。
「貴方が声をかけたのは、あの辺りを縄張りにしていたギャングで殴り合いをして負けちゃったのよ。そして落ち込んだ所で貴方が声をかけた」
「なるほど。それはあの二人も災難でしたね」
「随分他人事のように話すのね」
「……もう死んでしまいましたから」
「……そうね。で! 貴方がやらかしたのはここからなの!」
「やらかしたって、俺は励ましの言葉を贈っただけですよ?」
「その言葉が問題だったのよ。貴方なんて言ったか覚えている?」
「えーと、確かファイトって」
「そうそれよ!」
メリアリナ様は柳眉を逆立てて、俺に指をさしてくる。
「ファイトがまずかったんですか!?」
「貴方ファイトの意味わかっているわよね?」
「確か応援、励ます、力づける的な意味合いだったと思います」
「そうね。貴方の国ならそうかもしれないけど、外国では『戦え!』と暴力的な意味を持つ言葉なのよ?」
「マジですか?」
「ええ、さらに貴方が拳を握りしめたのが、さらに誤解を招いたのでしょうね」
それを聞いて俺は頭を抱えて蹲る。
俺の英語力の無さのせいで命を落としてしまうとは。本当に勉強って大事だよ。人間いざって時に後悔する生き物なのだから。俺の場合は死んでから後悔しているけれども。
「まあそんなあなたを不憫に思って、地球の神様が私の世界に転生させてやってくれって話なの」
「地球の神様って優しいんですね」
さすが神様。立派な心を持っていらっしゃる。神様なのだからとても大きな器に違いない。
「いえ、あの爺はそんな奴じゃないわよ」
「……え?」
「貴方が死んだ様子を私に見せつけて笑っていたほどだもの」
「ひっでえクソ爺!」
地球の神様かなりの俗物だよ。そのおかげでまた生を受けられるから嬉しいのだが。
「ちなみにメリアリナ様はそれを見て笑いましたか?」
「さて、そんなわけで貴方は私の世界に転生することになったわ」
「笑ったんですね!? 笑っちゃったんですね?」
「ぷふっ! ご、ごめんなさい! 少しというか派手に笑ったわ」
「メリアリナ様ひどい」
「ま、まあ転生できるし! 元気出して!」
落ち込んだ俺を励ますように、メリアリナ様は元気な声をだす。
うう、元気な声を出すこの人が可愛い。
「えーと、ファイト?」
「今の俺にその言葉を投げかけますか!?」
その言葉は弱り切った俺の心をさらに抉る。
俺の命を奪う原因となった言葉を、使ってきたよこの人。容赦なくビンタをしたり、俺を言葉攻めしたりメリアリナ様はドSなのだろうか。
「ごめんなさい」
「声と表情があっていません」
すごく反省したような声をだしているのに、顔はすごい爛々とした笑顔だ。
「とにかく、新しい世界で転生するにあたって、一つだけ能力を与えられるのだけど何か希望はある?」
「俺を不老不死に――」
「なんて無茶なことはできないからね」
俺の続きの言葉を遮り、メリアリナ様はずいとにじり寄ってくる。
その笑顔が怖いです。
「さっきのは冗談で。では全ての言葉を理解して話せる能力をお願いします!」
「……変わった能力ね。まあ貴方の死んだ理由を考えれば納得だけれども」
「ありますか?」
「あるわよ。『全言語理解』すべての言葉を理解して、話せるようになる最上級のものが」
「それって、理解をしていても話せない、発音ができないなんてことも無いんですよね?」
「勿論、ぺらぺらに話せるわよ!」
「ならそれでお願いします!」
「わかったわ」
メリアリナ様は鷹揚に頷くと、つま先で床を二回叩く。すると俺の足元から光が沸き上がり絡みつく。俺の胸に暖かい物が流れ込んでくる感覚。魂に能力を刻み込むような、そんな気がした。
「これで能力を与えることができたわ」
「ありがとうございます」
「それにしても変わった能力を選んだわね。てっきり大魔法が使いたいとか言うかと思ったのに」
「え? 魔法そんなものがあるんですか?」
魔法ってあのファンタジーな世界にあるようなものだよね?
「ええ。ちなみに魔物とかダンジョンとか色々あるから地球よりも危険よ」
「……能力の追加とか、変更って」
「無理よ。もう魂に刻み込んでしまったもの」
「……何で早く言ってくれなかったんですか」
魔物とかそんな奴がいれば、他に頼むべき能力があったはず。強靭な肉体? 大魔法? あれ何かいまいちピンとこないな。新しい世界で生まれるとなると立ちはだかるのは言語。地球ではトラウマものの出来事だったためにやはり俺はこれを手放せない。なにより俺は語学が苦手なのだ。日本語というもので既に頭を占められ
ている以上、異世界の言語などとても覚えられる気がしない。
やはり俺の判断は間違ってなかったのか。いや、でも魔物とかに襲われてあっさり死亡とか嫌だ。
「ごめんなさい。どんな能力を頼むか楽しみで」
「今度は顔が悪びれていますが、声が楽しそうです」
この女神様本当に器用だな。
「まあ魔物うんぬんは、できるだけ安全な場所に転生させてあげるから! それに私の力で転生するのだから、一般人より少し魔力や身体能力がいいはずよ!」
「本当ですか!」
「ええ本当よ!」
メリアリナ様は胸を張って答える。
「じゃあそろそろ転生させてあげるわね!」
「え!? その世界について説明とかは!?」
「さっき言った通りよ。後は自分で頑張ってね」
「そんな!」
短い! 説明が短すぎるよ! 魔法が使えて、魔物がいて……それくらいしか知らない。「もっと教えてくださいよ。人はいるんですか? というか人に転生しますよね?」
俺の切願の言葉も届くことなく、メリアリナ様は笑顔で床をつま先で三回踏み鳴らした。
すると翡翠色の粒子が俺を包みこみ、視界が真っ白になった。
「ばいばい!」
明るい女神様の声を最後に、俺は神界から異世界へと転生した。