和平会談の席で ~ドワーフの思惑~(作:美汐)
ひとつの大陸に住む六つの種族が臨んだ和平会談。そのうち人間、獣人、エルフとドワーフという種族が一堂に会した席で、事件は起こった。
人間の王であるドゥーガが何者かの仕業によって殺されたのだ。
「こりゃあとにもかくにも犯人捜しをしなきゃなあ」
おれは長い髭を揺らしながら言った。他のやつらはその言葉を聞き、難しい表情を浮かべていた。
今、この席でもっとも疑われているのは、間違いなくエルフのやつらだ。なんといってもドゥーガの首を射た矢はエルフのものであり、弓をあれほど正確に放てるものは、エルフであるというのが一番想像しやすい。
ここで人間の王ドゥーガを殺った犯人をエルフに仕立て上げることができれば、我らドワーフが今まで受けてきた屈辱をすすぐことができるだろう。有翼人と竜人のやつらが来ていないのは残念だが、まあ、これだけの面前でエルフに罪を着せることができれば、エルフの立場が危うくなるのは間違いない。うまく他のやつらをたきつければ、他国と協力してエルフの領地を攻め、やつらに滅びの道を歩ませることができるかもしれない。我らドワーフにとってこれほど溜飲の下がることはないだろう。
おれはいまだ騒がしい室内の様子を眺めながら、再度言葉を発した。
「ドゥーガを殺した犯人。それはもちろんこの矢を放ったやつだ。そしてこの矢はエルフの技で作られたもの。必然的にエルフが犯人である可能性が高いわな」
「ワース! 貴様!」
エルフの元老エルデステリオがおれに激しい敵意のまなざしを向けてきた。
「いや。その前にグラスのほうが怪しいよね~。だってこれに口をつけた途端、人間の王様は様子がおかしくなったんだからさ」
山猫獣人のキシャラが、冷ややかな目でこちらを見つめてくる。
このくそ獣風情が余計なことを。
「だからわざとじゃねえって! だいたい、そのなかに毒があったという証拠なぞ、もうどこにもねえ。てめえら証拠もねえのにおれを疑うのか!?」
おれがそう捲し立てると、山猫女はようやく口を閉じた。
フン。最初からそうしていればいいものを。
「矢を放った犯人をうまく捕まえて白状させることができりゃあはっきりするが……」
そのときだった。一人の人間の騎士が、こう叫びながら入ってきた。
「矢を放ったと覚しきものを捕らえました!」
騎士が連れてきた犯人に、その場にいた全員がざわついた。
「な……っ。どういうことですか」と人間の王ドゥーガの息子ユウェル。
「ありえませんわ!」とは、エルフのサーシャ。
獣人の王オグルーヴは、低いうなり声をあげていた。
最後におれは叫んだ。
「ふざけるな! これが犯人だって!? 冗談もたいがいにしろ!」
犯人は三人いた。
しかも、広間に連れてこられたそいつらのうちの二人は、見覚えのある人物でもあった。
有翼人のテオドール。
竜人のヴァルザイン。
「て、てめえら……。会議に姿を現さねえと思ったら……」
「ち、違う! 私ではない!」
「オレじゃねえ!」
テオドールとヴァルザインは口々に否定する。しかしそれよりも、おれはもう一人の人物が気になって仕方なかった。
「そんなことより、そこの顔を隠しているのは誰だい?」
キシャラが尻尾をゆっくりと動かしながら、騎士に問うた。
「ハッ。部屋から外へと逃げようとしている怪しい人影を見かけまして、捕らえて連行しました」
顔を隠したその人物は、伏し目がちに俯いていた。
「なんだてめえは? おい、顔を見せろ!」
おれはつかつかとそいつに近づくと、顔を無理遣りあげさせ、その顔の布をはぎとった。
そしてその顔を見た瞬間、おれはあんぐりと口を開けた。
「て、てめえは……ドゥーガ!?」
おれの叫び声に、他のやつらも次々と反応を示した。
「ドゥーガだと?」
「ありえません……!」
「ち……父上……」
みな驚きを隠せない様子で、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
当たり前だ。死人が生き返って立ってやがるんだから。
「おいおいおい! てめえは死んだはずじゃなかったのか? てめえは本当にドゥーガなのかよ!」
おれがそうそいつに問いつめると、そいつは言った。
「ああ、私が本物のドゥーガだ」
「じゃ、じゃあさっき殺されたあれは? あの死体はいったい……」
ちょうどそのとき、オグルーヴが死体に近づき、その死体の顔を確認しているところだった。
「やはりこちらもドゥーガだ。ということは、同じ顔をした人物が二人いたということになるな……」
「どういうことだ? わかるように説明しろ!」
おれが叫ぶと、生きているほうのドゥーガが話し始めた。
「私はあるものに騙され、今まで監禁状態だった。そこを偶然聞きつけたらしいテオドールとヴァルザインに助けられたのだ。そこで逆に私を謀って和平会談に臨んだ偽者を罠に
はめて、そいつを殺したのだ」
「じゃあ、あの死んでいるやつは偽者? 何者だ? そしてあんたを騙したという張本人とは?」
それにドゥーガは少し溜めてから言った。
「あれは私の従兄弟のデミオ。魔法の力を使った変装術でうまく私に化けたようだ。やつは以前より私の政治に反感を持っていたのだ。この和平会談を乗っ取り、自分の意図する領土の拡大に乗り出す画策を練ろうとしていたのだろう。そして……」
ドゥーガはふいにある方向に顔を向けた。おれはその視線の先を追って、驚愕に再び顎がはずれそうなほどに口を開いた。
「ユウェル。残念だよ。お前がこの父を裏切るとは……」
今度はみながユウェルに注目した。
「ユウェル!?」
「息子が今回の事件の仕掛け人だと!?」
「ありえん!!」
全力でおれは叫んだ。なんてこった!
