第十四話 誤解
二つの隔壁を開け閉めして、キロ達は避難通路の先に明かりを見つけた。
狭い避難通路を抜け出たキロ達は、待ち構えていた武装した村人の集団を見て足を止める。
統一されてはおらず、思い思いの武装ではあったがどの人物も構えは立派で、連携が取れるように陣を組んでいた。
集団の統率者らしき年かさの女が構えていた弓を降ろしてキロ達を手招く。
背後の避難通路を振り返ったキロ達だったが、年かさの女の指示に従って集団の前に進み出た。
「マッドトロルを引き連れてきたというのはお前達か?」
年かさの女がキロ達を順繰りに眺め、目を細める。
マッドトロルの情報が伝わっているという事は、ランバル護衛団の五人は無事村に到着したのだろう。
だが、年かさの女が言った、引き連れてきた、という言葉がキロは気になった。
キロはミュトに耳打ちする。
「多分、ランバル護衛団が事実を捻じ曲げて伝えてる」
ミュトが頷いて、年かさの女に事情を説明した。
誤解を解くためにランバル護衛団と出会ってからの事を詳細に話すが、年かさの女は全て聞き終わっても懐疑的な視線をキロ達へ向けていた。
「話が食い違ってるねぇ」
面倒臭そうに頭を掻いた年かさの女は鋭い目つきで背後の村を振り返る。
「だけど、守魔の足を切り落とした実績もある事だし、ランバル護衛団の連中の方が信用できるかねぇ」
呟かれた言葉にキロはため息を吐いた。
年かさの女の誤解を解こうとしても、もう無駄だろうと判断して、キロはフカフカだけが聞き取れる程度の小さな声で呟く。
「とにかく、避難通路を封鎖するよう言ってくれ。隔壁を壊してマッドトロルが村に乗り込んできたら、苦労が水の泡だ」
フカフカがキロを見て、了解とばかりに尻尾を振り、ミュトの肩の上で立ち上がった。
「ランバル護衛団の嘘などどうでもよいが、マッドトロルに襲撃された事だけは我らの話と同じであろう? 避難通路を塞ぎ、襲撃に備えるべきだ」
一瞬驚いたようにフカフカを見た年かさの女は、それもそうかと頷いて武装した村人達に向き直った。
「土嚢を積んで避難通路を封鎖、数人の見張りを立てて、他は村入口に防護柵を張りな。魔力は使うんじゃないよ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばした年かさの女が手を叩くと、村人たちが一斉に動き出した。
普段から訓練しているのか、流れるような動きだ。
年かさの女は村人達の動きを満足げに眺めまわし、キロ達に向き直った。
「そこの尾光イタチはどうでもいいと言ったが、あたしらにとっては避難通路を使わず村へ直に来ようとした馬鹿どもを無視できないんだよ。下手をすりゃ、村ごと全滅だったんだからね。そんな自分本位な奴には背中を預けられない」
腕を組んで断言した年かさの女は、しかし、とため息を吐き出した。
「ランバル護衛団の連中にしろ、あんたたちにしろ、戦力になる事は確かだ。村の防衛戦に組み込ませてもらうよ」
詳しい配置は地図師協会で話す、と年かさの女はキロ達に背を向けた。
ついて行くしかないのだろう。
避難通路に土嚢を運び込む村人の冷たい視線に背中を刺されながら、キロ達は歩き出した。
地図師協会はこじんまりした建物だった。
入り口そばに大量の資料が収まった本棚が鎮座しているのはこの村でも同じだったが、建物全体の小ささに反比例して圧迫感が大きい。
年かさの女がキロ達を振り返り、奥へと誘導しながら口を開く。
「新洞窟道の調査をしていたって話だけど、どれくらいできてるんだい?」
「避難通路込みで滝壺の街からここまでは確認済み。マッドトロルがいた迷路状の場所はまだ完全ではないけど」
「迷路状ね。マッドトロルは巣を作らない筈なんだけどねぇ」
疑うように言って、年かさの女はミュトを見る。
「見ますか?」
「……疑って悪かったよ」
しかし、ミュトが地図を掲げて見せると素直に謝った。
地図そのものが偽造であるとは思わないらしい。
協会の奥にはランバル護衛団の五人が待っていた。他に老婆が一人と中年の男女が二人ずつ、椅子に腰かけている。
「噂の地図師が来たよ」
年かさの女が紹介すると、中年の男女による鋭い視線がキロ達に注がれた。
しかし、老婆だけはキロ達ではなく中年の男女を睨み、真っ先に口を開く。
「客人になんて目を向けるんだい! これから戦う相手はそこの客人じゃなくマッドトロルだろう。謝りな!」
老婆に一喝された中年の男女四人が狼狽える。
しかし、老婆はさっと立ち上がるとキロ達へ深々と頭を下げた。
「疑心暗鬼になっているんだ。申し訳ない」
この世界で初めて見たかもしれない真摯な対応に、キロはクローナと顔を見合わせた。
椅子を進められ、キロ達は老婆の横に腰を下ろす。
「マッドトロルが群れているって話は本当なんだね?」
老婆がミュトに問う。
ミュトが証言しようとすると、ランバル護衛団の一人が立ち上がり、ミュトを指差した。
