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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第二十三話  帰り道は地味な人と共に

 地味な男が特層級地図師ラビルを名乗った瞬間、協会内の空気が一変した。

 グルン、と音がしそうな勢いで顔を向けた地図師達の顔には、一様に驚愕の二文字が張り付いている。

 ミュトもまた、唖然とした顔でラビルを上から下まで見つめ、呟く。


「想像よりすごく地味……」


 ミュトの独り言が聞こえたらしい地図師達が一斉に頷いた。ミュトが発信地とは思えない一体感だ。


「どうせ、地味だよ……」


 ラビルが肩を落とし、俯いた。

 ――気にしてるのかよ。

 自ら地味だと言っていたのは、否定してもらいたい気持ちの裏返しだったらしい。

 面倒くさい奴が出てきた、とキロは思うが、それよりもラビルが名乗った特層級という肩書が問題だった。

 最上層のさらに上、前人未到の領域を探索する許可を得た、たった八人しかいない最高位の階級なのだから。


「なぁ、ミュト、特層級ってどれくらい強いんだ?」

「単独で守魔を討伐してきましたと言っても、現実味を帯びるくらい」


 ミュトの返答を聞いて、キロはクローナと顔を見合わせる。

 共通して思い浮かべるのはムカデ型の守魔だ。


「あれを単独で討伐できるなら、かなりの戦力だな」

「協力してもらえるんでしょうか?」

「問題はそこだけど……」


 大事そうに財布を懐へ入れるラビルを見つつ、キロはフカフカに視線を送る。

 フカフカが任せろとばかりに頷き、ラビルに声をかける。


「時に、ラビル殿、救援願いについては聞いておられるのか?」


 珍しく丁寧な口調となったフカフカが協会全体を代表するように訊ねた。

 ラビルはきょとんとして首を傾げた後、協会を見まわして合点が入ったようにあぁ、と小さく吐息を漏らす。


「また、地味過ぎて声をかけられなかったんだね……」


 存在すら地味過ぎて認識されないらしいラビルは深く重い、暗鬱なため息をつく。

 頼りなさが滲み出る発言だったが、特層級の肩書は伊達ではないらしく、すぐに頭を切り替えて受付を見る。

 受付の男はすでに外へ傭兵を説得しに出かけているため、カウンターには別の職員が立っていた。


「状況の報告と現場周辺の地図を過去十年分、救援願いを届けた人にも会いたい。特層級地図師ラビルの名を使ってもいい。すぐに用意を」

「あ、はい!」


 カウンターに立っていた職員がラビルの指示を受けて動き出す。

 ミュトが報告を持ってきた時とは、協会内の空気が違った。

 どれほど荒唐無稽な話であっても信憑性を与えるほどの力が、特層級という肩書に備わっているのだ。


「救援願いの届け人は我らである」


 フカフカがラビルに申告する。

 ラビルはフカフカとミュトを見て、にっこりとほほ笑んだ。


「災難だったね。詳しい話を聞かせてくれ」



 トントン拍子に話が進んだ。

 ミュトとフカフカが現場の地図を指さしながら状況を語ると、ラビルは感心しながらいくつかの質問し、協会内の地図師を見まわした。


「まさかと思うけど、君達はこの話を聞いて虚偽の報告だと思ったのかい?」


 地図師達が視線をそらし、ラビルは首をかしげる。


「噂に踊らされてミュトさんの話を真に受けず、護衛を説得しに動こうともしないで村一つを滅ぼすつもりなのかい? 今すぐ全員上層級の肩書を協会に返上した方がいいと思うよ」


