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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第十八話  撤退援護

 キロは思わず年かさの女を睨む。

 ――博打に出たな。

 ランバル護衛団を失って村人の士気が大幅に低下すれば、やがて押し潰されると判断したのだろう。

 キロ達を失ってでもランバル護衛団を助け出す賭け。

 掛け金にされる身としては、悪態の一つも吐きたいところだ。


「ミュト、特殊魔力を使ってこの場所を維持できるか?」


 キロがマッドトロルに石弾を撃ち込みながら問いかける。

 キロの石弾を受けて飛び散った泥の中から正確に虫を見つけ出して切り殺したミュトは、周囲を見回して頷いた。


「キロがランバル護衛団との間を往復するくらいなら、普遍魔力も合わせて使えば時間を稼げると思うよ」

「キロさん、あの人達を助けに行くつもりですか?」


 クローナが咎めるようにキロに声を掛ける。

 しかし、防衛線へちらりと視線を向けて、眉根を寄せた。

 キロ達がランバル護衛団を助け出せるとは思えない、そんな懐疑的な目を向けている村人達に気付いたのだ。


「ランバル護衛団を見捨てると、今度は俺達が村人に見捨てられる。一か八か、助けに行くしかない。悠長に話している場合でもない」


 キロはランバル護衛団に目を向ける。

 顔に圧し掛かられて窒息させられそうなランバル護衛団の二人はまだ抵抗を続けている。

 力の入っていない拳で顔に乗ったマッドトロルを殴りつけるだけの虚しい抵抗だったが、生きている証拠にはなった。


「ミュトはこの空間の維持、クローナはここから遠距離で撤退の援護を頼む。俺はランバル護衛団の周りにいるマッドトロルを蹴散らす」

「ちゃんと生きて帰ってきてくださいよ!」


 そう言って、クローナがランバル護衛団との直線状にいたマッドトロル数体を石弾で吹き飛ばす。


「当たり前だ。あんな奴らのために死ぬのはごめんだからな」


 キロは動作魔力を身体に作用させ、加速した。

 クローナが石弾でこじ開けたランバル護衛団への道をキロは駆け抜け、槍を脇に挟む。

 自由になった左手で、ランバル護衛団の二人の顔に圧し掛かっているマッドトロルに動作魔力を叩き込んだ。

 泥が波打ち、キロの動作魔力に抵抗しようとうねる。

 うねりを見極めて、キロは泥へ別方向の動作魔力を通し、泥の流れを自分の制御下に置く。

 左手を泥の中へと突き込み、泥の流れを左手にぶつけ、異物の感触を見つけ出して掴み取った。

 左手を引き抜くと案の定、掴み取っていた本体の虫を地面にたたきつけ、踏み潰す。

 キロはすぐに左手に魔力を集め、戦闘中のランバル護衛団へ声を張り上げる。


「俺が仲間と援護する、この二人を連れてさっさと撤退しろ!」


 ランバル護衛団が戦闘中だったマッドトロルに横合いから石弾を浴びせ、キロは地面を蹴った。

 目の前で四散したマッドトロルに硬直せず、飛び出した虫を剣で払い落として突き殺したランバル護衛団がキロに目を向ける。

 キロは槍を振り、集合体のマッドトロルに逆袈裟の斬撃を浴びせると、すぐに離脱した。

 ――硬いな。

 五匹分の魔力で泥を維持しているためか、通常のマッドトロルよりも泥の密度が高く、感触は硬かった。

 倒すためには高威力の魔法を打ち込む必要があると判断して、キロは放置を決める。

 今はあくまで撤退戦、魔力の無駄使いをするべきではない。

 ランバル護衛団に向かうマッドトロルの前に立ちはだかり、腰を落とすと同時に右手に槍の重心を載せて頭上に掲げる。

 槍に動作魔力を通して右手の上で回転させると、マッドトロルを下から上へ、槍の回転に合わせて何度も切り裂いた。

 槍がマッドトロルを寸刻みにし、頂上付近で中に潜んでいた虫を切り殺す。

 魔力を失って泥が崩れ落ちる間際、キロは左手で泥に触れる。

 そして、動作魔力で泥の塊を別のマッドトロルに向けて撃ちだした。

 唐突に泥を追加されたマッドトロルの動きが鈍る。

 本能的に追加の泥へも動作魔力を通そうとしたのだろう。

 キロは動きの鈍ったマッドトロルを無視して更に別の獲物を探す。

 その時、視界に収めたランバル護衛団の様子に、キロは顔を歪めた。


「おい、息をしろよ!」

「泥が喉に詰まってんだ。吐かせろ!」


 先ほどマッドトロルに圧し掛かられて窒息死しかけていた二人が、泥を喉に詰まらせているらしい。

 蘇生術を施そうとしているランバル護衛団に、キロは舌打ちした。

 今、マッドトロルと戦闘しているのはキロ一人、蘇生術を施す時間を稼げると豪語するほど、キロは自分の腕を過信してはいない。

 キロはランバル護衛団に大声で命令する。


「早く防衛線に引っ込め、動作魔力で駆け抜ければ時間もかからない。このままここに居たら全滅するだろうが!」


 仲間の危機を前にして正常な判断力を欠いているらしいランバル護衛団に苛々しながら、キロは防衛線を指差す。

 キロに一喝されたランバル護衛団が、周囲をマッドトロルに囲まれている事をいまさらながら思い出して、慌てて仲間を担ぎ上げて防衛線に走る。

 キロも後を追おうとするが、ランバル護衛団がもたついたせいでクローナとミュトがいる場所までの道にマッドトロルが押し寄せてきていた。

 奥に目を向けると、特殊魔力を使い果たしたらしいミュトが必死に石壁を生み出して退路を確保し、クローナも補助に回っている。

 援護射撃は期待できないだろう。

 ランバル護衛団も五人のうち二人は意識がなく、その二人を担いでいる二人は戦力にならない。唯一、先頭でマッドトロルを倒して道を切り開いている者がいたが、左右までは手が回っていない。

