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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三十四話  尾光イタチの証言

「癖になる味じゃ。あぁ、生き返る」


 尻尾をぶんぶんと振りながら、青みがかった黒い体毛を持つ尾光イタチがキロの人差し指に吸い付いている。

 同じく尾光イタチだが褐色の体毛を持つフカフカとは違い、さらさらした体毛を持つその尾光イタチはキロ達を追いかけていた人魂の正体だ。

 フカフカが正体に気付いていなかったはずはなく、いまはからかった罰としてミュトに頬を伸ばされている。

 キロは人差し指に吸い付いて恍惚の表情をしている尾光イタチを見下ろして、ため息を吐く。

 しばらく食事をしていなかったために魔力が足りず、省エネモードで光っていたところにキロ達が通りかかり、追いかけてきたらしい。

 人魂のような青白い光は省エネモード故との話だった。


「ちなみに我のような五つ名持ちは白色光のままで魔力や光量を調整できるのだ。我の技術を褒め称え――ミュトよ、それ以上我が頬を伸ばすな。ダンディズムの権化たる我の顔が台無しになるではないか」


 フカフカの抗議を無視して、ミュトはキロの指にむしゃぶりついている尾光イタチに声をかける。


「そもそも、なんで行き倒れたりしたの?」


 キロも気になっていた事だ。

 野生の尾光イタチが何を食べているのかは知らないが、人語を介する以上、緊急避難的に人里に下りる事も可能だろう。

 キロの指から口を放した尾光イタチは、良い質問じゃ、と教師然とした偉そうな口調で返す。


「もう四か月前になるか。黒い魔女がこの道を通ったのじゃ」


 ――黒い魔女ってなんだ?

 知らない単語が出てきて、キロはミュトに視線で問う。

 しかし、ミュトも聞いたことがないのか、首を傾げていた。

 キロ達の反応が不可解だとばかり、尾光イタチは尻尾で地面を叩く。


「知らぬわけではあるまい? この男と同じ黒髪の女だ。目が眩むほどの魔力を纏った特殊魔力の使い手じゃ」


 黒髪の女と聞いて、キロの鞄に視線が集まった。鞄の中には懐中電灯が入っている。

 キロは懐中電灯を取り出し、電池カバーを外して裏面を尾光イタチに見せた。

 カバー裏に張られたプリクラをまじまじと見つめた尾光イタチは、目を細める。


「猫を被っておるが、確かにこの娘じゃ」


 必要のない情報を頭に付けつつ、尾光イタチが証言する。

 最上層の街トットで目撃された懐中電灯の持ち主がこの道を通ったらしい。

 ミュトが地図を広げ、眉を寄せる。


「四か月前の地図だと、この洞窟道はまだ発見されてないよ。ここが発見されたのは二か月前だね」

「四か月前に掘削型魔物が開けたのだ。直後に黒い魔女が殺していきおった」


 掘削型魔物が殺された光景を思い出したのか、尾光イタチはぶるりと身を震わせる。

 フカフカが鼻先を洞窟道の先に向けた。


「この坂を上り切ったところにある死骸がその掘削型魔物か?」

「うむ。勝負にならんかった。たった一人の人間が上層の掘削型魔物を即死させるなど、今でも信じられん」

「え、一人?」


 キロは耳を疑った。

 尾光イタチは翻訳を頼むようにフカフカを見る。


「その娘について詳しく聞かせろ」


 尾光イタチが前足で顔を洗う。


「思い出せるような、思い出せないような。あぁ、腹が減ったのじゃ」

「その男の魔力ならばいくらでも食うがよい。このゲテ物好きめ」

「儂もこれほど不味い魔力は食べたくないのじゃ。だがな、これほど栄養が豊富となると空きっ腹には格別じゃからなぁ」


 キロの魔力を貶しながら、尾光イタチは〝不味い魔力〟をむさぼり始める。


「黒い魔女は一人でこの道に現れたのじゃ。常人の数十倍の魔力を纏い、魔力に引き寄せられた無数の光虫が魔女の周りを照らしておった。魔女は気持ち悪そうに光虫を睨み、ときおり追い払っておった」


