第二十九話 ラビルの失敗したプレゼント
まだ空が無くなったと決まったわけではない、そうミュトを励ましながら、キロは覚悟した方がいいとも感じていた。
――もし、懐中電灯の持ち主が空を求めてひたすら上を目指していたら……。
食べられてしまった空を見て、無念を抱かないはずがない。
そして、無念を抱えたまま死亡したのなら、懐中電灯に宿っている念の正体は……。
キロは嫌な想像を払おうと頭を振る。
心配そうにミュトを見上げていたフカフカが口を開く。
「この目で見て、確かめるより他にないであろうな」
やることは変わらない、とフカフカが結論付ける。
何とも言えない嫌な空気が部屋に停滞しだした時、部屋の扉が叩かれた。
これ幸いと、キロは部屋の扉を開ける。
年かさの女が立っていた。
「推薦状が書き上がったので、持ってきた。食事の用意もできていたから、一緒に持ってきたよ。酒はどうする?」
料理が乗ったカートを指さして、年かさの女が聞いてくる。
キロが部屋を振り向いて意見を聞く前に、クローナが後ろからキロに抱き着き、肩越しにカートを見る。
「程よく酔えるお酒があれば嬉しいです」
「飲む気かよ」
「キロさんにさっきの仕返しをしなくてはいけません。これは義務です。戦いです。つまり武器が必要なんです」
「張り合い方がおかしいだろ」
キロとクローナの言葉が分からない年かさの女は、ミュトに視線を向ける。
ミュトはキロとクローナの会話に苦笑しながら、質問に答えた。
「飲むそうです」
翌朝、キロが目を覚ました時、体が動かなかった。
頭の後ろには枕の感触、背中には少々固いながらもベッドの感触がある。
「キロ、起きたか?」
寝転がるキロの額に前足をついたフカフカが顔を覗き込む。
キロは視線を下げ、自らの胸のあたりを見る。
明るい茶髪が視界に入る。クローナがキロの胸を枕に寝入っているのだ。
覆い被さって寝ているわけではなく、キロの右隣に寝転びながら、頭だけをキロの体に乗せている。キロの右腕はクローナに抱き着かれていてピクリとも動かせなかった。
「昨日の晩から状況が全く変わってないんだけど」
「まだ当分はこのままであろうよ。人間は酒に酔うと独占欲が強くなるのだな」
「クローナはそうだけど、人間全般に当てはまるわけじゃない」
フカフカの認識を正しながら、キロは昨夜の出来事を思い出す。
干し肉や少量の干した果物、洞窟らしい目の退化した魚を焼いた物など、質素ながらも品数は豊富でささやかな宴会といった状態だった。
窓から外を覗けば、ずんぐりむっくりした鳥を籠に入れて集まった村人達が同じような料理を囲んで騒いでいた。
命がけで戦った後くらい、少しの贅沢をしようというのだろう。
酒を飲む度に座りなおすクローナの位置が、徐々にキロへと近づいていく。
にじり寄るクローナに意地悪しようとキロが席を立つと、クローナは頬を膨らませる。
二人の無言のやり取りを、苦笑しながらミュトが眺めていた。
キロを捕まえた頃には、クローナは飲み過ぎて立ち上がれなくなっていた。
それでもキロを横から抱きしめたまま放さず、最終的にそのまま寝てしまう。
仕方なく、キロもそのまま寝たのだが……。
キロはクローナとは反対側、左を見る。
「なんでミュトまで同じベッドにいるんだ?」
キロの左腕を下敷きにして、なぜかミュトまで同じベッドにいた。
フカフカがにやりと口をゆがめる。
「昨夜、キロとクローナが寝入った後に村人が来てな。街から救援隊が到着したは良いが寝具が足らぬから貸してくれ、と」
キロはミュトの向こうにあるもう一つのベッドを見る。
毛布も枕も回収された後だった。
「それで、寒さに耐えかねたミュトがこのベッドに?」
「さよう。キロに襲われないよう左腕を抑えておけと助言したのは我だ」
面白がるように尻尾を振りながら、フカフカはミュトを見る。
「最初は恥ずかしがっておったが、キロやクローナより先に起こしてやると我が言えば素直にこの通りである」
「それで、俺が先に目覚めたんだけど、どうすればいい? 二度寝すればいいのか?」
「何を言う。起きていろ。ミュトの反応を見てみたいのでな」
「……お前、楽しんでるだろ」
キロは呆れて半眼を向けるが、フカフカは機嫌よく尻尾を二度振った。
