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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三十九話  ここで会ったが百年目

「地図を頼りに進むのはもう限界だな」


 中年男性が腕組みして見つめた道の先は土砂で埋まっていた。

 掘削型魔物が押しのけた土を押し込めたらしい。

 キロ達がトットから歩いてきた道は崩れていたり、魔物が溜まっていたりして進むことができなくなっていた。

 迂回路を探して右往左往するうちに掘削型魔物が周辺の地形を完全に作り変えてしまい、ミュトが描いた地図も用をなさない。

 トットに通じる道が残っているのかどうかさえ、今となっては分からなくなっていた。


「守魔の乱入で他の魔物が右往左往してやがるんだ。当分は収まらないだろうな」


 中年男性がため息をついた。

 町人の元地図師達とミュトが集まって、掘削型魔物の活動範囲を予測しつつ道を割り出そうと躍起になっている。

 道の割り出しは困難であるとの結論に達して、元地図師達が腕を組んだ。


「余裕がないな」


 町人達は深刻な表情で頷きあう。

 水に関しては氷穴から確保できるが、食糧の不足は深刻で、もう時間はいくらもない。


「魔物は食べられないんですか?」


 クローナがフカフカに問いかけるが、あっけなく首を振られてしまう。


「毒のある魔物が多いのでな。よしんば、毒のない魔物を仕留めてもこれだけの人数となると……」


 フカフカが言葉を濁す。

 二百人からなる大所帯だ。食糧を調達するだけで一苦労だろう。

 元地図師達も匙を投げたようで、壮年の男に声を掛けた。


「ここから先は探索しつつ進むしかない。直通の道があったとしても、丸一日かかる距離だが、どうする?」


 壮年の男は洞窟道の壁に背をつけて黙考する。

 丸一日の距離とはいえ、洞窟道を探しながら進むことを考えると到着までに何倍の時間が必要か見当もつかない。

 壮年の男の頭の中では食糧問題の他にも重症者の手当てに必要な物資、その他もろもろの諸問題が駆け巡っている事だろう。

 やがて、壮年の男は決断する。


「町に引き返すぞ」


 町人達がため息交じりに来た道を振り返った。


「それしかないか」


 分かっていた事だとばかり、一切の反論が出ない。

 クローナがキロの袖を引っ張った。

 顔を向けてみれば、町人達の様子を不思議そうに眺めている。


「どうして引き返すんです?」

「飢え死にする前にトットへの道を探せる保証がないのと、氷穴の町には備蓄食料や生活道具に武器防具まで揃っているからだろ」


 しかし、今まで町に引き返すという意見が出てこなかったのは、待ち構えている守魔との戦闘が想定されるからだ。

 壮年の男の決断は一か八かの賭けでもあった。


「守魔を引き付ける陽動部隊、町に潜入して物資を運び出す輸送部隊、二つの部隊の撤退を援護する支援部隊の三つを作る。戦闘可能な者は希望を言え」


 怪我を負っている者は重症者の看護に付くことになるため、作戦に参加できる人数はおのずと縛られてくる。

 メイスや細身の剣を持った女、中年男性はすぐに陽動部隊に名乗りを上げた。

 一番人が集まりにくい役割だと思っていただけにキロは意外に思ったが、壮年の男は自信のない者を最初から省くつもりだったらしく、遅れて陽動部隊への参加を申し出た者は問答無用ではじき出し、輸送部隊へと回していった。

