第十六話 防衛戦
食事を終えて仮眠を取っていたキロ達は、部屋の扉を激しくノックされて目を覚ました。
キロは槍をひっつかんでベッドから飛び起き、扉を開け放つ。
額に汗を浮かべた年かさの女が立っていた。
「すぐに村の入り口へ向かって。マッドトロルが押し寄せてくるから」
「――待て、まだ襲来してはおらんのか?」
キロの肩に飛び乗ったフカフカが、年かさの女の言葉に突っ込む。
年かさの女は苦い顔で眉を寄せた。
「街へ救援を呼びに行かせた者達がマッドトロルと遭遇して、引き返してきたんだよ。数が多すぎて突破できない、と」
それだけ言い残して、年かさの女は隣の部屋へと向かう。ランバル護衛団が泊まっている部屋だ。
キロは部屋を振り返る。
クローナが杖を片手に、準備は万端だと示す。
ミュトも小剣を佩き、頷いてきた。
「戸締りはしておけよ。前科のある輩もいるのだからな」
フカフカが隣の部屋に視線を向けながら注意を促す。
クローナが苦笑した。
ミュトが扉の鍵をかける頃には、ランバル護衛団がぞろぞろと出てくる。
キロと目が合うと、ランバル護衛団の一人が鼻を鳴らす。
「……足は引っ張るなよ」
「お互い、助ける余裕はなさそうだからな」
キロが肩を竦めて放った言葉をフカフカが翻訳する。
ランバル護衛団は舌打ちして宿の外へと出て行った。
キロ達も宿を出て、村の入り口へと向かう。
野菜を育てている村らしく、入り口近くには畑が広がっていた。
入り口となる洞窟道の近くに第一防衛線となる浅い掘りと土嚢、畑の真ん中に第二防衛線となる高く積まれた土嚢、畑の終わりであり民家が乱立する部分との境には今まさに土嚢を積み上げている最終防衛線がある。
キロ達の担当は第一防衛線である洞窟道の近くだ。
前を行くランバル護衛団が丸盾を構え、幅広の剣を肩に担ぐように振りかぶる。
狡い真似ばかりしていたにしては、なかなかの連携だった。
五人横一列となって正面を向いたまま互いの速度をぴったり合わせている。
しかし、フカフカがミュトの肩で舌打ちする。
「連中、開けた場所での戦闘は経験が無いようだな」
「なんで分かるんだ?」
「側面への警戒を一切しておらん。左右が壁の洞窟道ならいざ知らず、ここで左右を見ないのでは囲まれて終わりだ」
ランバル護衛団への助言も含んでいるのだろう、フカフカが大声で説明する。
ランバル護衛団は肩越しにフカフカを睨んだが、すぐに左右への警戒を始めた。
「つくづく世話のかかる阿呆共であるな」
呆れたようにフカフカが呟く。
そうしている内に第一防衛線である土嚢と堀が見えてきた。
すでに武装した村人が何人かマッドトロルを相手に戦闘を開始している。
「……数が増えてないか?」
キロは堀の向こうにいるマッドトロルの群れを見て眉を寄せる。
地面からキロの肩くらいの高さまで伸びる流動する泥の円柱が目視できるだけで二十体以上、洞窟道の奥からは今もひっきりなしに侵入している。
洞窟道で迎え撃たず、村に引き込んだのはこれが理由だろう。
洞窟道ではマッドトロル同士が融合してしまい、泥の量が増えてしまうのだ。
しかし、村に引き込み一匹ずつ処理しようにも、数が多すぎた。
今も剣を持った村人がマッドトロルを何度も突き刺しては泥を弾き飛ばし、本体である虫を探している。
主戦力となる魔法使い達が村に侵入したマッドトロルを少しずつ倒しているものの、中の虫が無事だったためか、復活する場合があるようだ。
本体の虫を確実に殺していかなければ、数の暴力を前になすすべなく飲み込まれる事だろう。
ランバル護衛団が戦線に加わる。
次の瞬間、ランバル護衛団は前線にいたマッドトロルを丸盾で弾き飛ばした。
動作魔力を込めて放たれた、突き上げるような一撃はマッドトロルが纏っていた泥を高く打ち上げ、中にいた虫を露出させた。
コガネムシに似た青い虫は、話に聞いたマッドトロルの本体だろう。
羽は退化しているらしく、重力に従って落ちてきた本体の虫を踏み殺し、ランバル護衛団はすぐさま前進を再開した。
「あれ、あの人達、強くないですか?」
意外な物を見た、という顔でクローナが同意を求めてくる。
刹那の邂逅で踏み殺されたマッドトロルは五匹、護衛団各人が一匹ずつ殺した計算だ。
「きっと、洞窟道ではあの技が使えなかったんだよ。マッドトロルの数が多すぎて、泥を弾き飛ばして処理できなかったんだ」
ミュトが予想を口にする。
奥行きのある洞窟道でマッドトロルが群れてしまうと、正面の一体を弾き飛ばした直後に後ろの一体が出てきてしまうため、殺す暇がない。
だが、マッドトロルが分散している今ならば盾で弾き飛ばす攻撃が有効となる。
ランバル護衛団が次々にマッドトロルを踏み殺していき、村人達が歓声を上げた。
