第十三話 逃走劇
守魔の足を横取りしたランバル護衛団の五人がキロ達を見つけ、絶望の中に一筋の光明を見つけたとばかりに瞳を輝かせる。
ランバル護衛団の後ろにはうねり迫る泥の波、キロはフカフカがミュトに特殊魔力を準備させた理由を理解し、動作魔力を練った。
フカフカがランバル護衛団へ怒鳴る。
「そこの五人、我が照らす場所を行け。さもなければ見えぬ壁に阻まれ、死ぬぞ!」
フカフカの尻尾の光がスポットライトのように照らす範囲を狭め、道の一部を照らす。
続いて、ミュトが特殊魔力を発動させ、見えない壁を生み出した事を空気の流れが閉ざされた事でキロは知った。
「た、助かる!」
ランバル護衛団の一人がほっとした様に言葉を返し、直後に足をもつれさせた。
何とか転倒は免れたものの、後方から迫る泥の波を振り返り絶望したような表情を浮かべる。
だが、クローナが翻訳を頼むようにフカフカを一瞥した後、ランバル護衛団へ向けて声を張り上げた。
「そのまま、まっすぐ走ってください!」
ほのかに光を放っていたリーフトレージの光が弱まり、クローナの前に複数の石礫が出現する。
「……当たりませんように」
背筋が寒くなるような呟きと共に、クローナが石礫を放つ。
足をもつれさせた護衛団の男が前から迫りくる石礫を見て目を瞑る。
石礫は男の真横を飛び抜け、泥の波に炸裂した。
かなりの威力だったのか、泥の波の勢いが一瞬弱まる。
その隙をついて、ランバル護衛団がキロ達の目前まで来た。
「撤退する。ミュト、村への最短距離を行くぞ」
「分かってる」
一斉に泥の波に背を向けたキロとクローナの前にミュトが躍り出て、道先案内を務める。
キロは疾走してきたランバル護衛団の誰かがまた転んだ時に助けられるよう、集団の後ろについて様子を見る。
かなりの距離を逃げ回ったのか、息は荒く、多量の汗をかいていた。
ランバル護衛団の男の一人が先頭のミュトに呼びかける。
「この辺りは迷路になってやがる。俺達は完全に迷っちまった。あんたらは道が分かるのか?」
「ボクは地図師だ。ここまでの道は全部描いてある。そっちこそ、体力は大丈夫?」
次に曲がる道を示しているのか、ミュトが右手を挙げつつランバル護衛団に問いかける。
「体力的にはギリギリだが、動作魔力で補ってる」
「なら、切らさないようにね。もう助けている余裕はないから」
「……おい、あんた、もしかしてミュトって地図師か?」
ランバル護衛団の別の男が眉を寄せてミュトを見る。
フカフカが警戒するように振り返った。
「信用できぬというのなら、好きな時に道を逸れるがよい。助けるために待ち受けておった我らを信じられぬ、というならな」
フカフカの言葉に、眉を寄せた男は舌打ちして背後のキロとクローナを見る。
「あんたら、組む相手は選んだ方がいいと思うぜ。この状況でわざと道を間違えるとは思わねぇけどよ」
男の言葉に、キロは舌打ちする。
――助ける必要が本当にあったか疑わしいな。
キロは背後のマッドトロルの群れを見た後、前に顔を向ける。
元々道幅が狭いため、ランバル護衛団の五人にキロは道を塞がれた状態だ。
ただ一人の後衛であるクローナは動作魔力の使い方が下手であるため、徐々に集団に後れを取り始めている。
このままでは、真っ先にマッドトロルの餌食となるのはキロかクローナだろう。
キロは先頭を走るミュトに向けて声を張り上げる。
「おい、ミュト、いまから先頭に出るから驚くなよ」
道幅一杯に走っていたランバル護衛団の面々が怪訝な顔でキロを振り返る。言葉が理解できないからだろう。
しかし、翻訳の腕輪で言葉が理解できるはずのミュトとフカフカまで、ランバル護衛団と同じような顔で振り返った。