 マッドトロルの包囲網を抜けるには圧倒的に人数が足りなかった。

 キロはランバル護衛団に追いつき、意識を失っている二人の手から盾をひったくる。


「おい、俺達の盾をどうする気だ⁉」

「盾二枚で命が助かるなら儲けものだろ、黙ってろ!」


 咎めるランバル護衛団に罵声を返し、キロは盾のうち一枚を左手で持つ。

 しかし、盾の裏にある持ち手ではなく、盾の縁を持っていた。

 キロは縁を持った盾をフリスビーの要領でマッドトロルに投げつけ、めり込ませる。

 すぐさま盾に蹴りを入れてマッドトロルの中へ埋没させると、身体をひねりながら槍の石突きをマッドトロルの中、盾の下に突き刺した。

 動作魔力を通し、キロは石突きを上に跳ね上げる。

 跳ね上げられた石突きは上にあった盾ごとマッドトロルの半ばから上を天井高く打ち上げた。

 泥の半分以上を打ち上げられたマッドトロルは、打ち上げた泥の中に本体である虫が含まれていたらしく崩れ去る。

 ――よし、できる。

 実験の成功を確かめて、キロはもう一枚の盾の持ち手に槍の穂先を差し込んだ。

 穂先の面積を大幅に増した代わりに重心が崩れるが、もはや振り回す事を諦めたキロは気にしない。

 キロが槍を改造する様を怪訝な顔で見ていたランバル護衛団を無視して、キロは駆け抜けざま動作魔力でマッドトロルに槍の先の盾をめり込ませ、上に跳ね上げた。

 盾により面積を増大させた槍の先は、泥を大きく跳ね上げる。

 一撃ごとに吹き飛ばせる泥の量を増やしたのだ。

 キロは即席の改造槍の感触を確かめ、ランバル護衛団の間を器用に縫いながら左右から迫るマッドトロルに一撃離脱を繰り返す。

 本体の虫を倒す事より、泥ごと吹き飛ばす事で時間を稼ぐ手法は、全体的なマッドトロルの数を減らせない。

 しかし、ランバル護衛団の周辺にいるマッドトロルの数を減らす事には貢献していた。

 吹き飛ばされた虫が再び泥を纏う頃にはキロ達は走り抜けている。

 しかし、キロ達が走り抜けられるのだから、背後のマッドトロルもまた動きやすい。

 仲間を背負ったランバル護衛団の一人が背後を確認し、顔を青ざめさせる。


「デカいのが追って来てるぞ!」


 集合体が横幅の狭い泥の波の如く、うねりながらキロ達に追いすがる。

 正面のマッドトロルを跳ねのけ、左右のマッドトロルを吹き飛ばしながら進むキロ達とは違い、ただ進むだけのマッドトロルは早い。

 ――追い付かれる……。

 顔を歪めて背後のマッドトロルを睨みつけた時、クローナの叫び声が聞こえて、キロは慌てて視線を向ける。

 特殊魔力はおろか普遍魔力さえ使い切ったらしいミュトが、魔力欠乏で地面に手を突いて吐き気を堪えていた。

 直前にミュトが生み出した壁がマッドトロルの侵攻から退路を守ってはいたが、すでにひびが入り始めている。

 クローナがミュトを気にしつつ、判断を仰ぐようにキロを見た。

 キロは覚悟を決め、クローナに指示を出す。


「退路を捨てて撤退しろ!」


 クローナが歯を食いしばり、ミュトを抱き起こす。


「キロさん、早くこっちに!」

「俺はマッドトロルを食い止める」


 キロの返答を聞き、クローナが泣きそうな顔をする。


「何を言ってるんですか、早くこっちに来てください!」


 ミュトを介抱しながらの撤退では、確実にマッドトロルに追いつかれ、ランバル護衛団共々、全滅する。

 クローナも理解しているはずだが、キロを置いて逃げだせば退路にまでマッドトロルが侵攻してキロが孤立する。


「一人ならぎりぎり逃げ切れる」


 キロは強い口調で断言し、右手を挙げて、ある場所を指差した。

 それだけでキロが何を考えているかを察したのだろう、クローナは口を閉ざす。

 荒い呼吸を繰り返すミュトを見て、クローナは悔しそうな顔をした。


「……ちゃんと帰ってこないと、怒りますからね!」


 キロに怒鳴ったクローナはミュトに肩を貸して防衛線に向かう。

