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至上命令  作者: 緒方 玲
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第二章 和平の足掛かり

「お前、また馬鹿の為に薬草を採りに行くのか?」


籠を手に城門をくぐれば、背後から不意にかけられた呆れたような声。

振り返れば、そこには予想通り不機嫌そうに立っている彼の姿があった。


「おや、黒龍さん。珍しいですね、あなたが空の白み始めたこんな時間に、まだ起きていらっしゃるなんて。寝付けなかったのですか?」

「ったく、誰のせいだと思っているんだよ」

「それは、私のせいですかね」

「お前なぁ」

「ふふ、冗談ですよ、ちゃんとわかっています。皆が寝静まったのを見計らって国境近くまで出かけようとしている私のこと、心配してくださったんですよね。ありがとうございます」


そう言って笑みを浮かべると、彼の眉間にますます深い皺が刻まれる。

きっと、私が思っている以上に心配をかけているのだろう。

そしてそれはおそらく彼だけではない、今は寝静まっている皆にも。

だからこそ、少しでも皆に心配をかけないため、わざわざこんな時間に出かけているというのに、一番心配してくれる彼に見付かっては元も子も無い。

でも、見付かってしまった以上、背に腹は変えられない。

下手にはぐらかすより正直に答えた方が良いだろうと、「少し前に主上が怪我なさって」と、素直に主の為に薬草を採りに行く旨を伝える。


「怪我って、今度は何しでかしたんだよ」

「少々、馬の機嫌を損ねたようで、受身も取れずに落馬されて。随分と強く打ち付けられたようですし、早急に対処しませんと長引いてしまいます。主上のお怪我が長引くのは、黒龍さんだって望まれないでしょう?主上が病床にある限り、私は主上に付きっきりになりますから」


その言葉に、黒龍さんの機嫌が目に見えて悪くなる。

それでも、こういう言い方をすれば、彼はこれ以上は何も言わない。

わかっていて、ソレをあえて口にする私は酷いヒトなのだろう。

心の中で謝罪しながら、なるべく彼の心配を取り除こうと笑顔を浮かべ、出来るだけ明るい声で何でも無いことのように口に出すのは理想論。


「そんなに心配なさらなくても、私は大丈夫ですよ。ちゃんと護身用の短刀は持っていますし、国境近くとはいえ、行き先は「暗黒の森」です。あの地に暁、それも西軍の人間なんて近付きもしませんよ。もし仮に彼らと遭遇したとしても、私は森の住人に気に入られていますから」

「確かにそうかもしれないが、今日も一人で出かける気なんだろ?せめて誰か、アイツでも良いから連れて行けよ。本当は俺が行ってやりたいが、俺は陽の下に出られない」

「お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます。それにあなたは彼者誰カワタレさんを連れて行けと仰いますが、彼者誰さんだって黒龍さんと同じです。お優しい方だから、何も言わずに私の我が儘に付き合って昼間から行動を共にしてくださっていますが、本当は夜を生きる方なのですよ。皆と同じで、本来は日中お休みになりたいでしょう」

「なら、お前も休めよ」

「はい、もちろん。薬草を採ってきたら、すぐにでも。この時間に城を出れば森に着くのは日が昇った頃、向こうでは夜にあたります。こちらで皆が眠っているように、暁で起きている人間など皆無。今が一番、薬草を採りに行くには安全な時間帯です。それでも私が一人で行くことを危惧していらっしゃるにのなら、心配はご無用です。私の影には、いつも通り陽炎カゲロウが居ますから。お目付役が居るのに危ないことなんて、出来る筈がないでしょう?」

