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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第四十九話  事故死

 最低限の睡眠だけとって、キロ達は探索を再開した。

 進むのは右の道、こちらも分かれ道はあるが、数は少ない。

 フカフカが不機嫌そうに尻尾を振る。乱暴に一振りされた尻尾はミュトの背中にあたって音を立てた。


「どの分かれ道も長く続いておる。我の耳では行き止まりの判断がつかぬ」

「文句を言っても仕方ない。一本づつ調査するしかないな」


 キロの言葉に頷いて、ミュトが先頭を歩き出す。

 昨夜、苔や鍾乳石の状態から洞窟道の成立年代を調べていたが、空振りに終わったと聞いている。

 いくつかの地点で鍾乳石の成長が遅れている事が分かったが、上に別の洞窟道があるかどうかはこの右側の道を調べつくさないと分からないのだ。


「ミュト、疲れているならちゃんと言えよ。背負ってやるから」

「そうですよ、ミュトさん。たまには甘えるのも大事です。遠慮なく、キロさんの脚を使ってください」

「クローナのそれって、移動手段としてなの? それとも枕?」

「便利ですよねぇ」


 ミュトの質問には答えをはぐらかして、クローナはキロの脚を片手でトントンと叩く。

 そういえば、とクローナが思い出したように面を上げる。


「キロさんは二の腕が好きなんでしたっけ?」


 クローナの世界で宿の娘に二の腕好きの嫌疑をかけられたことがあったな、とキロは思い出す。

 ミュトが腕を摩るふりをして自らの二の腕の感触を確かめていた。

 キロは苦笑して、頭を振る。


「そんな趣味はない」

「……ムニムニが好きらしいですよ」


 キロは否定するが、クローナはミュトに耳打ちしている。


「弾力が重要なのかな?」

「程よい柔らかさが必要なんですよ、きっと」


 少女二人が意見を交わしている内に行き止まりが見え、キロ達は道を引き返す。

 魔物がいないのをいい事に雑談しながら調査を続け、半日が過ぎた頃だった。

 そろそろ昼食にしようかとキロが考えていると、フカフカが分かれ道の手前で全員を呼び止める。


「かすかだが、人の匂いがする。右の道からであるな」

「それって……」


 キロ達は顔を見合わせ、速足で右の道に入る。

 普段より遠くを照らすフカフカの明かりを頼りに道を進む。

 野生のものか、それとも人が放したものか、数匹の光虫がキロ達の元へと飛んできた。

 道の先、地面に置かれた虫かごがある。

 フカフカが尾の角度を調整し、虫かごの付近を照らし出す。

 キロ達の足が止まった。


「崩落事故か……?」


 土砂に埋まった道の先を見て、キロは呟く。

 天井の先に道はない。


「――人が埋まってます!」


 クローナが土砂の下を指さした。

 土砂に下半身が埋まった男の姿がある。

 駆け寄って声をかけるが、返事はない。

 首筋に指を当てて、ミュトが首を横に振った。


「亡くなってる。このままじゃかわいそうだから、掘り出してあげよう」


 荷物を地面に降ろし、ミュトが土砂の様子を見て眉を寄せる。


「崩れて間もないみたい。少しずつ作業しないと危ないかな」


 キロ達は手分けして土砂を崩し、男を救い出す。

 土を少量ずつどけて様子を見ながら、キロはミュトに声をかける。


「この先はどこかに繋がってそうだけど、分かるか?」

「地図にはないよ。たぶん、新洞窟道じゃないかな。この男の人が地図を持ってると思う」


 キロは男に視線を向ける。

 ミュトが着ている物と同じ、襟首の広さが調節できる構造の服を着ていた。埋まっていた下半身には地図を作成するための道具を入れたポシェットを身に着けている。

 どうやら、この男は地図師だったようだ。


「地図師協会に捜索願とか出てなかったのか?」