 クローナの決断の速さに感謝しながら、キロはランバル護衛団の先頭を走る男に声を掛けた。


「仲間を連れて防衛線へ走れ、背後は気にするな!」


 クローナとミュトが退路を確保していたため、ここから先にマッドトロルはほとんどいない。

 ランバル護衛団が走る事に集中できれば、無事に防衛線まで逃げられるだろう。

 ――後ろのデカブツに追いつかれなければ、だけど。

 キロは背後の集合体を振り返り、槍を強く握る。

 前に踏み出した右足を軸に、キロは反転した。

 途端にランバル護衛団やクローナ達との距離が開く。

 正面に立ちはだかったキロに、集合体が勢いをそのままに体当たりしてくる。

押し倒して窒息させる腹積りだろう。

 キロは横に立ち位置をずらしながら、槍の先に付けた盾を集合体にめり込ませた。

 しかし、集合体は泥に飛び込んできた異物である盾を、動作魔力で生み出した泥のうねりですぐに弾き出した。

 盾による攻撃は効果が薄いらしいと判断して、キロは槍の先に付けた盾に動作魔力を作用させ、取り外すついでに集合体へと撃ち出した。

 撃ち込まれた盾をまたもすぐに弾き出す集合体に、キロは動作魔力による強力な突きを放つ。

 少量の泥が飛び散るが、キロは気にせず槍を横へ振り抜いた。

 異物を吐き出そうとする泥のうねりが加わり、槍は抵抗なく泥の塊から抜け出す。

 直後、キロは槍を振り抜いた勢いのまま身体の向きを変え、走り出す。


「付き合ってらんないんだよ、このデカブツ!」


 キロには、集合体を倒す気など最初からなかった。

 ただクローナ達が逃げ出す僅かな時間を稼ぎさえすればよかったのだ。

 キロはクローナ達が走って行った退路を見るが、すでにマッドトロルが侵入していて走り抜けられそうにない。

 防衛線からの援護射撃はあるが、マッドトロルが間近まで迫っているために弾幕を張って寄せ付けないように変化しつつある。

 キロに構っていられるほどの余裕はなさそうだ。

 予想の範囲内だと思いつつ、キロは全力で走り出す。

 向かう先は防衛線ではなく――地下世界ではもはや見慣れた、壁だ。

 行く手に塞がるマッドトロルに石弾を撃ちこみ、四散させる。

 さらに出てきた二体のマッドトロルの前に魔法で背の低い石壁を生み出し、足を掛けて跳躍してマッドトロルの頭上を越える。

 着地点にいた別の一体の天辺に槍を突き入れて身体を捻り、着地点をずらしつつ槍を振り抜けば、マッドトロルが天辺から両断された。

 左右に両断された泥の塊の内、本体の虫が含まれていなかった左側が崩れ去るが、キロは眼も向けず走り出す。

 壁に到着した瞬間、キロは地面を蹴り、壁に足を着けた。

 繊細に動作魔力を作用させ、体勢を保ちつつマッドトロルの攻撃が届かない高さまで避難し、槍を壁に突き刺す。

 天地を無視した挙動を実現するキロに防衛線の村人が目を見張る中、キロは壁を走り、防衛線に差し掛かる直前、魔力切れを起こした。

 ――やばい……ッ!

 キロは咄嗟に壁を蹴り、防衛線に飛び込んだ。

 前回り受け身を取って防衛線の内側に入った事を確認したキロは、すぐに立ち上がってクローナとミュトを探す。

 丁度、クローナがキロに駆け寄ってくるところだった。


「無事ですか⁉」


 クローナがキロの身体をぺたぺたと触りだす。


「大丈夫だ。それより、ミュトはどうした?」

「ボクもなんとか、平気だよ」


 クローナの後からミュトが歩いてきた。肩にはフカフカが乗っている。

 ミュトの顔色はかなり悪いが、怪我はないようだ。

 キロは安堵のため息を吐き出す。


「賭けに勝ったか」

「辛勝だがな」


 キロの肩に飛び乗ったフカフカが言い返した言葉にキロ達は、違いない、と苦笑した。


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