想像の翼お題(作:葵生りん)
「お父様! これは一体なんの冗談ですか!」
執務机で書類に囲まれた父の目の前に、一枚の羊皮紙を叩きつけてアイリスは叫んだ。
それには「求む 運命の王子」と大きく書かれており、さらにその下には眠っているかわいらしい少女にキスをする王子の絵とともに、次のように記されている。
《眠れるアイリス王女を目覚めさせることができた男に姫を授ける》
「こんなふざけたお触れ、今すぐに撤回してください!」
父王は、申し訳なさそうに白い眉を下げた。
「そうはいうが、アイリス……私はお前のためを思ってだな……」
事の起こりは半年ほど前になる。
アイリスは舞踏会の最中に唐突に眠りに落ちて、会場を騒然とさせた。
以来、時と場合に関わらず猛烈な眠気に襲われて眠ってしまうのだ。しかも、最初は数時間で目覚めていたが、その睡眠時間は徐々に延びていき、今や一度眠ると十日も目を覚まさない。
眠り続ける間、当然といえば当然ながら食事なども一切とれないために、アイリスはやせ細り生命すら危ぶまれる現状である。
もちろん今まで、数々の医者を初めとして魔女の呪いじゃないかと祈祷してみたり、悪魔払いをしてみたり――それこそお触れを出してあらゆる方法を募って試したが改善は見られなかった。
そこで藁にも縋る思いで、おとぎ話じみたこのお触れという次第なのだが。
「お父様は私の貞操をどうお考えですか!寝ている間に知らない人にキスされるなんて、絶ッ対に!嫌ですからねッ!!」
アイリスの反対ももっともである。
万一におとぎ話のように運命の人の口づけで目覚めると保証されているとしても。
相手がアイリス好みの王子とも限らなければ、このお触れを見てやってきた最初の人とも限らない。寝ている間に知らない男の人が何人もキスしてくるかもと思うと、それはもはや恐怖である。
おちおち眠ってなどいられない。
それが嫌ならさっさと目覚めろとでもいうのだろうか。
息を切らせたアイリスは、ふっと目眩に襲われた。
侍女に助けられて座り込むに留まることができたが、怒りに我を忘れて走ってきたり怒鳴り散らしたおかげで、少ない体力を消耗し尽くしてしまったらしい。
津波にさらわれるような圧倒的な力で、意識が押し流されていく。拳を握って必死に意識をつなぎ止めながら、最後の気力を振り絞ってアイリスは呻いた。
「こんなふざけたことしたら、一生……恨…みま………すから…ね………」
しかめっ面がやがて緩み、くぅすぅと健やかな寝息が聞こえてきて、王は深い溜息をついた。
「その│一生がかかった問題でなければ、こんなバカげた藁になど縋るものか……」
★☆続く☆★




