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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界
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第七話  初戦闘

 教官との一幕のせいで、ギルド内は少し騒々しい。

 受付の男性もキロ達がいると騒々しさが増す一方だと考えたのか、依頼書を押し付けてきた。


「この間、樹液を採取した樹にこも巻をお願いします」


 大雑把に依頼内容を告げて、受付の男性は業務に戻った。

 こも巻に使う藁束は、ギルドにあらかじめ納品されたものを使えばいいらしい。

 支給された藁束を台車に乗せ、クローナと共にギルドの外に出た。

 念のため、道を見回す。

 どうやら、教官達は待ち伏せをしていないらしい。

 鉢合わせすると面倒なので、キロ達は依頼を達成すべく早足で町を後にした。

 防壁を潜って、森へと歩く。

 キロ達同様に依頼を受けたのか、何人かの冒険者が追い抜いて行った。

 クローナを先頭に森の中へと入る。

 ついこの間来たばかりだというのに、どこに樹があるのかキロにはよく分からない。


「方向音痴さん、こっちですよ」

「外付け方向感覚さん、そっちですか」


 ちょいちょいと手招きするクローナと軽口を交わし、木の根をまたいで歩く。


「元の世界でもよく迷子になったんですか?」

「幸いにも人生と女の子には迷わないでいられたよ」


 気の利いたセリフを言い返そうとでもしたのか、知恵熱が出そうな赤い顔で考えた後、クローナは言い返した。


「……妙な答えを返さないでください」


 クローナの後ろをついて歩き、一本目の樹にたどり着く。

 樹の幹にぐるりと藁を括り付けた。

 腰巻のようになった藁の中に虫達が集まるのを待って、焼き捨てる事になるだろう。


「外す時にも依頼が出されそうだな」

「この手の依頼は連続しているので、助かりますね」


 次の樹へと移動しながら、言葉を交わす。

 森の入り口近くであるせいか、魔物はおろか動物すら見かけない。

 台車が根っこに乗り上げ、藁束を落としたりしながらも、キロ達は樹に藁を巻きつけていく。

 最後の樹へと向かう途中、クローナが足を止めた。


「この間、鳥の魔物に襲われた場所に向かいます。一応、注意しておいてください」


 杖の握りを確かめながら、クローナが注意を促す。


「万が一、出くわしたら木の上に逃げるって事でいいな?」

「藁束を忘れないでくださいね」


 随分と少なくなった藁束をクローナが指差した。

 依頼を達成するためには、藁束を紛失するわけにはいかない。

 周囲により一層気を配りながら進み、最後の樹に到着したキロ達は作業に入った。

 キロから藁を受け取ったクローナが樹の反対側に回り込む。

 抱きつくようにして藁を樹の幹に固定し、キロがロープで縛る。

 作業を終えたキロは持ち運びやすいように予備のロープを袈裟懸けにした。


「よし、帰るか」


 台車を押しながら、キロはクローナに声をかけた。

 しかし、クローナに服の裾を掴まれ、止められる。

 振り返ってみれば、クローナが難しい顔で茂みを見つめていた。


「……縄張りになってます」


 クローナが茂みを指差す。

 キロは首を傾げつつ、茂みを観察した。

 深緑色の葉が手入れを怠った生垣の様になっている。よくよく見れば、地面が掘り返されている事に気付いた。


「鳥の魔物か?」

「あれは徘徊するだけで、縄張りを持ちません。主張の仕方から見て、グリンブルだと思います」


 種類を言われても、キロには全く分からない。

 翻訳されないのだから当然だ。


「その、ぐりんぶる? っていう魔物はどんな奴なんだ?」

「グリンブル、猪に似た魔物です。全身が金色に光っていて、飛ぶように走ります。草食ですけど、木の皮を食べてしまうので……」


 こも巻を施した樹を見て、クローナが言葉を濁す。

 縄張りにこの樹がある以上、食べられてしまいかねない、と言いたいのだろう。


「討伐した方がいいんだろうな。だけど、勝てないだろ」

