第二十四話 挟撃
水没地点にたどり着くと、ラビルは遠すぎて見えない対岸へ目を細めて頬を掻く。
「よく渡って来れたね。壁を走ったって聞いたけど、どこかに休憩できる浅瀬でもあるのかと思っていたよ」
ミュトがキロに横目を投げる。
「特層級から見てもキロは異常なんだね」
「異常とか言うな。せめて、器用と言え」
キロは抗議するが、ミュトはクスクスと笑うだけで取り合わない。
キロ達のやり取りの横で、ラビルが石壁を横向きに生み出した。
ラビルがキロ達を手招き、石壁の上に乗るよう促す。
「では、行こうか」
足元の石壁に手を置いたラビルが言うと同時、石壁が水面を滑るように動き出す。
キロ達は空飛ぶ絨毯と化した石壁に揺られて水面を進み、曲がり角に差し掛かる度に新たに生み出した石壁へと乗り移る。
来た時とは段違いの快適さだった。
キロは腕を摩りつつ、明かりの中に浮かび始めた対岸を睨む。
クローナがキロと同じく対岸を睨み、ため息をつく。
「増えてますね」
キロ達を獲物と認識して追いかけてきたものの、水没地点で立ち往生したらしいマッドトロルの群れがいた。
石壁の上で胡坐をかいていたラビルが面倒臭そうに小さく唸る。
「村での防衛戦に備えて魔力を残しておきたいから、高度を上げてこのまま進んでしまいたいな」
天井の高さを目測したラビルが悩むように進行方向のマッドトロルを見る。
個体はともかく、集合体となると纏う泥の量が豊富だ。
乗り物となっている石壁の高度を上げても、泥を調節して行く手を塞がれてしまう可能性があった。
「集合体だけなら、私が魔法で片付けましょうか?」
「いや、クローナは魔力を温存した方がいい。広範囲の攻撃方法を持ってるのはクローナだけだからな」
クローナが杖を片手に立ち上がろうとするのを止めて、キロは槍を構える。
ラビルが意外そうにキロを見上げた。
「槍だけじゃなく魔法も使えるのかい?」
フカフカがキロの肩に飛び乗り、ラビルを見下ろす。
「こやつは器用なのだ。まぁ、見ておれ」
キロは体に動作魔力を作用させると、マッドトロルがうごめく洞窟道へと飛び降りた。
着地と同時に正面にいたマッドトロルの個体を貫き、キロは集合体の位置を確認する。
「フカフカ、頼んだ」
「心得ておる。任せよ」
フカフカが尻尾の明かりで集合体の虫の位置だけを知らせる。
キロは地面を蹴り、壁を使って通常のマッドトロルを避けながら集合体だけを狙い討った。
中の虫の数を減らすだけで、余分な泥を維持できなくなり集合体は小さくなる。
キロは二、三匹の虫を切るとすぐに次の獲物へと狙いを変更し、ラビル達に追いつかれないよう先行する。
フカフカによる索敵があるとはいえ、手際よく集合体を排除していくキロをラビルは興味深そうに眺めていた。
キロ達がたどり着いた時、村はマッドトロルに蹂躙される一歩手前の状態にあった。
最終防衛線まで下がった戦線を維持するべく、村人とランバル護衛団が必死に抵抗している。
しかし、圧倒的な物量差を前に屈服寸前まで追い詰められている。
村の入り口である洞窟道から畑を超えた先にある最終防衛線を眺め、キロ達は視線を交わす。
「魔法で弾幕を張ってるみたいだね。迂闊に近付くとマッドトロルの巻き添えになりそう」
キロ達の帰還を知っても、弾幕を薄くする余裕はなさそうだ。
弾幕を薄くした瞬間にマッドトロルに戦線へ取りつかれ兼ねない。
ラビルが周囲を見回して、第一、第二防衛線に取り残された土嚢を見つけ、腕を組む。
しばし黙考した後で、ラビルはキロに声をかけた。
「君なら壁を使って防衛線の裏へたどり着けるだろう?」
キロが答えるより先に、クローナとミュトが大きく頷く。
ランバル護衛団を救出した際にも同じ事をしているため、できると踏んだのだろう。
キロは魔法が飛び交う最終防衛線を見る。
「流れ弾を避け切れるかどうか、自信ないんだけど」
魔法による弾幕は前回の比ではない。村人総出で放っているとしか思えない激しい魔法の嵐だ。
マッドトロルを貫通した先で石弾同士が衝突し、壁に向かう事も多い。
すでに壁にはとばっちりを受けた証が散見されて、激しい凹凸ができていた。
