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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三十八話  トットへの避難

 息が白くなり、周囲に氷が目につき始める。

 洞窟道の奥に避難所はあった。

 避難所とは言いつつ、ただ町を追い出された者が集まっているだけの場所だ。

 生活道具を持ち出す余裕すらなかったため、むき出しの地面に座り込み、魔物がやってこないか、数人の見張りを置いて警戒している。

 メイスの女が片手を振って帰ってきた事をアピールすると、町人の中から一人の壮年の男が立ち上がって手を振った。

 キロ達を見て、目を細めた壮年の男は紹介を促すようにメイスの女を見る。


「地図師だよ。地図更新の途中で町に立ち寄るつもりだったらしい」

「本当か! 最新の地図を持ってるって事だよな⁉」


 壮年の男がミュトに詰め寄ろうとしたため、キロは間に割って入る。

 キロに怯んだ壮年の男は両手を肩の高さに挙げる。


「すまん。驚かせるつもりはなかったんだ」


 壮年の男の後ろにいる人々に目を細めて、キロは謝罪を受け入れ静かに頷く。

 四日間、低温の洞窟道に生活道具さえ持たずに避難を余儀なくされた町人達は憔悴しきっていた。

 怪我人も多く、魔物との戦闘に備えて魔力を温存しているため火も起こしておらず、凍えている。

 クローナがカバンから包帯を取り出す。


「重症者の手当てを優先で始めますね。キロさん、お湯を沸かしてください」

「ボクは地図の複製だね。フカフカ、周囲への警戒をお願い」


 てきぱきと動き始めた三人と一匹に壮年の男が感謝の言葉を述べる。

 キロは魔法で起こした火に水を張った鍋をかけながら、横目で町人の人数を数える。

 重傷を負っているらしく横たわっている者が七人、服を破って作った包帯を巻かれている。

 武器を持ってはいるものの、怪我を負っていて満足に戦えないだろう者が十人ほど。

 軽傷、または無傷の者が三十人を超えるだろうか。

 ――一つの町にしては少ないな。

 キロの隣に中年の男性が立つ。


「鍋代わりにこれも使ってくれ。水が足りなければ、そこらの氷柱でも折ってくるから言ってくれ」


 キロは軽く頭を下げ、中年男性が鍋代わりに、と差し出してきたヘルメットを受け取る。地下世界には珍しく金属製だ。

 改めて町人達の装備を見てみると、金属製の武器が非常に多い。

 キロの視線に気付いた中年男性が苦笑した。


「最上層に来たばかりか?」


 キロが頷くと、中年男性は苦笑を深めた。


「最上層に住んでるのは元地図師や傭兵だ。それも現役時代はそれなりに鳴らした奴らでな。武器も防具も、現役時代の良い物をそのまま使ってる。経験や腕があるから緊急時の対応も早いが、血の気が多くてな。この様だ」


