洞窟を作ろう
オークと和解した次の日。
さっそく俺はゴブリン達の新しい住処を作ってやるために森へと来ている。
すぐに行かないと本当に屋敷にまで押しかけてきそうで怖い。そうなると、ただちにグラディス兄さんやお父さんに瞬殺される事は間違いない。そんな事が起きてはすごく寝覚めが悪いのでこっちから出向いている。
今ならオークの生活している洞窟までの範囲なら行動できる。そこ以外だとさっぱりになってしまうが、今は行く用事もないので問題ない。
『ほら、オス達もっと声を抑えなさいよ!』
『抑えてるよ! メスの方こそもっと声出せや!』
『はあぁー? 何よそれ? メスの方が数は少ないのよ?』
『だったらもっと声出せや』
森の入り口では今日も『バードストライク』なる集団の声が。どうやらオスの数とメスの数が合っていないらしい。
俺が今あそこを通れば勧誘を受けてしまう。それは実に面倒くさい。なので俺はひっそりと回り道をして岩場へと向かった。
岩場に着くとゴブリン達はすでに起きていた。
それぞれ大きな石に座りこみ丸太を削っている。
『できた! 俺様の武器!』
四角い顔のゴブリン、ギギが丸太を掲げる。
『ちょっと貸せよ』
『やだね。お前俺の武器を盗るに決まってる』
『誰が盗るか』
『ならいいよ』
『……ほう持ちやすいな』
『だろ?』
『でも肝心の武器の所は』
『ただの丸太だな』
『うっさい! 返せ!』
ギギがザブから武器を返してもらったところで、ベルが鼻をスンスンと鳴らす。
『……この匂いはジェドの匂い』
『まじか!? アイツもう来たのか?』
『迎えに行く手間が省けたぜ』
やはりゴブリン達は、今日にでも俺の屋敷に来るつもりだったらしい。
ちょっとせっかちすぎやしないだろうか。早くきてよかった。
『……スンスン……こっちだ!』
『ジェドー!』
『出てきやがれ! 俺達の住処を作れ!』
とまあ、今回も俺とは真反対に走っていく。
『ジェドぅ?』
『いねえぞ?』
『……あれ?』
『『またかよ!』』
ギギとザブは「しっかりしろよ」と言いながらベルの頭を叩く。
『……あ、ジェドだ!』
『ジェドだ』
『あ、ホブ……ジェドだな』
「……今ホブゴブリンって言いかけた?」
『『『言ってない』』』
「まあいいけど」
『俺達の住処を作ってくれよ』
元気な声でゴブリン達は駆け寄ってくる。
「この岩場じゃダメなの?」
『えー』
『洞窟がいい』
『広い所がいい』
俺がそう言うと、ゴブリン達は口々に不満そうな顔をする。なんだよこの岩場でも十分よさそうじゃん。いっぱい隙間があって自分の部屋みたいで楽しそうだよ。雨の日は少しじめじめしていそうだけど。
「洞窟ってオークの場所以外にどこかにあるの?」
『そこから少し離れた所なら大丈夫』
『オークにも許可貰ったぜ』
「それならいいんだけど」
『よっしゃあ、なら行くぞ!』
『『いえええい!』』
「家だけに?」
元気よく歩き出す、ボブリン達の背中にぴったりと付いていく俺。ここらへんは強力な魔物もいないらしいし。ゴブリン達がいれば安心だ。いざとなったら俺が魔法を放って逃げればいい事だし。
前回と似たような道を使い、一時間。特にトラブルも無く目的の場所にたどり着いた。ベルが猪にちょっかいをかけて突進を喰らう事はトラブルに入るまい。自業自得じゃないか。
「で、ここでいいの?」
目の前に広がるのは岩肌。昨日のオークの洞窟と同じ山なので見た目はほとんど変わらない。何せここはオークの場所から反対側にも満たない場所なのだから。それなりに距離は開けているが多分、オークの洞窟から出て斜めに二十分くらいだろうか。よくオークが許してくれたな。
『それにしてもよくオークが許してくれたね』
『ジェドが魔法で洞窟をさらに快適にしてくれるって言ったら許してくれた』
『くれた』
「はあっ!? 勝手に俺を売ったの?」
『来ないと屋敷にまで迎えに行くって』
このゴブリン達、自分達の住処の為に平然と俺をこき使いやがる。オークと交渉とは、余計な知恵をつけやがって。それにしても、今日すぐに来た俺偉かった。危うく屋敷にゴブリンとオークが押しかけてくるところだった。
「とにかく、こっちを終わらせてオークの所にも行くか」
『よっしゃあ! 頼むぜ』
「【ロ・ゼルド・ヴァ―レ】」
土魔法の中級。その呪文を歌うように滑らかに唱える。すると、みるみるうちに岩肌に大きな穴が空いていく。それは岩をかき分けるように。魔力の力によって現実が書き換えられる。
『『『うおおおおっ! すげええ!』』』
これ、崩れたりしないよね?
