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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界
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第五話  遠慮と引け目

 依頼人である行商人は、端的に言って筋肉ダルマだった。

 ――金属製の籠手三組を運んでたって言うから、想像はしてたけど……。

 あまりの大きさにクローナ共々キロが気圧されていると、依頼人はニカリと白い歯を見せた。


「行商人をしているカルロです。道案内をよろしく頼みます」


 良い笑顔でサムズアップするカルロはメイスを背負っていた。

 キロの視線に気付いたのだろう、カルロはメイスを指差して、再びニカリと笑う。


「自衛用の武器ですよ。グリンブル、まぁ猪みたいなアレに追われている時は割れ物もあったんで戦えませんでしたが――次に出会ったらミンチにしようと決めてましてね」


 ドスの利いた声で抱負を語り、カルロは街の入り口に視線を向ける。

 クローナがキロの耳に口を寄せた。


「……なんか、私達は必要なさそうなんですけど」

「あぁ、多分、俺達よりよっぽど腕が立つぞ」


 内緒話していたキロ達は、カルロが顔を動かした瞬間、何事もなかったように体を離す。


「では、さっそく行きましょうか」


 カルロが音頭を取り、率先して歩き出す。

 キロ達は慌てて後に続いた。

 街の防壁を抜けると、昨日も歩いた芝生と、少し先に鬱蒼とした森が見える。

 クローナが先頭になり、迷いない足取りで森に向かう。

 ――本当に覚えてるんだな。

 周りをいちいち確認する事もないクローナの自信に、キロは改めて感心した。


「いやはや、お二人が依頼を受けてくださって助かりました。どうにも諦めきれなくてね」


 カルロは周囲を警戒するキロに笑いかける。


「受付の人に聞きましたよ。お二人とも今日冒険者になられたばかりだとか。初日から街の外に出してもらえるなんて、お二人は将来有望ですなぁ」


 話しかけられても、言葉を話せないキロは返事のしようがない。


「……クローナ、俺の代わりに話し相手を頼む。無視したら失礼だろうから」

「わ、わかりました」


 ――クローナの奴、緊張してるな。

 クローナの声の硬さに、キロは苦笑する。

 クローナとカルロとの会話を聞いているうちに、目的地に着いた。


「おぉ、あった。ありましたよ」


 カルロが木の裏を覗き込んで声を上げる。

 続いてカルロは鞄を持ち上げ、中身を確かめた。


「きちんと三組あるようです。いやはや、これは幸運。さぁ、早いとこ帰りましょう」


 カルロは鞄を背負い、街の方角を指差した。

 キロはつられて街へ視線を向ける。遠くにうっすらと街の防壁が見えた。

 この様子なら、クローナの言葉通り夕方までに帰りつけそうだ。

 三人は帰り道を歩きだす。

 依頼の失せモノが無事に見つかったからか、カルロの機嫌が良い。

 街に近い事もあり、野生動物はちらほらと見かけたが、魔物とは遭遇しないまま帰り着いた。

 武器の槍を持っているとはいえ、まだ碌に振るってすらいないキロはほっと安堵の息を吐く。

 ギルドで依頼達成の認可を受け、初報酬としては破格の銀貨二枚を受け取った。


「クローナさんの土地勘は頼りになりそうですね。冒険者としては少し変則的に経験を積む事になりますが、街中での依頼より外に行く依頼を多く回す事になると思います」


 今回の依頼でクローナの有用性が認識されたらしい。

 キロとしては、槍をまともに扱えるようになるまで街での依頼を中心に受けたいところだった。

 しかし、今回のような依頼がいくつか溜まっていると言われると、無下にも出来ない。

 キロは元の世界に帰る見込みができ次第、冒険者を廃業するつもりだが、クローナはキロが帰った後も冒険者を続けていくのだ。

 初期から街の外での依頼をいくつも達成しておけば、箔がついて一人でも活動しやすくなるだろう。

 ――魔物には遭わなかったし、街から離れすぎないよう注意しておけばいいか。

 キロは一瞬そう考えたが、脳裏を〝フラグ〟の三文字が横ぎった。

 キロはクローナに声をかける。


「受付に槍の扱い方を教えてくれる人に心当たりがないか、聞いてくれ」


 自衛手段はしっかり確保しておこう、そう決意するキロだった。