「・・・気を付けろよ」


何を言ったところで私が聞かないと思ったのか、渋々見送ってくれる彼に頭を下げ、小さく息を吐いて転変する。


『では、行って参りますね』


龍の姿になったことで見下ろす形になった彼に声をかけ、出来るだけ速度を上げて森へと翔ける。

彼に見付かったことは完全に予想外だった為、予定よりも随分と遅れてしまった。

これでは主上がお目覚めになる前に調合が終わらないどころか、城に戻ることすらかなわないかもしれない。

そんなことを考えながら森の入口を越え、中央辺りでヒトの姿となり、森に降り立つ。

するとその瞬間、襲ってきたのは言いようのない不快感。

明らかに、何かがいつもと違う。

森の上を飛んでいた時は違和感程度だったが、今は肌で直に感じる。

妙に森がざわついていて、まるで異物を追い払おうとしているかのよう。

彼らに好かれているとはいえ、あまり長居は出来そうにない。

今日は薬草を諦めて、明日また出直すのが最善なのだろう。

だが主上に薬をお渡しせねば、あの二人が主上の怒りに触れてしまうかも知れない。

それだけは、何としてでも避けたい。


『出直すか?』

「いえ、早急に必要分だけ採取して、全力で飛ばして帰ります」


影から聞こえてきたのは、いつもより硬い陽炎の声。

今すぐ戻れ、本当はそう言いたいのだろう。

でも、今回ばかりは後に引けない。

怪我をすると、主上はいつにも増して感情的になる。

あの二人は、今もそんな気が立っている主の傍に居る。

早く、戻らなくては。

選別もそこそこに荒い手付きで籠に薬草を摘んでいれば、「ハク」と先程よりも低い声で陽炎が名を呼んだ。


「もう少し待ってください。あと一種類ですから」

『薬草の件ではない。侵入者のことだ。どうする?』

「無知な暁の人間など、捨て置けば良い。既に森の住人の怒りは買っているようですし、彼らが対処しますよ」

『そうか』

「それよりも、今は一刻も早く城に戻らなければ。よし、これで全部揃いました。陽炎、戻りますよ」


言いながら籠に手を伸ばすと、聞こえてきた囁き声。

声は、おそらく森の住人のもの。

注意深く聞いていなければ聞き逃してしまう程小さな声だが、確かな怒気を孕んでいる。

その声が、確かに「ハク」と名前を呼んだ。

呼び止めるようなソレは、きっと侵入者を排除しろと言っているのだろう。

薬草を持って帰りたくば、力を貸せと。


『ハク』


心配そうな陽炎の声と、怒りに満ちた森の住人の声。

森の住人たちが侵入者をこちらに誘導しているのか、気配が徐々に近付いてきている。

しかもこの感じ、相手は抜き身の刀を手にしている。

これでは森の住人たちが怒るのも当然だと、呆れながらも短刀を手に構え、薬草を採っている素振りを見せる。

あちらからは、もう私の姿が見えているだろう。

気が付かれないように姿を窺うと、そこに立っているのは二十代半ばと思わしき男性の姿。

明るい茶色の髪と同色の瞳、高価な武具に、手にしている抜き身の刀には王家の紋章。

森の住人たちには関係のないことだろうが、あの人は駄目だ。

東軍の人間である私は、王家の人間に手を出せない。

彼が傷一つなく城に帰らない限り、戦争が起きる。

あちらも私と接触するつもりは無いようだし、このまま気が付かない振りをしてこの場を去ろう。

そうすれば彼も大人しく来た道を戻るだろうし、彼の付き人が心配して迎えにくるはず。

手にしていた短刀を籠の中に忍ばせ、籠を手にして立ち上がろうとした瞬間、森に響き渡った音。

抜き身の刀が木の幹に当たったのだろうか、こんな大きな音で気が付かないのは不自然過ぎる。

仕方が無いと小さく溜息を付き、わざとらしく驚いたように立ち上がる。


「誰!?」


振り返れば、そこには目を見開き、しまったと言わんばかりに立ち尽くす人物。

そんな顔を見せるくらいなら、早く立ち去ってくれれば良かったものを。

思わず出そうになる溜息をかみ殺し、数歩後ろに下がれば、彼が慌てたように姿を現した。


「あ、怪しい者ではない。ちょっと、この森に迷い込んでしまっただけだ」


抜き身の刀を手にして怪しい者ではないと言われても、そこに説得力など皆無。

更に後退すると、彼は慌てて刀を鞘に戻し、両手を上げた。


「俺は暁、西軍に属する朱虎だ。驚かせてしまったのなら、すまない。だが、少しで良いから話を聞いてほしい。俺はそなたの国を偵察に来たわけでもないし、敵対の意思も全くない。抜き身の剣を手にしたまま姿を現しておいて、こんなこと信じろというのは確かに無理な話かもしれないが。どうか、信じて欲しい」


