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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第三十一話  ランバル・リークス

 試験がミュトの合格で終わり、場の空気が緩んだ瞬間、大盾の男が観客席から洞窟道を見下ろした。


「――おい、ラビル、終わりか?」


 声をかけられたラビルが不満そうな顔で大盾の男を見上げた。


「ランバル、酷いじゃないか。大舞台が台無しだよ」


 ラビルが呼んだ名前を聞き、キロは大盾の男を見る。

 キロに続いてクローナも驚きの表情でランバルと呼ばれた大盾の男を見た。 

 キロとクローナの反応からランバルを知らないのだろうと見当をつけた受付の男が小さな声で紹介する。


「ランバル・リークス、オラン・リークスのひ孫にあたる人物です。もっとも、オラン・リークスの名を出さずに護衛団を作り、瞬く間に今の規模にまで大きくした傑物ですから、比較しない方がいいですよ」


 キロはランバル・リークスを観察する。

 鎧は纏っていないというのに、重装甲という言葉がぴったりとあてはまるような男だ。

 ランバルはラビルの抗議を鼻を鳴らして一蹴する。


「ラビルは何やったって地味だろうが。それより、受け取れ」


 観客席からラビルに向けてランバルが放り投げたのは、人だった。

 ラビルが慌てて金属板が連なる糸を展開し、即席の網を作って投げ落とされた人物を受け止める。

 ラビルが受け止めたのを見て取ると、ランバルはさらに四人、小枝でも扱うように投げ入れた。

 最後には自らが観客席から飛び降り、洞窟道へ着地する。数メートルの高さがあるはずだが、平然としていた。


「ランバル、どうしたんだい。団員を粗末に扱うなんて君らしくないじゃないか」


 受け止めた五人を地面に降ろしながら、ラビルが不思議そうな顔でランバルに問う。

 観客席で成り行きを見舞っていたキロは、クローナに袖を引かれて、無言のまま頷いた。

 ランバルによって洞窟道へ投げ込まれた五人は、守魔の足を盗み出した護衛団の面々だった。

 ――盗み出したとバレたのか。

 自業自得だ、とキロはミュトに手を振って、観客席に上がってくるよう促す。

 ランバルを恐々と見ていたミュトは、キロに気付いてほっとしたように手を振りかえし、壁に備え付けの梯子へ向かう。

 ランバルは肩を回すと、投げ込んだ五人を鋭い眼光で射貫いた。


「聞きたい事はいくつかあるが、まず最初に――」


 細めていた眼を見開くと、ランバルは鬼の形相で五人へ一歩踏み出す。

 まるで巨大な壁が動き出したような圧迫感が洞窟道の空気を動かし、観客席へ風となって吹き抜けた。


「よくも儂らに恥を掻かせたな」


 地の底から響くような重低音がランバルの喉から溢れ出る。


「お前らが切り落としたという守魔の足を見させてもらった。お前らの腕であんな芸当ができるわけないが、一応試してやる」


 言うや否や、ランバルは両肩に下げていた大盾を降ろす。地面が揺れ、大盾がめり込んだ。

 二枚の大盾にはわずかな隙間がある。

 ランバルは大盾の隙間を指さし、護衛団の五人を睨んだ。


「この隙間に剣を通してみろ。動作魔力を使った全力の素振りでだ。守魔の足を、関節部分だけ狙い澄まして切り落とした奴なら造作もないだろ。動かないんだからな」


 大盾を岩石のように筋張った拳でごつごつと叩き、失敗したなら大盾の代わりに殴り飛ばすと無言でアピールする。

 怯えて動けないでいる五人組に苛立ったランバルが急かすと、五人組はへっぴり腰で立ち上がった。

 観客達が白けた視線を五人組に送る。

 人間相手に怖がっているようでは、守魔の足を切り落とすことなど到底不可能だからだ。

 すでに五人組が嘘を吐いている事は見抜かれていた。

 それでも、ランバルはチャンスを与えるつもりらしく、大盾を示す。

 五人組のうち一人が剣を構え、大盾の隙間を狙って振り下ろす。

 ガンッと音を立てて、剣が大盾に弾かれた。


「――次!」


 失敗した団員を殴り飛ばして、ランバルは残りを睨む。

 次々に失敗しては殴り飛ばされ、開き直った最後の一人の一振りが大盾の側面を削りながらも隙間を通った。

 しかし、ランバルはこめかみに青筋を浮かべる。


「全力で振れって言ってんだろうが! ごまかしが通じると思ってんなら守魔の縄張りに放り込むぞ⁉」


 隙間を通すために動作魔力を十分にこめていなかったことを見抜かれて、最後の団員はもう一度大盾の隙間に挑戦する。

 鈍い音を奏でて剣が弾かれ、最後の団員は手の痺れに堪えかね、剣を取り落とす。

 ランバルの鉄拳制裁が最後の団員を殴り飛ばした。


「バカ共が、こうすんだよ」


 ランバルは落ちていた剣を片手で掴むと、無造作に振る。

 動作魔力が込められた全力の斬撃は、空気に悲鳴を上げさせながら大盾の隙間を通った。

 大盾の隙間を縫った剣が地面を深くえぐる。威力の程が知れた。

 自らが出した試験とはいえ、決して弱くはないはずの五人ができなかった事を造作もなくやってのけたランバルに観客達がおぉ、と感嘆する。

 ランバルはつまらなそうに剣を五人組に投げ渡し、腕を組む。


