第三十六話 次の目的地
「やっぱり、上を目指してたか」
行商人に二千円札を売り渡した後、キロ達は宿に戻って話を整理した。
千円札を持ち込んだのは黒髪の少女であり、懐中電灯の持ち主でほぼ確定した。
行き倒れていた尾光イタチ、サラサラの証言通り、無数の光虫が周囲を舞っていて怪しさ満点だったそうだ。
身振り手振りで千円札を売り渡した彼女はかなりの資産を持っていた。
彼女の資産に目を付けた傭兵が雇われようと声をかけるも無視された話もある。
トットに到着した時点でも言葉は理解できず、無視するしかなかったのだろう。
無数の光虫を連れている黒髪の娘は目立つため、その後の足取りもたどり易かった。
トットで日持ちする食料品と服を買いあさった彼女は宿にも泊まらずに出発している。
洞窟道で見かけた者の話では、登り道に差し掛かると行き止まりが見えていても必ず登って何事かを確認していたという。
魔物に襲われて明かりを落とした者が彼女と出くわし、光虫を分けてもらったという話もあった。
彼女の目撃情報は次第に最上層の上部に集中し始め、最後は未踏破層との境をうろうろしているのを目撃されている。
最上層をたった一人でうろつく彼女は傭兵や地図師の間で噂になっているらしい。
おかげで後を追いかけるのに苦労しないで済んでいるが、一つ気がかりなことがある。
「未踏破層に入っていないといいんだけど……」
キロの懸念を読み取ったわけでもないだろうが、ミュトが呟く。
ミュトは最上層級の地図師であり、未踏破層には登る事が出来ない。
未踏破層へ登るためにはラビルと同じ特層級になる必要がある。
「ミュトさんはラビルさんから一本取ったんですから、戦闘能力では合格ですよね?」
クローナが言う通り、ミュトは滝壺の街での昇格試験でラビルから一本取っている。
だが、キロは首を振った。
「あれは。最上層級の昇格試験だから、ラビルさんが手加減してたんだよ。その証拠に、ランバル護衛団の五人を受け止めるために展開した即席の網をミュトに使っていれば、奇襲が失敗した時点で負けが決まってた」
「確かに、そうですね」
キロの指摘に、クローナは引き下がる。
「ミュト、特層級になるには何が必要なんだ?」
「その事なんだけど、あまり気にしなくてもいいんじゃないかなって、思うんだ」
キロの質問に、ミュトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「最上層と未踏破層って明確な区別がないんだよ。だから、間違って足を踏み入れちゃう事もあるよねって事で」
内緒だよ、とミュトは唇に人差し指を当てる。
キロは苦笑した。
「そんなズルして良いのか?」
「ズルじゃないよ。もともと、特層級は未踏破層を専門に調査する権利があるだけで、最上層級でも調査自体は可能なんだ。ただ、最上層級になるような人は名誉欲の塊で未踏破層ばかり探索しがちだから、地図更新を促すために未踏破層に入りびたりになれないだけだよ」
ミュトは言い訳のように言葉を連ねるが、表情からは本音が見え隠れしている。
最上層まで来た以上、一刻も早く空を見つけ出したいのだ。
違反にならないのであれば別にいいか、とキロは目を瞑る。
「そういう事なら、今は上を目指そうか。懐中電灯の持ち主も気になる事だし、空があるとしても上を目指さないといけないからな」
「問題は旅費であるな」
フカフカが口を挟み、隣の部屋とを仕切る壁を見る。
キロの記憶が正しければ、ロウヒ討伐組が予約した部屋があるはずだ。
「ロウヒ討伐組と道が被ると宿を取り難くなるうえ、食料品も品薄となり高くつくであろう」
「遠回りしてロウヒ討伐組を避けながら上を目指すって事ですね」
クローナがフカフカの後を引き継いで結論を口にすると、ミュトは眉を八の字にしてキロを横目で窺った。
困った顔のミュトに、遠回りする事に異論をはさむ気がないキロは首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「遠回りすると、町までは二、三日野宿するのが当たり前になると思うんだ……」
野宿と聞いて、キロは思わず苦い顔をする。
十日間野宿したばかりだ。不便は身に染みている。
しかし、金がないのも事実であり、手っ取り早く稼ぐ手段もあまりない。