「ですね、ギルドに報告して、判断を仰ぎましょう」


 命あっての物種だと、キロ達は撤退を決めた。

 魔物が戻ってくる前に離れようと、キロ達は移動を開始する。


「グリンブルって魔物は強いのか?」

「魔物ですから強いですよ。動作魔力を使って身体能力を上げるくらいしかしませんけど、普通の動物とは比べ物になりません」


 クローナの話では、グリンブルは動作魔力を用いた破壊力のある突進や牙を高速で振り回すなどの攻撃をするらしい。

 現象魔力を用いた火球などの魔法を使用しない、体術一辺倒の魔物だという。


「魔力溜りから生じて何年も経っている古い個体は体毛が銀色になるそうです。手間をかけて処理すると上質な敷物になるとか、ならないとか」

「曖昧だな」

「雲の上のお話ですから。キロさんのその槍を一万本は買える程の値が付くはずです」

「……討伐して皮を売れば――」

「専門の職人さんがいる街でないと買い取ってくれませんよ。半日以内に処理を始めないとボロボロになるそうです」


 ――ちっ、一攫千金かと思ったのに。

 当てが外れて、キロは舌打ちした。

 未練がましく縄張りを振り返った時、木々の合間から何かが転がり出てきた。

 ギュウともキュウともつかない鳴き声をあげたその生き物は、混乱した様に羽をばたつかせる。

 いつか見た、鳥型の魔物だった。


「クローナ!」


 名を呼ぶと共に、キロは魔法で壁を生み出す。

 クローナが壁の上へと上がった瞬間、慌てたように転がり落ちた。


「――って、おい!」


 下にいたキロは既のところでクローナを受け止める。

 しかし、クローナは礼を言う時間も惜しいとばかり、藪を指差した。


「キロさん、グリンブルが突進してきます。屈んでください!」

「――屈む?」

「あぁ、もう!」


 屈んだ体勢では咄嗟に避けられない、と反論しようとしたキロの頭を、クローナが押さえつける。

 無理矢理に屈まされたキロは見た。

 木の幹を足場にして飛ぶように突進する、体長二メートル近い金色の猪の姿を。

 ――飛ぶようにというか、滑空してないか、あれ⁉

 ムササビの様に木々の間を飛んできたグリンブルが鳥型の魔物に頭突きし、着地した瞬間に頭を一振り、下顎から上に向かって突き出た牙で突き刺した。

 鳥型の魔物は胸を牙に突き破られ、血を流しながらもがいている。

 グリンブルはもがき苦しむ鳥型の魔物を鬱陶しそうに木の幹に叩きつけた。

 鳥型の魔物の体から力が抜け、絶命する。

 グリンブルは思い切り頭を振り、牙から鳥型の魔物を振り落した。

 べちゃり、と湿った音を立てて鳥型の魔物の死体が地面に落ちた。

 死体に興味はないのだろう、グリンブルはキロ達を次の獲物と定めたらしく、じろりと睨む。


「……なぁ、逃げ切れる気がしないんだが」

「同感です。本来は逃げる相手を追いかけたりはしない魔物なんですけど、殺気立ってますね」


 鳥型の魔物との戦闘が終わったばかりだからだろう、グリンブルは据わった眼をして鼻息荒くキロ達を睨んでいる。

 背中を見せたが最後、牙を突き立てられる未来しか見えなかった。


「倒すか、追い払うかしないとだめだな」


 腹をくくって、キロは槍を構えた。

 柄の中心に左手を添え、やや後ろを右手で握る。


「胴体を狙ってください。頭はかなり硬いはずです」


 クローナはキロに助言しつつ、魔法を放つ準備をしているようだった。

 ――注意をひきつけるのが俺の役目か。

 キロはグリンブルを見据えながら、少しずつ横に移動する。

 グリンブルの注意をクローナから少しでも移すためだ。

 グリンブルと目が合うと、キロの心臓が早鐘を打ち始めた。

 鳥型の魔物に一撃を食らわせた時とは違う、正面切っての対決に緊張しているのだ。

 手にかいた汗を服で拭った瞬間、グリンブルがキロに向かって突進してきた。

 槍からキロの片手が離れた事を隙と取ったのだろう。

 グリンブルにありったけの注意を払っていたキロは、すぐに突進を避けようと、横にステップを踏む。

 急な方向転換は利かないのか、グリンブルはキロの横を駆け抜けた。

 至近距離を軽自動車が横切ったような威圧感を、キロは感じた。

 額に嫌な汗が流れる。

