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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三十七話  町への襲撃者

「さぁ、お昼の時間だよ!」

「今日こそは目にモノ見せて――いえ、舌に良いもの食して貰いますからね!」


 張り切りだしたミュトとクローナに、キロは苦笑する。

 場所は最上層の洞窟道、氷穴近くの町まであと半日という地点だ。

 地下世界は上に行くほど洞窟道が広くなる傾向がある。

 最上層も例に漏れず、今まで歩いてきた上層の洞窟道の倍近い幅と高さがあった。

 魔物にはいまだ出くわしていないが、氷穴が近いため気温がかなり低くなっている。

 迂闊に寝ると凍死しかねないが、重ね着して洞窟道を歩き回れば気にならない。

 ――鍋とか良いと思うけど……。

 暖かい物が食べたい、とキロは考える。

 ミュトとクローナがひそひそと相談し合っているのが見えた。

 トットを出てから丸一日が立つ。

 食事はその都度、各人が一品ずつ作っていた。

 昼、夜、そして今朝の三回の食事で、各人の腕の差は歴然としていた。

 クローナの作った食事は料理としての形は保っていたが、味も見た目も平凡としか言えず、取り立てて優れた所はない。

 ミュトはと言えば、見た目は素朴ながらも味は食材ごとの調和が取れ、飽きが来ない料理を作る。

 トントンと軽快に食材を切る音が鳴る。

 ミュトが包丁を片手に塩漬け野菜を細かく刻む音だ。

 その隣で、クローナが鍋に水を張り、魔法で起こした火を使って湯を沸かしている。

 町や村では専用の設備を持つ料理屋でしか火を使う事が許されないが、洞窟道では例外となるため、クローナも遠慮なく火を使っていた。

 少女二人が互いに目くばせして頷きあう。己の役割を全うし、二人の力を合わせて強敵に臨む強い意志が込められた眼差しは一種の感動を呼び起こす。

 二人は共通の敵、キロを振り返る。

 何かをこねていた。

 クローナは眉を寄せる。キロがこねている食材に見覚えがなかったから。

 ミュトは目を見開く。キロがこねている食材の正体に気付いたから。


「茹でて裏漉しした芋……」


 ミュトが正体を呟くと、クローナはハッとしてキロの手元を凝視する。

 キロにこねられ、裏漉しされて滑らかになった芋は徐々に形を整えられていく。

 最後に、乾燥させて日持ちをよくした赤く小さな果実を二つ浅く埋め込んで、キロはこねた芋を皿に置いた。

 赤い目の、芋で作られたウサギである。

 中に刻んだ燻製肉と酸味のある赤いドライフルーツが入っており、芋の仄かな甘さと相まって味は折り紙つきだ。

 丹念に裏漉しされた芋は口に入れると同時に溶けるように崩れ、甘さを広げながら肉の味と燻製の香りを引き立たせ、ドライフルーツの酸味がさっぱりと全てを流し去る。

 食べた後に残るのは美味しかったという感想ともっと食べたいという欲求、そして、もうないのだという喪失感。

 キロは手についた芋を洗い流し、一つ味見して呟く。


「まぁまぁかな」

「――まぁまぁ、なわけあるか!」


 珍しくミュトが声を荒げる。


「器用なのも大概にしなよ。いつもいつも手間暇かけて食感も見た目も味もこだわって、今朝の飾り切りだって初めて聞いたよ! なんだよ、松葉って!」

「程よい柔らかさの干し肉だったから、つい」

「程よい柔らかさにキロがしたんじゃないか! 出汁と酒を振りかけて、揉みこんで!」


 ミュトの突っ込みにクローナが何度も頷いている。

 キロは救いを求めてフカフカを見るが、魔力を常食にする尾光イタチに料理の概念はないらしくそっぽを向かれた。

 クローナがため息を吐く。


「私も飾り切り自体は知ってますけど、干し肉はそういう使い方しませんよ」

「だって、干し肉そのままは見た目が悪いだろ」


 キロは言い返すが、クローナとミュトが揃ってため息を吐くだけだった。

 納得いかない、と不満に思いつつ、キロは食卓を作るため地面に布を敷く。

 クローナ達も作り終えた料理を皿に盛りつけて持ってきた。

 三人が作った料理が並ぶ。


「ほら、キロさんの作った料理だけ明らかに浮いてるじゃないですか」

「まて、俺が食卓に彩りを添えているんだ」

「共同作業なんですから全体の見た目も考えるべきです」

「ボクはキロに合わせたいから色々教わりたいかな」


 煮物をつつきながら、ミュトがキロの作ったウサギを眺める。


「教えるくらい別にかまわないけど、今日中に着くんだろ?」

「どうだろう。ここに来るまでもそうだったけど、新しい洞窟道がたくさんあって調査もしないといけないから」


 トットを出てから一日経つが、キロ達はすでに新しい洞窟道を九本見つけていた。

 予定していた道が落盤事故で封鎖されている場合もあり、何度も迂回を余儀なくされている。


