第四十三話 お金の使い道
「これ、どうするんだ?」
権利関係を売却した際の代金を眺めて、キロは呟いた。
新設の街の権利は商人達にとっては金のなる木と等価らしく、値段は一気に吊り上った。
キロ達にとっては無用の長物でしかなかった権利は高額で取引される事になり、代金を受け取ったミュトは真っ青だった。
しかも、守魔の死骸も高額で取引されるという。
研究資料や甲殻を使った防具など、いろいろな需要があるのだそうだ。
氷穴の町は死骸の保存にもちょうど良い気温を有しているため、取引期間も長くとる事が出来る。
まだまだ値段は吊り上るだろう、との事だった。
受け取ったお金のほとんどが銀貨や銅貨であり、地下世界では一生遊んで暮らせる資産である。
「……どうしよう」
ミュトは混乱が見え隠れする瞳をキロに向けた。
「旅の資金としていくらかは持ち歩く。あとはどこかに預けるか、貸し付けるか」
「貸し付けていいと思いますよ。新しく街を一つ作るくらいですから、今のうちに投資しておいても損はないと思いますし」
地下世界では人類がまとまって住める地域が限られている。
開発失敗で人が集まらない、という事態はまずないだろう。
「それが良いだろうな。地図師協会に貸し付け、新設の街に建てる協会の人事を牛耳ってしまうのも面白いが」
フカフカがにやりと笑い、尻尾を一振りする。
腹黒い提案にクローナが呆れたような視線をフカフカに向けた。
しかし、キロはフカフカの提案に賛成票を投じる。
「無事に空を見つけて戻ってきたとしても、その後住む場所を探す必要が出てくる。地図師協会の支部を牛耳るのは理にかなってるな」
「キロさんまでそんなこと言って……。権利を売ったとはいえ、新設の街に守魔を倒したミュトさんが住んだりしたら否応なく政治に巻き込まれちゃいますよ。街ごと牛耳るのはさすがに無理だと思いますから、住むのは別の場所が順当です」
クローナの反論も一理ある、とキロは頷きつつ、ミュトを見る。
キロとクローナはいずれこの世界を立つ。最終的な決定権はミュトにあるのだ。
ミュトは難しい顔で銀貨を見つめ、立ち上がった。
「考えてみる。フカフカ、一緒に来て」
氷穴の町を散歩でもするつもりか、ミュトは重ね着して部屋を出ていく。
フカフカがキロを振り返り、尻尾で床を軽く叩いた。
「人間とは面倒な生き物であるな」
唐突に悟ったようなセリフを聞かされて、キロは首を傾げる。
キロが問い返す前に、フカフカはミュトを追って部屋を出て行った。
取り残されたキロはクローナを見る。
ミュトが出て行った扉を見つめていたクローナはキロに見られている事に気付き、悩むように瞼を閉じて首をひねった。
「二人きりになれましたけど……」
名残惜しそうにキロを横目で見て、クローナはため息を吐く。
「ここでキロさんに迫るのはズルなんですよね」
クローナは呟くと、部屋に備え付けのベッドに歩み寄り、うつぶせに寝転がった。
悶々とするようにじたばたと足を動かし、膝から下でベッドを叩く。
「クローナ、埃が立つからやめろ」
「キロさんは暢気ですよねぇ」
訝しむ様にクローナはキロを見る。
キロは苦笑した。
「暢気って、結局、俺の金じゃないからな」
「……えっと、あれ?」
じたばたしていた足の動きを止めて、クローナは困惑する。
キロの顔をまじまじと見つめた後、クローナは枕に顔を伏せた。
「私の早とちり? あれ、でも……いやいや、キロさんが気付かないとはちょっと思えないし、あれ?」
「独り言なら静かに、会話なら相手の目を見てしろよ」
ベッドの縁に片手を突いて、キロはクローナの後頭部をつつく。
独り言だったらしく、クローナは静かになった。
枕に顔を埋めて、時々足をじたばたさせるクローナにキロは首を傾げる。
「俺が気付かないって、何の話だ?」
「……私の早とちりみたいです」
クローナは納得いかない様子で未だに足をばたつかせている。
何を一人で悩んでいるのか分からず、キロはクローナが相談を持ちかけてくるのを待っていた。
しかし、クローナは枕から顔を上げると自分の荷物を漁り、日記帳を取り出した。
クローナがぱらぱらと日記帳をめくり始める。
「地下世界に来てからも書いてたのか?」
「書いてますよ。街に着く度にそれまでの事を色々と書いてあります」
書かないと落ち着かないので、とクローナは苦笑する。
しきりに日記帳をめくっていた手が止まり、クローナはじっくりと読み始める。
何が書いてあるのか気になるところだが、他人の日記を覗き込むわけにもいかない。
恥ずかしがってミュトにも見せていないはずだ。
もっとも、覗き込んでみたところで、クローナの世界の文字を数字程度しか読めないキロに内容が把握できるはずもないのだが。
「早とちりだったみたいですけど、何もかも書いているわけでもないですし、うーん」
ひとしきり考えて、クローナはよし、と呟く。何かを決断したようだ。
「考える事は諦めましょう」
「おい、諦めるな。何を考えてたか知らないけど、重要な事じゃないのか?」
いつ相談を持ちかけられても大丈夫なように気構えを作っていたキロは、クローナの決断に拍子抜けして突っ込みを入れる。
クローナがちょろりと舌を出した。
