第四十一話 討伐戦
キロ達が氷湖に到着した時、陽動部隊はすでに展開を完了していた。
キロ達の後ろに迫る守魔を見た陽動部隊は左右から襲い掛かる。
狙いは守魔の長い胴体、その中央付近の足だ。
かぎ爪のようになった守魔の足は凍りついた湖の上でも滑る事なく推進力を確保していたが、しっかりと氷を踏みしめているために狙いやすい。
跳びかかったのはメイスの女だ。
大上段に振りかぶったメイスを守魔の足の関節へと叩きつける。
メイスの女の接近に気付いていた守魔の関節は石の板で覆われていたため、足そのものにダメージは入っていない。
しかし、石の板にはひびが入り、金槌で杭を打ち込むように足は氷の中にめり込んでいた。
自然と、氷の中へめり込んだ足の付け根の部分にわずかな隙間ができる。
間髪入れず、細身の剣の女がわずかな隙間を縫うように足の付け根に細剣を突き入れ、引き抜きざまに体を反転、もう一本の足の関節を貫く。
細剣よりも足の方が太いため断ち切る事はかなわなかったが、それでも深い傷を負わせている。二本とも動かす事は出来ないだろう。
「その足、全部飾りにしてやるよ」
獰猛な笑みを浮かべて、女がメイスを横に薙ぐ。
メイスで足払いを受けた守魔の足が氷の上を数センチ滑り、三度、足の付け根に細身の剣が突き込まれた。
守魔が鬱陶しそうに足を振り上げて踏み殺そうとした時には、女達は動作魔力で離脱していた。
守魔が苛立たしげに足を踏み降ろし、再び持ち上げた。
その場で足踏みを始めた守魔を怪訝な顔で見る陽動部隊へ、守魔の意図に気付いた壮年の男が叫ぶ。
「足で削り出した氷を投擲してくるぞ!」
壮年の男の注意を聞いて、キロとクローナの前にミュトが立ち、片手を正面に向ける。
直後、守魔の足元から大小様々な氷の破片が周囲へ飛び出した。
動作魔力で加速してあるらしい氷の破片は尖っている物も多く、直撃すればただでは済まない。
しかし、精鋭で構成された陽動部隊は冷静に正面へ石壁を展開し、防壁と為した。
石壁に氷の破片が当たる衝突音が響く。
フカフカの耳がピクリと動き、キロとクローナを振り返る。
「守魔が突撃してくる。備えよ!」
「この攻撃自体が目くらましか!」
氷を削る守魔の足音がキロの耳にも聞こえてくる。
ミュトの壁があるためキロ達の姿は見えないはずだが、氷の破片を飛ばす前に位置を確認していたのだろう。
守魔の顔がミュトが作り出した透明な壁の上部から飛び出してくる。
勢い任せに壁を乗り越えて、キロ達の上に圧し掛かるつもりなのだ。
クローナがキロをミュトと挟むように押し込み、ミュトの壁に背を向けて分厚い石の壁を作り出す。
透明な壁と石の壁の隙間にキロ達三人は避難し、守魔の体は二つの壁の上に橋のように渡る。
「――がら空きだな」
キロは背伸びをして守魔の腹部に触れ、瞬間的に動作魔力を流し込んだ。
パキ、と乾いた音がしたかと思うと、守魔の体が小さく上に吹き飛んだ。
キロがアンムナの奥義を模倣して、守魔の腹部にあった甲殻を破壊したのだ。
驚いたように守魔が体を横転させ、瞬時に起き上がると、キロ達から距離を取る。
守魔の長い体が壁の横を通り過ぎ、冷たい風が後を追って行った。
ミュトとクローナが壁を解除する。
守魔が警戒心と闘志を宿した瞳をキロへ向けていた。
守魔の胴体に一か所、腹部が石の板で覆われている場所があった。キロに破壊された甲殻の代わりとして石の板を纏ったのだ。
キロの横に壮年の男が立つ。
「お前、どうやって甲殻を割った?」
油断なく守魔を睨みながら、壮年の男がキロに問いかける。
フカフカを通して簡単に原理を説明すると、壮年の男は舌打ちした。
「俺達にも真似できればと思ったんだが……」
一斉に襲い掛かって守魔の甲殻を片端から破壊するつもりだったらしい。
キロ達を窺う守魔を尻尾で照らしながら、フカフカが首を傾げる。
「石の板で覆われて元通りであろう?」