 さもなければ、とラビルは協会の入り口を指さす。


「早く仲間や護衛を呼んできなよ」


 地図師達が青い顔をして協会の外へ駆けだした。

 あまりにも素直にラビルの指示に従う地図師達を眺めながら、キロはミュトに耳打ちする。


「……特層級って、他の地図師の階級を剥奪できるのか?」

「各地の協会の監査員も兼ねているから、一応、権限を拡大すればできるかな。滅多に最上層から下へ降りてこない人達だから、ボクもよく知らないけど」


 滅多に降りてこない特層級地図師がなぜ、上層の下方に位置するこの街にいるのか、ミュトも疑問に思っているようだった。

 必要な情報はそろった、とラビルが立ち上がり、協会の職員を呼んだ。


「事態は切迫しているようだから、自分とミュトさん達で先に村へ向かうとするよ。自分の名前が必要になるだろうから、これを渡しておくね」


 そういって、ラビルは首に下げていた金のメダルを協会の職員に投げ渡す。

 無造作に投げ渡された金のメダルには地図師を表す紙とペンの意匠が掘り抜かれ、年号と名前らしきモノが縁に刻印されている。

 協会の職員が金メダルを一目見て顔面蒼白となり、万が一にも落とすことはないようにと両手で包んだ。


「こ、これは肌身離さず持っておくべきものではないんですか?」

「緊急事態だからしょうがないよ。後で取りに戻るから、保管しておいて」


 職員の態度を見る限りメダルは貴重品としか思えないが、ラビルは軽い調子で託すとミュト達に向き直る。


「疲れていると思うけど、一緒に来てもらえないかな。自分一人だと、ほら、無視されちゃうかも、しれないから」


 自分で言っているうちに気落ちし始めたラビルがとぼとぼと協会を出て行こうとする。

 不安になる背中だが、一人で行かせるとなると良心が痛む。ある意味、質の悪い背中だ。

 キロは立ち上がり、ミュトとフカフカを見る。


「魔力はどうだ?」

「ボクはあまり魔力を使わない戦い方だから大丈夫だけど、クローナは?」

「私はリーフトレージに蓄積しておきました。体内の方はもうほとんど残ってないですね。村まで走るくらいの動作魔力ならありますけど、どうしましょう。ここで待っていた方がいいんでしょうか?」


 キロ達の会話が聞こえたのか、ラビルが振り返り、意外そうな顔をする。


「君達は後ろを走っているだけでいいよ。マッドトロルは自分が全て片付けるから、村に着いた時に救援願いが受理された事を伝えてくれればいい」

「すごい自信ですね」


 ひしめき合うマッドトロルを見た事がないからだろうか、とキロは疑うが、ラビルは肩を落とす。


「どうせ地味だよ。地味過ぎて誰も自分の力を信じてくれないんだよ。分かってるんだよ、地味なことは……」


 ラビルはポケットからハンカチを取り出して広げると、キロに向かって軽い動作で投げつけた。

 しかし、動作の軽さとは裏腹にハンカチは高速でキロに迫る。

 動作魔力を通してあるのだろう。

 もはや見慣れた状況に、キロはハンカチを避けるべく左足を引く。

完全に見切っていた。

 しかし、迫りくるハンカチを見つめるキロは違和感を覚え、左足を引いた直後、とっさに右足で後方に飛び退いた。

 上半身を捻り、ハンカチを避ける。

 体の横を通り過ぎたハンカチを見送りかけて、キロは驚きに目を見張る。

 ハンカチが、風の抵抗や重力を無視して〝一直線に速度を落とさず〟飛んでいる事実に気付いたのだ。

 本来、広げたハンカチを投げつけても風の影響を受けて即座に失速する。

 しかし、ラビルが投げたハンカチは広がったまま速度を維持してキロの横を通り過ぎたのだ。

 ――動作魔力じゃない、特殊魔力か?

 文字通り一直線に空中を飛んだハンカチがついには壁に当たり、張り付いた。

 その異常性を理解できる者は少ない。

 ただ動作魔力を込めて投げつけたと解釈した者がほとんどだ。

 だが、キロの反応にラビルは満足げに笑った。


「一目で気付く人は少ないんだよ。ほら、地味だからさ」

「……等速直線運動の特殊魔力?」


 キロがラビルに確認を取る。

 フカフカがキロの言葉に首を傾げながら通訳すると、ラビルは感心して手を打った。


「訂正しよう。一目で見抜いた人は君が初めてだよ」


 派手さはない、本人の言う通りに地味な特殊魔力だ。


「正確には、初速を維持し、何に衝突しても七割以上の破損がない限り障害物を破壊して進み続ける特殊魔力なんだけどね。マッドトロル相手に、この特殊魔力を込めた盾を投げつけたらどうなるか、想像はつくだろう?」


