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理想論

 

 あれから落ち着いて、オークに何とか人間だと理解させる事ができた。


 今はお互いに敵意を抱くこともなく、話し合いをしているところだ。


 ゴブリンはさっきから端っこの方で座り込んでいる。どうやらこのオークに嫁が二頭もいる事にショックを受けているようだ。


 俺はというとショックはない。むしろオークは一夫多妻制なのかと感心するくらい。これが人間だとすると、ゴブリンと同じように隅っこで三角座りをしていた事であろう。


『しっかし、本当に俺達魔物と話す事ができる人間がいたとは驚いた』


「まあ、俺も驚いたよ。自分にこんな能力があるとは」


 女神メリアリナ様から授かった能力『全言語理解』。はじめは人間の言葉を理解して話せるようになるだけだと思っていたのだが。まさか動物や魔物まで当てはまるとは。


 この動物の定義だが凄く曖昧だ。


 まず、動物には脊椎動物と無脊椎動物に分類される。


 哺乳類ならば、ヒト、サル、カバ、ゾウ、クジラなど。


 鳥類は、ツル、ペンギン、鶏など。


 他にも爬虫類、両生類、魚類から微生物に至るまでたくさんある。


 その中で動物と植物の定義とは。と言われても俺にはさっぱりわからないし、日本の生物学者でも正しくは言えないだろう。


 そんな生物学者が唸るほどの定義を、この俺が確実で正しい答えを出せるはずもない。


 そんな中で、今までの出来事を振り返ってみると、わかった事がある。


 まずは虫の声は聞こえない。虫も自ら動き回る生き物で分類上は節足動物の昆虫類のはずだ。それなのに声は聞こえてこなかった。それは微生物や魚も同様で聞こえてきてはいない。大体この能力で全ての動物の声が聞こえてしまっていては生活が困難になってしまうだろう。


 歩けば小さな虫を踏んでしまい、水辺に行けば数え切れないほどの魚の声が聞こえてしまう。



 対話の能力は、俺の心の中での判断が肝になっているのだと思う。


 多分それらの声は聞こうとすれば聞こえるのかもしれない。


 しかしそこまで聞きたくはない。世の中聞けば過ごしづらくなることもあるだろう。


 そんな俺の心に反応して範囲を定めているのかもしれない。


『どうしたんだ?』


 話の途中で黙り込んだ俺を見て、オークは不思議そうにする。


「いや、俺の対話能力はどこまでの範囲なのかなって」


『たしか、動物とも話せるんだっけか?』


「うん。でも魚や虫とは対話した事がないんだ」


『俺には細かい事はよくわからないが、全ての生き物の声が聞えたら生活ができねえだろ』


「だからなのかなって思っているよ。ところで魔物達の会話はどうなっているの?」


『俺達か? 動物達の言葉はさすがにわからねえが、魔物同士なら言葉はわかるぞ? それを相手にするかはそれぞれの性格次第だがな』


 オークは笑いながら『俺は現にゴブリン達を洞窟から追い出したしな』と付け加える。


 自分より格下の魔物の言葉はほとんど聞かないのが当たり前なのだそうだ。


「どうしてゴブリン達を追い出したの?」


『その質問は、なぜそんな質問をする? と返したいな。俺達魔物は強さが全てだ。強い奴が生き残り、弱い奴が死んでいく。当たり前のことだろう?』


 重く腹に響く声で俺に語りかける。大きく見開かれたオークの瞳からは「人間も同じだろう?」と言っている気がした。


「うん。それはわかっている。人間も同じだから」


 今回、オークは快適な環境を求めて力を使い、洞窟を奪い取っただけ。それだけの事にすぎない。


『ゴブリン達には悪いがもうすぐ子供も生まれそうだったしな』


「そうだったんだ」


 俺の言葉を聞くとオークは立ち上がった。


『もうすぐ飯だからな。準備をしなくちゃいけねえ』


 ズシズシと足音を立てて、オークは洞窟へと歩き出す。


「最後に一つだけ聞いていい?」


『何だ?』


 俺の言葉に反応して、オークは歩みを止めて振り返る。これだけは聞いておかないと。俺や村の人の為にも。この対話ができる力があるのならば争わずにいたい。


「俺達の村を襲うつもりはある?」


『無いな。ここには十分に食料があるし、メリットが無い。人間の村を襲うなんて、よっぽど切羽詰まっていない限りしねえよ』


「安心した。もし、森で人間を見かけたら攻撃しないで欲しいんだ」


『……人間から攻撃してこないのなら、攻撃はしない』


 オークは少し間を置いてから返事をした。それから話は終わりだとばかりにくるりと回り洞窟へと戻っていった。


『話は終わったか?』


『早く行こうぜ』


『これから俺達の家を作るんだからな』


 気が付けばゴブリンが俺の傍に来ていた。どうやらショックからは立ち直ったらしい。


 しかし空を見ると太陽が傾いている。もうすぐ夕方となり日が暮れる。遅くなると母さん達に心配をかけてしまうのでもう帰らなければいけない。


「今日は遅いし、明日ね」


『『『えええええええっ!?』』』


『約束破んのかよ!』


「今日とは言っていないよ」


『汚ねえ!』


「屋敷に帰らないと怒られちゃうよ」


『ホブゴブリン!』


『それは違うだろ? ベル?』


 俺は手で思いっきりベルの耳を引っ張った。何か感触が……ゴムみたいだね。


『……すんません。調子に乗りました』


「とにかく明日作ってあげるから待っていてね」


『ちっ、しゃあねえなあ』


『来なかったら屋敷に行くからな!』


『岩場に来いよ』


 ゴブリン達はぶーぶーと文句を言いながらも、納得してくれたようだ。


 そしてゴブリン達は三匹並んで歩き出す。


 俺はその後ろ姿を眺めつつ、ゴブリンの背中を追いかけた。


「待って! 帰り道知らない!」


『『『あああんッ?』』』


『しっかりしろよ』


『しゃあねえな』


『ついてきな』


 理想論かもしれないけど、こうやって魔物と争わずに暮らしていけたらいいなと思う。



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