そもそも、金があってもロウヒ討伐組が各地で宿を予約している事が予想される。宿をとれなければ、結局は野宿するしかない。
潔く諦めて、野宿に備える方が賢明だろう。
「干し肉と漬物と乾パン、後は飲み水を買わないとな」
キロがため息交じりに呟くと、野宿を受け入れたと悟ったのだろう、ミュトはほっと溜息をついた。
その時、クローナが難しい顔で挙手した。
「野宿する事が分かっているなら、食料品の他にお鍋とまな板と包丁が欲しいです」
何を言い出すかと思えば、調理器具を欲しがるクローナに、キロは両腕を交差させてバツ印を作る。
「かさ張るから却下」
「いいえ、譲りません。譲りませんとも! 野宿の最中なら私がどんなものを作ってもキロさんは食べてくれるはずですから!」
「何を食わせるつもりだ!」
手料理をふるまう人間の口から飛び出したとは思えない言葉にキロはすぐさま突っ込みを入れる。
「もちろん、料理と呼ばれるものです。広い意味で」
「料理の定義に広いも狭いもあるか!」
「野草を使わない料理は自信がないんですよ。大丈夫です、食べられるはずなので」
「野草……羊飼い時代の話か」
「いえ、子供の時、村にいた頃の話です」
クローナは昔村を救った冒険者に渡されたというモザイクガラスの髪飾りを撫でながら、キロの予想を訂正する。
「ね、ねぇ、二人とも……」
ぽんぽんと言葉を交わしていたキロとクローナだったが、話についてこれていないミュトに声を掛けられ、顔を向ける。
ミュトは首を傾げて、不思議そうに二人に問う。
「野草って何?」
「……あぁ、ここにもカルチャーギャップが潜んでた」
キロは額を抑えて天井を仰ぐ。
フカフカがミュトに振り向いた。
「人に育てられていない、野生の植物の事だ。我ら尾光イタチが住処にしておるような小洞窟になら生えておるが、一般的には見かけぬだろうな」
「へぇ……。キロ達は物知りなんだね」
洞窟世界基準で尊敬の目を向けられて、キロはクローナともども複雑な顔をした。
それはそれとして、とミュトは話を戻す。
「調理道具を持っていくのはボクも賛成かな。食事が味気ないと野宿はつらいから」
「それもそうなんだが……」
まともな料理を食べる事ができるならの話だろう、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、キロはクローナを見る。
その時、キロは解決する方法を思いついた。
「――俺も手伝えばいい話か」
「キロさん、料理なんてできたんですか?」
「一人暮らししてたからな。一通りはできる」
クローナが警戒するように身構える。
「キロさんは器用なので、油断なりません。一通りなんて言って料亭並みの料理をずらりと並べるくらいやってのけそうです」
「それなら嬉しいな」
ミュトがニコニコと期待を込めた視線を向けてくるが、キロは首を振った。
「金をかけない料理しか作った事がないから、あんまり期待するな」
調理器具を買う事を決め、キロ達は細々とした買い物計画を立てる。
最後に、次の目的地を決める段階となり、ミュトが見に行きたい場所があると言い出した。
「最上層は景観が優れた町がいくつかあるんだけど、最上層の中部に氷穴があるんだ」
「氷穴ってなんですか?」
「水が流れ出て、凍り付いた氷がそこかしこにある洞窟である。氷を砕き、糖蜜をかけて食す事ができると聞く。かなり高価なようだがな」
――かき氷か。
キロは想像がついたが、クローナは首を傾げている。
ミュトはずいぶん楽しみにしているようだ。
「他に目的地もないし、いいんじゃないか。かき氷を食べに行くのも」
「……なんで、かき氷って料理名を知ってるの?」
ミュトが怪しむようにキロを見た。
「俺がいた世界でもあったから。毎年夏になると近所の祭りでも食べられた」
ミュトがクローナの耳に口を寄せ、内緒話をする。
「キロ、料理に詳しいかもしれないよ?」
「そうみたいですね。気合を入れて作らないと、乙女としての尊厳にかかわる問題に発展しそうです」
何やら覚悟を決めたように頷きあったクローナとミュトは、部屋の端に歩いて行って協議を始める。
キロは困惑しつつ、フカフカに視線をやる。
「別に男が料理してもいいだろ?」
「お前が器用貧乏で料理だけが人より秀でているというのなら、それも可愛げがあるだろうな」
フカフカは成り行きを楽しむように尻尾を振り、窓際に飛び移って三人を眺め出すのだった。




