思わぬ力
レビューを書いてくれた方がいてくれました。
初めてだったので、嬉しいです。
あの後、部屋を乾かすのがとても大変だった。
特にカーペットには大量の水がしみ込んでいたので、絞って干さなければならない。そんな事が五才児の俺に出来るはずもなく、メイドさんと執事さんに手伝ってもらった。
事情はどうやらギリオン兄さんから聞いていたらしく、舌打ちなんてする事もなく、爽やかな笑顔で手伝ってくれた。本当に申し訳なかったよ。
おかげで現在俺の部屋にはほとんどの家具が無い。あるものと言えば、大きくて外に出すのが困難であったベッドの骨組みだけ。それ以外は乾かす為に全て外へと放り出した。
窓は全開にされており、涼しい風が吹きこんでいる。
お陰でただでさえ広い部屋が余計に広く感じてしまう。
今日は違う部屋で寝なければ。
メイドさんと執事さんに手伝ってもらって部屋を片付けた俺は、ギリオン兄さんの部屋に向かった。
「ギリオン兄さん。ジェドだよ」
ノックすると、すぐにギリオン兄さんの「入れ」という不機嫌とも思えるようなぶっきらぼうな声が返ってきた。
そんな声をしているから、メイドさんに気を使われているんだよ。
心の中でそんな事を思いつつ、部屋の中へと入った。
俺と同じくらいの部屋の大きさ。大きく異なるのは、部屋を囲い込むように設置されている、書物が大量に詰められた本棚。所々に散らばっている、殴り書きがされた紙の数々。
いつも部屋に籠っている、プライドの高いだけのギリオン兄さん。という印象をひっくり返すような光景であった。
恐らくは毎日書物を読み漁り、勉強をして魔法学校へ通うための努力を重ねてきたのであろう。
今までは俺が小さな子供で、不用意に近寄らせてもらえなかった部屋だったのだが、どうして急に入れてくれるようになったのだろうか。
疑問の眼差しをギリオン兄さんに向けてみるが、本人は何か本棚から本を探している様子だ。俺と同じくずぶ濡れの服を着替えてはいるが、全く同じ服だ。
いつも同じような服を着ているのだけれど、一体何着持っているのやら。
「おー、これだな」
そう呟くとギリオン兄さんは三冊の本を俺に手渡してきた。
「これは?」
「魔法の基礎が書かれてある本だ。さっきの奴は濡れちまっただろ」
てっきり、この部屋で小言やらをぐちぐちと言われるものかと思っていたのだが、どうやら違うようだった。困惑をしながらも俺は疑問を口にする。
「う、うん。でも、どうして俺に?」
「馬鹿野郎。またさっきみたいに不用意に魔法を使われたら、屋敷が燃えちまう。だからこれをとりあえず読め」
「うん」
「それから魔法を使え。どうしてお前に『魔法言語』が読めるのかは知らんが、制御くらいはできるようになれ」
「うん。わかった」
俺がそう頷くと、ギリオン兄さん用は済んだとばかりに椅子へと座り、何か紙に書き始めた。
その後ろ姿を数秒見つめてから、俺は静かに部屋を後にした。
結局はこのまま不用意に俺が魔法を使えば、いつ屋敷が燃えるか不安でたまらなかっただけなのであろうか。
ギリオン兄さんの真意がわかるはずもなく、俺は空き部屋へと向かうのであった。
魔法には六つの属性がある。大抵の人間は一つの属性を持ち、二つ、三つと同時に他の属性を持つ者は極めて稀である。
遥か昔にいた、大賢者は全ての属性を扱い、大魔法を使っていたというが定かではない。少なくとも、過去の文献が残っている中で最も多くの属性を持っていたのは、魔法学園の初代校長。私の祖父であるウィリアム=マクラードだ。祖父は四つの属性を扱う事ができた。その他の国の魔法使いもどうやら四属性が最高であった。
私の祖父の残した言葉にはこういう物があった。
『いくら多くの属性を持とうが、優秀とは限らない』
私は祖父の言葉を聞いて納得した。いくら四属性もの魔法を持とうが、それを使いこなせなければ意味は無い。我々人間の寿命は長くて八十年。そのうちに魔法使いとして活動できる年数を計算すると最も長くて約四十年くらいであろう。
