第四十五話 形作るモノ
五日分に予備まで加えた食料品と調理器具、三人分の着替えを積んでも駄馬はのほほんとした顔で歩いている。
進んでいる洞窟道の傾斜は事前にミュトから聞かされた通りの急角度だったが、平地であるトットの町中を歩いていた時と速度はまるで変わらない。
旅は今までにないペースで順調に距離を稼げていた。
――駄馬一頭でこんなに楽になるんだな。
キロは急角度の洞窟道を見上げて、感慨深く思う。
「人とすれ違いませんね」
「トットを出て、もう二日か。この道はあんまり利用されてないのかもな」
地図とにらめっこしていたミュトが顔を上げる。
この二日間、地図を描く手は止まっていた。地図通りの洞窟道が続いているため、更新の必要がないからだ。
「出来たばかりの洞窟道だから更新が必要にならないと思って地図師が通らないんだよ。足場も角度があって戦いづらいから、傭兵も避けてるんじゃないかな」
「こんな道を通る酔狂な奴は俺達だけって事か」
キロが混ぜっ返すと、ミュトはくすくすと笑う。
ミュトの肩で明かり役をこなしていたフカフカが鼻を鳴らす。
「空を見たがる者どもだ。自分に酔うか、夢に酔うか、いずれも粋な事に変わりはあるまい」
「自分に酔っぱらう事が粋とは思えないな」
「哲学は嫌いか?」
「我思う、ゆえに我あり、とか? 確かに、酔っててもそうは出てこない名句だ」
キロとフカフカの会話に、クローナが首を傾げる。
会話の流れに付いて来れていないのかとも思ったが、クローナは自然と会話に混ざってきた。
「余分なものをそぎ落とした結果、自分を構成するのが自分を疑う精神だったって話ですか?」
「……司祭様に教わったのか?」
キロの予想をクローナが肯定する。
しかし、クローナは不思議そうに首を傾げた。
「ただ、司祭様は記憶の蓄積の上に自分が作られるのだから、根元を掘り下げるより枝葉を広げなさい、とも言ってました。だから、日記をつけなさい、とも」
記憶と経験の枝葉を日毎に記し、形作られた自分を見つめ直す、司祭らしい理由付けだ。
キロは司祭の顔を思い出しながら、笑みを浮かべた。
「確かに、生きていくうえで根元を見る機会はあんまりないし、俺も日記をつける方に賛成かな」
「キロさんも書きますか?」
クローナに問われ、キロは肩を竦める。
「俺はすでに大木だから、枝葉末節にはこだわらないんだ。幹がしっかりしてればいいんだよ」
「またそういう事言って逃げる」
クローナが怒った振りをしてキロの腕をポカポカ叩いた。
クローナは日記仲間を増やそうとミュトを見た。
標的が自分に移ったと勘付いたミュトは、視線を彷徨わせる。
「ボクは……自分じゃなくて夢に酔ってるから。これ以上別のものに手を出すとまたキロの背中のお世話になっちゃうよ」
体の良い逃げ口上を並べて、ミュトはクローナの視線をフカフカに誘導する。
フカフカは尻尾を丸め、全員を見回した。
「周りを見れば、枝葉の形もわかるというものである」
クローナがそっぽを向いた。
「もう良いですよ。近いうちに思い出話を振って覚えていないことを悔しがらせてあげますから」
「クローナとの思い出を忘れるはずがないだろ」
キロが切り返すと、赤い顔のクローナに腕を叩かれた。
「――ボクとの思い出は?」
問いかけられて顔を向ければ、ミュトが地図を見る振りをしてキロを横目でちらちらと窺っていた。
心細そうなミュトの視線を受けて、キロは笑いかける。
ポケットから携帯電話を取り出して起動し、画像ファイルを呼び出すとミュトに画面を見せた。
「枝葉末節ならこうして残したりしないだろ。ちゃんと覚えてるよ」
携帯画面を見たミュトは目を見開く。
ミュトの反応を不審に思ったのか、クローナがキロの携帯画面を覗き込んだ。
「いつの間にこんなもの……」
キロが持つ携帯電話の画面には滝壺の街が写っている。
初めて滝壺の街を訪れた時に撮ったものだ。
キロは携帯電話を操作して、撮影モードを呼び出す。
「ちょっとそこに並んでくれ」
キロはクローナとミュトを洞窟道の壁際に立たせ、携帯で撮影する。
撮影時のフラッシュ機能は切っていたが、フカフカの明かりがあるため写真はきちんと取れていた。