「確実に守魔の魔力を削れる。何しろ、維持し続けなきゃならないからな」
壮年の男は陽動部隊全員に声をかける。
「鈍器組、あの石板をぶっ壊せ。刃物を持ってるやつは下の肉を切り刻め」
一斉に獰猛な笑みを浮かべた陽動部隊が鈍器と刃物のグループに分かれる。
壮年の男が片手を挙げる。
「俺達の像を立てるぞ、覚悟はいいか、野郎ども」
大きく息を吸った壮年の男は片手を振り下ろし、陽動部隊に命令を下す。
「――殺せ!」
九か所で氷が弾け飛んだ。
陽動部隊が全力で守魔を殺しにかかったのだ。
短期決戦という言葉がよく似合う、魔力消費が激しい戦い方だ。
壮年の男はキロ達へ目を向ける。
「俺達で守魔の注意を引く。お前らは隙を見て奴の甲殻を破壊しろ」
壮年の男はキロ達へも指示して、上に向かって光の球を放った。
じきに、光の球の合図を見た遊撃部隊、支援部隊、輸送部隊のメンバーがやってくるはずだ。
それまでに甲殻を破壊し標的となる個所を増やしておけば、数の利を有効に使う事が出来る。
飛び出して言った壮年の男を見送って、キロはミュトとクローナに声をかける。
「本気で守魔を倒すつもりらしいな」
「命令には従うしかないと思いますよ。単独行動しても、逃げ道はないですから」
「逃げるための魔力を残しつつ、短期決戦を仕掛けるしかあるまい」
「フカフカ、それって矛盾してるよ」
ミュトが突っ込みを入れるが、矛盾している短期決戦をする以外ないのも事実だ。
守魔の隙を窺いつつ、キロ達はミュトの特殊魔力の壁に隠れて息を潜める。
陽動部隊の攻勢は苛烈を極め、繰り返す波状攻撃の中でたちまち守魔の足を叩き折り、あるいは切り裂いていく。
守魔は防戦一方となっていた。しかし、足が失われるたびに他の足の防御を堅くしているのか、次第に足を失わなくなっていった。
それでも、特殊魔力の壁で隠れて見えないはずのキロ達から視線を外さない。
「ねぇ、あの女の人が切った守魔の足、動いてない?」
壁の横から顔を出して確認したミュトが、キロを振り返る。
キロもちらりと顔を覗かせて、守魔の足を観察する。
「動いてるな。どうなってるんだ?」
「足自体を物と考えて動作魔力で動かしているのかもしれませんね」
クローナが予想を口にすると、フカフカがしばし待て、と囁いて透明な壁の上に上る。
体外の魔力を視認できるフカフカは、守魔の足を見つめて頷いた。
「クローナの予想通りだ。守魔もキロに負けず劣らず器用であるな」
「人を引き合いに出すなよ。それより、あんな事ができるなら体を斬ってもあまり意味ないんじゃないか?」
筋肉を断ち切っても足を動かしているくらいだ。甲殻を破壊してその中の筋肉を断ち切ったとしても動作魔力で体を動かすだろう。
「即死させないと戦い続けるって事ですか?」
「魔力が続く限り、な」
――どうしたもんか。
キロは腕を組んで考える。
即死させるとなれば頭部を狙うしかないだろうが、甲殻に守られている。
甲殻を破壊する事はできるが、破壊には動作魔力を注ぎ込む必要があるため、キロは甲殻を破壊した直後に攻撃へ移る事が出来ない。
攻撃に移るには魔力を練る時間を確保しなければならない。もたもたしている間に、守魔は破壊された甲殻の代わりに石の板で頭部を覆うだろう。
キロは考えを巡らせ、ミュトを見る。
「考えがあるんだけど、付き合ってくれない?」
「なんか、すごく嫌な予感がするんだけど」
不安そうな顔をして渋るミュトにキロは笑いかけ、はっきりと頷いた。
「――その予感、当たってる」
でも断る権利はない、とキロは声の響きに込め、クローナとミュトに作戦を説明しながら守魔の様子を伺った。
守魔へ陽動部隊十人の攻撃が殺到している。
狙いは足から胴体半ばにある石の板で覆われた守魔の弱点へと移ったようだ。
守魔は鬱陶しそうに大あごを振り回し、足を振り上げ、時には体当たりで陽動部隊を遠ざける。
