第四十話 前哨戦
壮年の男がキロに声を掛ける。
「お前ら、恨まれ過ぎだ。陽動部隊に来い。遊撃部隊、この三人貰ってくぞ」
壮年の男が遊撃部隊に断わり、キロ達三人を陽動部隊へ強制編入する。
守魔を町から遠ざけるため、凍りついた湖へと陽動部隊は走りだした。
「いきなり引っ掻き回しちゃって、すみません」
ミュトが申し訳なさそうに壮年の男に謝る。
キロとクローナも頭を下げた。
反応が遅れていれば、キロ達がいた遊撃部隊はおろか輸送部隊や支援部隊まで守魔の攻撃に巻き込まれていた。
だが、キロ達の謝罪を壮年の男は笑い飛ばす。
「馬鹿言うな。逆に感謝してんだ。お前達三人が洞窟道から動かなかったおかげで全員が躱せた。しかも、作戦直後から陽動部隊としての役割が果たせている」
上出来だ、と壮年の男は笑い、背後の守魔を振り返る。
守魔はそこかしこに立ちふさがる氷柱を避けながら、キロ達を追いかけてきていた。
動作魔力を使っているキロ達よりもはるかに速い。
壮年の男は一度前方を確認すると体の向きを反転する。バックステップの要領で氷湖へ進みながら、壮年の男は守魔を見据えた。
「射線を開けろ」
壮年の男の指示を受けて、陽動部隊は左右に分かれる。
守魔への射線を確保した壮年の男はバックステップの速度を維持したまま、石弾を撃ち出した。
一直線に飛んだ石弾は守魔の甲殻に弾かれる。
目を細めた壮年の男は新たに石弾を撃ち出す。
守魔が頭の甲殻で石弾を弾き飛ばしたが、弾き飛ばされた石弾には亀裂が入り、中から水が噴き出した。
――圧縮した水を薄い石で作った弾に閉じ込めてたのか。
氷穴内で水を被れば、体温を奪われる。
戦闘前に火で体を温めていた守魔への嫌がらせだ。
壮年の男は口端を歪めると、頭上に手をかざし、徐々に石弾を形成する。
「人様の家で暴れやがって、頭冷やせよ、礼儀知らず」
壮年の男が作り出した石弾はもはや砲弾と呼ぶべき大きさだった。直径二メートル近い石の砲弾は、壮年の男を左右から追い抜いた陽動部隊のメンバー二人によって動作魔力を注ぎ込まれ、高速で射出される。
守魔は水を被らないように速度を落としながら、石弾で撃墜を図った。
守魔が撃ち出した石弾は壮年の男の石の砲弾に吸い込まれるように向かっていき、破壊する。
しかし、砲弾の中から出てきたのは水ではなかった。
砲弾から飛び出たのは無数の小さな石弾だったのだ。
破壊された砲弾から飛び出した石弾が守魔に襲いかかる。
守魔は石弾を避けようと急加速した。
それでも躱しきれなかった石弾が守魔の甲殻に弾かれるが、三つの石弾が守魔の甲殻と甲殻の隙間に突き刺さった。
甲殻と挟まった石弾が擦りあうぎちぎちという不快音を奏でながら、守魔がさらに加速した。
「ちっ、このままだと氷湖に先回りされるな」
壮年の男が守魔の動きを目で追いながら、舌打ちする。
氷柱を巧みに避けながら走る守魔を見ていたクローナが口を開く。
「キロさん、守魔を釣り出せませんか?」
「狙われてるから可能だろうけど、どうするんだ?」
「氷湖への先回りを食い止めます」
「……分かった」
キロは地面を蹴り、近くの氷柱に足をつけると壁走りの応用で駆け昇る。
陽動部隊の面々が目を丸くしている姿を視界の端に収めつつ、キロは守魔の位置を確認した。
槍を両手で持ち、肩に乗せるように振りかぶったキロは氷柱を蹴り、別の氷柱に飛び移る。
槍を杖代わりに時々石突きで氷柱を突いてバランスを取りつつ、キロは素早く守魔との距離を詰めた。
キロの接近に気付いた守魔が顔を上げ、進行方向を氷湖からキロに変えた。
守魔の周囲に七つの火球が浮かぶ。
――上層の頃と違って魔法をよく使ってくるな。
キロは槍に現象魔力を纏わせ、氷柱を足場にした状態で守魔の火球を迎え撃つ。
飛来する火球に槍の穂先を合わせ、瞬間的に現象魔力で水を生み出す。
槍の周囲に生み出された水は飛来する火球を消火して蒸発、キロや金属製の槍へ熱が伝わるのを防いだ。
単なる火球でキロを仕留められるとは最初から考えていなかったのだろう、守魔は無数の足で氷柱を削りながら、上にいるキロに向かって駆け昇る。
――列車の前に立ってる気分。
幅三メートルのムカデが自分へ走り込んでくる。背筋が凍る光景だ。
だが、キロも度胸は付いていた。
氷柱を駆け上る守魔に対し、キロは姿勢を維持していた動作魔力の作用を消し、氷柱から落下する。
落下しながら、クローナの位置を目視する。ミュトと一緒にいるのを確認して、クローナの考えを理解した。
キロは笑みを浮かべ、氷柱を蹴る。
追いかけるように守魔は長い体の前方に付いた足を氷柱から離し、キロの落下位置に自身の大あごが届くように仰け反った。
キロは笑みを深める。
槍にはまだ、現象魔力が残っていた。
キロは空中で、槍の穂先に幅一メートルほどの石壁を生み出し、槍の柄を持つ石の鍬を形成する。
次の瞬間、キロは動作魔力を練り、槍から石壁へと伝達する。
守魔の大あご目がけて、石壁が射出された。
守魔が体を仰け反らせたまま、迫りくる石壁を大あごで挟み込み、受け止めて見せた。
「すごい反射神経だな」
守魔を誉めつつ、キロは大あごで支えられた石壁に着地する。
動作魔力がキロの体を覆った。
守魔が大あごを石壁から離す直前、キロは石壁を蹴り抜く勢いで踏み込むと守魔の大あごの横をすり抜け、頭部のわずかに上を通り、氷柱に食い込んだ守魔の足に狙いを定めた。
守魔の頭部から数えて二つ目の甲殻に最後の踏み込みをして、キロは槍に動作魔力を込め、守魔の右足の関節へ振り抜いた。
仰け反った頭部を支えるために動かす事のできない足の関節に槍の穂先が届く寸前、キロは硬質な感触を感じ取り、咄嗟に槍に込めていた動作魔力を消す。
――なんだ?