キロは再び携帯電話の画面をクローナとミュトに見せる。
「こういう事も出来る道具なんだよ」
画面を覗き込んだクローナとミュトは互いの顔を確認した後、再び画面を見つめる。
「ボク、こういう顔してるんだ……」
少し不満そうに呟いたミュトに、クローナは唇を尖らせる。
「ミュトさんは可愛いからいいじゃないですか。私は目を細めちゃったので……」
二人とも自身の写真写りに不満のようだ。
フカフカだけが特に気にした様子もなく画面を見つめている。
「ふむ、ひげの角度がなってないな」
呟いたフカフカは前足で顔を洗うようにして髭の角度を整えだす。
三者とも不満があるようだ、とキロは苦笑し、携帯電話を操作する。
「もう一回撮るか?」
「いいんですか?」
「電池はまだ余裕があるからな」
残量を気にしつつ、キロは答える。
ミュトと顔を見合わせたクローナは、キロの右に回り込んだ。左にはミュトがいる。
左右からキロに抱き着いた二人は、キロを見上げた。
「では、お願いします」
「キロが入っていないと思い出としては片手落ちだからね」
意見の一致を喜ぶように、クローナとミュトはくすくすと笑う。
早く早くと促され、キロは携帯電話を持った手を正面に伸ばす。
画面を見ながら全員が収まるように調節する。フカフカだけ全身が写っているのにはどことなく不公平な気がするが、目を瞑った。
キロがシャッターを切ると、電子音がして写真が撮られる。
画面の中には顔を寄せるキロとクローナ、ミュトの三人と、中央に位置するキロの首に巻き付いたフカフカが写っていた。
画面を確認したクローナとミュトが眉を寄せる。
「角度、かな」
「キロさん、私達に化粧をお願いします」
「キリがないからまた今度な」
キロは苦笑して、画像を保存した携帯電話の電源を切った、
フカフカがキロの耳元でささやく。
「二人にあのようなおもちゃを渡せば、こうなる事は目に見えておっただろう」
「考えなかったわけではないけど、ここまでこだわるとは思わなかった」
元の世界に帰ったらインスタントカメラでも渡してみよう、とキロはひそかに計画を立てておく。
クローナと何事かを相談していたミュトがキロを見た。
「キロって、化粧までできるの?」
「あぁ……依頼で無理やり仕込まれた」
あまり思い出したくない、とキロの顔には出ていたが、ミュトは好奇心を抑えきれないのか、恐る恐る口を開く。
「それって、前に話してた女装の依頼……?」
「正確には女装の依頼じゃないけど、女装しないといけない依頼だったんだ」
苦い顔で答えるキロとは対照的に、クローナは満面の笑みで証言する。
「十人いたら八人が振り返るくらいの美人さんでしたよ」
携帯電話が入ったキロのポケットに視線を移したクローナは笑みを浮かべた口元を片手で隠す。
「次の機会があったら、携帯電話を使ってくださいね」
「女装なんか二度とやるか。それに、シールズには一目で見抜かれたんだから、そんなに効果はないだろ」
「あの時は私が隣にいたから気付かれたんですよ」
意見を交わすキロとクローナを横目に見たミュトは、どこか寂しそうな顔で手元の地図に視線を落とした。
「ボク、男装やめようかな……」
ポツリと呟いたミュトに、キロは首を傾げる。
クローナは驚いたようにミュトを見た後、納得したように小さく頷いた。
キロは視線で説明を求めるが、クローナは赤い舌を出して拒絶する。
キロがむっとすると、クローナはすまし顔でミュトに声をかけた。
「男装をやめるつもりなら、早めに決断した方がいいと思いますよ。引っ込みがつかなくなると困るのは将来の自分ですからね」
クローナが後押しすると、ミュトは神妙な顔で前を見た。
思い悩む素振りはあったが、ミュトはクローナの袖を掴むとキロから離れるように洞窟道の端に寄る。
「フカフカさんはキロさんのところに行って見張っていてください」
クローナがフカフカをキロに差し向ける。
フカフカは楽しそうに尻尾を一振りしてクローナの指示に従った。
「なんで俺が蚊帳の外なんだよ」
「むしろ、キロを中心に回っておる」
不貞腐れるキロに、フカフカは愉快そうに呟いた。