頭を深々と下げる彼からは敵意が感じられない。

彼の言う通り、森に迷い込んだというのは真実なのだろう。

足を止め、真正面から彼の表情を窺う。

若い頃の白虎王によく似た容姿に、朱虎という名前。

間違いなく、彼は白虎王第三公子、朱虎殿。

第三公子は未だ戦場に立ったことがなく、国を出ることすら稀と聞いていたのだが。

なぜ、そんな世間知らずの彼が一人でこんな国境近くに居るのだろうか。


「あなた様は偵察に来たのではないと仰いましたが、敵情視察ではないとすれば、いったい何用で国境を跨ぐ森に参られたのですか?暁の中でも、特に西軍の方々は甚くここを嫌っていると聞き及んでおりますが」

「あぁ、俺は考え事をしながら馬を走らせていたら、思いのほか遠くまで来てしまってな。これでは日が落ちるまでに戻れないと思い、中立地点であるこの森で夜を明かそうかと」


嘘は付いていないようだが、彼は噂以上に世間知らずのようだ。

西軍の人間が森で夜を明かすなど、これでは森の住人の怒りを買うのも納得できる。

だが、彼はおそらく悪い人間でも、馬鹿でもない。

無知だからこそ犯す過ちは多いだろうが、この様子だと森の事情を説明すれば、案外簡単に森から出て行くかも知れない。

「早く始末しろ」と急かすような森の住人たちを制しながら、彼を説得すべく口を開く。


「あなた様の仰る通り、暁では既に夜が更けているでしょう。ですが、この森で一夜を過ごすというお考えは、改めた方が宜しいかと存じます」

「何故だ?ここでは両国間で争い事が禁じられているはずだが」

「はい、左様にございます。しかしながら、この森の住人たちはその、西軍の方々をあまり好しとはしておりませんので」

「この森の住人?」

「この森には我ら宵の住人とも、暁の方々とも違う、まったく別の種族が住んでおります。そのモノたちは個々ではとても非力な存在ですが、彼らには森の守護があり、その力は絶大なもの。この森で彼らに逆らえば、あなた様の国の白虎王でさえ、おそらく太刀打ちはできないでしょう」

「だから、ここは中立地帯なのか。彼ら、森の住人たちの住処だから」


思い当たる節があったのか、やけに理解が早い。

この様子なら、直ぐにでも森から追い払うことが出来る。

そう確信して口を開こうとすると、先に彼が口を開いた。


「それで、俺たち西軍の人間は、何故ここの住人たちに嫌われている」


思わず、言葉を呑んでしまった。

そんなことを、西軍の人間が気にかけるなんて。

真剣な表情で、真っ直ぐこちらを見つめる彼。

その瞳はとても澄んでいて、胸が締め付けられる。

本当に、彼は何も知らないのだ。

自分の国が今まで行なってきた、数々の暴挙を何一つ。

少しでも知っていたならば、聞ける筈が無い。

無知ということが、ここまで罪なことだとは。

込み上げて来る怒りを押し殺し、平静を装って口を開く。


「それは西軍の方々が開拓のため、南方にある「水神の湖」を穢してしまったから」

「「水神の湖」は、確かに西軍が開拓を進めた地ではあるが、あそこは元々「異能者」の住処だろう?」

「いえ、確かに表立って暮らしていたのはそうですが、彼らから土地を借り受けていたにすぎず、元を辿れば彼らの神域にございます。それ故、彼らと共存する道を歩んでいた我ら宵の人間はこの地に出入りすることが許されておりますが、西軍の方々は」

