回復魔法
お食事中に今回のお話しを見ることはオススメいたしません。
俺は途中で拾ったド変態の犬ことスモーキ―を連れて、カン吉達のいる西区画へと訪れていた。
スモーキ―と歩く俺の姿が微笑ましいのか、随分と生暖かい目で見られて恥ずかしかった。
もう犬と話すなんてことをしたらもっとひどくなる事で。そんな俺の気持ちもスモーキ―には理解できるはずもなく『無視しないでよー』としきりに話しかけてくる。
それでも放置しておくと、俺が歩く方向をちょろちょろと歩き回ったり、俺の足を甘噛みしたりと邪魔をしてくる。
そんな訳でただ牧場へと歩くだけでへとへとだ。
何かこうどっと疲れた。スモーキ―がうるさいから、黙るように言うと子供たちに「あの子、犬に話しかけているー」とか指を指されるし。
『どうしたのジェド? もうへばったの? だらしないなー』
こいつを土に埋めてやりたい。
俺の前ではスモーキ―が元気に尻尾を振りながら道を歩く。
前回、ジュリア姉さんと歩いたのは東周りだったために豚さんはいない。奴らは東区画に生息しているのだ。
余計な心配はいらない。
牧場へとたどり着くと、前回のように柵の近くにニーナさんや馬がいたりはしなかった。
馬小屋か遠くの方へと行っているのであろうか。
カン吉と会うにもニーナさんか誰かの許可は貰っておいた方がいいので、とりあえず俺はここから見えている馬小屋の方へと歩き出した。
柵に沿って馬小屋へと近付くと、もの凄い奇声が聞こえてきた。
多分女性の叫び声。しかし声の高さからニーナさんの声ではないとわかる。
もしかしたら、こんな声を出すのかもしれないが多分違うと思う。
「……何だろうこの声」
『わかんねえや。とにかく行ってみようぜ』
好奇心に駆られて、俺とスモーキーは小屋へと近付く。
しかし、第一声から近付いて損をした気分になった。
『ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! 嘘でしょ!? 私メスなのよ!? それなのに無理やり穴に手を入れるだなんて! それもしかも男! せめて女のニーナにしてよ!』
扉から中を覗くと、一頭のメスの馬が男達や暴れない為の道具に固定されており、一人の男がゴム手袋をはめて、潤滑剤のような物を塗っている最中であった。
「ま、まさか」
『やっちまうのか!? ずぶっと?』
『ちょっと無理無理! ちょ、あんたどこ触っているのよ! 蹴り飛ばすわよ!』
「さあ、我慢してくれよ」
『あんたも気軽に私のお尻触っているんじゃないわよ! 顔覚えたからね?』
「皆いいか?」
「大丈夫だ」
「早くやってくれ。この馬めちゃくちゃ俺を睨んでいるんだ」
「気をつけろよ。暴れるかもしれん」
『え、ああ、ちょっと本当にやめて下さい。調子に乗りました。だから許して。お願い――ああああああぁぁぁ……』
耳を塞ぎたくなるような絶叫が聞こえて、俺は思わず目をそらした。
しかし、スモーキーは興味深そうに動じる事なく眺めている。
『うわっ、すっげ。人間の腕までずぶっと入っているよ。それもあんな所に』
馬の悲鳴が響き渡る間、スモーキーはずっとへーとか、ほー、と声を上げて最後まで見ていた。
俺は飼育員の人に話しかけたかったのだが、そんな事ができる状況にも見えなかったので馬小屋から離れてじっと平原を眺めていた。
それでもやっぱり声を聞こえてしまうので、何とも言えない気持ちになった。
しばらくすると、どうやら終わったらしく馬の叫び声は聞こえなくなった。
スモーキーが『終わったぜ』と呼んでくれたので、俺は恐る恐る小屋へと近付いた。
そこには先程の馬が腰を抜かしたようにぺたりと横になり、男達が後片付けをしているところであった。
『ハア……ハア……ハア……私、汚されちゃった』
何とも悲壮感を漂わせた、弱々しい声だろうか。
しかし、そんな馬に近付く一頭の馬がいた。
『君は汚れてなんかいないさ』
『ベン!? ……でも、私。私……』
『何も言わなくていい。僕はステフを愛しているんだ!』
『本当に? ……こんな私でもいいの?』
『勿論さ。ステフ』
『ありがとう! ベン! 愛しているわ!』
二頭の馬は愛し合うように顔を擦り付けあう。
「……何やねんこの馬は」
『……まあ、ハッピーになれたんだしいいんじゃねえの?』
俺とスモーキーが釈然としないながらも眺めていると、ベンと呼ばれる一頭のオスが飼育員へと近付いた。
『ちょっとそこの手袋を付けた人間。よくも僕のステフにあんなことを……』
「……ん? どうしたお前? ブラッシングはさっきしたばかりだろ?」
『唸れ! 僕の後ろ脚!』
