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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第十二話  迷路状の新洞窟道

 協会に財布を預け、続けてミュトが守魔の縄張りを記した地図を売り払うとキロ達は早々に協会を出た。

 この街にもミュトの噂は届いていたようだが、胡散臭そうな目を向けられるだけで嫌味を言われることはなかった。

 長居して正体がばれるのを嫌ったミュトが白紙に起点となる座標を書き込みつつ口を開く。


「まとまったお金が手に入ったんだけど……どうする?」


 守魔の縄張りを記した地図が高額で売れたため、魔物を無理して狩る必要はないらしい。

 しかし、長期的には資金不足に陥る事が目に見えている。守魔の地図はあくまで臨時収入だ。

 フカフカが尻尾でミュトの頬を軽くはたく。


「先にミュト自身の考えを言うのだ。キロ達にこの世界の常識がないのだから、ミュトが方向性を示してやらんでどうする」

「で、でも……」

「――早く意見を言え」


 反論を許さずにフカフカが促すと、ミュトは困り顔でキロを見た。

 キロは安心させるように頷いて促す。

 ミュトは視線を泳がせた後、おずおずと口を開く。


「この街は人の流入が激しくて、ボクの知り合いと出くわす可能性も高いんだ。だから、近くの村へ移動しようと思う。地図の更新も遅れているみたいだから、新洞窟道が見つかるかもしれないんだけど……」