前線が押し上げられ、村人が安堵し始めたのが分かる。
キロ達が到着しても、誰一人目もくれなかった。
気にしても仕方がない、とキロは駆けながら槍を脇に挟んで構え、左手を自由にする。
自由にした左手に魔力を集中、正面に突きだした瞬間に魔法を発動させた。
生み出されたのは半開きにした傘のような、円錐形の石弾。
動作魔力を込めて打ち出された石弾は正面にいたマッドトロル三体を次々に打ち抜き、その特異な形状を持って泥を周囲に弾き飛ばす。
直後、キロは動作魔力を自身の身体に作用させて急加速する。
泥を吹き飛ばされ、露わになった本体の虫をすれ違いざまに槍で切り、両断して払い落とす。
一瞬にして三匹のマッドトロルを切り殺したキロは上半身を軸に槍を半回転させ、動作魔力を使わずに槍の柄で四匹目を逆袈裟に叩き上げる。
キロが与えた衝撃に抵抗するように、マッドトロルが動作魔力で泥のうねりを作り出し、形を保とうとする。
キロは躊躇なくマッドトロルの身体に左手を押し当てた。
マッドトロルが生み出した泥のうねりに自らの動作魔力を加え、マッドトロルの身体へ直に流し込む。
キロが動作魔力を上乗せしたために、マッドトロルの泥のうねりは急加速し、斜め下の地面へと一気に流出した。
泥と共に地面へと叩きつけられた本体の虫が周囲の泥を集めようとするが、キロは槍の石突で突き殺す。
――泥で隠れてるのは面倒だけど、維持する力は強くないな。
泥を固く維持してしまうと衝撃が全体に回ってしまうため、衝撃をいなせるように弱くしているのだろう。
与えられた衝撃が弱ければ形状維持のために動作魔力で抵抗し、強ければ抵抗せずに泥を弾けるままに任せる。そういう生態らしい。
感触を確かめたキロが、次の獲物を探すべく視線を巡らせた時、上から落ちてきた石の板が固まっていたマッドトロル五匹を一度に下敷きにした。
マッドトロルは突然降ってきた石板に押し潰されまいと抵抗するが、すぐに押し負け、湿った音を立てて圧死した。
「クローナ、いくらなんでも力任せすぎないか?」
石板の上に立っていたクローナが腰に片手を当てる。
「いまは戦線を押し上げる方が大事です。十匹くらいまでならまとめて潰せると思いますよ」
頼もしいセリフを口にして、クローナが視線を逸らす。
クローナの視線を追った先にはミュトがいた。
マッドトロルの一部分をフカフカが尻尾の先で照らし、ミュトが小剣を一閃する。
一文字の線が走った直後、支えを失ったように泥の塊は自壊した。
ミュトの周りには同様にして作り出されたらしい泥の小山が三つ出来ていた。
どうやら、本体の虫の位置を特定して切り殺しているらしい。
視線に気付いたミュトがキロ達の元へ駆け寄ってくる。
「虫の位置が分かるのか?」
キロが問うと、ミュトは首に巻き付いているフカフカを指差した。
「ボクじゃなくてフカフカが分かるんだよ」
「正確には、虫ではなく泥に込められた動作魔力の流れが見えるのだがな」
フカフカが顔を挙げ、キロに告げる。
「自らが食す物だ。見えぬわけが無かろう」
「水は見えませんけど?」
「――我らはどうやら高威力の遊撃部隊となった方がいいようだな。マッドトロルが集まっている所へ出向き、数を減らすべきであろう」
クローナが挙げた例を聞き不利を悟ったのか、フカフカが素早く話題を変える。
キロも戦場で悠長に雑談する気は無い。
周囲を見渡せば、堀と土嚢で構築した防衛線に陣取ってマッドトロルの進行を食い止める村人達と、連携しながら正面のマッドトロルを踏み潰していくランバル護衛団が見える。
どちらも継戦能力は高そうだが、単位時間当たりの撃破数は少ない。
キロ達の場合、個々人で複数のマッドトロルを撃破する戦闘能力があるが、その分多くの魔力を使うため長時間は戦えない。
そして、未だにマッドトロルは洞窟道から湧いて出てきており、処理が追いつかず、数は増える一方だ。
「防衛線に向かうマッドトロルを優先的に撃破して、村人の負担を減らそう。適度に防衛線の裏に引き返して休憩を取りつつ、粘る」
キロが槍を脇に挟んで構え直し、作戦を伝える。
クローナがフカフカを見た。
「全体の把握と撤退指示はフカフカさんが良さそうですね」
「任せるがよい」
フカフカが請け負い、キロ達は顔を見合わせて互いに異論がない事を確かめる。
「フカフカ、標的の選択をお願い」
ミュトが頼むと、フカフカは尻尾の光をスポットライトのようにして、十匹近くのマッドトロルの集団を照らした。
キロが動き、クローナとミュトが続く。
即席と言ってよい三人と一匹の組が数倍の数のマッドトロルを蹴散らし始める。
しかし、キロ達の働きに村人が気付く前に事は起こった。