集団は密になっているため、追い抜く事は出来ないと思ったのだろう。
「クローナ、ちょっと我慢しろよ」
唐突に声を掛けてきたキロに、集団について行くのがやっとだったクローナが余裕のない瞳を向ける。
「な、何を我慢しろって――きゃっ⁉」
キロは走りながらクローナの腰に手を回すと、動作魔力を使って抱え上げた。
マッドトロルが迫るこの状況で人一人の重量を抱え込むキロの行動を全員が訝しむ中、
「それじゃあ、行きますか」
トン、と軽くジャンプしたキロは洞窟道の壁に足をつけ、身体全体に動作魔力を作用させる。
方向は、天井および足をつけた壁。
キロの行動にランバル護衛団が唖然として口を開く。
「嘘だろ……?」
キロは洞窟道の壁を〝走って〟いた。
天井方向に作用させた動作魔力で姿勢を維持し、壁に向けて作用させた動作魔力を重力の代わりとする。
常軌を逸した曲芸に目を疑うランバル護衛団の頭上を壁伝いに走り抜けたキロは、ミュトさえ追い越して集団の先頭に躍り出る。
それは、キロが進行方向に対しても動作魔力を作用させていたのだとキロを除く全員に錯覚させた。
実際には三方向のベクトルを一つに束ねて動作魔力を作用させていたのだが、走りながらその煩雑な作業を行うのも、三方向に動作魔力を作用させるのと同様に難しい行為だ。
軽く壁を蹴って正しく地面に降り立ったキロは、抱えていたクローナを地面にゆっくりと下ろす。
クローナが着地の際に転ばないよう速度を落としていたため、ミュトが追いついてきていた。
「器用という言葉で片付けるのも気が引けるよ」
「やろうと思えば案外できるもんだ」
「キロさん、やろうと思う所からすでにおかしいんですよ」
クローナに突っ込まれ、キロは肩を竦める。
キロは後ろのランバル護衛団を振り返り、壁を指差した。
「真似するのは構わないけど、結露していて滑りやすいから気を付けろよ?」
ランバル護衛団は苦い顔をする。言葉が分からずとも、おおよその意味を察する事が出来たらしい。
やりたくてもできないのだと、ランバル護衛団の表情が語っていた。
キロとクローナが先頭に出た事で、マッドトロルに一番近いのはランバル護衛団となった。
しかし、キロと同じように壁を走る事が出来ない以上、ランバル護衛団は前に出る事が出来ない。
悔しそうな顔をするランバル護衛団を見て、キロは目を細める。
――やっぱり、いざという時には囮にするつもりだったな。
ランバル護衛団の考えを見抜いて、キロはミュトを見る。
「このまま村に避難するとマッドトロルまでついて来る事になるけど、良いのか?」
進行方向を指示するべく右手を挙げたミュトが口を開く。
「もちろん、引き離すよ。緊急避難用の経路がどの町や村にも用意されてるから、そこを通る」
言葉を交わすうちに迷路状の新洞窟道を抜け、広い道に出た。奥には左右に伸びる分かれ道が見える。
よし、と後ろを走るランバル護衛団が声を上げた。
「ここからなら俺達にも道が分かる。先に行かせてもらうぜ」
言うや否や、ランバル護衛団が速度を上げる。
動作魔力を使い、限界まで速度を上げているらしいランバル護衛団はキロ達を引き離し、分かれ道を左に曲がった。
ミュトが慌てたようにランバル護衛団へ声を張り上げる。
「待って、避難通路は逆だよ。そのまま言ったら村に出ちゃう!」
引き留めるミュトの言葉に、ランバル護衛団の男達は舌打ちする。
「ずっと走ってて俺達は魔力に余裕がないんだよ。村に最短距離で行かせてもらう」
「あんたには悪い噂もあるからな。命預けた長距離走なんかここで終わりだ」
「村が心配だって言うなら勝手に囮役でもやってろ」
口々に身勝手な捨て台詞を残し、ランバル護衛団が村への道を駆け出す。
――あいつら……ッ!
