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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第九話  盗人

 資料が詰まった書棚が並ぶ地図師協会の内部、知の殿堂ともいうべきその場に似つかわしくない喧騒が満ちていた。

 あまりの騒々しさに眉を顰めたキロ達は、原因であるらしい男達の言葉を聞き取って唖然とする。


「――それで切り飛ばした守魔の足がこれだ」


 満を持して、といった様子でお披露目されたのはキロが切り落とした三本の守魔の足だった。

 誇らしげに胸を張るのは五人の男達。

 一様に丸盾と幅広の剣を持ち、背中には顎ずれをした赤いクワガタの紋を背負っている。

 統一された装いから何らかの組織に所属していると分かった。


「ランバル護衛団だね」

「厄介な奴らに手柄を取られたな」


 鋭い視線を向けるミュトとフカフカは男達の組織に心当たりがあるらしい。

 キロがクローナの肩に手を置き、引き寄せる。

 キロさんの戦果なのに、と頬を膨らませていたクローナが暴走しないように抑えたのだ。

 キロはミュト達に視線で説明を求める。

 目立たないように書棚の裏へ隠れ、ミュトが口を開いた。


「ランバル護衛団は中層から上層で地図師や行商人の護衛を目的に活動する傭兵集団だよ。団員数は五百を超えると言われている大きな組織で、戦闘実績で報酬額が厳密に決められてる」