 グリンブルが地面を四肢で抉りながら減速した。

 そこへ、クローナの水球が襲いかかる。

 減速中でバランスが悪かったのか、グリンブルの体がぐらつき、横倒しになった。


「キロさん、今です!」

「わかってる!」


 案外すんなり仕留められそうだと思いながら、キロは槍の穂先をグリンブル目掛けて構え、全力で駆けだした。

 グリンブルが体を起こすが、キロが槍の間合いに捉える方が早かった。

 キロは槍を抜く手間も考えず、駆けてきた勢いのまま全力でグリンブルを突く。

 白い骨の先に付いた鉄の穂先がグリンブルの横腹へと吸い込まれ、皮を破り、わずかに肉を切り裂いた刹那、動きを止めた。

 押し固めた土の塊でも刺したような硬い感触に、キロは頬を引きつらせた。


「槍が刺さらない……っ⁉」


 グリンブルが完全に体勢を立て直した事に気付き、キロは口を閉ざしてその場を飛び退いた。

 キロは槍を手放さなかった自分をほめたいくらいだった。

 グリンブルはキロを追おうとせず、クローナの方へと視線を移す。

 キロの槍は脅威ではないと考えたのだろう。


「……キロさん、魔法で援護をお願いします」


 クローナも、自分が狙われている事に気付いて役割の交代を告げた。

 クローナが構える木製の杖は、グリンブルの相手をするには心もとない。

 キロは手元に魔力を集めつつ、この危機を乗り切る方法はないかと考える。

 ――まずい、ダメージを与える手がない。

 全力で突き込んだ槍さえ通さない頑丈さを備えたグリンブルを相手に有効打を与える術を思いつかず、キロは歯ぎしりする。

 キロはグリンブルと間合いを測りあうクローナに声をかける。


「クローナ、前みたいに水球の魔法でグリンブルを凍らせて逃げられないか?」

「狙って失敗できないんです」


 ――まぁ、そうだよな。

 至極もっともなクローナの言い分に納得せざるを得ず、キロは別の手を考え始める。

 グリンブルに唯一与えた傷から、ほんの僅かに血が滲んでいるのが見える。

 注意してみなければわからないほど、本当に些細な傷だ。

 ――俺が非力だから掠り傷しか負わせられなかった。

 街にいた教官や元冒険者、武器屋にさえ言われた事だ。

 裏を返せば、腕力が十分なら先の一撃で勝負は決していた。

 助走をつけた全力の一撃でさえ駄目だったのだから、心得のある者が才能なしと判断するのも当然だったのだろう。

 ――それでも、命を預けられたんだから、仕方ない。

 クローナ本人はもちろんの事、教会の司祭もキロを頼ったのだ。


「自分には関係ない、とは言えないよな……」


 未だにクローナと睨み合いを続けるグリンブルに、キロは動作魔力を多めに込めて速度を上げた水球を放つ。

 水球はグリンブルの胴体に当たったが、よろめきすらしない。

 しかし、注意すら向けられないのは少し癪に障った。

 再び邪魔が入る前にクローナを仕留めようと考えたのか、グリンブルが頭を下げ、牙の先を正面に突きだした。

 クローナが息を飲み、いつでも避けられるように身構える。

 グリンブルが突撃の第一歩を踏みしめる。

 次の瞬間、キロが横合いからグリンブルの首筋に槍を突き立てた。

 しかし、槍の刃はグリンブルの肉を浅く傷つけるだけだ。


「キロさん、何やってるんですか⁉」


 クローナが驚いて怒鳴るが、キロは返事をせず、次の動作に移る。

 槍の柄に魔法で土の鍔を付けたのだ。

 同時に、キロは真後ろに土壁を生み出し、背中を付ける。


「シャベルもこっちの方が力を入れやすいよな」


 言うが早いか、キロは柄に付けた魔法で作った鍔を片足で踏み付けた。

 ガンと鈍い打撃音が響いた直後、グリンブルがよろめき、苦痛にうめき声を上げた。

 見れば、槍の穂先は先ほどよりも深く突き立っている。

 それでも、まだ致命傷にはほど遠いようだった。

 ――刺した直後だから、筋肉が硬直してたのか。

 キロは素早く原因を突き止め、動作魔力の比率を極端に高くした水球を生み出す。

 怒りに染まったグリンブルの眼が、キロを映す。

 しかし、グリンブルが体勢を立て直すより早く、キロは水球を槍に付けた魔法の鍔へ打ち込んだ。