「この人が亡くなって、まだそんなに経ってないと思う。捜索願が出たとしても、ボク達が町をでた後だよ」

「俺達が先にこっちの道を探索していたら、助けられたかもしれないのか……」


 キロは手を休めて男の顔を見る。

 しかし、フカフカが首を振った。


「この者を助ける事は出来なかったであろうな。助けを呼ぶ声がすれば、我が気付かぬはずはない。仮に息があったとしても、動けぬほどに弱っておったはずだ」


 あまり気に病むな、とフカフカは呟き、キロと同じように男の顔を見た。


「おい、この男、右手に何か持っておるぞ」

「失礼しますね」


 遺体に声をかけ、クローナが右手を開く。すでに死後硬直が解けているのか、簡単に開いた。

 右手に握られていたのは、文字が書かれた紙だ。

 フカフカが紙を覗き込む。


「地図を協会に持ち帰れなかった事が心残りと書いておる。大発見があるそうだぞ」


 ちょうど、男を土砂から救い出した所だったため、ミュトが男の鞄を漁る。

 地図は七枚出てきたが、探索を開始する前に模写したものが五枚、残り二枚が男の手による更新用の地図だ。

 地図の一枚を手に取り、ミュトは自分の地図と照らし合わせる。


「この人、護衛を魔物に殺されて、逃げ回ったみたい。途中から地図がおかしくなってる」

「地図は当てにならなくても、この土砂の先には町へ通じる道があるって事か」


 キロは土砂に視線を向けるが、ミュトが首を振った。


「違うみたいだよ」


 もう一枚の更新用の地図を手に取ったミュトはため息を吐く。

 ミュトの肩に乗ったフカフカが地図を覗き込み、首を振った。


「この男は追ってくる魔物を振り切るため、あえてロウヒの縄張りへ踏み込んだらしい。男の策は成功し、魔物を振り切る事は出来たが、来た道を戻る事は出来ずに逃げ込んだ先が――」

「この道、か」


 ミュトが苦い顔で頷く。


「ロウヒの縄張りからここまでの地図が出来上がってる。ボク達が歩いてきた分と合わせてこの袋小路は全部探索したことになるよ」


 ミュトは土砂を振り返る。土砂の先も行き止まりらしい。

 キロは腕を組み、天井を睨んだ。


「つまり、町にたどり着くにはロウヒの縄張りを抜けないといけないのか」


 ランバル率いる討伐隊が手も足も出なかったというロウヒの縄張りを抜ける、囮に使える魔物もいない。

 無理とは言わないまでも、かなりの難題と思えた。


「ロウヒの縄張りのどこに向かえばいいんだ?」


 キロが問うと、ミュトは深刻な面持ちで首を振る。


「ロウヒの縄張りに入ったら左側に向かえばいいみたいだけど、距離は分からないんだ。ただ……」


 ミュトは言葉を切り、キロとクローナの前に地図を広げる。

 地図の一点、現在地を指したミュトは、地図上の線を辿っていき、空白地点で指を止めた。


「ここがロウヒの縄張りで、大きさは分からなかったみたい」


 申し訳程度に存在する黒い丸は支柱を表しているらしく、縄張り全体の大きさは分からなくとも、洞窟道から確認できる範囲は埋まっているようだった。

 ミュトの指が動き、空白地帯を横切って別の線を叩く。


「この人が大発見って言ったのは、多分この道だと思う」


 地下世界の地図が読めないキロとクローナには、何が大発見なのかよくわからなかった。


「その口ぶりだと、新しい洞窟道ってだけじゃなさそうだな」


 ミュトは頷き、口を開く。


「ランバルが言ってた人類は今より上に登れないって話、覚えてる?」


 キロは氷穴の町で聞いたランバルの話を思い出す。


「確か、ロウヒの縄張りを迂回できないから、その先に行けないって話だったな」


 まさか、とキロは地図に視線を落とす。

 ミュトは静かに頷いた。


「この道はロウヒの縄張りの、天井から伸びてるんだ」


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