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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第二十話  包囲突破

 救援を呼びに行く前に半日の休息を設け、魔力の回復を図る。

 戦線は第二防衛線まで退いたが、年かさの女にこってり絞られたランバル護衛団の働きにより一進一退の攻防が続いている。

 泥で喉を詰まらせ窒息していた二人が意識を取り戻し、第二防衛線へと走り出す直前、宿の二階を見上げた。

 職人技の光る鍾乳石の窓を横滑りさせ、通りを眺めていたキロにランバル護衛団の二人は手を振った。


「お前らが助けてくれたって聞いた。助けられておいてこんな事を聞くのは礼儀を欠くんだが……」


 口ごもったランバル護衛団を、キロは無表情に見下ろして先を促す。

 キロの視線にたじろいだランバル護衛団は、諦めたように首を振った。


「いや、済まない。助けてくれてありがとう。ミュトって奴にも謝っといてくれ」


 キロは傍らのフカフカの首筋をつまみ、窓のそばに吊り下げた。

 ランバル護衛団への返答を囁くと、フカフカが翻訳する。


「――後で直接本人に謝れ、とこの者は言っておる」

「合わせる顔がない」

「下げる頭はあるだろう」


 間髪はさまずにフカフカに言い返され、ランバル護衛団は苦しげな顔をした。


「……分かった。それまでお互い死ねないな」


 ランバル護衛団が宿に背を向け、第二防衛線へと駆け出す。

 ――お互い死ねない、か。

 キロは第二防衛線を透かし見て、芳しくない戦況にため息をつく。

 休憩に入る人員、補充の人員、幸いにしてまだ死者は出ていないが魔力を消費しすぎて気絶する者がちらほらと出始めている。

 戦術もマッドトロルの本体である虫の駆除から泥を剥離させ続ける事で虫の魔力を枯渇させ、魔力が回復するまで一時的に戦闘不能に追い込む方法を取り始めていた。

 虫にとどめを刺す暇もなく別のマッドトロルが押し寄せているため、消耗戦を強いられているのだ。

 未だに洞窟道からマッドトロルが侵入している様子を見ると、戦況は絶望的とさえ言えた。


「おい、キロ、我を便利な翻訳装置か何かと勘違いしてはおらんか?」


 窓の桟に降り立ったフカフカが抗議する。


「そりゃあ、手頃な大きさで有能だし、感謝してるよ」

「ならばなんだ、さっきのぞんざいな扱い方は」

「手頃な大きさだったから」

「答えになっとらんぞ」

「――二人とも、ミュトさんが寝ているんですから、静かにしてください」


 クローナに叱られて、キロとフカフカは口を閉ざす。

 しかし、すでに手遅れだったらしくミュトが身じろぎし、目元をこすりながら体を起こした。

 もともと小柄な体躯な上に、少しでもゆっくり休んで魔力を回復しようとして着崩した服のせいで肩はおろか脇まで見えている。

 首回りが広すぎるだろう、と突っ込みを入れたくなるありさまだったが、どうやら紐で首回りを調節できるデザインらしい。

 普段はフカフカが首周りを覆っている事もあって、キロはいまさら紐の存在に気が付いた。


「洞窟道の場所によっては氷嚢を使うこともあるのでな。地図師が着る服は大概あの形だ」

「解説どうも。確かに、氷嚢の入れ替えとかも楽そうだな」


 フカフカと言葉を交わすキロの隣で、クローナが顔を洗う水をもらってくると言って部屋の外へ出て行った。ミュトの腕輪を持って行ったようだ。

 ミュトがうつらうつらしながら紐を引っ張るが、絞られた襟首が肩口に引っかかった。

 ミュトは肩口に引っかかった襟首に視線をやると、両手で無造作に引っ張る。

一度襟首を緩めたうえで再び紐で調節するつもりなのだろう。

 キロはさっと窓の外へ視線をそらす。

 緩められた襟首から、かなり際どい部分まで肌色が覗いていたのだ。


「ミュトよ、男がいる部屋であるのだがな」

「……フカフカは人間じゃないから別に見られても――」


 欠伸を噛み殺しながら言い返そうとしたミュトは、フカフカのそばで窓の外を眺めているキロを見つけて硬直する。


「そ、粗末なものを見せたね」

「いや、見てないよ」


 平静を装ってキロは返答するが、フカフカは面白そうに尻尾を左右に振る。


「見ても胸と認識できるほど体積がない、だそうだ。キロにとっては背中と変わらんようだな」


 フカフカの言葉に一瞬怪訝な顔をしたキロは、ミュトの腕輪をクローナが持っていった事を遅れて思い出す。

 ミュトにキロの言葉は理解できていない。タイミングから考えて、フカフカがキロの言葉を訳したように聞こえるはずだ。

 慌ててミュトを見ると、少しふてくされたような顔で自身の平らな胸を見下ろしていた。


「フカフカ、どういうつもりだ?」

「便利な翻訳装置として働いたまでだ」


 悪びれもせずに言い返すフカフカに、キロはすぐさま手を伸ばす。

 予想していたように、キロの手をひらりと躱したフカフカは、後ろ足で立って首にかかっている翻訳の腕輪を前足で弾いた。