ラビルが頬を掻く。
「自分はここから土嚢を動作魔力で撃ち出してマッドトロルを制圧しようと思うんだ。だから、防衛線側で本体の虫を始末したり、土嚢を撃ち返してくれる人がいると助かるんだけど」
マッドトロルの前後から土嚢を射出する攻撃で挟み撃ちにする作戦らしい。
防衛線側で土嚢を受け損なえば、後ろの民家に土嚢が激突して大損害となりかねない。
――危ないな。
キロは思わず眉を顰めるが、ラビルが提案した危険な作戦でもなければ最終防衛線まで押し込まれた戦況を打開できそうになかった。
他に良案が浮かばないキロはため息をつく。
「ミュト、一緒に来てくれ。ミュトの壁を使えば俺が失敗しても被害は防げるはずだ。クローナ、俺がミュトを抱えて壁を走ってる間でいいから流れ弾を撃ち落とせるか?」
杖の補助を受けたクローナの発動速度ならば、後手に回らざるを得ない流れ弾への対処も可能だと思い、キロは訊ねる。
クローナは渋い顔をしていた。
「発動速度に自信があるのかもしれないけど、無理だと思うよ?」
事情を知らないラビルが苦笑するが、クローナが渋い顔をする理由は別にあった。
「ミュトさんばっかり、キロさんと密着できるのはなんかズルいです……」
唇を尖らせて不機嫌さをアピールするクローナに、キロを除く全員が絶句する。
――そんな事だろうと思ったよ。
キロは苦笑する。
クローナの事だ。わがままを言っている自覚はきちんとあるのだろう。
自覚している証拠に、クローナの周りには流れ弾迎撃用の石弾が形成され始めている。
「お姫様抱っこ以外の要求は後で聞くから、頼んだよ」
「はい、頼まれましたよ」
一転して機嫌よさそうに請け負って、クローナは杖を掲げる。
茶番を見せられたフカフカが、目が腐ると言わんばかりに尻尾で顔を覆った。
反応に困っているミュトの前でしゃがんだキロは背中に乗るよう指示する。
ミュトがクローナをちらりと窺った。
「早くしてください。時間がないですから」
クローナに促されて、ミュトはキロの背中におぶさる。
フカフカがキロの首回りへ移りながら、口を開く。
「時間がないだと? いけしゃあしゃあと、よく言えたものだな。お前もだ、キロよ。状況が分かっておるのか」
「分かってるよ。だから、こうやって息を合わせたんだからさ」
キロはフカフカに言い返して、壁に向かって駆け出した。
その瞬間、キロの左右を石弾が通り抜け、進路上の邪魔なマッドトロルを吹き飛ばす。
マッドトロルの数が多い場所を避けようと、キロが進路を変えるためにわずかに減速すれば、後ろから全体を見ていたクローナが方向を指示するように石弾でマッドトロルを吹き飛ばす。
キロはクローナが吹き飛ばしたマッドトロルがいた方向へ駆ければよかった。
クローナの援護もあって滞りなく壁へと到達したキロは、動作魔力を体に作用させて跳ぶ。
壁に足をつけ、キロは再び走り出した。
流れ弾は事前にクローナが石弾で撃ち落とす。
壁を走るキロをちらりと視界に収めたらしい村人が、驚愕の表情で二度見する。
ランバル護衛団を助け出した時には防衛線にいなかったのだろう。
キロの着地点が自分のすぐ後ろだと気付いた村人は慌てて頭を下げる。
キロは動作魔力を使って地面とは垂直方向に高く跳び、村人の頭が元あった位置より上を通って最終防衛線の後ろに着地した。
「やっぱり乗り心地はあまりよくないかな」
「ほっとけ」
背中から降りるミュトの憎まれ口に気安く返して、キロは立ち上がる。
キロ達を見つけた年かさの女が駆け寄ってくる姿が見えた。
「――救援は⁉」
「呼んできた。本隊の到着までまだ時間がかかるけど、特層級の地図師がマッドトロルの向こうに来てる」
ミュトが年かさの女に説明している間に、キロは無事に最終防衛線の後ろに到着したことを知らせるべく、頭上に魔法の光を放った。
応えるようにクローナの物らしき魔法の光がマッドトロルの向こう側に撃ちあがる。
続けざまに作戦準備が整ったことを知らせる二つ目の魔法の光が撃ちあがる。
キロはミュトを振り返った。
「説明は後だ。作戦を開始しよう」