 受付の男性は手近な紙に簡単な地図を書きつけると、キロに渡してくる。


「訓練場への地図です。クローナさんは貴重な人材なので、しっかり守ってあげて下さい」


 俺はどうなの、とキロは口にしかけて、中断した。

 現状、何の役にも立っていない事は自覚しているからだ。

 ギルドを出て、キロ達は受付に教えられた訓練場に向かった。

 大きな広場に屋根だけ付けたような訓練場では、数人の冒険者達が鍛錬に励んでいた。

 引退した冒険者だろうか、七十歳ほどの大柄な老人が注意深く冒険者達を見回している。

 キロに気付いた老人が目を細めた。


「そこの細いの、入ってくるな。邪魔だ」


 老人はキロに向けて虫を払うような仕草をする。

 ――俺ってそんなに細いのか。

 少し自信を無くしつつ、キロは槍を見せながら口を開く。


「今日、冒険者になった者です。槍の稽古をつけてもらいたいのですが」


 クローナがキロの後について翻訳するが、老人は全てを聞く前に鼻で笑った。


「お前みたいのが混ざっても邪魔になるだけだ。大人しく町中の仕事だけ受けてろ」


 老人の態度はあまりにも悪かったが、キロはこっそり吐いた溜息一つで水に流す。


「端の方だけでも貸してくれませんか?」

「しつこいな。邪魔だから失せろ。俺が訓練した奴から死人が出たら後味悪いだろうが」


 ――死ぬ事が前提なら、死なないように鍛えてくれよ。

 取りつく島のない老人の態度に諦めて、キロは訓練場に背を向けた。

 クローナを連れて教会への帰り道を歩く。

 クローナは俯いてキロの隣を歩いていたが、ぽつりと言葉を落とした。


「……キロさん、すみません」


 唐突な謝罪の言葉に、キロは横目でクローナを見る。


「武器があっても修練が積めないと命にかかわりますし、安易に冒険者稼業に巻き込むべきじゃありませんでした」

「他に金策の当てもなかったし、最後に決めたのは俺だからクローナが謝る事じゃない。とりあえず、明日は地図の修正印を貰った元冒険者達に頼んでみるよ」


 だから気にするな、とキロはクローナに笑いかけた。

 教会に到着したキロは司祭に挨拶した後、裏手に出た。

 ――たとえ独学でも、訓練しないよりましだろう。

 キロは槍を構え、縦や横に振りぬいてみる。

 魔物とはいえ鳥の骨で作られているだけあって、槍は軽い割に丈夫だった。

 思い切り振りぬいても慣性に引っ張られる事はなく、少しのブレで止める事が出来る。

 案外、良い買い物だったのかもしれない。

 夕食が出来たとクローナが呼びに来るまで、キロは鍛錬を続けた。


 母が事故死したと聞いた時、ほっとしたキロは、次の瞬間には自分自身にぞっとした。

 キロの母は恋人とのデート中、車でがけ下に転落して死亡したとの事だった。

 キロが小学校に上がる直前に離婚した両親は、すぐに別の相手と交際を始めていた。

 母に引き取られていたキロは、母が家に招いた見知らぬ男性に幼いながらも気を使って生活していた。

 事故死したと聞いて、これでもう気を使う必要はない、と無意識のうちにほっとしてしまったのだ。

 実父はそんなキロの性格を見抜いていたのか、それとも単なる言い訳だったのか、母の葬儀が終わった後でこう言った。


「俺にはもう新しい家庭がある。お前の居場所を作ってやる余裕はない。俺の家族に気を使って生活するより、施設にいた方がお前も気楽だろう」


 そうして、施設に入れられたキロは結局、施設の人々に気を使いながら過ごす事になる。

 優しくされようと厳しくされようと、気を使って返事をする自分自身に嫌気が差したキロは逃げるように全寮制の高校へと進学し、施設を出た。


 小鳥の鳴き声に意識を呼び起こされて、キロはベッドから身体を起こした。


「うわぁ……」


 額を押さえて、キロは思わず呟く。

 幼い頃の記憶をなぞるような夢をこのタイミングで見た自分に、心底嫌気が差したのだ。

 自己嫌悪に頭を抱えていると、扉がノックされた。


「キロさん、ギルドに行きましょう」


 クローナの声だ。


「……あぁ、すぐ用意する」


 感情が声に出ないように注意して、キロは言葉を返す。

 言葉通り手早く準備を整えたキロは、クローナと共にギルドへ向かった。

 午前中に依頼を片付けて、午後は師匠を探そうとクローナと話し合う。

 早朝だったためか、ギルドの中は閑散としていた。

 受付の男性がキロ達を見つけて片手を振る。