「故郷を追いやった俺たちは、嫌われていると」

「はい」

「そんなことが、あったのか。俺は、何も知らないんだな」


言いながら目を伏せる彼の様子に、森が更にざわついた。

そう、知らなかったでは済まされないのだ。

王家の人間である彼は、知らないでは許されない。

この無知な公子は、ソレすら知らない。

自らの存在そのものに課せられた責任を、何一つ知らない。

思わず拳を強く握れば、ふと顔を上げた彼が静かな口調で声をかけてきた。


「そなた、随分と知識が豊富なようだな」

「え?いえ、そのようなことは」

「俺も学ぶのは好きな方だが、そなたの話した内容は一度たりとも聞いたことがなかった」


そう言う声に、僅かに含まれた疑心の念。

詳しく、説明し過ぎた。

彼は、どうやら勘が鋭いようだ。

私が「異能者」だと悟られたか、先程より距離を取ろうと重心が後ろにかかっている。

今ここで騒がれては、後に差し支えが出る。

無害さを演じるべく、出来るだけ困ったような笑みを浮かべ、少し高めの声で彼の問いに答える。


「それは、当然のことではございませんか?南方を追われ、東軍に助けを求めたのは宵の歴史にございます。あなた様の国では悪しき「異能者」を遠ざけたという事実のみが伝わり、その背景に存在するこの森の住人たちのことなど、一切記録されてはおりませんでしょうから。今しがた私が申し上げた内容は、故郷を追われた敗者だからこそ残された記録にございます。それに、あなた様の暮らす暁は、とても豊かな国だと聞き及んでおります。国境近くの危険な地まで、わざわざ薬草を取りに来る必要などございませんでしょうし」

「そなたは、薬草を取りにわざわざ?」

「この地は、人の出入りが滅多にない辺境の地。宵では育たぬ植物が豊富な上、西軍の方々が足を踏み入れることはまずございません。森の住人たちの機嫌さえ損ねねば、とても安全に良質な薬草が採取できる地なのです」

「そうだったのか。ならば、西軍の人間である俺が姿を現したときは、さぞ驚いただろうな」

「えぇ、この地にはよく足を運びますが、暁の方とお会いすることはまずありませんので」

「宵では、それほど頻繁に薬草が必要になるのか?」

「いえ、戦時中ではございませんので、それほどでは。ただ、主がよく怪我をするお方なので、どうしても」

「武人に仕えているのか?」

「はい、武人の方に、お仕えしております」


さすが王家の人間と言ったところか、「武人」という言葉に彼が僅かに反応を示す。

やはり、勘は鋭いようだ。

これ以上、余計な詮索がされないようにと、さらに主について尋ねて来ようとする彼が言葉を発する前に、話題を自身から彼へと移す。


「先ほどから私のことばかり案じてくださいますが、あなた様こそ、お一人で参られたのですか?お見受けしたところ、高貴なお方と存じます。そのようなお方がお一人でこのように危険な場所に参られたとなれば、お付きの方も、さぞ気を揉まれていることでしょう。この地で夜を明かせない以上、早急に戻られた方が宜しいのではありませんか?」

「あぁ、そうだな。だが、それはそなたにも言えるのではないのか?そちらの国では、朝方から昼にかけて活動を停止していると聞いた。あまり遅くなると、そなたの仕えている主が心配するのでは?」

「そのようなことは、決してございません。主にお仕えする者の代わりなど、いくらでもおりますから。それよりも、あなた様は早くお帰りになった方が宜しいようです」

「え?」


言っている意味が解らずに首を傾げる彼の背後、茂みを指差して口を開く。


「護衛の方が、あなた様のお迎えに参られたようですので」


その言葉に彼が振り返ると、自身の居場所が知られたことで身を隠すことを諦めたのか、一人の大柄な武人が姿を現した。


「牙黄丸・・・」


主の言葉に応えることもせず、刀から手を放すことなく、いつでも抜ける状態を保ったまま、射貫くように鋭い目つきでこちらを睨みつけている御仁は「黄金の牙」と称される西軍の武人。