その中で各属性の、初級、中級、上級とそれぞれの『魔法言語』を完璧に使いこなす事はとても難しい。魔力の制御もそうだ。複数の魔法を極めることは生半可な事では無理だ。
中途半端にしていると、それぞれの魔法の初級魔法しか使えない、精度もバラバラという事もよくある話だ。
これから魔法使いとして生きるためにも、しっかりと考えて未来を掴みとって欲しい。
著者ケイオス=マクラード。
「け、結構重い内容だね……」
もしかして、ギリオン兄さんは俺を魔法使いにさせる気なのだろうか。
まあ、魔法という力を扱う以上は心構えも大事だと思うけど、俺五才児だよ。
なんて思いながらも、似たような言い回しや、理論は読み飛ばしていった。
× × ×
気づけば、室内には夕焼けが差し込んでおり、直に夜が訪れる。
「もう夕方か。結構読んでいたな」
本をぱたりと閉じて、伸びをする。
ずっと本を読んでいたせいか、目に疲れを感じる。
目元をほぐしながら、ふと思い出した。
「あ、そうだ。ゴブリンの事忘れていた!」
俺は急いで立ち上がり、父さんの執務室へと向かった。
廊下の窓からは、俺の部屋にあった家具を一旦屋敷に運び込んでいる執事さんの姿が見えた。本当は手伝いに行きたいところなのだけれど、非力な自分にはせいぜい書物を持つ事しか出来ない上に、今はそれどころでは無い。
心の中で謝りながら、廊下を駆け抜けた。
「父さん。ジェドです」
「ん? ジェドか……入れ」
ノックをすると父さんの訝しんだ声が返ってきた。とにかく許可は貰えたので、俺は室内へと入る。
「失礼します」
「ジェド、どうしたんだ?」
大きくて質の良さそうな机で、執務をしていた父さんは筆を手に持ったまま口を開く。
「えっと、ゴブリンが西の森にいるらしいんだ!」
「それは誰かが目撃したのか?」
「……あ」
とにかくゴブリンが近くにいる事を報告したかったのだが、説明のしようがないことに今気付いた。
どう説明をする? ジェド。鳥さんが教えてくれたんだ! はいアウト。ジェド君変態扱い。どうするんだ俺。
俺が固まっていると、父さんが眉を寄せた後に、何か納得したような優しい笑みをする。
え? 何なの? 父さんの中でどんな結論が出たの?
「まあ、あれだ。遊んで欲しいのなら素直に言うんだ。父さんもうすぐで仕事が終わるから待ってなさい」
うん俺いい事言った、みたいな、どや顔を浮かべる父さん。
父さんそうじゃ無いんだよ。
「いや、やっぱり何でもないよ」
何だか虚しくなり部屋を退出する。
「……ジェドの奴どうしたんだ? 最近遊んでやれてないし、今度一緒に遊んでやるか」
その日の夜、翌日とゴブリンは現れることは無く、誰にも目撃されないままに時間は過ぎた。
それでも俺は様子が気になるため、森へ行くことを決めていた。
その間と言えば、ギリオン兄さんに魔法の制御を教えて貰っていた。
一応魔法の発動はできるのだが、多くの魔力をくってしまう。人間が『魔法言語』で語りかけて使用できる魔力には限りがある。空気中にある魔力と、己が持つ魔力を練り上げて発動させる。主体は自分なのだ。
なので『魔法言語』が主体とされがちなのだが、魔力の練り上げも怠ってはならない。
重要なものなのだ。と、ギリオン兄さんが熱く語っていた。
そうは言ったものの、ろくに魔力を扱ったことの無い俺はまさに『魔法言語』の発音、強調、リズムでゴリ押しすることになった。
それを見てギリオン兄さんが「意味がわからん。そんなのおかしいだろ。邪道だ!」とか喚いていた。
『全言語理解』力が思わぬ形で役に立った。
しかも俺の魔力量は随分と多いらしい。
そう言えば、メリアリナ様が一般人よりは魔力や身体能力が高いと言っていた。てっきり苦し紛れの言い訳だと思っていたのだが、本当で良かった。
とにかくこれで自分の身は守れそうだ。
周囲の警戒、及び、道案内は鳥さん達に白パン腹いっぱいで契約済みだ。
頼りがいのある鳥さん達である。
じ、次回は奴等が?