「昨日と同じで早いね。熱心なのはいい事です」

「依頼はありますか?」


 クローナが急かすと、受付の男性はすぐに一枚の依頼書を掲げた。事前に準備してあったのだろう。

 依頼内容はとある種類の木の樹液を探して持ち帰って欲しいというものだった。


「樹液なんて何に使うんだ」

「香料になったはずです」


 クローナがうろ覚えの知識を披露すると、受付の男が頷いた。

 森に点在する原木から、樹液を採取して回るのが依頼の内容らしい。

 今までこの依頼を受けていた冒険者が別の街へ行ってしまったために、受ける者がいなかったそうだ。

 原木の位置を記した地図すらないらしい。前任者は独占するためにわざと作らなかったのだろう。

 やはりというべきか、クローナは原木の位置をすべて知っていた。

 昼までに終わらせてしまいましょうというクローナに付いて、森を歩き回る。

 街の方角を覚えておくだけで精いっぱいのキロなどお構いなしに、クローナは次々と原木を渡り歩いた。

 最後の原木から樹液を採取して、キロは空を見上げた。


「街に帰っても昼になってなさそうだな」


 ――これで銀貨一枚か。

 運が悪ければ魔物に出くわす事もあるとはいえ、依頼人は自分で取りに行ったりしないのだろうかと、キロは思う。


「この手の依頼は冒険者を育てるためでもあるって聞きますよ。せんこうとうし……ってやつです」

「無理して難しい言葉を使わなくていいぞ」

「さらりと翻訳してますけど、キロさんが使っている言語は語彙が豊富ですね」


 言葉を交わしながら、キロは街へと足を向け、動きを止めた。

 クローナも同じく動きを止め、注意深く耳を澄ませる。


「虫の音が止みましたね」

「隠れよう。戦闘は可能な限り避けたい」


 キロとクローナは頷きあい、近くの木の根元に身を隠す。

 周囲を見回し、耳を澄ませながら隠れていると、遠くで藪を掻き分ける音がした。

 音の方向を見て、キロの背筋に悪寒が走った。

 ――風下かよ!

 藪を掻き分ける音が急速に迫ってくる。


「やばい、ばれてる!」


 キロは声を上げ、クローナと共に立ち上がった。

 キロは槍を、クローナは杖を構える。


「この辺りは特定の魔物の縄張りじゃありません。相手は徘徊するタイプです」

「逃げられないか?」

「多分、逃げられます。種類が特定できれば、ですけど」


 言葉を交わす間にも、藪を掻き分ける音は大きくなっていく。

 やがて、姿を現したのは体高一メートル程の鳥だった。

 発達した足でしっかりと地面を踏みしめ、やや太い胴体には何かの返り血がべっとりと付着していた。

 太いくちばしには何故か歯が生えている。

 姿を見た瞬間、クローナが叫ぶ。


「この魔物は空を飛べません! 木の上へ逃げて下さいッ!」


 言うが早いか、クローナは正面に魔法で石の壁を生み出した。

 足場にして素早く樹上へ逃げるのだろう。

 クローナが自ら生み出した壁の上面に手を掛け、飛び乗る。

 キロも同時に壁へ上がった。

 すぐに近くの木へ移ろうとした時、キロは足元の壁が崩れる音を聞いた気がした。


「――えっ?」


 図らずもクローナと声が重なる。

 困惑しつつ足元の石壁を見れば、鳥型の魔物がつるはしよろしくくちばしを壁に突き込んでいた。

 キロは教会の裏手で聞いたクローナの言葉を思いだす。

 ――私は大量に特殊魔力を持っているので、変な作用をして稀にこうなります。熱くない火球とか――


「ボロボロ崩れる石壁、とか」


 言葉を反芻し、キロは何が起こったかを悟る。

 ――この石壁、クローナの特殊魔力で脆くなってやがる⁉

 崩れる前に木へ飛び移ろうかとも思ったが、鳥型の魔物がくちばしによる第二撃を壁に見舞った。

 ただでさえ脆い壁だ。木に移るために思い切り蹴り付けたなら、その時点で瓦解しかねない。そうなれば、十分な推進力を得られず、木に届かないだろう。


「ちっ、鳥が壁へ三度目の攻撃をしたら槍で上から切りつける。怯んでいるうちにクローナは新しい壁を頼む!」


 槍の穂先を壁の下にいる魔物へ向けて、キロはクローナに指示する。


「わ、分かりました!」


 クローナが返事をした瞬間、魔物がくちばしを壁に叩き込んだ。

 反動で止まった魔物の頭をめがけて、キロは飛び降り様に思い切り槍で突く。

 金属同士がぶつかるような、動物の頭を槍で突いたとは思えない音が鳴った。

 ――硬すぎだろ、この石頭!