クローナは魔法による広範囲の攻撃ができるが、いつまでもマッドトロルの群れの中に置いておくわけにはいかない。
素早く戦線を立て直して、クローナやラビルと合流する必要があった。
ミュトが年かさの女に向き直り、大まかに作戦を伝える。
年かさの女は心配そうに村を振り返ったが、仕方ないと割り切ったのか頭を振った。
キロ達は防衛線の端へと走り、準備が整ったことを知らせるべく魔法の光を打ち上げる。
マッドトロルの群れの向こうで、作戦開始を告げる光の玉が撃ちあがった。
直後、光の玉が撃ちあがった地点からキロ達の元へ、一直線に土嚢が飛んでくる。
成人男性二人くらいならば簡単に入りそうな、魔物の皮で作った袋に土を破裂寸前まで詰め込んだ重量のある土嚢が高速で飛来する。
進路上にいたマッドトロルは水風船のように破裂して泥をまき散らしていく。
悲鳴を上げて村人が避難する中、キロは槍に動作魔力を込める。
土嚢の射線の横に立ち、キロは間近に迫った土嚢へ槍を大上段から叩きつけた。
腹に響く鈍い音が周囲にいた村人の肝を冷やす。
周囲の反応は気にも留めず、キロは槍で叩き落とした土嚢に片手を添え、動作魔力を込めて再度マッドトロルへと撃ち出した。
射線にいたマッドトロルにとっては堪ったものではない。
湿った音を立てて破裂するマッドトロルが泥弾で土嚢を撃ち落とす。
キロはすかさず光の魔法を空へ打ち上げた。
次弾を撃て、の合図である。
間を置かず、群れの奥、クローナやラビルがいる地点からマッドトロルの破裂が再開する。
泥弾で抵抗するマッドトロルだったが、第一、第二防衛線に残された土嚢の数は多く、替えの弾に不自由しなかった。
泥弾が飛んでくる度に村人が万一に備えて逃げ惑い、年かさの女が精一杯に統制を取っている。
土嚢の往復が二十を数えた時だった。
「なんだ?」
クローナ側から不測の事態が発生した事を知らせる火球が天井に向かって撃ちあがっていた。
キロはマッドトロルに視線を向け、舌打ちする。
「散開、いや、撤退か」
マッドトロルが土嚢を避けるように散らばり、洞窟道へと移動を開始していた。
泥の波が引いていくような光景の最中、土嚢が一体のマッドトロルへ飛んでいくのを視界にとらえ、キロは射線の先で撃ち返すべく走り出す。
しかし、キロの努力をあざ笑うように、マッドトロルに衝突した土嚢が唐突に軌道を変えた。
――泥の流れでいなしたのか⁉
仲間の死を無駄にしない心がけは立派だが、何もこの土壇場で対応してこなくてもいいだろう、とキロは歯噛みする。
靴で地面を削って急制動をかけるが、土嚢が防衛線に届く方がはるかに速い。
――間に合わないッ!
キロが焦り、一か八か槍を投げつけて止めようとした時、小柄な影が軌道を変えた土嚢の射線上に飛び出した。
キロの撃ち漏らしを回収するべく待機していたミュトだ。
ぎりぎりのところで土嚢の前に躍り出たミュトが手を突き出す。
土嚢が鈍い音を立ててミュトの手前に生み出された不可視の壁に衝突し、勢いを止めた。
「よくやった、ミュトよ。誉めてやろう」
相棒のファインプレーを称賛するように、フカフカが光る尾をくるくると回す。
「鬱陶しいから尻尾をまわさないでよ」
「なんだ、気に入らんのか。我に褒められる事などそうないだろうに、贅沢な奴であるな」
ミュトとフカフカが言葉を交わしている様子を見て、キロはほっと溜息をつく。
そして、マッドトロルの群れに視線を戻した。
洞窟道へと進むマッドトロルを、クローナがラビルと共に迎え撃っている。
しかし、連携がうまく行かないらしく互いの攻撃を邪魔してしまいマッドトロルの数を減らせていない。土嚢を使った攻撃を行う余裕はもうないだろう。
キロとクローナ達を結ぶ線上に、マッドトロルは少ない。土嚢によって片付けられたのだ。
「作戦は変更だな。クローナ達を助けに行く」
キロはミュトを促し、クローナとラビルの元へ駆けだした。
最終防衛線の裏から戦況を見ていた年かさの女の命令がキロ達に遅れて響く。
「余裕のある者はマッドトロルを追え! これより、追討戦に移る、今日中に根絶やしにしてやれッ!」