 本体の虫以外は泥で構成されるマッドトロルに盾を投げつければ、泥を押しのけて進み続けるのだろう。

 戦闘の必要すらない。盾で轢き殺すようなものだ。

 ――ほんと、特殊魔力は何でもかんでも反則みたいな性能しやがって。

 キロはシールズやミュトの特殊魔力を思い出してため息をつく。

 キロも特殊魔力を持ってはいるが、いまだに能力がわからないのがもどかしかった。

 何が凄いのが分からず困った顔をするミュトとクローナを促して、キロはラビルと共に協会を後にする。

 ミュトから借り受けた地図を一瞥したラビルはすぐに洞窟道へと歩きだす。

 橋を渡り、洞窟道にたどり着くとカバンの中から光る虫が入った籠を取り出した。

 頭の高さに掲げ、三歩ほど歩くと虫かごから手を放す。等速運動の動作魔力を込められた虫かごは空中を進み始めた。


「便利ですね、地味ですけど」

「クローナ、それ禁句だよ」


 ミュトが窘めるが、ラビルは項垂れながら洞窟道を進み始めた。

 クローナの言葉は理解できずとも、それを咎めるミュトの言葉から何を言われた分かってしまったのだろう。

 水没した洞窟道へと続く曲がり角に差し掛かると、ラビルは虫かごを手に取り、魔法の発動を中断する。


「ここから先は人もいないはずだし、急ごうか。遅れないようについてきてね」


 そう言って、ラビルが走り出す。

 走る速度に合わせて虫かごに等速運動の魔力を込めて空中に浮かせた後、腰に下げた長剣を抜き放った。

 盾は構えていない、というより所持してさえいない。

 代わりに、カバンから金属塊をいくつか取り出した。

 ラビルが何をするつもりか、キロは手に取るようにわかる。

 同時に思うのだ。反則だ、と。

 水没地点に近づくとマッドトロルが見えてきた。

 キロに蹴散らされたはずだが、殲滅まではされていない。水没地点を超えてきた個体も合わせて、元通りの環境に戻っていた。

 だが、ラビルは走る速度を緩めない。

 金属塊に特殊魔力を込めると、次々に目の前へと放っていく。

 すると、金属塊はラビルの正面を固める移動する盾となり、かつ、矛となった。

 速度を維持したままマッドトロルにめり込んだ金属塊は、泥の抵抗を完全に無視してマッドトロルを貫通する。


「……え?」


 初めてラビルの特殊魔力の有用性を理解したクローナが驚きよりも困惑の色を多く含んだ声を上げる。

 破損しない限り、速度を維持して進み続ける盾であり、矛となった金属塊は洞窟道にひしめくマッドトロルを次々に貫通していく。

 中にいた虫は泥の流れで必死の抵抗をしているはずだが、特殊魔力による等速運動は物理の壁すら突き抜けて、虫ごと泥を貫通するありさまだ。

 時折貫通されずに済んだ虫も、ラビルが手に持った長剣を軽く振るって切り裂いてしまう。

 ラビルの細腕と長剣にはやはり、等速運動の魔力が込められているらしい。

 さして力を込めているようには見えない。握りも緩い。

 だが、空気や泥の抵抗を無視し、慣性や重力に逆らう等速運動の一振りはラビルの筋肉を傷めることなく最小限度の力で虫を切り裂いていた。


「地味ではあるが、汎用性が高いようであるな」

「フカフカまでそういう事を言わないでよ」


 フカフカの感想をミュトは大声で塗りつぶすが、時すでに遅い。

 ラビルは目尻に涙さえ浮かべながら、マッドトロルを蹴散らしていく。

 余裕をもってマッドトロルを倒し続けるラビルを追いかけながら、キロは思う。

 ――やっぱり地味だな。

 と。


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