石弾が飛び交い、甲殻や石に金属の武器が振り下ろされる甲高い音が鳴り響く。
壮年の男は焦っている。
キロが破壊した守魔の甲殻部分に狙いを定めていくら攻撃しても、守魔も弱点を庇いながら戦っているため埒が明かない。
陽動部隊はあくまでも守魔の注意をひきつけ、キロ達が甲殻を破壊するための隙を作るのが役割だ。
しかし、守魔はいつまでもミュトの特殊魔力の壁に隠れているキロ達へ向けた視線を外さない。
陽動部隊はキロ達が攻撃する隙を作る事が出来ていないのだ。
だが、守魔をその場に釘付けにすることには成功していた。
――好都合だな。
作戦の説明を終えたキロはにやりと笑う。
「……その作戦、僕がかなり怖い目に遭う気がするんだけど」
作戦を聞いたミュトの腰が引けている。
「安心しろ、俺とフカフカも一緒だから」
「安心する要素がないよ。本当にやるの? ねぇ、クローナからも止めてよ」
「キロさんと息があってないと危ないですけど」
確かに、タイミングが大事な作戦ではある。
キロは大丈夫だろ、と肩を竦めた。
「滝壺の街へ救援を呼び行った時、ミュトはクローナと息があってたんだ。俺にも合わせられるだろ」
「根拠としては弱いと思うんだけど」
反論するミュトを見て、キロはふと思いついて口を開く。
「ミュト、せーの、で俺と一緒に片手を挙げてみろ」
首かしげるミュトに説明せず、キロはせーのと掛け声をかける。
「……二人とも右手ですね」
「ぴったりだな。よし始めるか」
釈然としない顔をするミュトに背を向けて、キロは心の中で舌を出す。
同じ手を挙げればそれでいい、違う手を挙げれば、補い合えるな、と屁理屈をこねるつもりだったのだ。
「それじゃ、はじめようか」
キロが開始を告げた直後、クローナは魔法を発動する。
クローナの魔法を見て、守魔のみならず陽動部隊までもが一瞬動きを止め、慌てて離脱を開始した。
当然だろう。ミュトの特殊魔力で作られた壁の裏から、突然巨大な石の鉈が出現し、さらには天井をがりがりと削りながら巨大な石の鉈が振り下ろされたのだから。
分厚い刃は切断というより殴りつけるためのもの、硬い甲殻を持つ守魔であれば、関節に受けない限り問題ない。
初めは避けようとしていた守魔も、巨大な鉈が動作魔力でコントロールされ、守魔の頭部に向かっている事に気付いたらしい。
避けるのは困難と判断して、守魔が大あごを鉈に向ける。
大あごで巨大な鉈を挟み込んで受け止めるつもりだろう。
鉈が振り下ろされ、大あごが左右から鉈を挟む。大あごが鉈に食い込み、穴を開けた。
次の瞬間、巨大な鉈が消滅した。
代わりに現れたのは、巨大な鉈の中に込めていた多量の水、そしてキロとミュト、フカフカだった。
鉈の中に食い込んでいた大あごの上にいたミュトが、守魔の頭めがけて飛び降りた。
鉈の中に水と共に潜んでいたミュトは、鉈を側面から食い破った守魔の大あごに素早く近づき、特殊魔力の壁で固定していたのだ。
「これで頭を動かせないだろ?」
キロが笑みを浮かべ、鉈から溢れ出た多量の水に動作魔力を込めてうねりを作る。
生み出した水流に乗って、キロは守魔の頭に着地し、上から飛び降りてきたミュトを水流で受け止める。
ミュトの着地を確認したキロは、守魔の頭へ手を当てた。
キロが何をするつもりかを察した守魔が触角を振り回す前に、キロは動作魔力を頭部の甲殻へ流し込む。
「悪く思うなよ」
守魔の頭部を保護する甲殻が弾け飛ぶ。
灰色の破片が飛び散り、フカフカの光を反射する。
直後、はじけ飛んだ甲殻の代わりとなる石板を守魔が形成し始める。
瞬く間に生み出された石の板は、キロとミュトの周囲だけぽっかりと穴が開いていた。
ミュトの特殊魔力が展開しているのだ。
「キロ、とどめは任せたよ」
小剣の刃渡りでは致命傷を与えられないと見て、ミュトはキロにとどめを譲る。
キロは槍の穂先を守魔の頭に向け、ミュトが特殊魔力の壁を消した瞬間、深く深く、突き刺した。