「それで守魔の足を横取りして報酬額の割り増しを狙っている、とセコイな」


 身も蓋もないキロの感想にミュトが困ったような顔をする。


「……怒らないの?」

「放っておけば自滅するからな。守魔の足を切り落としたあなた方ならこれくらいできるでしょう、とか言われて断り切れずに無理な仕事をして痛い目を見るのがオチだ」


 キロが受付の若い女の口調を真似して言うと、クローナが堪えきれずに噴き出した。

 クローナはキロの肩に顔を埋めて笑いをかみ殺している。笑いのツボに入ったらしい。


「い、今のセリフ、今度女装した時にもう一度お願いします」

「女装の話は持ち出すな」

「キロにはそんな趣味が……?」

「断じてない」


 一歩引きながらのミュトの言葉を否定して、キロはコホンとわざとらしく咳払いをする。


「足の件は放っておくとして、早く調査報告に行こう」


 手柄が横取りされても、今回の調査自体は完遂しているのだから、上層探索の許可は得られるはずだ。

 キロの言葉に頷いたミュトは恐る恐るクローナを横目で窺う。

 手柄を取られた事に怒っていたため、ランバル護衛団と喧嘩しないか不安だったのだろう。

 クローナはミュトの視線を受けて苦笑した。


「腹は立ちますけど、キロさんが良いというなら仕方ありませんよ。それに、キロさんの言う通り自滅するでしょうから」


 ちらりと男達を見ると、頭上高く守魔の足を掲げ、周りから囃し立てられていた。

 引くに引けなくなっている様子が表情からも窺える。


「さぁ、行きましょう」


 クローナがミュトの手を取り、受付へ歩き出した。

 受付の若い女は楽しそうにランバル護衛団の自慢話を聞いていたが、ミュトを見つけて顔を顰めた。


「ランバル護衛団が守魔を引き付けている間に調査を終えたのかしら? 本当に卑怯ね」

「上層探索の認可を」


 受付の嘲りには取り合わず、ミュトは調査結果を書いた紙を差し出す。

 嫌々ながらも依頼書を出して受付は判を押した。


「ほら、さっさとこの町から消えてちょうだい。まともな地図師が寄り付かなくなったら困るから」


 ゴミでも捨てるように認可証を放り投げ、受付は席を立ってランバル護衛団へ歩いて行く。


「あなた達のおかげで地図師が一人と護衛が二人、死なずに済んだみたいよ」


 ランバル護衛団に声を掛けた受付は嫌味な顔でミュトを振り返る。

 キロがそっとミュトの前に立ち、集まる視線の盾となった。

 驚いたように目を開き、キロを見上げるミュトの手をクローナが引っ張る。


「早くこの町を出た方が良さそうです。今日中に準備して明日には次の町へ向かいましょう」


 入り口に向けて歩き出すミュトとクローナの後を追いながら、キロはランバル護衛団に向かって笑顔で手を振った。

 受付の若い女が舌打ちする。

 嫌味をあしらわれた事が気に食わないのだろう。

 先に外へ出ていたクローナとミュトに続き、キロは協会を後にする。

 街灯に詰められた虫が放つ薄黄緑色の光が通りを明るく照らしている。

 キロが上を見上げると、崩落防止の白い塗材が塗り込められた天井が目に入った。

 ――だんだんと気が滅入ってきそうだな。

 太陽の明かりが届かない地下都市だけあって、目がくらむほど明るい自然光が欲しくなる。

 天井を見上げるキロの肩にフカフカが飛び移った。


「物憂げな顔をしておるが、何か気になる事でもあるのか?」

「空が恋しくなったんだよ」

「自慢話か。聞くだけ損であったな」


 鼻を鳴らすフカフカにキロは笑いかける。


「自慢話を聞けば聞くほど、期待が高まるんじゃないか?」


 キロの意見を吟味するように沈黙したフカフカは、フンと鼻を鳴らした。


「我らが夢想する空よりも魅力的に語れるというのなら、聞いてやろう」

「止めておこう。空の魅力は言葉で言い表せないからな」

「上手い逃げ口上であるな。より一層、期待しておこう」


 口端を吊り上げて、フカフカは愉快そうに尻尾を揺らす。

 フカフカは器用にキロの肩を左から右へと渡って助走を付け、ミュトの肩へと飛び移る。


「ミュトよ、早々にこの町を出るぞ。最上層級地図師への昇格には何が必要なのだ?」


 フカフカの質問に、クローナが興味津々な顔をミュトに向ける。

 キロも興味を惹かれてミュトを見る。


「地図師の階級ってまだ上があるのか?」

「うん、探索許可がもらえる場所によって、下の階層から最下層級、下層級、中層級、上層級、最上層級になるんだ。最上層級の上には未踏破層の探索許可がもらえる、特層級っていう特別な階級があって、いま特層級の地図師は全部で八人しかいない」