 苦笑を自嘲気味な笑いに変えて、怪我人を指さす。

 ろくに装備も整えないまま、緊急性の高さから守魔に戦いを挑み、惨敗を喫したのだろう。

 町を直接襲われたのだから、全員が生きて脱出しただけでも奇跡と言える。


「無事な連中は早々に頭を切り替えて周辺の洞窟道を調査しつつ町への道を探っていたんだが、あんたらのおかげで予想より早くトットに避難できそうだ。本当、感謝してるよ」


 言ってるそばから、武器だけを持った人影が避難所に歩いてくるのが見えた。

 中年男性が立ち上がって出迎えに行く。

 キロ達が出会ったメイスや細身の剣を持った女達のように、周辺を探索していた者が続々と帰ってくる。

 お湯が沸いた事をクローナに伝えると、重症者が包帯代わりにしていた服の切れ端を渡された。


「煮てください。包帯が足りないので再利用します」


 クローナとしても再利用はしたくないのだと表情から読み取れたが、他にないのなら仕方がない。

 ――かなり血が付いてるな。

 火のそばで氷柱を溶かして作っておいた水で包帯を洗えば、見る見るうちに濁りだす。

 手の空いた者がキロの元にやってきて、同じように包帯の洗濯を始めた。

 極力お湯を汚さないように水洗いしてから煮ても、すぐに濁ってしまう。

 申し訳なさそうにする人々に笑いかけながら、キロは逐次お湯を沸かしていく。


「この手の事をさせて文句を言わない傭兵男は珍しいね」


 細長い鉄の板にいくつもの棘が付いた武器を持った若い女がキロの隣に腰かけた。

 中年男性が置いて行ったヘルメットに入っていたお湯を入れ替えて、武器をひょいと天井に向かって放り投げる。

 動作魔力を纏っていたらしい武器はくるくると回転しながら天井の氷柱を叩き折り、氷柱とともに落下してくる。

 武器を片手で、氷柱はヘルメットで、それぞれ受け止めた若い女はヘルメットを地面に置き、魔法の火で熱し始める。


「てめぇだって怪我するだろうに、怪我人の面倒を見たがらない傭兵男が多くてね。あんたみたいな奴は貴重だよ」


 鍋代わりのヘルメットの様子を見ながら、若い女はキロの背中を乱暴に叩く。


「ところでさ、所帯を持つ気はないかい?」

「――キロさん、キロさん、こっちにお湯を持ってきてください。お湯が一か所に固まっていても作業動線が、えーと……とにかくこっちに来てください」


 クローナが適当に理由をでっち上げようとして失敗しつつ、キロを呼ぶ。

 キロは苦笑するものの、鍋を持って立ち上がった。

 若い女が肩を竦める。


「彼女持ちか。残念だね」


 どこまで本気なのか、キロには分からない。

 だが、若い女はその場を動くことなく、お湯を使って包帯を煮始めた。

 クローナがほっと胸を撫で下ろす。


「お湯を持ってきたぞ」

「そこに置いてある包帯をお願いします。私は一通り終わったので、飲み水を作ってきますね」


 クローナは地面に皿を置き、愛用の杖の先端、湾曲した部分に魔法で火球を生み出すと、天井から延びる氷柱をゆっくり溶かし始める。

 受け皿に溶けた氷柱から滴る水がぽたぽたと溜まり始めた。

 回りくどいと思ったが、地面に置かれた皿を見てキロは納得する。

 皿が石製であるため、直接熱すると飲む前に冷やす必要が出来てしまうのだ。

 作った水を怪我人へ飲ませ、クローナは次を準備する。

 キロが包帯の煮沸を終えた頃、ミュトが地図の複製を終えてやってきた。


「ボクも一緒に……することはないみたいだね」


 すでに手伝う事はないと分かって、ミュトはしょんぼりする。

 ミュトが複製した地図は、元地図師の町民が集まってさらに模写され、町民達へ配られるという。

 全員そろった段階で移動すればいいだろうにと思うが、新しい洞窟道が短い期間で増えすぎている事が気になるそうで、不測の事態で町民の誰かがはぐれても一人でトットに着けるよう準備を整えるらしい。