重力に従って地面へと落下しながら、キロは横目で斬ろうとした守魔の足を見る。
守魔の足の関節部分を石の板が覆っていた。
「前回から学習して防御したのか」
舌打ちして、キロは未だに氷柱に張り付いている守魔の胴体を蹴りつけ、別の氷柱に飛び移る。
守魔が氷柱を一周して頭部を下に向ける。
向かい側の氷柱にいたキロは警戒されているのを承知で小さな石弾を守魔の触覚に向けて放ったが、あっさりと迎撃された。
キロは守魔の視界から外れないよう、次々に別の氷柱へ飛び移って誘導する。
キロを追いかける守魔は動作魔力を纏っており、距離は見る見るうちに縮まっていった。
真後ろに守魔の大あごが来た時、キロは地面に降り立ち、氷柱を左手に曲がって守魔の視界から逃れる。
当然、仇敵を追いかける守魔も氷柱を曲がろうとする。
しかし、守魔はキロを追いかける事が出来なかった。
氷柱の陰に潜んでいたミュトが、特殊魔力の壁を展開して行く手を塞いだのだ。
不可視の壁に激突し、守魔が動きを止める。
「心臓によくないよ……」
守魔の巨体を特殊魔力の壁で真正面から受け止める役割をこなしたミュトが目を潤ませる。
「でも、ミュトさんのおかげで一撃入れられますよ」
ミュトの後ろで、クローナが掲げていた杖を振り下ろす。
わずかな間に岩で形造られた巨大で薄刃の鉈が出現し、クローナの腕の動きに合わせて守魔の足へ叩き付けられた。
守魔は石の板で防御したが、キロの槍は防げても大質量の岩の鉈には為す術もなく割られ、保護していた足は関節から叩き斬られた。
以前キロに切り落とされた左の前三本だけでなく、右の最前足まで失ったため、支えを失った守魔の頭が下がる。
頭が下がれば、頭部の甲殻と次の甲殻の隙間が開く。
トンッと頭上から響く軽い音は守魔に聞こえただろうか。
守魔の視界から逃れるために曲がった後、すぐさま氷柱を駆け上ったキロが上から襲い掛かる小さな音だ。
守魔の頭が上がる前に、キロは甲殻の間へ動作魔力で加速した突きを放つ。
落下による加速とキロの体重までもが乗った強烈な一撃は守魔の甲殻の下にある強靭な筋肉をも断ち斬った。
痛みによる反射で守魔が頭を持ち上げた頃には、キロは動作魔力で槍を引き抜き、右足を軸に一回転しながら守魔の右足を一本、付け根から斬り落とす。
わずかに傾いた守魔を足場にしても、キロは自身の体にまとう動作魔力を調整してバランスを崩す事無く槍を繰る。
槍の柄をキロの右手が滑り、石突きの直前を掴み、手首を返しながら槍の勢いを殺さず左肩に振りかぶる。
キロは守魔の頭に背を向け、左足を大きく踏み出した。
左足が守魔の甲殻を踏みしめ、キロは左に振りかぶった槍に動作魔力を通す。
まかり間違って自らの左足を斬り落としかねないその体勢でも、繊細に動作魔力を扱うキロは臆せず槍を打ち振る。
首筋に受けたキロの突きの痛みで防御が遅れている守魔の右足が、根元から斬り払われる。
石突き近くを持つ事で間合いが最大まで伸びたキロの槍は根元から落ちた足の次の足さえも斬り飛ばしていた。
振る度に速度も威力も増していくキロの槍の前に、守魔のむき出しの関節は藁束と大差ない。
守魔がようやくキロが上に乗っている事に気付き、傍らの氷柱に体当たりした衝撃で振り落とそうと試みる。
だが、守魔の頭部は動かなかった。尻尾の部分が左右に振れただけだ。
「キロ、顎を抑えたから、今のうちに離脱するよ」
守魔の大顎を特殊魔力の壁で挟み込んだミュトが、いち早く氷湖へと駆け出す。
「右足三本落としたので、バランス取れちゃいましたね」
守魔を挑発して、くすりと笑い、クローナがミュトを追って走り出す。
キロは槍を左手に持ち替え、脇で固定する。
「ちゃんと追って来いよ?」
――そうしないと陽動にならないからさ。
ミュトの特殊魔力の壁から大あごを抜こうと躍起になっている守魔の甲殻を踏み台にして、地面に着地したキロはミュトやクローナを追った。