 ミュトが大雑把に説明する。

 ――段階的に上げて実力以上の階層には行かせないのか。死亡率を下げたいんだろうな。

 仕事中に死亡されると困るのはどこの世界も同じか、とキロは世界を超えた共通点を見出す。


「それで、最上層級への昇格条件は?」


 二人と一匹から注目されたミュトは眉を八の字にして口を開いた。


「五十本以上の新洞窟道発見に相当する実績か、上層地域の村一つからの推薦と担当地区の地図師協会による実技検査」


 ミュトが昇格条件を説明すると、フカフカがため息を吐いた。

 クローナが心配そうな顔をする。


「難しいんですか?」

「後者は諦めるべきだろうな。協会の実技検査で嫌がらせをされるのが目に見えておる。しかし、新洞窟道五十本の発見もなかなか厳しい条件であるな」


 フカフカによれば、一人の地図師が見つける新洞窟道の数は年平均で五、六本、条件を満たすためには十年以上の歳月が必要になるという。

 厳しい条件に眉を寄せるキロとクローナを見て、ミュトが安心させるように微笑んだ。


「けど、わざわざ新洞窟道を見つける必要はないよ。崩落で道が閉ざされていたりしても、実績として数えられるから五年もすれば昇格試験を受けられる」


 ――五年、気長な話だな。

 時間がかかり過ぎると思ったのはキロだけではないようで、クローナも難しい顔をする。

 キロとクローナの芳しくない反応にミュトが慌てるが、キロは心配するなと肩を竦めた。


「守魔の縄張りの地図は実績に入るのか?」


 高値が付くという守魔の縄張りを記した地図の話題に触れると、クローナが思い出したように協会を振り返る。


「さっき、地図を渡してませんでしたよね?」


 フカフカが愉快気に尻尾を揺らす。


「足元を見られるに決まっておるからな。別の協会支部へ持ち込むべきであろう。それに、あの場で出せば余計な軋轢を生む」


 ただでさえ、ランバル護衛団と守魔が争っている間に調査したと思われているのだ。

 更に高値が付く地図の買い取りを頼めば、漁夫の利を得るのも大概にしろと理不尽な怒りが飛んでくるだろう。

 ミュトはそれを見越して地図を出さなかったのだ。

 キロはミュトの考えを理解して、感心する。


「良い判断だな」

「こと衝突の回避に関して、ミュトの対処法は年季が入っているからな。この程度は造作もない」


 褒めているのか貶しているのか判断が付かないフカフカの言葉に、ミュトは反応に困っている。

 何か言って藪蛇になる事を嫌ったのか、ミュトはキロの質問に答える事にしたようだ。


「守魔の縄張りの地図は人の居住が可能な広間に分類されるから、新洞窟道発見より高い評価になるよ。今回は一部だけしか描いてないけど、十分な価値になるはず」


 居住空間が限られる地下世界では、町の建設ができるほどの広さを有する空間は貴重であり、地図の価値も跳ね上がる。


「それなら、まずはその地図を売り払える町へ移動した方がいいな。できれば地図師の少ない地域に行って道中で新洞窟道の発見ができれば御の字だ」


 キロはざっと今後の予定を組み立て、クローナを見る。

 他に何か良い案はないかと訊ねるためだったのだが、クローナは何やら難しい表情をしていた。


「これから一緒に活動していくに当たり、決めなければいけない重要事項を思い出しました」

「……重要事項?」


 キロがおうむ返しに問い返すと、クローナは深々と頷く。

 ミュトとフカフカが何事かと視線を向ける中、クローナは厳粛な空気さえ纏って口を開く。


「宿の部屋割りについて、です」

「――すごくどうでもいいんだけど」


 キロが即座に呆れ声で応じるが、他の面々はそうではなかったらしい。

 ミュトが困ったように発言する。


「ボクはほら、地図の買い取りとかでもよく足元を見られて買いたたかれるから、あんまり手持ちがないんだよ」


 申し訳なさそうに言って、ミュトは財布を取り出して中を見せる。

 小さな宝石がいくつかと、秘蔵の品ですと言わんばかりに内ポケットの中へ隔離された銅貨が二枚入っている。

 フカフカがミュトの肩から財布を覗き込む。


「この人数で泊まるとなると二部屋でならば三泊、一部屋ならば七泊できるかどうかといったところか。銅貨を使えば別だろうが、もしものための貯蓄であるし、使いたくはなかろう?」


 フカフカがミュトに確認すると、ミュトは視線を逸らして困り顔をする。

 キロ達のために貯蓄を崩す事は出来ない、と言ってしまうと喧嘩になるかもしれないと考えたのだろう。

 ――どちらが大事か、なんて問題でもないだろうに。

 キロは苦笑しつつ、考える。


「地図以外での収入がなければジリ貧って事だな。護衛を雇っている他の地図師はどうやって稼いでるんだ?」

「方法はいくつかあるけど、多いのは魔物の討伐と素材の売却かな」


 ミュトは天井を指差す。

 キロとクローナもつられて天井を仰ぎ見る。


「天井の崩落防止の塗材も一部の魔物から採取するんだ」

「ミュトは防御に関しては高い能力を持つが、攻撃力は劣る。一人で活動していた事もあって戦闘は避けてきたのだが……今はキロとクローナがおる。魔物の討伐も選択肢の一つであるな」


 危険が伴うぞ、と付け足すフカフカと、心配そうなミュトを見て、キロはクローナと顔を見合わせる。


「他にないならやるしかないか。どうする?」

「キロさんとなら何でもして見せますよ」


 そう豪語して、クローナは小さな花が咲く様に微笑んだ。


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