「お前らの処分は後程決める。それはそれとして、守魔の足を切り落とした奴の顔は見たか?」


 ランバルの声は大きく、質問は観客席まで聞こえた。

 クローナがピクリと肩を跳ねさせる。

 ラビルが首を傾げた。


「ランバル、もしかして気付かなかったのかい?」

「……何の話だ?」


 ランバルが眉を寄せてラビルに問う。

 ラビルは観客席のキロ達を見上げた。


「守魔の足を切り落としそうな使い手なんて限られるだろう?」


 ラビルと目があったキロは、さっと目をそらして梯子をあがってきたばかりのミュトの手を取る。

 退散した方がよさそうだ、と判断したのだ。

 しかし、時すでに遅く、ランバルがキロ達を見つけて声を張り上げる。


「そこの三人、話を聞きたいから降りて来い!」


 キロが苦い顔でラビルを見ると、にこやかに手を振りかえされた。

 仕方なく、キロはクローナとミュトを連れて洞窟道に降りようとする。

 しかし、梯子の手すりに手をかけたキロに、ラビルが声をかけた。


「回りくどい事をしてないで壁を走って降りてきなよ」


 キロは深々とため息を吐く。

 面白い見世物を見るように、集まった傭兵や地図師がキロに注目しだした。

 ランバルが怪訝な顔でキロを見上げている。

 ラビルは口元だけにこにこと笑っているが、目には何かを企むような光があった。

 クローナがキロの背中に手を当てる。


「たぶん、私達が守魔の足を切り落としたって気付かれてますよ」

「そうみたいだな……」


 キロは梯子の手すりから手を放し、観客席から飛び降りざま体を捻って壁に足をつける。

 驚きに目を見張る傭兵や地図師の注目を浴びながら、キロは壁を軽く走って、地面に降り立った。

 まばらに拍手が上がり、キロはげんなりする。

 キロの連れであるクローナに注目が移った。


「あれ、私も何かやらないといけない流れですか?」


 曲芸染みたキロの動きを前座と受け取った観客達の視線を受けて、クローナは少し戸惑った後、杖を掲げる。

 観客席から洞窟道へ跳躍したクローナは、瞬時に巨大な水球を生み出し、動作魔力で水流を作ると同時に石壁を出現させて水流に浮かべる。

 石壁をサーフボードのようにして、クローナは流麗に洞窟道へ降り立った。

 魔法を使った派手な着地に喝采が上がる。まんざらでもないのか、クローナは子犬のような顔をキロに向けた。


「はいはい、すごいすごい」

「そんな投げやりに褒めてもらっても嬉しくないですよ!」


 クローナがキロの胸をポカポカ叩く。

 視線がクローナに集中している内にこっそりと梯子を伝って下りてきたミュトがキロ達に苦笑する。

 ランバルはキロと壁を交互に見て、小さく唸った。


「器用な事しやがる」


 ランバルはキロを上から下まで眺め、ラビルに不審そうな目を向ける。


「このひょろいのが守魔の足を三本切り落としたってのか?」

「人は見かけによらないものだよ。自分が証明しているだろう?」


 そういって自身の胸を叩くラビルに、ランバルは深々と頷く。


「地味なラビルが言うと説得力があるな」

「地味じゃないよ!」

「お前が言ったんだろうが」

「そうだった……!」


 言葉の応酬の結果、落ち込んだラビルを放っておいてランバルがキロを見る。

 物は試しだ、とランバルは大盾を指さした。


「その槍の刃を通せるか?」


 ――簡単に通せそうなんだけど。

 キロは護衛団五人組を横目に見る。

 ――これだけの幅があって失敗するとは思えないし、緊張していたんじゃないか?

 後ろめたいところもなく緊張とは無縁のキロは、槍を片手で構え、脇で挟んで固定する。

 右足を踏み出して上半身を捻りながら、動作魔力を通した槍を突き出せば、大盾の隙間を貫いた。

 即座に槍の柄を開いていた手で握り、半回転させる。

 大盾の隙間を下から上に切り裂いた槍の穂先はヒュンと風を鳴らしながらキロの背後へと回る。

 槍を回転させながら、キロは左足を踏み込んで跳躍した。

 動作魔力を使った跳躍は素早く、大盾の上を飛び越える軌道を描く。

 キロは後ろへ回った槍の穂先をさらに回転させ、跳躍しながら大盾の隙間を上から下に切り裂いた。

 着地したキロは槍を半回転させて威力を殺し、肩に担いで振り返る。

 ぽかんと口を開けるランバルと、五人の護衛団、ニヤニヤとランバルを見て笑っているラビルがいた。

 ミュトとクローナは特に反応もない。簡単にやってのけるだろうと最初から予想していたからだ。フカフカなど最初から見もしないでミュトの首に巻き付いて、寝に入っている。

 ランバルが額に手を当て、天井を仰いだ後、盛大なため息を吐く。


「守魔の足を三本、切り落とすくらいはやってのけそうだな。文句なしに最上層でやっていける腕だろ。なんで今まで噂になってなかったんだよ、お前さん、今までどこにいた?」


 異世界にいました、と素直に告白する気もないキロは、曖昧に笑っておくに留めた。

 ランバルは腕を組み、真剣な目でキロを見つめる。

 そして、ランバルはラビルやミュト、クローナを見回した後、瞼を閉じて黙考した。

 しばらくして、意を決したようにランバルは切り出す。


「守魔の討伐隊に加わらないか?」


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