第四十二話 ロウヒ討伐隊の結果
キロが守魔にとどめを刺してから四日間、氷穴の町は大騒ぎだった。
守魔の甲殻をはぎ取って洞窟道に置いておくと、掘削型魔物を含む様々な魔物が面白いように逃げ始め、トットに通じる道探しは順調に進み、ついにトットに道が通じた。
事態を説明されて訪れたトットの地図師協会の職員は守魔の亡骸を見て口を半開きにしてしばし放心した。
「す、すぐに彫師を呼んできます!」
「その前に各方面への連絡と権利関係の確認があると思うのだがな」
慌ててトットに引き返そうとした職員にフカフカが指摘すると、村人達が大きく頷く。
動揺してしまうのも無理はない、と村で一休みさせて落ち着かせた後、簡単な事情聴取を終える。
討伐の証明として守魔の甲殻を一つはぎ取って、各方面への情報伝達などを行うため、職員はトットに帰って行った。
職員が戻ってきたのはそれから七日後の事。
守魔討伐のどんちゃん騒ぎがようやく落ち着いてきたころだ。
二日酔いの顔が並ぶ中、自重していたキロとクローナ、ミュトに各種契約が任された。
契約書をミュトとフカフカが必死に確認しているが、地下世界の文字が読めないキロとクローナは守魔の討伐の詳細を話していた。
守魔の縄張りだった大空洞に建設する街の各種権利、資材を搬入する商会との交渉など様々な仕事があったが、氷穴の町には傭兵や地図師として活躍していた者が多いため、滞りなく進んだ。
長として新設する街の中央に住む権利もあったが、空を目指すミュトには必要ないため、氷穴の町に売り払った。
到着した彫師がデッサンしたいというので、キロ達は顔を見合わせる。
新設する街の広場に建てられる石像は守魔にとどめを刺したキロをはじめとしてクローナやミュト、陽動部隊のメンバー十名でデザインされるという。
「断るのは――」
「無理、みたいだよ。これは権利じゃなくて義務なんだって」
眉を八の字にして、ミュトが頭を振る。
守魔の討伐に最も功績があったのは文句なしにキロ達であるため、像の中央に大きく掘り出されるという。
「この世界の住人のミュトが中央だな。クローナもそう思うだろ?」
「はい、私達は端の方で縮こまっている感じで」
「二人ともズルいよ! 恥ずかしいのはボクも一緒なんだからね⁉」
ミュトが必死に抗議する。
そもそも、とミュトはキロを指さした。
「とどめを刺したのはキロじゃないか」
「俺が中央に立つとオラン・リークスって人の彫像と被っちゃうだろ」
キロが使っている槍の形状は地下世界では珍しい物だ。オラン・リークス以外の人間が使っているという話も聞かない。
キロの指摘はミュトの抗議を封じ込めるのに十分なものだった。
ぐぬぬ、とミュトが反論を練っていると、ノックもなしに部屋の扉が開かれる。
「儂の曾爺さんがどうしたって?」
盗み聞きしていたことを隠しもせずに入ってきたのはオラン・リークスのひ孫、ランバル・リークスだった。
ランバルはキロ達を眺めて腕を組む。
「守魔が討伐されたっていうから見に来てみれば、やっぱり、お前達か」
ランバルはため息を吐き、手近にあった椅子を片手で引き寄せて腰を降ろす。
「どこもかしこも大騒ぎになってるぞ。上層から、守魔の確認に協会職員が来るそうだ。うちの馬鹿どもが足を持ち込んだ町の職員が本物かどうか確かめに、な」
キロがランバルに気を取られている隙に、ミュトがさりげなくキロを中央に立たせようとする。
キロは無言でミュトの腕を取り、引き寄せるとクローナに引き渡した。
待ってました、とばかりにクローナがミュトを抱きすくめる。
くすくすと笑いながら、クローナはミュトをがっしり掴んで離さない。
諦めたミュトは、キロが逃げないように自由な足をキロの右足に絡めて逃げられないようにした。両手はフカフカを捕まえている。
じゃれあうミュト達へ呆れたような視線を向けたランバルは、彫師に肩を竦めた。