 煮え切らない態度のミュトが最後の最後で口籠る。

 フカフカが呆れたようにため息を吐いた。


「それで、村へ行こうとミュトは考えているのだな?」


 ミュトが小さく頷いた。

 ミュトとフカフカのやり取りに苦笑しながら、キロはクローナの意見を窺うべく顔を向ける。

 キロの視線を受けて、クローナはリーフトレージに覆われた愛用の杖を掲げた。


「今日は一度も戦ってませんから、魔力は満タンですよ」

「なら、行こうか」


 今日中に村へ到着するとの事で、キロ達はすぐに街の外へ足を向ける。

 奈落を横目に橋を渡り、洞窟道に入る。

 すれ違う人間も多かったが、ほとんどは馬車を操る行商人だ。

 街灯とは違って赤い色の光を放つ虫が詰まったカンテラを馬に似た生き物の首に掛けている。

 荷台にはほぼ例外なく水瓶が積まれていた。

 街で買い取った水を運ぶ一団らしい。


「水質保全とかはあるんだろうけど、街としてはぼろい商売だよな」


 自然にわき出る水を売りさばくのだから、利益率が高いのだろう。裕福になるのも頷ける。

 泥棒しようにも洞窟という関係上、進入路が限定されており、監視も容易だ。

 フカフカがキロに顔を向けた。


「護衛団を雇う他、周辺で討伐した魔物の死骸による水質汚染の防止など、手間はかかっているようであるぞ」

「そっか、水を求めて魔物が襲ってくる事もあるのか。案外、大変なんだな」


 という事は、とキロは続ける。


「この辺りで魔物を倒したら、死体を放置するわけにはいかないよな。村に持っていくのか?」

「それには及ばぬ。この辺りに生息する魔物はマッドトロル、泥で出来た身体を魔力で動かす大型の虫なのだ。魔力を供給する虫さえ殺せば泥に帰る」


 ミュトがフカフカの後を引き取って説明を続ける。


「虫は拳くらいの大きさで、泥の体のどこかに埋まってるんだ。殺した虫は、細かく砕いて光虫の餌にするから、高い需要があるんだよ」

「――言っているそばから、来たようであるな」


 フカフカが耳を動かし、音源を探る。

 キロ達は武器を構えながら、フカフカの索敵結果を待つ。

 しかし、フカフカは耳をせわしなく動かしながら、不可解そうに口を開く。


「どうやら、逃げたようだ……」

「逃げた? マッドトロルが?」


 フカフカに続き、ミュトも不可解そうに首を傾げる。

 戦闘態勢は解いていいというフカフカの言葉に、キロとクローナは釈然としないものを抱えながら武器を降ろす。

 ミュトが小剣を鞘に収めながら、フカフカを見た。


「マッドトロルはこっちに気付いたの?」

「うむ、突然に身をひるがえし遠ざかった。あの動きは我らに気付いたとしか思えぬが……マッドトロルに相手を選ぶような知能はないはずだな?」


 マッドトロルの正体は中に隠れている虫だとフカフカから聞かされたばかりだ。

 虫に本能以外の知能があるとは思えず、キロもまた首を傾げる。

 ――イタチがしゃべるのに虫に知能はないのか。

 ミュト達とは異なる方向に思考を割きながら、キロは一つの可能性を提示する。


「俺達以外の獲物を見つけた、とかは?」

「我の索敵範囲外にマッドトロルの獲物がいたとは考えにくいが、他に理由も思いつかぬな」


 腑に落ちないと言いたげだったが、フカフカはキロの推測に賛成票を投じる。

 現実としてマッドトロルが逃げ出した以上、あれこれと推論を述べても水掛け論にしかならない。

 気になるなら確かめればいいとばかり、ミュトが地図を見つめながらフカフカに問いかける。


「マッドトロルの数と逃げた方角を教えて」

「数は三、二つ先の曲がり角を右に曲がった先からの音だ。すでに我の索敵範囲からは出ておる」

「……新洞窟道だ」


 ミュトが街でメモしてきたらしい簡易地図と照らし合わせて、呟く。

 マッドトロルを逃がしたとはいえ、新洞窟道の発見は実績になる。


「測量に行くか?」


 キロが問うと、ミュトはこくりと頷いて歩き出した。

 マッドトロルの待ち伏せを警戒しつつ、洞窟道を進む。

 新しい洞窟道はすぐに見つかった。

 キロは目の前の新しい洞窟道の広さを目測し、顔を顰める。

 洞窟道の幅が約二メートルと、槍を振るうには狭かったのだ。

 高さはどうかとフカフカに頼んで光を少し上に持っていけば、五メートルほど上に天井があった。


「俺が前を歩くけど、いいか?」


 幅が狭いため咄嗟に前後の交代ができない事を見越して、キロが申し出る。

 フカフカがミュトの顔を見た後、キロに答える。


「槍を満足に振るえぬキロより、小剣を扱うミュトが前に出た方が良かろう。特殊魔力もある」

「いや、ミュトの特殊魔力はあくまでも撤退時の切り札に残しておきたい。狭いとはいえ、この幅を塞ぐだけの透明な壁をすぐに展開できないだろ?」


 それに、主に攻撃するのは自分じゃない、とキロはクローナに視線を向ける。


「俺が槍を使って敵との間合いを維持するから、クローナが魔法で片付けてくれ」

「任せてください」


 クローナが杖を掲げてにっこり笑う。

 心強い態度にキロも笑みを浮かべ、ミュトとフカフカを見る。

 ミュトは困ったような顔をしたが、キロとクローナの連携は守魔との戦いで見ているため、異論はないようだ。

 キロ達を魔物との戦いで矢面に立たせることに抵抗はあるようだが、嫌々やっているわけではないとキロ達を見ていてわかったのだろう、ミュトはクローナの後ろについた。


「進む方向の指示はボクが、索敵はフカフカがやるよ」

「あぁ、頼んだ」


 各々の役割が決まったところで、キロを先頭にクローナ、ミュトの順で隊列を組み、新しい洞窟道を歩き始める。

 槍の間合いを確保できるよう、キロとクローナの距離は少し離れていた。

 ――他と比べて壁の凹凸が激しいな。

 今まで見てきた洞窟道よりも、壁が荒く削り取られている。

 ごつごつした壁は結露してできた水滴が幾筋かの流れを作っていた。

 流れ落ちる水滴を飲んでいたらしいネズミがキロに気付いて道の奥へと走り去る。

 しばらくの直進の後、道が左右に分かれた。

 キロはミュトを振り返る。


「左の道は行き止まりである」


 音による判断か、フカフカが進言し、頷いたミュトが左の道を指差した。


「先に左の道の地図を作るよ。魔物はいないようだから、僕が先行する。後ろから来た魔物に挟み撃ちにされるかもしれないから、警戒してね」


 キロは頷き、隊列を入れ替えて道を進んだ。

 何事もなく行き止まりまでの地図を作り終え、挟み撃ちされないようすぐに分かれ道へと戻る。

 そしてまた別の道へと歩きだした。

 幾度となく分かれ道を発見し、次第にキロは道が分からなくなってくる。


「次は右だね。行き止まりになってるはずだから」

「その通りだ。右の道は七歩ほど進んだ先で左折できるが、行き止まりになっておる」


 しかし、ミュトは長年の勘によるものか、フカフカより先に地形を把握し始めたようだ。

 クローナが不思議そうにミュトを振り返る。


「どうしてわかるんですか?」


 キロの抱いていた疑問をそっくりそのままクローナがミュトへぶつける。

 ミュトは手元の地図を振った。


「壁の向こうにすでに僕らが歩いた道があるんだよ。この辺りはかなり密に道ができているみたいなんだ」

「迷路状になってるのか。しかも、立体の」

「立体以外の迷路なんてできようがないよ?」

「地下世界だもんなぁ……」


 カルチャーギャップを覚えつつ、キロは呟く。

 ミュトが右の道へ早足で進み、さっと地図を描き上げて戻ってきた。

 ミュトの肩の上から地図を覗き込んでいたフカフカが不意に顔をあげる。


「どうかしたのか?」


 キロの問いかけに対し、フカフカは無言のまま耳を動かし、目を見開いた。


「――お前達、逃げるぞ!」


 突然、フカフカが叫んだ。

 今まで一切の戦闘がなかったこともあって、キロは一瞬反応が遅れたが、ミュトはすぐに身をひるがえした。


「付いて来て、はぐれないように!」

「待て、ミュト、お前は特殊魔力を練るのだ。急げ!」


 走るために踏み出していた右足を軸に、ミュトが再度反転して片腕を道の先に突きだす。


「キロ、クローナ、お前達はミュトの後ろへ付け。いつでも逃げだせるようにするのだ」


 言われた通りにミュトの後ろへ付きながら、キロはフカフカに目を向ける。


「何が起こってるんだ、フカフカ」

「マッドトロルが大挙して押し寄せてくる。我でも数の判断が付かん。逃げるより他にない」

「それなら、今すぐ逃げるべきじゃないですか?」


 クローナが首を傾げるが、フカフカは不機嫌に尻尾を揺らす。


「ここから避難するなら村しかない。だが、村の戦力なんぞたかが知れておる。あの群れが相手では必ず押しつぶされるだろう。我とて好かんが、下種でも武器を持つ以上は戦力だ。ほれ、見えたぞ、下種どもが」


 見えない何者かをののしるフカフカに怪訝な顔をするキロ達だったが、洞窟道の先からけたたましい足音が聞こえてきて気を引き締めた。

 フカフカが尻尾の明かりを強くし、道の先を照らす。

 光にうっすらと浮かび上がった五つの人影には見覚えがあった。

 ――ランバル護衛団か。っておい、後ろの……ッ!


「アレが魔物なのかよ!」


 うねる泥の津波と表現した方が妥当と思えるマッドトロルの群れを見て、キロは口元が引きつった。


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