 喉を潤すようにキロの魔力を口にしながら、尾光イタチは話し出した。


「ほとんどの魔力は特殊魔力で確保したようじゃ」

「どんな特殊魔力だったの?」


 ミュトが口を挟むと、尾光イタチは困ったように首を傾げた。体が硬いのか、上半身まで若干傾いている。


「儂の見立てでは特殊魔力に触れた魔力を制御下に置く効果があるようじゃ」

「つまり、どういう事ですか?」


 いまいち効果が分からなかったのか、クローナがミュトに訊ねる。

 ミュトがクローナの言葉を翻訳すると、尾光イタチはクローナに向き直った。


「マッドトロルという魔物は知っておるかの?」


 少し前に死闘を繰り広げたばかりだ。知らないはずはなかった。

 クローナが肯定の意を込めて頷く。


「黒い魔女の特殊魔力は、マッドトロルを覆う泥に込められた動作魔力を触れただけで根こそぎ奪い取れるのじゃ」


 マッドトロルを覆う泥は動作魔力で保持されている。動作魔力を奪われた場合、泥を維持できずに崩れ去り、本体の虫は無防備となる。

 村の防衛戦に懐中電灯の持ち主がいれば、キロ達が苦労する事もなかっただろう。

 丸裸にされたマッドトロルを思い浮かべながら、キロは呟く。


「……反則的な効果だな」


 特殊魔力の多くは反則的な強さを誇り普遍魔力では再現できない。

 だが、触れただけで魔法を無効化して魔力ごと奪い去るという懐中電灯の持ち主の特殊魔力はえげつなさが群を抜いている。


「光虫から魔力を奪っていなかった事から察するに、体外に放出された魔力しか奪えないようじゃがな」


 ふむ、とフカフカが鼻を鳴らす。


「魔法が一切効かぬという事か。キロよ、その肖像画の娘が死んでおるとは思えぬぞ」

「いや、物理的な攻撃、たとえば剣で斬られたりすれば死ぬだろ」

「常人の数十倍の魔力を操れる娘が殺し合いで後れを取るとは考えにくいが……罠にかかって死ぬことはあるかもしれんな」


 納得がいかない様子のフカフカを見下ろして、ミュトが口を挟む。


「一人でいたって事は、道に迷って餓死した可能性もあると思うよ」

「ありうる話であるな。キロと同じく言葉が話せぬのでは、地図を手に入れる事は出来ぬだろうし、読み方を教わる事も出来ぬ」


 ミュトの予想に信憑性を認めて、フカフカは口を閉ざした。

 そんなことより、と尾光イタチが尻尾で地面をぺしぺしと叩く。


「貴様、黒い魔女の身内か? おかげで儂はひどい目にあったのじゃ」

「いまの話を聞く限り、酷い目には合ってないようですけど?」


 唐突に抗議を始めた尾光イタチに、クローナが今までの話を思い出しながら問い返す。

 尾光イタチはいつの間にか白色光となった尻尾の光で洞窟道を端から端まで照らす。


「見てみるがよい。魔物はおろか、虫すらおらんじゃろう!」

「そういえば、魔物が多い地域と聞いたのに、全く見ませんね」


 クローナが尾光イタチの光を追いかけて洞窟道を見渡し、首を傾げた。

 鍾乳窟の町でミュトが魔物の多い地域だと言っていたが、疫病にかかっていない町を探すために移動している間も一度も魔物と遭遇していないことにキロは気付く。

 尾光イタチは我が意を得たり、と怒りで尻尾の毛を逆立てる。


「黒い魔女が光虫を引き連れていったせいで儂の獲物がいなくなったのじゃ!」


 フカフカが胡乱な者を見る目で尾光イタチを見た。


「おぬし、光虫なんぞを食しておるのか? ゲテモノ好きも度が過ぎれば腹を壊すぞ」


 尾光イタチは信じられない言葉を聞いたようにフカフカに視線を移す。


「すべてが明るみに出るかのようなはっきりと主張する光虫の魔力ほど美味い物はなかろう?」

「……舌の調子でも狂っておるのではないか?」

「……貴殿こそ、胃でも患っとるんじゃないか?」


 互いを心配そうに見つめた二匹は、ふっと勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 そして、声をそろえて独り言を呟いた。


「哀れな奴め」


 実は気が合うのではないかと疑いつつ、キロはミュトに翻訳を頼んで尾光イタチに質問を投げかけた。


「その女の子がここを通ったのは一度きりか?」


 懐中電灯を媒体にこの世界に来た時、キロとクローナは上層の下端に出た。

 死体は結局見つかっていないため、懐中電灯の持ち主の死体が食われた可能性は未だに消えていない。

 懐中電灯の持ち主が二度ここを通ったのであれば、最上層から引き返して上層で死亡した可能性が出てくる。

 しかし、キロの推理を否定するように、尾光イタチは首を振った。


「四か月前の一度きりじゃ。あれほどの魔力を纏った者が通れば嫌でも気付く。見逃しはせぬ」


 尾光イタチが断言する。

 キロはため息をつき、上を向いた。

 ――トットに行くしかないか。


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