かなりの使い手との噂は宵にまで伝わっているが、放たれた殺気と、張り詰めた空気がその実力を物語っている。

これだけの殺気を長いこと出していては、森の住人たちから更に怒りを買うのも時間の問題。

折角、彼を無傷で城に帰そうと思っていたのに、私がこの場に居ては無傷どころか生きて帰ることすら難しいかも知れない。

小さく溜息を付いてから籠を手に取り立ち上がると、彼の視線がこちらに向いた。

自身の護衛の殺気に中てられたのか、不安げな表情を浮かべている。

そんな彼を安心させるべく、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「腕の立つ護衛の方が参られたのなら、森の住人たちがあなた様に危害を加えることはないでしょう。私も宵に戻りますゆえ、あなた様も暁にお戻りくださいませ。お互い、必要以上の関わり合いは持たないほうが得策にございます。では、失礼いたします」


頭を下げると、踵返して宵に向かって歩き出す。

今回の接触は予想外だったが、王家の人間に好戦的でない者がもう一人居たことを知れたのは、まずまずの収穫。

これは今後の軍略を立てる上で役に立つどころか、戦を避ける手立てとなるかも知れない。

早く城に帰り、次の対策を立てなくては・・・


「そなた、名は?」


森に響き渡った声に思わず足を止める。

一瞬、自分にかけられた声だと気が付かなかった。

あまりにも、必死な様子で声をかけて来るから。

自分の名前を尋ねたとは、思えなくて。

だが、これは好機だ。

話をした感じ、彼は戦を好まない種類の人間。

ならば、ここで王家の人間である彼と親しくなっておけば、和平の足がかりとなる可能性は十分にあるだろう。

暫し思案した後、宵で皆から呼ばれている名を明かす。


「ハク、と」

「ハク、だな」


噛み締めるように繰り返された名前。

そこでふと、少し前にも同じ会話をしたことを思い出した。

確かその時も相手は私の性別を勘違いしたまま過ごし、去り際に「男」だと伝えたことを彼は未だに根に持っている。

ならば、早めに誤解は解いておいた方が良いのだろうか。


「それから・・・勘違いしておられるようですので、一応申し上げておきますが・・・私は男です」

「・・・え?」

「それでは、失礼します」


再度別れを告げて歩き出すと、途中で森の住人とすれ違った。

慌てて振り返ると、すでにそこに森の住人の姿は見えなかったが、先程感じたのは殺意。

西軍の二人を追って、暁に向かったのだろうか。

森の外で、彼らは無力に等しい。

暁まで追った所で、無惨にも命を奪われるのは火を見るより明らか。

それどころか、森の住人のことを知らない西軍の人間から見れば、我ら東軍が刺客を送り込んで失敗したと思うだろう。

そうなれば、戦は避けられない。


『ハク・・・』


心配そうな陽炎の声。

このまま、森の住人たちに行動を起こされては困る。

彼は折角見付けた、和平への足掛かり。

彼に手を、出させてはいけない。


「陽炎、先に戻ってください。私は・・・」

『ハク、御主の言わんとしている事はわかった。しかしなれど、拙者は御主を黙って見送ることは出来ぬ。確かに、あの者は和平への足掛かりとなるであろう。だが、和平と引き換えに御主を危険な目に遭わせるわけにはいかぬ。和平より、今の宵には御主、白龍が必要なのだ。それはハク、御主が一番理解しておるだろう』


途中で遮るようにして紡ぎ出された陽炎の言葉は、どれも正論ばかり。

彼が和平への足掛かりとなる、それはただの可能性に過ぎない。

その限りなく低い可能性に賭けて、軍師であり、王の側近である私が暁に乗り込むのは軽率だ。

なにより「異能者」の長である私が暁に単身とはいえ、王城に足を踏み入れれば、それこそ宣戦布告と取られてもおかしくはない。

それは、十分すぎる程わかっている。

わかっているけれど・・・


「それでも私は、彼らを追います」


私はどうしても、その低い可能性に、彼に賭けてみたいんだ。


『ハク・・・あいわかった。御主がそこまで言うのならば、止めはせぬ』

「陽炎、ごめんなさい・・・ありがとう」

『くれぐれも、用心なされよ』


そう言って見送ってくれる陽炎を残して龍の姿に転じると、暗闇の広がる暁へ向かって森を後にした。

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