「だって、私ばっかり悩んでも仕方がないですから。表面化してからでもいいかなって。それまではすこし自重します」
「何が何やら分からないんだけど」
「キロさんが分からない間は、考えなくてもいいって事ですよ」
くすくすと笑ってキロの疑問を受け流したクローナは、一転して真面目な顔をして居住まいを正した。
「それより、一つだけ確認しておきたい事があります」
――結局、相談はするのか。
キロは苦笑しかけたが、クローナの真剣な顔に押されて座りなおす。
キロが聞く態勢に入ると、クローナは口を開く。
「ミュトさんとフカフカさんをキロさんの世界に連れて行くことはできますか?」
「またずいぶんと唐突だな」
「答えてください」
答えるまで口を開かないつもりか、クローナは真一文字に口を閉ざしてキロを見つめる。
キロは少し考えた後、答える。
「遺物に込められている念の強さ次第だけど、連れて行く事はできると思う」
しかし、とキロは続ける。
「クローナの時以上に責任が持てない」
「それはミュトさんとフカフカさんが考えるべき事ですから、今は置いておきましょう」
「司祭さんと同じことを言うんだな」
クローナの言葉に既視感を覚えて、キロは苦笑する。
選択した者が負うべき責任だ、とキロの懸念を司祭がバッサリと切り捨てた事を思い出したのだ。
キロは部屋の扉を振り返る。ミュトが帰ってくる様子はまだない。
「それで、いきなりそんな質問をしてきた理由は空が無くなっていた時の保険か?」
「保険もありますけど、揉めない様に、ですね。ミュトさんの事ですから、簡単に引いてしまいそうなので」
「フカフカが背中を押す気がするけどな。空を見たがっているのはミュトと変わらないけど、フカフカは方法が目の前にあるなら簡単に引くような奴じゃないから」
キロが見立てを語ると、クローナは微妙な顔をした。
クローナの反応に疑問を抱きつつ、キロは話を続ける。
「問題は、空を見るためだけにこの世界に帰って来れない可能性に目を瞑れるかだ」
クローナの場合はキロと一緒にいる事が目的だった。
しかし、ミュトとフカフカは空を見る事が出来れば目的が達成される。
空を見るための観光としてはあまりにもリスクが高すぎると、キロには思えた。
クローナが頷く。
「気持ちの整理をつけておくのなら、いま話しておくのがいいと思うんです。でも、空がなかった時のことを前提に話すのは少し気後れしてしまって……」
空を見るためだけに地図師養成校に入り、邪険にされながらも最下層からついに最上層まで上がってきたミュトとフカフカに話すには、前提条件があまりにも酷だ。
キロにも話をする勇気がない。
顔を見合わせて、キロはクローナと共にため息を吐いた。
「俺にはちょっと荷が重いかな」
「ですよね。空の状態を見てからでも遅くはない気がしますけど、その前に懐中電灯の念を解消できたらどうしましょうか?」
「その場合は帰還を見送って、ミュトとフカフカに付き合おう。俺もこの世界の空がどうなっているのか気になる」
キロは素直に好奇心を吐露して、クローナに視線を向ける。
クローナは困ったように笑っていた。
「そういう事なら、遺物潜りの話は空を見つけてからにしましょうか」
「決まりだな」
意見の一致を受けて、クローナは窓を見る。
氷穴の町の低い気温に対抗した分厚い鍾乳石の窓は閉め切られている。
クローナは閉じた窓を透かして町を見るように目を細めた。
「ミュトさんの出方次第ですね」
クローナが呟いた時、部屋の扉がノックされた。
込められた力が弱いらしくささやかな音ではあったが、会話が途切れた直後であったため何とか聞き取れた。
「どうぞ」
フカフカに教わっておいた数少ない地下世界の言葉を、キロは片言でノックの主に返す。
「キロよ、扉を開けろ」
扉の向こうから返ってきたのはフカフカの声だった。
扉が重たいため、尾光イタチには開けられないらしい。
――こんなところにも防寒対策が施されてるんだな。
年中冷凍庫の中にいるようなものだから当然か、とキロは一人納得しながら、扉を開けた。
「ご苦労であるな」
フカフカが偉そうに廊下の壁際で座っていた。
キロは廊下を見渡すが、フカフカと一緒に出て行ったはずのミュトの姿は見当たらない。
「ミュトとは別行動だ。それより、キロに聞きたいのだが、おぬしの世界ではどのような物に価値があるのだ?」
「なんだよ、藪から棒に」
「銀貨の類にはさほど価値がないのだろう? キロの財布にも入っておるようだからな」
キロの質問に答える気はないのか、フカフカはさっさと答えろ、と促してくる。
フカフカの質問の意図を掴めないキロだったが、律儀に答えた。
「種類や大きさにもよるけど、宝石は結構高値で取引されるな」
「ほう、石ころに価値を見出すのか。世界が変われば価値観も変わるのだろうな」
興味深そうに尻尾を軽く振ったフカフカは、目を細めてクローナを見た。
「我は中立である。そもそも、ミュトはまだ自覚さえしておらぬからな」
何の話だ、とキロが口を挟む前に、部屋の中からクローナが笑いをかみ殺す声が聞こえてきた。
不思議に思ってクローナを振り返るキロを一瞥して、フカフカは機嫌よさそうに尻尾を揺らす。
「――人もまた、変われば変わるものであるな。感謝するぞ」