「こいつには良い噂がねぇんだ。単なる噂だと俺達は高を括ってたが、今回の件ではっきりした。こいつは平気で自分以外の奴を見殺しにする屑野郎だ!」
立ち上がった者が叫ぶと、すぐに他の者が同調して騒ぎ出す。
ランバル護衛団の罵声を聞きながら、キロはフカフカにだけ聞こえる声で、呟く。
「――俺の言葉を翻訳してこいつらに伝えてくれ」
フカフカがキロを見て、了解と答えるように尻尾を揺らした。
「そこの五人は守魔の足を切り落とすほどの腕前の持ち主だ。最前線に配置するべきだと思う」
フカフカがキロの肩に乗り、翻訳して告げると、あれほど騒いでいたランバル護衛団が顔を青くして口を閉ざした。
「俺達みたいに〝平気で自分以外の奴を見捨てる奴〟よりも役に立つさ。士気の向上にもつながる。いやぁ、心強い限りだな」
「……今の話、本当かい?」
老婆が問うと、一同の視線がランバル護衛団に向かう。
目を泳がせるランバル護衛団を見て、老婆が目を細めた。
「否定しないんだね。否定しても、肯定しても、この騒動が収まったらそこらの街へ問い合わせるが、どうなんだい?」
「……あ、足は切り落とした。だが、守魔を倒したわけではなくてだな。あまり当てにしてもらっても困る、というか」
しどろもどろに老婆の質問に答えつつ、ランバル護衛団が忌々しそうにキロを見る。
キロは無視した。
老婆は眉を寄せ、年かさの女を見る。
「マッドトロルの群れを食い止める。最前線にはランバル護衛団とそこの地図師達を配置する。連携も取れそうにないからね」
真実を突き止めるのは無理と判断したのか、老婆は一方的に通告する。
双方を最前線に置いたのは、仮に逃げ出してもすぐに対応ができるからだろう。
もっとも、村を襲われる以上、逃げ場があるかは疑問だった。
しかし、ミュトが困ったようにキロを見た。
何か言いたそうではあるが、険悪な雰囲気に気圧されて口が利けずにいるらしい。
キロはさりげなくミュトの口元に耳を寄せた。
ほっとしたように、ミュトがキロの耳に囁く。
「救援を呼び行くべきだと思うんだけど、この辺りの地図は最近更新されてないから……」
当然の意見に、キロはフカフカに翻訳を頼みつつ挙手して発言許可を得る。
「救援依頼は出しましたか? 出していないなら、こちらには地図を提供する用意もあります」
老婆がキロを見て、微笑んだ。
「助かるよ。この村には長らく地図師が来なかったものだから、街までの道が分からないんだ」
「信用できる地図かは疑問だけどな」
ランバル護衛団が口を挟むが、老婆は無視した。
ミュトが縮こまりながら地図を老婆へ差し出す。
老婆は地図を一目見て、頷いた。
「迷いのない線で描かれた良い地図だ。これだけ自信を持って描いた地図なら疑う余地はないよ」
ミュトの描いた地図は本物だと太鼓判を押して、老婆は年かさの女へ地図を渡した。
「すぐに人を走らせな。隠密行動の出来る足が速い奴を見繕うんだ」
老婆の指示を受け、年かさの女は地図を片手に協会を出て行った。
老婆はランバル護衛団とキロ達を見回し、口を開く。
「戦いに備えて体を休めておきなさい。防衛戦になる以上、死体が出ると処理に困るんだ。死ぬんじゃないよ?」
中年女性二人が老婆の目配せを受けて立ち上がる。
宿に案内してくれるらしい。
老婆と中年男性二人が作戦を話し合っているのを聞きながら、キロ達は協会を出た。
ランバル護衛団が睨んでくるが、キロはクローナとミュトを庇うように視線を遮って歩く。
案内されたのは小さな宿だった。部屋も二部屋しかないらしい。
「男女で泊まる部屋を分ける事も出来ますが……」
中年女性がキロ達とランバル護衛団を取り巻く空気を気にして口籠る。
クローナがミュトに相談するような視線を向ける。
「多分、キロさんならあの五人を返り討ちに出来ますけど、どうします?」
「……出来るの?」
「いやいや、無理だから。せめて廊下で寝かせろ」
クローナの過大な評価を否定して、キロは代替案を提示する。
ランバル護衛団もキロと同じ部屋に泊まりたくはないらしく、嫌そうに口を開いた。
「何人部屋だかしらないが、七人で泊まれるような部屋なのかよ」
――七人?
ランバル護衛団が提示した人数に違和感を覚えたキロはすぐに思い至る。
ミュトは男装しているのだ。
男に含められたミュトが焦りの表情を浮かべた。
「クローナ、キロとボクも同じ部屋でいいよね?」
「……そうですね。キロさんは私が見張っていればいいですし」
「クローナは俺の何を警戒してるんだ」
げんなりしたキロが訊ねると、クローナは唇を尖らせた。
「……だって胸触ったじゃないですか」
クローナの呟きを拾って、それまで黙っていたフカフカが楽しげに尻尾を揺らす。
「ミュトに嫉妬しておるのか」
クローナがキロとミュトの関係に嫉妬していると聞いて、ランバル護衛団がキロから距離を取る。
「こいつ、そっちの趣味かよ」
「おいおい、勘弁しろよ」
フカフカの発言を誤解したランバル護衛団の言葉に、キロは頭を抱えた。