 人数が必要な輸送部隊には五十人ほど、支援部隊には二十人、陽動部隊は十人の精鋭が配置された。

 守魔を倒すのではなく、あくまで陽動を担う部隊ではあったが、十人は少なすぎる。

 追加で二十人ほどの遊撃部隊を組織し、陽動部隊との連携作戦が練られた。


「ミュトだったか、あんたらはどうする?」


 壮年の男がミュトに顔を向け、問いかけてくる。

 メイスの女がキロに視線を向けた。


「そういや、守魔の足が切り落とされている事を知ってたね。なんか心当たりでもあんのかい?」


 ミュトが困ったようにキロを見た。

 どうしようか、と僅かに首を傾げ、無言で問いかけてくる。


「もう上層ではばれてるんだから、話してもいいだろ。信じてもらえるかは別問題だけど」


 守魔の足を切り落とした張本人であるキロから許しが出たため、ミュトはメイスの女に向き直る。

 キロの手を取り、ミュトは口を開いた。


「足を切り落としたのは彼、キロなんだ」


 胡散臭そうな目が一斉にキロに向けられた。

 ――ですよねぇ。

 予想通りの反応に、キロは苦笑する。


「……とりあえず、詳しく話してもらおうか」


 話半分に聞いてやると言った口調で壮年の男が事情を説明するよう促してくる。

 ミュトが上層級昇格までの経緯を一通り話すと、壮年の男は顎を撫でた。


「――そいつは災難だったな」


 半信半疑なのは相変わらずだったが、同情する気持ちは本当らしい。


「実力は地図を見れば大体わかるだろうに。最近の職員は質が落ちてんのか」


 元地図師の誰かがため息を吐きながら言う。

 壮年の男はミュトからキロに視線を移した。


「その槍で切り落としたんだな? ちょっと振って見せろ」


 陽動部隊のメンバーを呼んだ壮年の男はキロに指示を飛ばす。

 言われるままにキロは槍を上段から振り下ろした。

 地面すれすれでピタリと槍の穂先を止めたキロに、壮年の男は腕を組む。


「体格に見合わない長さだと思ったが、妙な癖が付いてんだな」

「癖なんて付いてるの?」


 ミュトがキロに問う。

 キロは肩を竦めた。


「見よう見真似で覚えた型を自分に合わせて改良した、我流だからな。おかしな事になってるのは間違いないと思う」

「ちゃんと人に教わらないとだめじゃないか。命がかかってるんだから」

「事情があってな。そのうち教えるよ」


 苦笑したキロは壮年の男を見る。


「俺の癖は不味いですかね?」


 フカフカがキロの言葉を訳して伝えると、壮年の男は首を振った。


「筋肉を極力使わないよう体を動かさずに、慣性で振り回す。弟子がやってたらぶん殴って筋肉付ける所からやらせるが、お前の場合はそのままの方がいいだろ。かなり無理な体勢からでも全力で槍を振れるんじゃないか?」