「今のうちに下絵を完成させちまえ。こいつらの遊びに付き合っているといつまでかかるか分からんぞ」
彫師は苦笑しながらじゃれ合うキロ達を紙に描き始める。
そういえば、とミュトがランバルを振り返る。
「ロウヒ討伐に出たんじゃなかったの?」
ランバルは顔をしかめて、腕を組んだ。
「出たさ。総勢七十名、支援物資を運ぶ後方の人員を含めれば百人超えの討伐隊でな」
ランバルはため息を吐いて天井を睨んだ。
「駄目だった。手も足も出なかった」
自嘲気味に鼻を鳴らしたランバルは、自らの肩を指さす。
「鋼鉄製の盾が一撃で粉微塵だ。一撃入れるどころか、近付く事さえできない。伊達に八千年、守魔として君臨してるわけじゃないな」
暗い顔をしたミュトに気付いて、ランバルは首を振る。
「安心しろ。死者は出てない。すぐに見切りをつけて引き返したんでな。あんなもの、人にどうにかできる代物じゃない。人間は今以上に上の層へ行くことができないって事だろう」
苦い顔で天井を睨むランバルの言葉に、キロは眉を寄せる。
ロウヒが倒せないとしても、縄張りを避ければ上に行くことはできるはずなのだ。
実際、ムカデの守魔は放置されたまま、最上層に人類の領域が広がっている。
「――上の層に行けないって、どういう事?」
キロと同じ疑問を持ったらしいミュトが首を傾げる。
ランバルは意外そうな顔でミュトを見た後、頭をポリポリと掻いた。
「そっか、最上層に来たばかりだったな」
呟いた後、紙とペンを貸せ、と要求するランバルにミュトが仕事道具を貸す。
ランバルは紙にサラサラとペンを走らせた後、書き終えた図をキロ達の前に提示する。
「最上層上部の簡易地図だ。現在発見されている洞窟道は全て、ロウヒが守る縄張りへと通じている。ロウヒの縄張りは儂らの頭に被さってる馬鹿でかい蓋なんだよ」
ランバルが描いた乱雑な絵には二十本ほどの道が繋がる巨大な空洞と、棒人間として描かれたロウヒの姿があった。
ロウヒの縄張りは広く、ランバルに聞く限りいくつもの巨大な柱で支えられているらしい。
「柱はロウヒが修復して維持している事が確認されている。それから、戦闘中はうわごとみたいな声を絶えず挙げている。悠長に聞いている余裕なんかないけどな」
真剣な顔で簡易地図を見つめていたミュトは、意見を伺うようにキロを見る。
「柱と柱の間隔にもよるけど、それほどの大空洞が崩落しないのは妙だな」
「そうですね。支柱がいくら巨大でも、限度があるはずです」
クローナと意見が一致したキロは、少し考えてミュトを見る。
「海水、塩水が洞窟道に流れ込んできた事例ってあるか?」
小さな島の地下に洞窟道が広がっている可能性を考慮したキロの質問に、ミュトは首を振った。
「岩塩が水に溶けだして流れ出る事はあるけど、キロが言う海水? っていうのは知らない」
フカフカが興味深そうに尻尾を揺らす。
「翻訳が機能しておる。海水、という概念が我らの言語にもあるのだな」
ふと思いついて、キロは口を開く。
「――遺伝子操作」
「いで……なんですか、それ?」
「聞いたことない言葉だね。でも、翻訳が機能してるよ」
クローナとミュト、それぞれが別の反応を返す。
キロは続けて、雨や雪、夕日など、気象についての単語を口にする。
今度はクローナもミュトも翻訳が機能したが、ミュトは聞いたことが無いようだった。
キロはこめかみを片手で押さえながら、遺跡の壁画を可能な限り詳細に思い出す。
遺伝子操作で生物を生み出しているらしい光景、上を睨む女神像のロウヒ、キロは断片的な情報を繋ぎ合わせた。
「……なぁ、八千年も経っているんだから、発音が変わっていてもおかしくないよな?」
「文字も多少変わってるよ? 地図師は古い文献を読まないといけないから養成校で習うけど」