ユウェルは俯いていたかと思うと、そこから不気味な低い声を発していた。
「クックックッ……。バレてしまっちゃあしょうがないですね……」
それからぱっと顔をあげたかと思うと、彼は突然大声で笑い始めた。
「あっはっはっは! とんだ茶番劇! 猜疑心が猜疑心を呼び、みながみなを疑う。和平会談のはずなのに! 笑える! こんなやつらが仲良くなんてなれるもんか! だからぼくがこうしてめちゃくちゃにしてやったのさ! 建前だけの和平なんて結べないようにさあ!」
ユウェルは気が触れたようにそう捲し立てた。
「ユウェル!」
ドゥーガが叫んだと同時だった。ユウェルは懐に隠していた短剣を取り出すと、すっと己の喉元にそれを突きつけた。
「おっと。それ以上近づくなよ。あんたの一人息子がこのまま死んでもいいのかい?」
な……っ! おれはその言葉に耳を疑った。そして、密かに動き出した。
「やめろ! 馬鹿なことを考えるなユウェル。落ち着いて話そう!」
「父上。あなたは高潔で素晴らしいですよ。だけど、世の中綺麗事だけではやっていけません。ぼくはあなたを許すことができないんです。妹を隣国に無理遣り嫁がせ、そのためにはやり病を患って他国で寂しく死なせてしまったあなたを……!」
そのときだった。
「うわあああああ!!」
建物を震わせるような大音声が響いた。
その声に、その場にいた誰もが驚き耳を塞いだ。
このおれ以外。
「どうりゃああ!!」
おれは一足飛びにユウェルに近づくと、ユウェルの持っていた短剣を蹴り上げ、手から取り落とさせた。そして、そのままやつの背後に回り込み、背中から羽交い締めにしてやった。
「がっはっはっは! どうだ! おれさまの必殺破壊的大声の威力は!」
「ワース! 貴様!」
ユウェルは抵抗を見せるが、そんなものこのおれさまにとっては屁みたいなものだ。このくそ生意気な坊主のくそみたいな鼻っ柱なんぞ、ボキボキに折ってやる。
「妹が死んだのはお父ちゃんのせい? ハッ! 笑わせるな。そりゃあてめえの歪んだ理屈だ。てめえは仮にも王家に生まれた男だろう? 政略結婚なんぞ当たり前の世界だろうが。それに、はやり病で死んだのは、単にそいつの運が悪かっただけのこと。全部父親のせいにして恨むのはお門違いだっての、妹さんだってそんなこっちゃ望んでねえよ!」
「無礼者! 離せ! ぼくはこの男を……!」
ユウェルはがっしりと固められた腕を振りほどこうとおれの腕の中でもがいたが、びくとも動かないことに、やがて諦め顔を伏せた。
「ユウェル……」
ドゥーガが息子に近づき、静かな声で話しかけた。
「お前の気持ちはよくわかった。お前が妹のことで深く悲しんでいたことも知っている。お前の言うとおり、あれを死なせてしまった責任の一端は私にもある。そのことについては謝ろう」
ドゥーガはそう言うと、ユウェルに向かって頭をさげた。おれは一国の王がそんなふうに息子に頭をさげるところを初めて見て、驚いていた。そして、それはおれの腕の中でおとなしくなっていたユウェルも同じのようで、びくりとやつもその体を震わせていた。
「しかし、ユウェル……。今回のこの一件は、国家反逆罪にあたる。我が息子とはいえ、此度のことは到底許されることではない。……わかっているな?」
ドゥーガがそう言うと、ユウェルは今度こそ力なく頭を垂れた。
――かくして、波乱の和平会談は幕を閉じた。ユウェルはこれから人間たちの国の法に則って裁かれることになる。しかし本来の目的とは違う形での幕引きに、おれはなにやらすっきりしない気分だった。
「本当なら、人間たちの国がごたついている今はおれらにとっちゃチャンスでもあったわけだが、なんとなくそうもいかない雰囲気なんだよなぁ」
ベランダでそう嘆息していると、隣にいたエルフの元老エルデステリオが口を開いた。
「フォッフォッフォッ。今回ばかりはドゥーガの名裁きに目を瞑ってやるのがドワーフにとっても理のあることでしょうな。この混乱に乗じて行動を起こせば、ドワーフの名声は地に墜ち、必ずや手痛いしっぺ返しがくることになる」
おれは知ったような口を聞くじいさんに渋面を見せた。
「けっ! んなこたわかってるよ。だいたいいつもエルフってやつは気取ってやがる。だから気に入らねェんだ」
「フォッフォッフォッ。それはお互い様じゃ」
「ちっ」
おれはふて腐れて外の景色に目をやった。青く広がった空の下、広大な大地がそこに広がっていた。
「しかしやっぱり手に入れてみてェな。この大地のすべてっててのをよォ」
そんなおれのつぶやきは、乾いた空気に溶けていった。
〈END〉