 試しだ、と壮年の男は片足の踵だけで立つようにキロへ指示する。

 言われた通りにしたキロを見て、壮年の男は拳大の土弾を作った。


「その体勢を維持したまま、この土弾を槍で斬ってみろ」


 てっきり軽く放るくらいだろうと思っていたキロの予想に反して、壮年の男は腕を大きく振りかぶって全力投球した。


「ちょっとまて!」


 豪速で迫る土弾を見極め、キロは動作魔力を用い、右足踵を軸にしてコマのように一回転する。

 土弾はキロの回転に合わせて振られた槍によって横から真っ二つにされ、地面に転がった。


「おぉ、曲芸みたい」

「トットに着いたら宴会に呼ぼうぜ」

「技を磨いとけよ」


 拍手と共に飛んできた能天気な称賛にキロは複雑な思いを抱いた。

 壮年の男が顎を撫でながらキロを上から下まで眺め、大きく頷く。


「遊撃部隊に参加してくれ。陽動役となると俺達と連携が取り難いからな」

「奇抜すぎて、いざという時に手を貸すべきか判断付かないだろうね」


 細身の剣の女が壮年の男の決定に同意して、陽動部隊の面々も頷いた。

 なぜかミュトまで頷いていたが、クローナを横目に見ても首を傾げている。

 クローナは不思議そうに陽動部隊のメンバーやミュトを眺めた後、何かに気付いたように瞳を輝かせた。


「私はキロさんの動きが分かりますよ。信頼で結ばれているんですよ!」


 目をキラキラさせながら、クローナは楽しそうにキロの手を取って上下に振る。

 ――阿吽の冒険者に初めて会ったときにも似たようなこと言ってたな。

 キロは苦笑しつつ、クローナにされるがままに手を振られていた。



 掘削型魔物も守魔の縄張りには近づきたくないのか、氷穴の町への道は来た時とほとんど変わっていなかった。

 変化があるとすれば、不用意に守魔の縄張りへ近づいたらしい愚かな魔物の亡骸が多くなっていることぐらいだろう。

 キロ達が来るまで避難所として使っていた地点にたどり着き、重症者や怪我人、護衛の町人を置いて、再び出発する。

 気温は下がる一方だった。

 魔物と言えば死骸だけという洞窟道を歩き続けると、道の先に明かりが見えてくる。

 氷柱に反射する光がキラキラと瞬いていた。

 半径二キロほどの空洞ではあるが、そこかしこに氷柱が立ち並んでいるためスペースは狭い。

 密集した家々の前には凍りついた地底湖らしきものが広がり、地面には凍った水たまりが点在している。

 キロは不安定な足場を見て、無理な体勢からの一撃を確認した壮年の男の意図に気付いた。

 ちらりと横目で窺った陽動部隊の面々は取り回しに優れた細身の剣や、どの面を当てても問題なくダメージを与えられるメイスなどを武器として持っている。

 視線に気付いた陽動部隊の一人、棘の付いた鉄板を持った若い女がニカりと白い歯を見せる。


「こんな町に住んでるんだ。自然と武器もこうなるんだよ。長物使いがいないから、なおさら婿に欲しいんだけどねぇ?」


 ウインクする若い女とキロの間にクローナが割って入り、キロの腕に抱き着いた。

 若い女に向けて警戒心むき出しの鋭い視線を向ける。

 若い女はクローナの視線を受けてくすりと笑うと、お幸せに、と短く告げて陽動部隊と共に、先に町へと入って行った。

 フカフカが耳をそばだてているのを見て、キロは声をかける。


「守魔の動きはどうだ?」

「町の奥で食事中のようであるな」

「道理でお出迎えがないわけだ」


 キロは深呼吸して動作魔力を練る。

 陽動部隊がぞっとするほど静かに展開し、構えた。

 氷穴内の冷たい空気が張り詰め、鋭い刃のような気迫が町へと向けられる。

 パキッと、薄氷を割る音が聞こえ、フカフカが顔を挙げる。


「来るぞ、守魔が」


 町の中から、ムカデの守魔が現れる。

 頭部の幅は三メートルを超え、左右に平たい甲殻の色は氷穴に映える明るい灰色、無数の足の内、左前脚の三本は半ばから断ち切られている。

 甲殻に着いた大小さまざまな浅い傷は、町人によるものだろうか。

 ムカデは待ち構えている陽動部隊を視界に収めると動きを止めた。

 長い体の周囲に一瞬だけ火球が浮かび、甲殻を包むように広がる。体温を上げたのだ。

 顎先を陽動部隊に向けかけた守魔が再び動きを止める。

 キロは守魔と目があった気がした。

 守魔の長い触角が頭部に張り付く。巨大な顎は明確に狙いをキロへと移していた。

 守魔の体勢が変わり、捕食者の傲慢さが抜け落ちる。

 捕食でも蹂躙でもなく、強者との戦闘に備えた隙のない体勢、死闘を演じるための構え。

 守魔の頭部が急激に下がり、地面すれすれで止まったのを確認した瞬間、壮年の男が声を張り上げた。


「総員、散開しろ! 奴の狙いは――」


 地面が爆ぜる。

 守魔が急加速する。

 陽動部隊には目もくれず、ただ一直線に守魔は走った。

 輸送部隊、支援部隊、遊撃部隊の全員が、迫りくる大質量の守魔に戦慄し、動作魔力を使用して洞窟道を飛び出し、散開する。

 だが、キロは動かなかった。

 キロが動かない事を感じ取っていたクローナが一歩下がり、杖を構える。

 ミュトがキロの前に飛び出し、両手を前に突き出した。

 刹那の後、守魔の突進がキロ達へと炸裂する。

 氷穴に破壊音が鳴り響く。大量の土砂が守魔の飛び込んだ洞窟道から吹き出し、氷穴全体がびりびりと震えた。


「……キロ、根に持たれてるよ」


 両手で生み出した特殊魔力の壁で守魔の突進を止めたミュトが呟く。


「トラウマ克服するにしたって、乱暴すぎるだろ」


 キロも呟いて、ミュトとクローナの腰を抱え、地面を蹴った。

 洞窟道の壁を蹴り、ミュトが生み出した壁の横を通って守魔の横を走り抜け、洞窟道を飛び出す。

 町と凍った地底湖がある広間に降り立ったキロ達は守魔を振り返る。

 守魔も洞窟道から頭を引き抜き、振り返ったところだった。

 まるで他は脅威ではないと言うように無視して、守魔はキロだけを見据えていた。


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