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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第七話  ミュトの特殊魔力

 本当に調査依頼を受けるとは思っていなかったらしい受付の若い女が不快感もあらわに眉間にしわを作る。


「見栄を張るのはやめてさっさと帰りなさいよ。第一、そっちの男は素槍なんか持って何のつもり? オラン・リークスの真似事してるなら張り倒すわよ?」


 有名な地図師かつこの町の開拓者であり誇りでもあるらしいオラン・リークスと同じ形状の槍を、嫌われ者のミュトの仲間であるキロが持っている事が不快で堪らないらしい。

 協会内にいる地図師やその護衛達も不愉快そうにキロを見ている。


「どのような武器を使おうが我らの勝手であろう。それより調査内容を早く言え」


 フカフカが不愉快そうに急かす。

 険悪な空気にミュトが縮こまっているが、知った事ではないとばかりにフカフカは受付の若い女を睨み据えた。

 受付は不愉快さを隠そうともせずに顔を顰めたまま、口を開く。


「調査内容は守魔が縄張にしている広間への出入り口である四つの洞窟道の状態を検分し、入り口近くにある広間の支柱の摩耗状況の調査、以上よ」


 ――案外、簡単そうだけど。

 キロは思うが、ミュトとフカフカは何か覚悟を決めたような顔でゴクリと喉を鳴らす。

 ミュトとフカフカの反応を見て、キロは考えを改めた。


「それで、報酬はどうなるんですか?」


 クローナが口を挟む。

 受付の若い女は言葉が分からずにミュトを見た。

 しかし、ミュトは険悪な空気に委縮していて口を開かない。

 口を閉ざすミュトの代わりにフカフカがクローナの言葉を伝えると、受付は盛大に舌打ちした。


「上層探索許可が報酬でしょう。何を言ってるの?」


 喧嘩を売るような言い方に怯んだクローナの代わりに、キロがにこやかに返す。


「あなたこそ、何を言っているんだ? こちらは昇格任務を完遂しているのにあなたのわがままに付き合って必要のない依頼を受けようとしている。それに、金銭的なやり取りを行った証拠がないと、またあなたが難癖をつけるかもしれないだろ。証書に起こして、俺達が依頼を達成した事を〝協会職員として正式に〟認めざる得ない状況を作るのが、俺達、あなたのわがままに付き合っている被害者が取れる保険の掛け方だと思うぞ?」


 キロの長広舌を一字一句間違わずに通訳するフカフカは楽しげに尻尾を揺らしている。

 要約すれば、お前が信用できないから証拠を作らせろ、という要求に対し、受付の若い女は至極嫌そうな顔をした。

 しかし、キロの言っている事ももっともな話だ。散々馬鹿にされて信用しろという方が無理である。

 渋い顔で受付は依頼書の作成に入った。



 渡された依頼書に不備がないかを確認して、キロ達は協会を後にした。


「結局、喧嘩を売るような形になっちゃって、ごめんな」


 疲れた顔のミュトを気遣いつつ、キロは謝る。

 ミュトは力なく首を振った。


「ボクのためにやってくれているのは分かってるから……」


 町がある広間を抜けて洞窟道に入り、キロは足を止めた。


「ちょっと素振りをさせてくれ」


 買ったばかりの槍であるため握り等を確認しておこうと思い、キロはクローナやミュトから離れて槍を振るう。

 重量はあったが動作魔力を使えば気にならない程度だ。柄の彫り物のおかげで握りも安定しており、突きも繰り出しやすい。

 欠点を挙げるならば、長大さだろう。

 斜めへの振り抜きが難しく、持ち手の調整が必要になる。動作魔力を使って無理な挙動をすると筋肉を痛めてしまうため、持ち手を変えてから振り抜くという二つの動作を複合して行えない。