キロは内心で歯ぎしりしながらも、分かれ道を見る。
「ミュト、指示を頼む!」
キロがミュトを促す。
ミュトは一瞬ランバル護衛団を見たが、すぐ後ろに迫るマッドトロルを振り返り、焦りの表情を浮かべた。
「……キロ、クローナ、左に行って。ボクが囮になる」
「分かった、全員で右だな」
「え……?」
呆気にとられるミュトを無視して、キロはクローナに声を掛ける。
「左の道を土壁で塞いでくれ。俺達の方に全部引き付ける」
「そういう所が大好きですよ!」
クローナが笑みを浮かべ、分かれ道に着くや否や杖の魔力を使って左の道を即座に塞ぐ。
込められた魔力が切れて土壁が消えた頃には、マッドトロルはキロ達を追って分かれ道からいなくなっている事だろう。
ミュトが信じられない物を見るような目をキロとクローナへ向けるが、フカフカが愉快そうに笑う。
「お前達のような人間がおる事、我は嬉しく思うぞ!」
「キロ、クローナも、何でこっちに来るの⁉」
全く違う言葉を掛けてくるミュトとフカフカに、キロは苦笑する。
「ついてこないと思う方がどうかしてる」
「で、でも――」
ミュトが言い返そうとするが、フカフカが遮った。
「問答は後だ、愚か者。今は走る事に集中しろ」
尻尾で道の先を照らして促すフカフカの言葉にキロ達は頷き、洞窟道を駆ける。
マッドトロル達は塞がれた左の道には目もくれず、キロ達を追って右の道に侵入してくる。
振り返ってマッドトロル達が追いかけてきている事を確認し、ミュトが少しずつ速度を上げ始める。
「この先の道を左折後、すぐの十字路を右折、その後は直進して。ボクは先行して道を開けてくる」
「隠し扉でもついてるのか?」
「避難通路は魔物の侵入を防ぐために偽装してあるのだ。知恵のある魔物もおるからな」
フカフカの説明にキロは納得し、ミュトを送り出す。
ミュトが心配そうにキロ達を振り返りつつ、先に道を左折する。
キロとクローナが続いて道を曲がった時、ミュトはすでに十字路を右折していた。丁寧な事に、曲がった先からフカフカが一瞬だけ十字路を照らしてくれた。
クローナがフカフカの代わりに足元を照らそうと、魔法の光を生み出そうとするが、動作魔力を使って走っている事もあって四苦八苦している。
キロが代わりに魔法の光を灯すと、クローナは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
十字路を右折すると、はるか先にフカフカとミュトがいた。
ミュトがキロ達へ手を振り、フカフカが尻尾の光でキロ達の足元を照らす。
キロは背後を振り返り、マッドトロルとの距離を測る。
「クローナ、もう一回運ばせてもらうぞ」
「……変なところは触らないでくださいね」
「この状況で軽口を叩けるんだから大物だよ」
キロは苦笑して、クローナの腰に腕を回す。
動作魔力を練り、クローナを抱えた瞬間、キロは急加速した。
移動をキロに任せて、クローナが残った魔力で背後のマッドトロルに向けて数発の石弾を撃ち込む。
泥の波と化していたマッドトロルはクローナの石弾を受けて前面が弾け飛び、速度をわずかに緩めていく。
ミュトが洞窟道の壁に開いた、人が二人ほど入れる程度の大きさの穴を指差す。
「先に入って!」
ミュトの言葉に頷き、キロはクローナを抱えたまま穴へ飛び込む。
続けて入ったミュトが穴の壁に手を触れると、動作魔力を通したのか、横からせり出た壁によって入り口が塞がれた。
――閉まれ、ごまってやつか。
ひとまずマッドトロルから逃げおおせたらしい、とキロがほっとした直後、壁の向こうにいたマッドトロル達が入り口をこじ開けようと体当たりしてきた。
本体は虫であっても、魔力を使って身体に纏う泥の質量はバカにできない。
入り口をふさぐ壁が揺れる。
「ミュト、特殊魔力を使ってこちら側から壁を固定するのだ」
冷静にフカフカが指示し、ミュトが右手を突き出して透明な壁を作る。
直後、あれほど頼りなく揺れていた入口の壁が微動だにしなくなった。
フカフカがキロとクローナに視線を向ける。
「今の内に奥へ進むぞ。別の隔壁があるのでな」
休む間もなく、キロ達は避難通路の奥へと駆け出した。