「欲しいか? うん? これが欲しいのであろう?」


 フカフカがからかうように尻尾で床をポフポフと叩く。


「あぁ、欲しいな。それがないとミュトに弁解もできないからな!」


 再び腕を伸ばすキロだったが、フカフカはまたひらりと躱す。

 互いに魔力を使わない条件では、フカフカが有利だった。

 ――救援を呼びに行くための魔力は使えない、となると……。

 キロは人間らしく道具に頼る方法を模索し、ベッドから毛布をはぎ取った。


「ほう、悪知恵が働くようであるな」

「ベッドの下には逃がさないからな?」

「我がキロごときに逃げの手など打つわけがなかろう」

「いい度胸だな」


 出方を窺って睨み合うキロとフカフカを見つつ、ミュトが困惑している。


「喧嘩、なのかな?」


 キロもフカフカも楽しそうに笑っているため、ミュトには判断が付かないでいるらしい。

 キロもフカフカも警戒して動けないでいると、部屋の扉が開いた。


「お水を持ってきましたよ」


 言葉通り、水が入った桶を抱えたクローナだ。

 クローナの右手にはミュトの分の腕輪が握られている。


「……ふむ、引き分けのようであるな」

「やるな、フカフカ」

「お互い様であろう」


 何やら互いを認め合ったキロとフカフカを見て、クローナが首をかしげる。


「何の話ですか?」


 部屋にいたミュトなら何かわかるだろうとクローナが問う。

 ――あ、やばい。

 キロとフカフカの動きが固まるが、ミュトは気付かず口を開く。


「僕の胸を見た後、キロとフカフカが喧嘩みたいなものを始めて――」

「キロさん、ちょっと外に出ましょうか」


 ミュトのそばに桶を置いて、クローナがキロの手首をつかむ。


「待て、誤解だ。見てない!」

「キロの言う通りである。我がからかっただけだ」


 フカフカも弁護に加わると、クローナは納得してくれたらしい。

 しかし、今度はミュトが頬を膨らませた。


「……フカフカ、からかったの?」


 ミュトの咎めるような声を、キロは意外に思う。

 胸を触られても顔を俯かせるだけだった少女と同一人物とは思えない反応だった。

 フカフカも同じことを思ったのだろう、キロと視線を合わせた。

 キロはわずかな笑みを浮かべてフカフカを見る。フカフカが答えるように小さく尻尾を振った。

 上機嫌に、ふわり、と。



 宿を出て、キロ達は長老から託された救援要請の書類を胸に防衛線に向かう。

 避難通路を通ることも考えたが、狭い通路上でマッドトロルに出くわすと身動きが取れなくなるため、村の入り口である洞窟道を正面突破する作戦となっていた。

 この時のために魔力を温存していた五人の魔法使いが魔力切れで倒れることも覚悟の上で大規模な魔法を準備する。

 三人が無数の石弾を用意し、残る二人が動作魔力を込めるのだ。


「では、武運を祈る」


 年かさの女が言って、準備を整えた魔法使い達に向き直る。

 キロは槍を構えた。

 今回、先頭に水先案内を務めるミュト、中に後方援護を行うクローナ、最後にキロという順序となっている。

 水没地点に到達した際、速やかにクローナとミュトを後方から抱え上げ、壁を走って渡るための魔力を温存するためだ。

 年かさの女が片手を高く挙げる。

 最終確認をしているのか、魔法使いとキロ達をぐるりと見回し、大きく息を吸い込んだ。


「作戦開始!」


 強く宣言された瞬間、魔法使い達が一斉に石弾を放つ。

 無数の石弾は散弾銃のように洞窟道までの一直線上にいたマッドトロルを粉微塵に吹き飛ばす。


「――行くよ!」


 掛け声と共に、ミュトが洞窟道を睨んで駆け出した。

 無数の石弾は本体の虫さえまとめて撃ち砕いたらしく、再生するマッドトロルはごくわずかだ。

 死んだ仲間が遺した泥もあり、生き残った数少ないマッドトロルの再生は早い。

 しかし、ミュトの首に巻かれたフカフカの目は誤魔化せなかった。


「ミュトよ、速度は緩めるでないぞ」


 注意しながら、フカフカが尻尾の光でマッドトロルの一部を照らす。

 ミュトがすれ違いざまに照らされたマッドトロルの一部を小剣で切り裂けば、断ち切られた本体と共に呆気なくマッドトロルは地面に崩れる。

 その鮮やかな手並みは、魔力の消費も極端に少なく洗練されていた。

 ――これが最下層から上層まで一人と一匹で登ってきた、ボッチの力か。

 キロは、本人が聞けば涙目になりそうな事を考える。

 進路上の敵をミュトが片端から処理していくため、後ろにいるクローナやキロには走る以外にすることがない。

 だが、近付くにつれて見えてきた洞窟道の奥の光景は、これからの道のりの険しさを想起させるに十分だった。


「集まって談笑に興じるほど、虫けらは優雅でないと見えるな」


 前を行くミュト、その肩の上で洞窟道を睨みながら、フカフカが忌々しそうに呟く。

 洞窟道の奥には集合体がひしめき合っていた。


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