 ――斜めの振り抜きはしばらく封印するか。

 槍を肩に担いだ時、キロは洞窟道の壁を見て、ふと思いつく。

 ――動作魔力使えばできそうだけど……。

 試してみようかとも思ったが、倒せば像が立つほど危険な魔物の縄張りにこれから出向くのだから魔力を温存しておこうと考え、断念した。


「どうですか?」


 素振りを終えた事を感じ取ったのか、クローナが聞いてくる。


「いつもより間合いが広くなってるから、しばらくはクローナも巻き添えを食らわないように注意してくれ」


 槍の柄で自らの肩をトントンと叩きながら、キロは返す。

 キロが素振りをしている間に目的地までの道順を地図で確認していたミュトが顔をあげる。

 町を出るまでは少々頼りなかった顔が嘘のように、ミュトは真剣な顔で歩き出す。


「ついてきて。北側の入り口が一番近いみたいだから。後、町の方角だけは覚えておいて。崩落に巻き込まれたりしてボクとはぐれても自力で帰って来れるようにね」


 さらりと嫌な可能性を提示するミュトの言葉に頷きを返し、キロ達は守魔の縄張りである広間へ向かう。

 本来は真っ暗な洞窟道を歩いていると、明かりを提供してくれているフカフカのありがたみがよく分かった。

 長く発達した尻尾で煌々と辺りを照らすフカフカはミュトの首に巻き付いている。

 カンテラの様に手がふさがる事もなく、言葉を理解しているため光を強くすることも弱くすることも声を掛けるだけで可能だ。


「協会にいた地図師の方達は尾光イタチを連れてませんでしたけど、あの人達の光源ってなんですか?」


 クローナが不思議そうに訊ねると、ミュトはちらりと首に巻き付いているフカフカを見た。


「大体は護衛や荷物持ちがカンテラを持ってる。町でも見たと思うけど、街灯に使われている虫が詰まった物だよ」

「……あまり持ち歩きたくないと思うのは文化の違いでしょうか?」


 明かり代わりに虫かごを持ち歩くという他の地図師達の姿を想像したらしいクローナが複雑そうな顔をする。


「我がどれほど有益な存在か理解できたようであるな」

「尻尾を揺らさないで。明かりがぶれる」


 誇らしげに尻尾を揺らすフカフカにミュトの注意が飛ぶ。

 しかし、フカフカはミュトの言葉を無視して口を開く。


「我の有用性を示す特技をもう一つ見せてやろう」


 フカフカが宣言した瞬間、ミュトの顔がこわばった。


「魔物だ。次の十字路の右側からくるぞ。足音からして数は七、ホラオオカミであるな」


 ――音で索敵できるのか。

 キロはフカフカの特技に感心しながら、槍を構える。

 しかし、前に出ようとしたキロをフカフカが止めた。


「良い機会だ。ミュト、二人にお前の魔法を見せておけ」


 訝しむキロの前にミュトが立つ。

 フカフカが明かりを道の先に向けると、体高一メートルほどのオオカミが現れた。目は退化しているらしく名残のような浅いくぼみになっているが、他はキロの知るオオカミそのままだ。