 キロは内心で毒吐く。


「キロさん、壁を作りました!」


 クローナの声に振り返れば、新しい石壁が生み出されていた。

 キロは魔物が怯んでいる内に急いで石壁を登る。

 魔物は二、三度頭を振って、新しい石壁にくちばしを叩きつけた。

 今度の石壁は頑丈だったようで、魔物はふらふらと後ろに下がる。

 その間に、キロとクローナは木の上へと避難した。

 魔物は未練がましくキロ達を見上げ木の周りをくるくる回っていたが、やがて諦めたのか藪の中へと姿を消した。


「……流石に焦ったぞ」

「すみません」


 太い枝に腰かけ、木の幹を背もたれにしながらキロが呟くと、クローナが頭を下げた。


「慌ててたので、特殊魔力を混ぜてしまったみたいです」

「何事もなかったし、経験を積めたと考えよう。それより、槍の刃が全く役に立たなかったんだが、あの魔物は胴体を狙った方が良かったのか?」


 キロは先ほどの戦闘を思い出しながら、クローナに問う。

 体重をかけて槍の穂先を魔物の頭に叩き込んだにもかかわらず、効果がなかった。

 クローナは困ったように首を傾げた。


「基本的に逃げるか追い払うかしかしてこなかったので、魔物の弱点まではわからないです……」

「羊も見ないといけないもんな。むしろ、よくあんなの相手に羊を守り通せたもんだよ」


 武器で攻撃しても大したダメージが与えられない生物が襲ってくる世界で、羊を守りながら旅をする。

 想像するだけで精神が削られる仕事だ。

 クローナがキロから顔を背け、魔物が去って行った茂みの向こうに目を凝らす。


「魔物の縄張りとかは前任者から聞いていましたし、ほとんどは逃げるだけでしたから」

「それでも凄いと思うけどな」


 時間をおいて、安全を確認し、キロ達は木から降りた。

 樹液の採取は済んでいるため、さっさと森からの脱出を図る。

 途中、野生のウサギが不意に飛び出してきて驚かされたものの、何事もなくギルドに到着した。

 集めてきた樹液を受付に併設された引取所に渡す。

 依頼の品は倉庫に一時保管し、後ほど依頼人に引き渡されるという。

 引換券を渡されて、キロ達は受付の男性の元に向かった。


「報酬です。この依頼はできれば定期的に受けてほしいですね。時期が来たらお知らせしますから」

「収入が安定するので助かります」


 銀貨一枚を受け取り、クローナは財布に収めた。

 時計を見て一人頷いた受付の男性が机の下をごそごそと漁り始めたので、キロはクローナの肩を叩く。


「このままだと次の依頼を受ける事になるぞ」


 財布を覗き込んで何事かを思案していたクローナが弾かれたように顔を上げた。


「あの、午後からはキロさんの師匠を探しに行くので、依頼は明日お受けします」


 クローナの言葉に受付の男性はキロを見た。


「昨日、修練場への地図をお渡ししましたよね。場所が分かりませんでしたか?」

「……教えたくないと言われちゃいまして」


 クローナが困ったようにキロを見る。

 視線を向けられても、キロにはどうしようもない。

 受付の男性は苦い顔で頭を掻いた。


「参りましたね。修練場の教官の給料は訓練生から死者が出ると減らされるので、見込みがない方は断られるんです。死亡率を上げないための防止策なんですが、キロさんは、その……」