「おかげで、ボクの持っていた紙がだいぶ減っちゃって……。トットで買い足さないとだね」


 カバンの中を見たミュトが困ったように眉を下げる。

 仕事道具の備蓄が残りわずかという状況が落ち着かないようだ。

 壮年の男が全体に声をかけて注意を引いた。


「地図の複製が終わった。各自が受け取ったら、トットに向かう」


 壮年の男の言葉に町人達は立ち上がり、地図を受け取る。

 様子を眺めていたミュトの肩に、フカフカが飛び乗った。


「近隣に魔物はおらぬ。だが、複数の掘削型魔物が穴を開けて回っておるようだ」


 フカフカの報告を聞いて、ミュトが眉を寄せる。

 壮年の男にミュトが声をかけ、フカフカの索敵結果を報告する。


「この地図もすぐに使用できなくなるかもしれないのか……」


 掘削型魔物が周囲の地形を今まさに変えている以上、新しい洞窟道ができ、古い洞窟道は落盤等で使えなくなる。


「急ぐとしよう」


 壮年の男が手振りで簡単に指示を出すと、元傭兵だという男女が五人、先頭を切って歩き出した。

 キロが周囲を見渡せば、いつの間に集まったのか二百人近い町人がいた。

 幅十メートル以上の洞窟道を先頭の五人が広がって歩く。

 それぞれの死角を潰しながら、前方や上方をくまなく警戒している。

 しばらくは地図通りに進んでいた。

 しかし、半日ほど歩いた時、新しい洞窟道を発見する。

 調査よりも重症者をトットに運び込むのが先決と結論し、位置を記録するだけに留めて先を目指した。

 元地図師だという町人の男女が複製したミュトの地図を見つつ、時折り何かを書き込んでいた。裏へ熱心に何かを書いている姿も見える。

 不備があったのだろうか、と心配そうなミュトに気付いた彼らは慌てて、何でもない、と首を振った。

 ミュトと一緒に首を傾げた時、先頭の五人が足を止めた。


「これ、どうする?」


 もう笑うしかない、という顔で五人が振り返って指さす先には地盤沈下を起こした洞窟道があった。

 地図上ではこの道をまっすぐ進む予定だったが、地盤沈下で開いた大穴は広く、重症者を背負って飛び越えるのは難しそうだ。

 クローナとミュトがキロを見て、壁を指さした。

 重症者を背負っても、キロなら壁を走って向こう側へ渡れるだろう、そう言いたいのだ。


「出来ない事はないと思うけど、魔力が持つか分からないな」

「そういえば、魔力量の問題もあったね」

「キロさんなら何でもできるものだとばかり……。そうですよね、キロさんも人間なんですよね」

「当然だ。人間が獣になるのはベッドの上と相場が決まっておる」


 散々の評価にため息を吐いたキロは、とりあえずフカフカをとがめる。


「場所をわきまえて発言しろ」


 朱が差した頬を隠すように俯くクローナに、何か言う気力も失せたキロは先頭の五人を見る。

 深さを調べるため、五人の中から女が一人、大穴に歩み寄り適当に折った氷柱を投げ込んだ。

 数瞬の後、氷柱を投げ込んだ女は動作魔力を使って緊急離脱する。

 間を置かず、穴の中から鱗を持った巨大な何かが跳び上がり、天井にぶつかる鈍い音を響かせた後、穴の底へと戻って行った。

 氷柱を投げ込んだ女は舌打ちして向き直る。


「魔物が待ち伏せしてる。下には他にも何かいるみたいだ」

「遅かったか」


 壮年の男が地図を見下ろし、ため息を吐く。


「迂回路を行くぞ。じきに日付も変わる。一度道を戻って休憩しよう」


 壮年の男の指示に異を唱える者はいなかった。

 道を戻り、逃げ道を確保できる分かれ道に陣取り、交代で休息を取る。

 切羽詰まった状況であるにもかかわらず、荒れる者はいない。それどころか無駄口も叩かず、すぐに横になる者がほとんどだ。

 キロ達も壁際に座って休息を取る。町人ではない三人だったが、疎外感を覚える事はなかった。

 見張りには立たなくてよいといわれたが、装備も整っていない町人に無理をさせるわけにもいかない、とミュトが申し出たため、出発前の最後の見張りを割り当ててもらう。

 そうと決まれば少しでも睡眠時間を確保して備えておこうと思い、キロは横になる。

 地面に背中を付けた直後、キロは跳ね起きて槍を手に取った。

 同時にフカフカが声を張り上げる。


「魔物である。北方の洞窟道および、地面からだ!」


 地面、と聞いた町人の動きは早かった。

 近くにいた重症者や怪我人の手を掴んだ瞬間、動作魔力で上方に跳び上がる。

 垂直跳びした彼らは洞窟道の壁を起点に魔法で石の足場を生み出し、下を見る。

 半歩遅れて跳び上がった者達に手を差し伸べ、自らが作った足場に誘導する。

 壁を正面から見れば、魔法で作った石の小棚が並んでいるように見えた事だろう。

 キロはクローナとミュトの腰を抱えて跳び上がり、ミュトが作った特殊魔力の壁を足場に立ち、下を見た。

 体長三メートルのトカゲのような魔物が北の洞窟道から走り出てくる。

 氷穴の低い気温に体温を奪われているのか、その動きは鈍い。

 キロ達がいた地点で足を止めたトカゲの魔物は探るように顔を巡らせる。

 直後、トカゲの下の地面がかすかに盛り上がった。

 トカゲも足元の違和感に気付いて離脱を試みるが、遅い。

 吹き飛ぶように、地面だった土砂が舞い上がったかと思うと体長七メートルほどのモグラのような魔物がトカゲの胴体に噛みついていた。

 暴れるトカゲの周囲に水球が浮かび、モグラへと叩き付けられる。

 水球を受けた反動でトカゲを離したモグラは、体中に石の棘を生み出し、トカゲに体当たりした。

 トカゲの体から血が噴き出し、一撃で絶命する。

 トカゲを仕留めたモグラが石の棘を解除した瞬間、音もなく上から降ってきた町人達が首、目、鼻、背筋を各々の武器で貫いた。

 落下速度を乗せた複数の攻撃が巨大なモグラの命を奪い去る。

 声掛けもなく行われた、暗殺に近い波状攻撃。

 早さもさる事ながら、狙いの正確さも目を見張るものだった。

 最上層に登れるほどの実力者揃いなのだと再認識させられるとともに、不意打ちとはいえ彼らが惨敗を喫したムカデの守魔の強さに、キロは疑問を抱く。

 キロは守魔の足を三本切り落としているのだ。

 キロに、町人達との実力差を埋める何かがあったとは思えなかった。

 考えられる可能性と言えば、守魔に原因があるのではないかというもの。


「――まさか、あの守魔、強くなってるのか?」


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