 ――でかすぎる気もするけど。

 現れた七頭のオオカミの中にはキロのへそよりも高い位置に頭がある個体もいる。

 キロ達を見つけたらしく、ホラオオカミは一斉に駆け出した。

 一気に距離をつめられるが、ミュトが冷静に片腕を突き出した途端、ホラオオカミが何かを察したのか急に減速する。

 地面を削りながら減速するホラオオカミ達は、ミュトのそばまで来た瞬間、ガンッと鈍い音を立ててつんのめった。

 まるで、見えない壁にでもぶつかったような挙動だ。

 すぐにミュトが小剣を抜き放ち、近くにいたホラオオカミの首を切り落とす。居合の要領で振り抜いた小剣を翻し、別の一頭の首を切り落としたミュトは素早く後方へ逃れた。

 追いかけてくるホラオオカミ達に向けてミュトが再び腕を突き出すと、先ほどの再現をするようにガンッと鈍い音が鳴り響き、ホラオオカミがよろめく。

 その隙にミュトが小剣で一頭の首を切り払い、別の一頭の首を貫く。

 二頭仕留めたミュトはまた後方へ飛び退くと、ホラオオカミ達へ腕を突き出した。

 半数以下に減ったホラオオカミは恐れをなしたのか、反転して逃げていく。

 クローナがすかさず石弾を放ち、残っていた三頭を瞬く間に撃ち殺した。

 戦闘の終了を告げるように、ミュトは突き出していた腕を降ろす。


「――いま、何をやったんだ?」


 キロが先ほどの戦闘を思い出しながら訊ねると、ミュトはキロに向かって腕を突き出した。


「手を合わせてみて」


 言われるままに、キロはミュトと手を合わせようとして、首を傾げる。

 ミュトの手と自分の手の間に硬い何かがあったのだ。

 かなり力を込めて押しても微動だにしない、見えない壁。

 よくよく見てみると、先ほどまで見えていたミュトの手が見えなくなっていた。

 不思議に思って壁の裏を覗き込めば、ミュトの手は確かに存在している。

 どうやら、壁を通すと姿さえ消せるらしい。


「ボクの特殊魔力だよ」

「ミュトの特殊魔力は干渉不可の見えない壁を作り出すものでな。たとえ守魔の攻撃であっても壊れる事がない、絶対の防御力を誇るのだ。一人と一匹で上層まで来る事ができたカラクリである」


 フカフカがミュトの言葉を補足する。


「絶対防御って……反則だろ」

「先ほどのクローナの魔法もなかなかだと思うのだがな」


 フカフカがクローナに視線を向けると、ミュトが同意した。


「発動速度も精度もかなり高かった。慣れてるの?」

「キロさんと危ない橋を何度か渡りましたから。それに、リーフトレージに蓄積している魔力を使えばもっと早く撃てますよ」

「リーフなんとかって、その杖?」


 照れたように杖を抱きしめるクローナにミュトが訊ねる。

 クローナがリーフトレージの性質を説明している間に、キロはミュトが作り出した壁に動作魔力を加えて破断させようと試みるが、見えない壁は動作魔力を通さない。

 ――魔力での干渉もできないのか。

 物理でも魔法でも、一切の影響を受けないらしいその壁は確かに高い防御力を誇るのだろう。

 動かす事も出来ないのかと思い、キロが壁を力一杯に押した瞬間――手が突き抜けた。


「あれ?」


 いきなり壁が消えた事で支えを失ったキロはバランスを崩し、ミュトに向かって倒れ込む。

 ――あ、これ漫画で見たことのある展開だ。

 暢気な思考が現実逃避気味の感想を垂れ流す中、キロの手がミュトに触れた。

 ミュトの、胸に触れた。


「え?」


 とミュトとクローナが呟く。


「いや、ごめん。壁がいきなり消えて」


 キロはすぐに手を引っ込めて弁解する。

 ミュトが反応に困ったように視線をさまよわせる。

 他人との衝突を避けるミュトは胸を触られても怒り出す事はないらしい。

 危険と隣り合わせの洞窟道での仕事中でもあり、キロのそばから逃げ出す事も出来ないミュトは、ただ時間が過ぎるのを待つように顔を俯かせた。

 ミュトが何も言いださないので、クローナも何も言う事が出来ず、頬を膨らませている。

 気まずい沈黙の中、フカフカが口を開く。


「ミュトの魔法は持続時間が短いのだ。注意しておくべきだったな」


 他人事のように呟いた後、フカフカは楽しげに口元を歪める。


「人間の感覚はよく分からんから後学のために訊ねよう。鍾乳石より硬いミュトの胸でも、触ると楽しいものなのか?」


 意地悪なフカフカの質問に、キロは黙秘権を行使した。


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