「ミュトが誰かのベッドに潜り込み、安心して寝顔をさらしておるのだ。楽しまぬわけがなかろう」
「良い性格してるな」
キロが苦笑した時、右隣でクローナが身じろぎした。
「……おはようございます」
「あぁ、おはよう。右手を解放してくれるとありがたい」
クローナが目を擦りながらキロから離れ、ミュトを見つける。
眠気を払う以外の目的で再び目を擦ったクローナは、ミュトを指さしてキロに詰め寄った。
しかし、言葉が出てこないらしく、口をパクパク開け閉めしている。
「救援隊に寝具を提供したそうだ。それで、こっちに潜り込んだんだとさ」
「……何もなかったんですよね?」
「クローナに抱き着かれたままで何かできるわけないだろ」
「キロさんは器用ですから」
「雑技団じゃないんだけどな」
キロはクローナに言い返して体を起こし、ミュトを揺り起こす。
ミュトはキロの声を聴いてすぐにぱちりと目を見開いた。
寝転んだままキロを見上げ、肩越しに覗き込んでいたクローナを視界に収めたミュトは飛び起きた。
「――フカフカ、起こすって言ったくせに!」
「疲れた娘の眠りを妨げることなど、この紳士にできようか」
「このッ……」
伸ばした手を躱され、ミュトは歯ぎしりする。
フカフカはキロの腕を伝って肩へとよじ登る。ミュトの視線をキロとクローナへ誘導するためだろう。
フカフカの計画通り、キロ達へ視線を移したミュトは、ばつが悪そうに視線を彷徨わせる。
「あの、これには理由があって……」
「フカフカから聞いたよ。寝具を提供したんだってな」
「――え?」
キロの言葉に目を瞬いたミュトは、背後のベッドを振り返る。
向き直ったミュトはキロの肩に乗るフカフカを見つめた後、何かに気付いたように視線を逸らした。
「まぁ、そんな感じ、かな」
ミュトの曖昧な言葉に、クローナが目を細める。
「……怪しいです」
「――早く村を出発しよう。街にも行かなきゃいけないし、忙しくなるからね!」
クローナに質問されるのを恐れるように、ミュトはそそくさと立ち上がる。
キロはフカフカに視線を向けるが、意味ありげに尻尾を一振りしたフカフカは肩から飛び降りてミュトのそばへ歩いて行った。
準備を整えたキロ達は村を出発する。
ランバル護衛団は調査団に護衛として雇われるとの事で、街までついてくるようだ。
無駄足を踏まされた救援隊の面々からの視線が痛かったが、キロ達は安全のため救援隊と共に街へ向かう。
落盤があった地点は救援隊が開通させたとの事で、水没地点を通らずに済んだ。
街に到着し、滝壺を眺めながら橋を渡る。
街はマッドトロルに襲われた村などなかったかのように高そうな服を着た人々や行商人でにぎわっていた。
地図師協会に赴き、長老の推薦状片手に受付へ行こうとしたミュトをキロは呼び止める。
協会の端、本棚の陰になった場所で膝を抱えて落ち込んでいるラビルがいた。
「……何してるの?」
「……自分は受付のそばで君達を待っていただけだったんだよ。それなのに、皆して、そこの地味な奴退け、地味な奴が邪魔だ、地味な奴が、地味な奴が地味な奴が……」
――面倒くさい人だなぁ。
地味な奴、とうわごとのように繰り返すラビルにキロと同じ感想を持ったのか、クローナは他人の振りをしている。
「ボク達を待ってたの?」
「そうだよ。君達を最上級地図師に推薦しようと思って――そうだ、君達を推薦すれば、おのずと自分が特層級だと喧伝することになる! もう地味とは言わせない!」
ラビルが張り切って立ち上がり、ミュトの手を取って受付に向かおうとした時、推薦状に気付いた。
すでに出番はないのだと知ったラビルがとぼとぼと壁際へ戻っていく。
引き止めず、キロ達は受付へと向かった。
受付の男はキロ達を見て目礼した。
「村は無事だったと聞きました。予想以上にお三方の腕が立ったそうで」
「村の人達が総出で戦ったから、数で押せただけ」
ミュトは首に巻きついているフカフカに顎をうずめ、短く言った。
推薦状を渡すと、受付の男は中身を一読する。
「まぁ、当然と言えば当然ですね。実技試験を受けて頂きますので、明日またお越しください。今回の件で色々と見直さないといけないんです」
鋭い視線を協会の地図師達へ注ぎ、受付の男はため息を吐いた。
「噂に踊らされるバカ共が多くて、手を焼きましたから」