そうならないように、壁一体に魔力を込めて圧縮する。
本当はコツをギリオン兄さんに教えてもらいたかったのだけど、ギリオン兄さんは土魔法を使えないからね。
ちょっと倦怠感があるけど、なんとか洞窟の形だけはできた。
ゴブリン達は歓喜の声を上げて、我先にと洞窟へと入っていく。
『天井高えぇ!』
『横も広えぇ』
『ゲホッゲホッ! ちょっと砂っぽい』
それはそうだ。無理矢理魔法でこじ開けた所なんだ。砂煙くらい舞う。
『【ティム・フリューン】』
風の初級魔法。部屋の換気などによく使われる魔法。家でもギリオン兄さんがよくやっていた。そよ風のような優しい風が洞窟へと入り、砂煙を一気にかき出す。
うわ、俺の方にきやがった。上に行け、上に。
『さっすがジェド! 砂煙が無くなったぜ』
『で、どうする?』
『ここらへんに椅子とか欲しいな』
『あと、机も』
『獲物を捌く台もなんかもあるといいな』
『『それな!』』
早速ゴブリン達は理想の空間を作り上げるべく相談にはいる。全部作るのは俺なんだけどね。
結局俺がゴブリン達の洞窟造りから解放されたのは昼を過ぎてからだった。
『……遅い』
「コイツが悪い」
オークが仁王立ちで不機嫌そうな声を出す中。俺は全ての現況であるベルに指を指した。
『ええっ! 俺かよ! 何だかんだ凝っていたのはジェドじゃん!』
うるさい。ちょっと土魔法に慣れていなかっただけなんだ。まだ魔力の操作が上手くないから細かい所が苦手なんだ。だが俺の日本人としてのこだわりが妥協を許せなかった。それはもう仕方がない。
『まあいい。とにかく入ってくれ』
オークは溜息をつくと、洞窟へと入っていく。
え、何それ? 俺とゴブリンがまたじゃれ合い始めたよ、みたいな溜息。
オークの溜息に納得がいかないまま、俺とベルはオークの後へと続く。
ちなみに、ギギとザブは食料を捕りに別行動だ。まあ案内だけで三匹の時間を取ってしまうのは勿体ないしな。ゴブリン達にも生活があるから。
『やっぱデカいなぁー。俺達もこれくらいにしておけば良かったかな』
「もうしないからな」
『そんな!』
勿論アフターサービスも無しだ。
『あら、ジェドさんこんにちは』
『ジェドじゃないか。うちの改装を引き受けてくれたんだって? ありがとうね』
奥へと進むと、オークの嫁さん二頭が挨拶の声を投げてくる。
「こんにちは。いえ、困った時は助け合いですから」
引き受けたのはゴブリンですけど。しかも勝手に。まあ土魔法のいい練習になるからいいんだけど。
『そうそう助け合い』
「お前が言うな」
『じゃあここに大きな台を作ってくれないか?』
「形はどんな物を?」
『あ、うーん、調理に使う物だしな。えーと、何だっけ』
『もう、貴方。調理台は丸みのある形状でって言ったじゃないですか』
『駄目だねー。あたし達がここをお願いするから、あんたは自分の部屋をどうしたいか考えておきな!』
『おう、わかった』
頼りないオークの旦那は奥へとすごすごと引っ込んでいった。やはりオークの世界でも台所は女性の縄張りなのか。
『ごめんなさいね。うちの旦那、料理はてんで駄目でろくに知らないから』
『本当に頼りないさ。それじゃあここに大きな丸い台をお願いできるかい?』
『昨日まで大きな石を使っていたんだけど、使いづらくて』
少しお淑やかな口ぶりの嫁さんが。困った風に手を頬に当てる。
たしかにただの大きな石じゃ使いづらいに違いない。オーク達の巨体を考えると尚更であろう。
「それじゃあ、とにかくやってみますね。大きさは言ってもらえれば変えられますので」
『助かるわ』
『人間にしておくのが勿体ない男だね』
いや、俺は人間で心底嬉しいです。
『【アルド・クリエイト】』
そう唱えると、地面の岩がみるみるうちに丸い台へと形作られる。
『まあ、凄い!』
『こりゃ便利だね』
『もう少し高くしてもらえるかしら?』
「あ、はいはい」
『この辺りもう少し滑らかにできる?』
「まだ微調整は苦手ですけど頑張ります」
『頼もしいわぁ』
『あたいらも魔法が出来たら便利なのに。……あ、ここの地面もならしてくれる? でこぼこして歩きづらくてさ』
「了解です」
何か俺、本当にリフォームの業者みたいだな。
子供時代はもうすぐ終わるかと思います。