 ――才能なし、か。

 受付の男性は言葉を濁したが、キロは察する。

 困り顔でキロを見た後、受付の男性はクローナに視線を移す。


「ギルドとしても、無駄に死んで欲しくないので町での仕事をお勧めするんですが……しかし、うぅん」


 不幸な可能性と実利を天秤にかけているらしい。

 受付の男性は腕を組んでしばらく唸った。


「クローナさんが他の腕が立つ冒険者と組めば解決するんですが――」

「私が無理を言ってキロさんを冒険者稼業に引っ張り込んだので、そういう不義理はしたくないです」


 受付の男性に最後まで言わせず、クローナは却下する。

 キロを見て、受付の男性はため息を吐いた。

 またしばらく悩んでいたが、やがて、結論を出した。


「とにかく、近いうちに師匠が見つかればいいんですよね。こちらからも暇そうな冒険者に声をかけてみます」

「お願いします」


 クローナと共に、キロは頭を下げる。

 ――俺、足を引っ張ってるな。

 ギルドを後にして、引退した冒険者の家に向かいながら、キロは一人嘆息した。

 その日、師匠を見つける事は叶わなかった。


 翌早朝、キロ達はギルドに赴いた。

 受付の男性を見つけて、軽く挨拶を交わす。


「――私の方でも幾人かに声をかけてみたのですが、空振りに終わりました」


 依頼書を引っ張り出しながら、受付の男性はそう告げた。

 クローナが依頼内容を聞いている間、キロはぼんやりと昨日会った元冒険者達の言葉を思い出す。

 曰く、腕力が足りず、成長期も過ぎていて伸びが悪い。

 曰く、武器の扱い方の基礎すらできていない。

 曰く、考えてばかりで動きに反映されるまでが遅い。

 つい先日まで平和な日本に住んでいたのだから当たり前だ、と言い返したいが、何の解決にもならない。

 鍛えるだけ時間の無駄、大人しく町の仕事を受けていろ、と昨日だけで耳にタコができるほど聞かされた。

 ――まさか、武術の才能がない、と嘆く羽目になるとは。

 依頼の詳細を聞いたクローナが立ち上がる。

 いつのまにか、ギルドには冒険者が集まりつつある。

 建物を出る際、何人かに後ろ指を指された事がキロは気になった。

 町の外に向かいながら、キロはクローナに声をかける。


「新しくパーティーメンバーを増やすっていうのはどうだ?」

「三人で報酬を分けたら暮らしていけませんよ。司祭様にこれ以上迷惑を掛けたくありませんし」


 小さな教会はキロ達が居候するだけで精いっぱいだ。

 司祭の好意に甘えすぎるのもよくないだろう。

 町の防壁をくぐり、森に入る。

 今日の依頼は川の傍に建てられている、町が管理する小屋から逃げ出した動物を探し出す仕事だ。

 鳴き声が騒々しい動物であるため、町の中で飼う事が出来ないというその動物が森の中へ三匹ほど逃げ出したという。

 一匹に付き銅貨五枚の依頼だ。

 森に詳しくない冒険者が下手に探し回ると強力な魔物の縄張りに入って殺されかねないため、縄張りを熟知するクローナに仕事が回されたのである。


「魔物の縄張りには入らなくて良いそうです」

「それを言う時、受付は渋い顔をしてなかったか?」

「いえ、特には」


 キロの質問にクローナは平然と答えた。

 ――表情を作るのが上手い、か。

 クローナに寄せる司祭の評価を思い出して、キロは心の中で嘆息した。


「なぁ、クローナ、俺よりもっと使える奴と組んだ方がいいと思うぞ」


 キロが勧めると、クローナは足を止めた。

 周りに魔物の気配はない。川の方からカエルの鳴き声が聞こえてくるだけだ。

 キロは安全を確認して、再度口を開く。


「俺に遠慮するのはクローナの今後を考えるとよくない。俺は町での仕事を受けるよ。司祭に腕輪を借りれば、なんとかなるから――」

「だめです」


 クローナは一言で切って捨て、キロに向き直った。

 怒っているのか、頬には赤みが差し、杖を強く握っている。


「冒険者としてパーティーを組んだんです。私はキロさんに命を預ける覚悟をしているんですよ。キロさんが町の中での依頼を受けたいなら、私も一緒に受けます。遠慮しているのはキロさんの方じゃないですか!」


 クローナは怒鳴り、指先をキロに突き付けた。


「もっと私を信頼してください。遠慮しなくても、もっと図々しくても、私はキロさんと冒険者やりますよ!」


 クローナは言い切ると、腰に手を当ててキロの言葉を待った。

 如何にも、私は憤慨しています、といった表情のクローナに、キロは苦笑した。

 クローナが頬を膨らませる。


「笑う所じゃありません」

「あぁ、そうだな」


 キロはクローナの頭に手を置いて、軽く撫でた。

 クローナがますます頬を膨らませた。


「なんで撫でてるんですか。手が重いですよ」


 クローナが暴れ出すまで頭を撫でつつ、キロは決意を固めていた。


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キロにこだわる理由はあかされるのかな
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