「えっ? ふごうっ!」
飼育員の男はベンの後ろ蹴りをお腹にくらって壁へと吹き飛ぶ。
異変に気付いた男達は急いで男を介抱して、ベンを取り押さえる。
「馬が暴れた!」
「それよりフレッドだ! あいつ、もろに喰らったぞ!」
「大丈夫か! フレッド!」
「……うう、痛え……」
「これは、やばい。骨が逝っているかもしれねえ!」
「だ、誰か! 回復魔法の使える者を呼んでくれー!」
「婆さんと爺さんは!?」
「ここから結構距離があるぞ!」
「でも、運ぶしかないだろ!」
「あのー、俺使えますけど」
俺が扉から声をかけると、飼育員の男達は一斉にこちらを見た。
「本当か! とにかく来てくれ!」
「頼む!」
よほど切羽詰まっているのだろうか、俺みたいな子供だろうと構わずに呼び寄せる。
「あっ! はい!」
この世界においては、病気は薬師。怪我は回復魔法使いに頼るのが一般的である。
毒や麻痺、火傷に骨折や切断なども回復魔法の領分となるが、病などは回復魔法ではどうする事もできない。そういうところは、薬草や貴重な素材を調合して塗ったり、飲んだりとして対処するようだ。火傷や毒などは薬師と回復魔法の使い手どちらでも構わないのだが、回復魔法の方が早く治るので回復魔法で治療する事が一般的だ。
そして現在、フレッドと呼ばれる男はあばらを骨折している。骨が内蔵へと突き刺さっているかもしれない。
何分自分のすり傷しか治療した事はないが、やるしかない。
怪我人を動かすのも躊躇われたので、運ばずにそのまま服の上着を脱がして横にした。
少しの振動でも痛むのか、フレッドは苦しそうにうめき声を上げる。
回復魔法は光の属性に分類される魔法だ。
闇魔法の次に適性者が少なく、希少なのだそうだ。
光魔法の回復呪文は、一つしか覚えていないのだが大丈夫であろうか。
無理ならば屋敷に戻って覚えるしかないのだが。できれば初級の呪文でなんとかなって欲しい。
いつもよりも緊張感を持ちながら、男の腹部の上に手を置き魔法言語を唱える。
「【デア・ボランス】」
すると手には神聖な青白い光が宿り、フレッドを優しく包み込む。女神が救いの手を差し伸べるように。
「……うっ……うう」
誰一人と声を上げることはなく、真剣な眼差しでフレッドを見守る。
苦しげにしていたフレッドの表情がじょじょに和らいでいく。その事に安堵しながら俺は魔力を流し続ける。
しばらくすると呼吸が安定しだしたので、俺は魔力を流すのをやめる。
治ったのかは分からないが、少しはましになったのであろうか。
「フレッド! 回復魔法をかけて貰ったぞ!」
「大丈夫か! 痛くないか?」
フレッドの仲間たちは懸命に安否の声をかける。
「…………ああ、さっきまでの激痛が嘘のようだ」
よかった。完全に治ったのかは分からないけど、痛みはマシになったようだ。
俺はフレッドの声を聞いて、思わず胸を撫でおろす。
今までで一番緊張したかもしれない。
「この村に医療に詳しい方はいないんですか?」
父さんの村なんだ、医療に詳しい人を呼んでいないはずがない。
「……あ、ああ。薬師の婆さんが一人と、元神官の爺さんが一人いる」
「だったら、念の為に来てもらうか、行ってきて診断してもらった方がいいと思います」
「……え? でも、回復魔法で治ったんじゃ?」
「命がかかっているんです。熟練の人に診てもらった方がいいに決まっています。俺は素人ですので」
「そうか。お前さんがそう言うなら呼んで診てもらってくる!」
神妙な顔つきで頷くと、男は立ちあがり声を出す。
「おい、行くぞ! 一番早い馬連れて来い」
「了解!」
二人の男は急いで馬の準備をすると、馬に乗り、一目散に駆けだした。
「え、ええ? 俺がフレッドを見ておくの?」
『まあまあ、おいらが付いているから安心しなよ』
「お前がいても変わらんわ!」
『ちょっとベン。やりすぎなんじゃないの?』
『僕もそう思うよ。でもあの男、何か助かる感じだよ』
『ならいいけど』
「よく無いわ!」
『『えっ!? 私達(僕達)の言葉がわかるの?』』
「もうそのくだりはいい!」
俺がやけくそになって叫ぶと、奥からはカン吉を連れたニーナさんがキョトンとした顔で歩いてきた。
「どうかしましたかジェド様? あら、フレッドってば服を脱いでこんな所で寝て、何をしているの?」
『おお、ジェドじゃねえか』
もう説明するのも面倒くさい。
今日は疲れたよ。
邪神の異世界召喚~女神とか神とか異世界召喚しすぎじゃない?
の方もよろしくお願いいたします。
主人公がカップルを狩……負のエネルギーを集めるダンジョン経営のお話しです。