「今日中に着いたとしたら、町を出た後に教えてよ」


 そういう事なら、とキロは料理を教える事を了承し、視線を下に向ける。

 我関せず、とばかりフカフカがミュトの魔力を食べていた。


「そういえば、ミュトの魔力はどんな味がするんだ?」

「日替わりなのだ。今日の魔力は青臭く甘酸っぱい。青春の味である」

「相変わらず、よくわからない味の評価だな」


 キロは苦笑するが、フカフカは何故わからないのかと不満そうに鼻を鳴らした。

 その時、フカフカが耳をピクリと動かし、顔を上げる。


「人が歩いて来るぞ」


 フカフカが顔を向けた方向にはキロ達がこれから向かう町がある。


「地図師かな?」


 ミュトが首を傾げながら、野盗だった場合に備えて立ち上がる。

 キロが槍を、クローナが杖を、それぞれ構え、洞窟道の先に目を凝らす。

 ――明かりを持ってないのか?

 いつまでも明かりが見えてこない事にキロは警戒を強めていく。

 ミュトの肩に上ったフカフカが道の先を照らし出した。

 照らし出されたのは二人の女だ。片方は細身の剣、もう片方はメイスを持っている。

 どちらも防具らしい物は着けておらず、服装も旅に出るようなものではない。メイスを持った女は明らかに寝間着姿だ。

 フカフカの光に眩しそうに目を細めた二人の女は、キロ達を見てほっと息を吐く。


「地図師か。助かった」


 洞窟道で出くわすにはおかしな身なりの女二人に怪訝な顔をするキロ達へ、メイスの女が声をかけた。


「少しでいい、食べ物を恵んでくれないか? それと、トットに救援を出してもらいたいんだ。地図の複製を頼めないだろうか?」

「待って、先に事情を聞かせて」


 ミュトが遮ると、細身の剣を持った女が来た道を振り返った。


「町が魔物に襲われたんだ。上層にいたはずのムカデの守魔にね」

「……右前脚が無くなってたりした?」

「左足が三本無くなってたけど、右足はあった。心当たりがあるのか?」


 キロ達は顔を見合わせる。

 左足を三本切り落とされたムカデの魔物、心当たりがあるどころではない。

 ――なんでこんなところに?

 キロの袖をミュトが引っ張った。


「ランバルが言ってた。守魔の姿が見えなかったって、もしかして……」

「縄張りを移したのか? でも洞窟道は狭すぎて通れないはず――」

「通れる道が新たに出来たのかもしれませんよ?」


 キロとミュトの話にクローナが割って入る。

 キロはフカフカに通訳を頼み、メイスの女に問いかける。


「この辺りで新しい洞窟道ができてないか?」

「出来てる。二週間前に地図師が更新したばかりだってのに、新しい洞窟道が私達が見つけただけで七本だ。おかげで救援を呼びに行く道が分からなくなって困ってる」


 メイスを持った女がキロ達に背を向けた。


「その様子だと、あんた達は町に向かう途中だったんだろ? 避難所に案内するから付いてきてくれ。地図の複製はそこで頼む。守魔についても何か知ってるみたいだし、話してもらうよ」


 有無を言わせぬ口調で言って、メイスの女は洞窟道の奥へ歩き出す。

 細身の剣を持った女が肩を竦めて、キロ達に軽く頭を下げた。


「怪我人が大勢出てね。誰も死ななかったのが奇跡的なくらいなんだけど、イライラしてるみたい。悪く思わないでね」

「守魔は今、町に?」


 ミュトが問うと、細身の剣を持った女は頷く。


「四日前の朝かな。洞窟道からいきなり入ってきて、逃げるので精いっぱいだったんだ。襲撃だ、という声で武器だけ持ち出して来れた私みたいなのもいるけど、ほとんどは守魔が暴れた時の瓦礫やらで怪我して、武器を持ち出して抵抗した奴はほとんどが重傷だよ」


 あれには参った、とため息を吐いて、細身の剣の女は町の方角を睨む。


「私達は元傭兵だったり地図師だったり、そんな連中ばかりだけどさ。上層の魔物って言っても守魔が相手だと分が悪すぎる。地図さえ持ち出せずに町を逃げ出したら……あれがお出迎えだ」


 洞窟道の先を指さした細身の女につられて、キロは視線を向ける。

 体長五メートルはありそうなモグラの魔物の死骸が転がっていた。胴体の半ばに大穴が開き、食われた跡がある。

 モグラの死骸の奥には体長八メートルのトカゲらしき魔物の姿。ワニと言われた方がしっくりくるトカゲの魔物は尻尾をかみ切られている。


「守魔の仕業だ。町の周辺で食い荒らしたようで、そこらじゅうに転がってる」


 舌打ちしたメイスの女が忌々しげに町の方角を睨む。


「早く討伐しないと土壌も水質もあいつの食べかすで汚染される。でも、強すぎて手に負えない」


 氷穴の近くだけあって気温が低く腐り方も緩やかではあるが、猶予は残り少ない。

 時間に背中を押されるように、女達は速足で洞窟道を進む。

 つくづく面倒事に巻き込まれるな、と思いながら、キロ達は後をついて行った。


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