 ありったけ込められた動作魔力の影響で小さいながらも高速で打ち出された水球は、狙い過たず鍔に激突し、槍をグリンブルの首筋に打ち付けた。

 キロの蹴りとは比較にならない威力が、グリンブルの筋肉を破る推進力となって槍を進ませる。

 深く突き立った槍は、グリンブルに致命傷を与えていた。

 首を深く切りつけられたグリンブルが血を吐く。食道を傷つけたのかもしれない。

 痛みに呻き、首を振り回したグリンブルは、四肢に力を込められなくなったのか地面に横倒しになり、痙攣した後、絶命した。


「た、倒しちゃいましたね……」


 いつのまにか、キロの横に立ってグリンブルの臨終を見届けたクローナがポツリと呟いた。

 グリンブルの瞳から力が失われるまで待って、キロは突然に足の力が抜けてその場に座り込んだ。


「――死ぬかと思った」


 思い返せば、幸運の連続だった。

 グリンブルの意識が完全にクローナに注がれていたからこそ、最初の奇襲が成功し、グリンブルがキロの非力さに高を括っていたからこそ、反応が遅れたのだ。

 事前に水球を放ってグリンブルの意識の在処を確かめたからこそ、攻撃に踏み切ったのだが、いつ注意が移行してくるかと気が気でなかった。

 キロは安堵の吐息をこぼす。


「……やりました。これで受付の人には何も言わせませんよ!」


 目の前の状況が信じられない様子だったクローナは、次第に現実を認識すると興奮気味に握った拳を空へと突き上げる。

 パーティの解散を促された事が腹に据えかねていたのだろう。

 嬉しそうに口元をほころばせていたクローナだったが、ふと気付いた様子でグリンブルに刺さった槍を見つめた。

 クローナが心配そうな顔でグリンブルの死骸を指差す。


「かなり深く刺さっちゃってますけど、あの槍は抜けるんですか?」

「腕でも脚でも刺さらなかった槍なんだから、抜けるわけがないだろ」


 キロが肩をすくめて見せると、クローナが青い顔をする。


「何を偉そうに言ってるんですか! いくら安物でも、今の私達には高い買い物なんですよ⁉」


 銀貨が飛んでいっちゃう、と泣きながら、クローナは槍を引き抜こうとするが、びくともしない。

 キロがやったように、魔法で土の鍔を付けて逆方向へ衝撃を与えようとするが、土の鍔と水球の魔法を併用できずに失敗する。


「なんで戦闘中にこんな器用な魔法を使えるんですか⁉」


 クローナが地団太を踏んでキロに文句を言った。

 キロは頬を掻く。それほど難しいとは思えなかったのだ。


「クローナが不器用なだけじゃないのか?」

「キロさんよりも魔法使った経験は豊富ですよ! それより早くこの槍を抜いてくださいッ!」

「魔力切れだから無理」


 キロの返答に、クローナは地面に手を突いて大げさに落胆した。


「どうするんですか、これ。どうしたらいいんですか、これ……」


 クローナは俯いたままぶつぶつ言っていたが、何かに気付いてはっと顔を上げる。


「藁束を運んだ台車がありますよね?」

「まて、死体ごと持って帰る気か? 毛皮は買い取ってもらえないんだろ?」

「大丈夫です。森の出口までそんなにかかりません。槍を失うより肉体労働の方がずっとマシです。マシなんです!」


 まるで自身に言い聞かせるようにしながら、クローナはグリンブルの前足を持つ。

 しかし、体長二メートルの大猪の死体だ。元羊飼いの少女に持ち上げられるはずもない。

 悔しそうに下唇を噛むクローナの肩に手を置いて宥めながら、キロは提案する。


「ギルドに依頼しよう。死体を運ぶだけだし、銀貨一枚でいけるだろ」

「……ここもグリンブルの縄張りですから、半日くらいは他の魔物に死体を持っていかれたりしないですよね?」

「いや、知らないけど」

「大丈夫なんです!」


 根拠なく結論を出して自己解決すると、クローナはキロの袖を引っ張って走り出す。


「槍がなくなったら赤字になっちゃいます。早く帰って依頼を出しましょう。もしかしたらギルドで便宜を図ってくれるかもしれませんし!」

「ひとまず、助かった事を喜べばいいと思うんだけど」


 先を急ぐクローナを追いながら、キロは苦笑した。


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