「ランバルさんに、ロウヒが口にしていたうわごとを真似してもらえないか頼んでくれ」
あい分かった、とフカフカがランバルに声をかけ、口真似をしてもらう。
ランバルは不可解そうに眉を寄せていたが、思い出しながらぼそぼそとロウヒの口真似をする。
「adsagehnlと、こんな感じだな。下手な口真似になっちまったが」
「……いや、十分である」
フカフカの言葉にミュトとクローナも深く頷いた。
フカフカがキロを振り返る。
キロが何かを確かめようとしている事には気付いているのだろう、次の指示を待っていた。
キロは腕輪を外してクローナに声をかける。
「言語であれば俺が意味を理解せずに口真似しても翻訳が機能するか確かめたい。何か適当に言ってくれ。俺が復唱して、ミュトとフカフカに意味が通じれば成功だ」
クローナは少し考えた後、コホンとわざとらしい咳払いをする。
深呼吸を一つしたクローナは、何かを期待するような光が宿った瞳でキロを見ながら口を開いた。
「ezd9i,94tクローナ」
「ezd9i,94tクローナ」
クローナの発音を可能な限り真似して、キロは復唱する。
瞬時にクローナが耳まで真っ赤になり、両手を頬に当てて悶えた。
「おい、何を言わせた?」
キロは外していた腕輪を手に取りつつ、クローナを横目で睨む。
クローナは満面の笑みを浮かべ、首を振った。
「別に何でもありませんよ」
嬉しくて仕方がないという笑みを両手で隠し、クローナははぐらかす。
キロはミュトを見る。
ミュトは苦笑していた。
「翻訳は機能しなかったけど、何となく意味は分かったかな」
フカフカが尻尾を軽く振りながら、言葉もないとため息を吐いた。
キロはクローナを睨む。
「まじめな話してるって分かってるだろうが。後でお仕置きな」
「やった」
「――なぜ喜ぶ⁉」
「それはもちろん、話の流れで」
「本当に俺に何を言わせたんだ……? いや、やっぱりいい」
軽い頭痛を覚えたキロは話を打ち切り、残念そうなクローナを無視して話を戻した。
「ロウヒに直接会って確かめるしかないな。うわごとっていうのがどうにも気になる」
それに、とキロは考える。
上に向かえば必ず通る事になるロウヒの縄張りにならば、懐中電灯の持ち主の遺体がある可能性も高い。
何しろ、精鋭で構成された討伐隊が手も足も出なかったのだから。
キロはフカフカにロウヒの縄張りの様子を訊ねるよう促す。
「ランバル、ロウヒの縄張りに黒髪の娘はいなかったか?」
ランバルは目を細めてキロを見た。
「光虫の群れを率いてるっていう小娘か。ずいぶん前から姿が見えないが、ロウヒに殺されてるとしたら遺体の回収はあきらめた方がいい」
なぜ、と問う前にランバルは答えを口にする。
「ロウヒの攻撃方法は超広範囲の魔法攻撃の連射、まともに食らえば、まともな形で死体は残らない」
ランバルの答えに、キロ達は一斉に天井を仰いだ。
遺体の状態を想像したわけではない。
ロウヒの攻撃方法と、懐中電灯の持ち主の特殊魔力は最高の相性だ。
「なんだ、その顔は」
「黒髪の娘の特殊魔力は、触れた魔力を制御する効果を持っておるのだ。ロウヒがいかなる攻撃を使おうと、魔法である以上無効化、もしくは逆に利用できる」
「……何の冗談だ、それは」
ランバルの口元が引き攣る。
――気持ちは分かる。
キロは内心でランバルに同情した。
七十人で挑みかかって手も足も出ないロウヒの攻撃の一切が通用しない特殊魔力を持つ者がいると聞けば、誰でも頭を抱えたくなるだろう。
おそらく、懐中電灯の持ち主はロウヒに殺されていない。
上を目指していた彼女の事、ロウヒの縄張りを避けて通れないと知れば突っ切ろうとするだろう。
そして、彼女の特殊魔力を持ってすれば本当に通り抜けてしまいかねない。
――ロウヒの縄張りの先に行ったんだとしたら……。
天井を睨みながら、キロはため息を吐いた。




